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子猫転生  作者: ニャンコ先生
第ニャー部 下巻
33/57

偽りの劣等生編 その一

 桃色の桜のような花が綺麗に咲きそろったその日、僕らは学園へとやって来た。

 最近ようやくニャルミの補助無しで歩けるようになったものの、まだ松葉杖は手放せない。


 馬車から降りるのに手こずっていると、ニャルミが助けてくれてそのまま自然に僕の傍らに寄り添う。


「お兄ちゃん、まだ無理しない方がいいって。

 やっぱり肩を貸してあげるよ」


「すまないなニャルミ。じゃあその言葉に甘えさせてもらうよ」


 ピンク色の花びらがひらひらと舞い散る中を、僕らはゆっくりと歩いていく。


 同じ新入生らしき新品の制服を着た人達が、これまたゆっくりと僕らを追い越していく。

 猫耳の人、そうでない人。その比率は半々くらいだろうか。


 時折立ち止まって花を眺めている子がいる。

 同郷の知り合いなのか、先輩らしき人と語り合っている子もいる。


 そんな子たちを笑顔で見守りながら、僕らはのんびりと歩いていく。

 みんな幸せそうで何よりだ。




 並木の向こう側の開けたところに人だかりが見える。

 どうやらあそこで入学試験の成績が貼り出されているようだ。


 結果はなんとなく分かっているが、一応確認せねばなるまい。

 この順番が学籍番号の下三桁になるのだ。


 人の流れにまかせて進んでいくと、掲示板の右端に辿りついた。

 みんなそこから左に動きながら自分の名前を探している。


 要するに成績は右から順に記されているのだ。

 そして既に分かっていたことだが、その主席の座にニャルミの名前が書かれている。


「やっぱり凄い成績だな。実技と解読でトップじゃないか。

 よく頑張ってたもんな」


「うん、ありがとうね。さあ次はお兄ちゃんの名前を探さないと」


「僕のは多分一番左端だな。まあゆっくり見て行こうか」



 移動するにつれ周りの新入生は減っていく。


 特に掲示板の後半からそれは顕著になる。

 良い成績なら何度も繰り返し眺めていたくなるが、悪い成績なら早く立ち去りたくなるものだろう。

 自分の名前を見つけた子がそこにとどまっている時間が、最初の頃と比べて明らかに短くなっている。



 魔術学園の定員は二百名。だが今回は僕がいるため、それを少しオーバーしているらしい。

 定員分の順位表で掲示板は丁度いっぱいになっており、超過分の生徒名は少し離れた別の場所に張り出されているようだ。


 その先に視線を移すと、掲示板を見ている一人の少年が目に入った。

 彼も新入生らしい。


「どうやらあそこらしいな」


「うん、行ってみよう」


 少年の邪魔にならないようにそっと近付き、自分の名前を探す。



 そこに書かれていた生徒数は思ったより多かったが、リストの一番最後でようやくそれを見つけた。

 二百二十二番。それが僕の順位だ。

 そしてその上に特待生を意味する猫手のマークがついている。


「覚悟はしていたが、我ながらひどい成績だな。

 それにこうして別の場所に貼り出されていると、まるで劣等生みたいだ」


「いいじゃない。入学できたってことは基準を満たせたってことよ。

 そういう意味では劣等生なんかじゃないわ。

 それにお兄ちゃんなら卒業するころにはトップになれるよ。

 だから言うならば、今は仮面をかぶった偽者の劣等生ね」


「そうなれるといいな。それにしても二十二名か、ずいぶん枠を広げたんだな」


 どうやら僕の成績より良かった生徒を全員合格にしてしまったらしい。



 そしてそんな風にニャルミと話をしていると、件の少年が話しかけてきた。


「あ、あの……」


 少年は女の子かと見紛うような華奢な体つきで、柔らかな表情のよく似合うかわいらしい顔をしている。

 その声も可憐で儚げで、制服がなければ多分性別を勘違いしてしまっていただろう。


「ああ、ごめん、騒がしくしてしまったかな」


「い、いえ。そうではなく、あの……、僕ニーオと申します。

 それで、気分が……ごめんなさい」


 ニーオと名乗った少年は、そう言うなり僕にしなだれかかってきた。

 とっさに支えようとするが、こっちも松葉杖でどうにか安定を保っている身だ。

 このままでは共倒れになってしまいそうだ。

 ニャルミが僕らを助けようとするが、男二人を少女一人でどうにかできるわけがない。


「すいません! 誰か手を貸してください!」


「なんにゃ?」

「なんにゃなんにゃ」


 ニャルミの叫び声に、何事かと人が集まってきた。

 そしてすぐに一人が加勢に来てくれたが、その力の入れ方が予想外でさらにバランスを崩してしまった。

 状況が悪化したのを見て、みんな手を出すのをためらっている。


「もう一旦倒れちゃった方がいいにゃ」

「うにゃうにゃ。ちょっと手を出しにくいにゃ」



 そんな状況で僕らを助けてくれたのは上級生達だった。

 屈強そうな男の子二人を気丈そうな女の子が指揮し、手際よく僕らを引き離した。


 少年は座っていることもできないようで、そのまま地面へと倒れこんだ。

 事態が落ち着くと、女の子が僕に問いかける。


「いったいどうしたんだい。ちょっと説明してくれるかい」


「掲示板を見ていたら、あの子が僕に向かって倒れてきました。

 急に気分が悪くなって、立っているのがつらくなったみたいです。

 あいにく僕もこんな状態なので、支えきることができませんでした」


「なるほどありがとう。大体事情は分かったよ。

 おい、担架を持ってきてくれ。少年を医務室へ運ぼう」


 女の子の指示はすぐに遂行され、あっという間に少年は運ばれていった。


「君は大丈夫なんだね。歩けるかい?」


「はい、おかげで助かりました」


「こういうことはわりとよくあるんだよ。

 名前を探すのは、肉体的にも精神的にも結構疲れるからね。

 しばらく涼しい場所で寝かせてあげればすぐに回復するはずだ。

 だから彼のことはもう大丈夫だよ。心配しなくていい」


 その説明に僕とニャルミはウニャウニャとうなずく。

 期待して名前を探していたのに、最後の方にあったらショックだよな。


 精神的に疲れるというのは多分そういうことだろう。

 僕は覚悟ができてたからそれほどではないけれど……、やっぱりちょっとだけ悲しい。


「ところでその髪飾りと顔立ちから察するに、君達はニャルミさんとニャスターさんじゃないかな」


「はい、そうです」


「やはりそうか。わたしは生徒会副会長のニャーフックだ。

 それにしても本当にニャルカ前会長によく似ているな。

 おっと、それよりもまず、お二人とも入学おめでとう。

 魔術学園へようこそ。今後ともよろしくな」


「ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


 いつの間にか僕らを囲むように人垣ができている。

 あれだけの騒ぎを引き起こしたのだからしょうがない。


「何々? いったいどうでしたの?」

「おい、あれがひょっとして噂の」

「ああ……みたいだな」


 噂とはなんだろうか。

 ニャルミがドラゴンスレイニャーだということが、既に広まっているのかな。

 猫耳を澄ませると、その声がはっきりと聞こえてくる。


「あれが面接室で魔法をぶっ放したって言う」

「え、何それどういうこと?」

「面接を受けに行った子が見たんだって。

 扉の隙間から漏れてきた光で辺り一面が真っ白になったって」

「何それ信じられない!」

「こわーい!」


 たぶんそれはニャルミにも聞こえているのだろう。

 猫耳がピクピクと動いている。

 これは後でニャルミからどやされることになりそうだ。




 さ……、さて突然だが、ここで猫の習性について少し話をしよう。


 猫が狭い箱やらレジ袋やらに入ろうとするのは、本能からなのだそうだ。

 そういった場所に身を隠すことは、敵から身を守りつつ、さらに標的を狙いやすいという一石二鳥の利点があるのだという。


 それは理論では分かっていたことだが、こうして猫になってみるとそれを身を持って感じることができる。

 僕の野生の血がたぎるのだ。あらぶるのだ。


 小さな箱。その中は適度に狭く、薄暗くてとても安心する。

 そこに潜んでいると、恍惚とした感覚が身体を支配する。


 そんな時、家族の誰かがおもちゃをひょいと出してくれたら、もう堪え切れない。

 右手が勝手に動いてじゃれつくのを止められない。


 だから本気でネコパンチを繰り出してしまうのも仕方ないニャー。



 そして改めてニャルミが設計したこの着ぐるみについて考えてみよう。

 最初はこんな場所に長時間閉じ込められるのかと嘆いていたのだが、改良を加えた結果最高の空間へと変わった。


 その安全性とフィット感は言うまでもない。

 目線も高くなる上に、代わりに動いてくれるのだ。

 小さな箱以上に快適だ。


 この着ぐるみの中からニャルミたちに遊んでもらうのが、最近の楽しみでもあった。

 毎回気持ちが高ぶりすぎて怒られるのだが、ここ数日ようやくそれも制御できるようになって来た。



 何故こんな話をしたのか、その理由は触れないでおこう。



 話を元に戻そう。


 ニャルミは僕の前に立ち、ニャーフックさんと話し込んでいる。


 ちなみに今日のニャルミの髪型はポニーテールだ。

 猫耳の下辺りにいつもの髪飾りをつけている。



「その髪飾りお姉さんとお揃いだね。とてもよく似合っているよ」


「ありがとうございます。

 ニャーフックさんのブローチもとてもよくお似合いですよ。格好良いです」


「ありがとう。実はニャルカ先輩の真似なんだ。そう言ってくれて嬉しいよ」



 二人は普通にお喋りしているように見えるが、実は単にそうしているのではない。

 僕には分かる。こうしてなんでもない会話をすることによって、先程の噂を否定してみせているのだ。

 その推測通り、聞こえてくるヒソヒソ声もその内容が変わってきた。


「あれ、何だか普通じゃない?」

「わたしもそう思った。もっと怖い人かと思ったら違うんだね」

「噂ってのは当てにならないもんだな」

「うん、やっぱり自分の目で確かめないとだね」

「入試で一番だったんでしょ? 今度ちょっと話しかけてみようかな」


 二人は楽しそうに会話を続ける。

 そしてニャルミがうなずく度に、僕の目の前でポニーテールが誘うように揺れている。


 もちろん僕は分かっている。

 今は公共の場に居て、ニャルミは僕と遊ぼうとしているわけではないのだ。




 もちろんそれは重々承知している。




 突然、風を切る音が辺り一面に響いた。


 何故か分からないが、ニャルミの髪の毛がくるりと一回転する。

 不思議なことに、僕の右手も前に突き出されている。


 騒がしかった周囲の人々が急に沈黙した。




お待たせしました

安定して出せるのはおそらく三日に一話ペースだと思いますが、ニャーをいただいた分がんばりますニャー


誤字修正

騒がたしかった→騒がしかった

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