解読編 その七
ニャルミは木箱から何かを取り出すと、それをしばらく眺めてから壁の金庫にしまった。
どうやら無事にペンダントをみつけたようだ。
ニャルミが嬉しそうに僕の名を呼ぶ。
どうやらその喜びを僕と分かち合いたいみたいだ。
けれど僕は物凄く眠くて相手をしてあげられなかった。ごめんね。
やがてニャルミも眠気に負けたらしく、そっとベッドに潜り込んできた。
柔らかな手が伸びて僕を包み込み、ありがとうと聞こえた気がした。
ニャルミの吐息が僕の肉球を湿らしてくすぐったい。
そっと手を引っ込めると、今度はぎゅっと抱きしめられた。
僕らはそのままおだやかな寝息を立て始めた。
ひづめが土を蹴る長閑な音が聞こえてきた。
段々とその物音は大きくなり、人々のざわめきがそれに混じり出す。
馬車の一団が到着したらしい。
しばらくするとその騒ぎは庭の方に移動していく。
どうやら明日の準備が始まったみたいだ。
臨時のテントか何かを立てているらしく、杭を打ち込む音が響いてくる。
まだ寝ていたかったのだが、こう騒がしくては仕方ない。
全快ではないのだが、そろそろ起きるか。
時刻はお昼を回ったあたりだろうか。
とりあえず腹ごしらえだな。
明日が魚料理だから、今日はお肉中心の構成だ。
ニャルミは寝ぼけているのか何かウニャウニャ言っている。
この様子ならもうすぐ目を覚ますだろう。
ご飯を食べながら、ペンダントに絡んだ一連の出来事について考える。
おそらくこれは、先日ニャルミが前世記憶を取り戻したことと関係があるだろう。
神様が気を利かせてくれたのかと思っていたのだが、どうやら違ったようだ。
あの日と今日とで、注目すべき共通点は二つある。
魔力を消耗したことと、僕が願った特定の記憶を呼び覚ましたことだ。
これらから推測するとおそらく『記憶開放』もしくはその類似能力を発動したのだろう。
魔力の消費量が激しいことから、上位能力である『封印開放』の可能性が高い。
上位と言っても魔力も時間もやたらかかるのが難点だけどね。
ニャルミが前世記憶を取り戻したのも、それで説明がつく。
さすがに一回でニャルミの前世記憶全てを復活させるのは無理だったようだ。
あと数回やればそれも可能だとは思う。
だがそれをやるにしても、話の辻褄を合わせるのが難しい。
ニャルミは神様からのアフターサービスだと考えているようだし、それにあの様子ではむしろしない方が良いだろう。
一度に記憶全てが戻るならまだしも、細切れに思い出すなんてある意味拷問のようなものだからね。
思い切って、全てを包み隠さずニャルミに話してしまおうかとも考えた。
だが、誓約のことで少し気になることがあるんだよな。
ニャルミに誓約をさせたのも、おそらく僕だ。
多分『夢見』や『託宣』あたりの能力が働いたのだと思う。
そうなると厳密には僕自信が誓約を破ったとも解釈できてしまう。
だが、そういう実感はない。
破ってしまうと、そういう感覚があるはずだ。だから、ギリギリセーフらしい。
おそらく記憶を開放させるより先に、誓約をさせたからだろう。
いずれにしろこれ以上はあまり首を突っ込まない方が良さそうだ。
このことは知らぬ存ぜぬで通したい。
さてここまで判明すれば、次にどうするかは分かりきったことだ。
もちろん、僕自身の記憶を開放するのだ。
そうすれば何故僕がこんなにたくさんの能力を持っているのか判明する。
さらに全ての所持能力を詳細に知ることが出来るだろう。
でも『ラッキースケベ』とか取ってたらちょっと恥ずかしいな。
持っていないと信じたいが、心当たりが全くないわけじゃないからな。
よし、そうと決まればまずは魔力を回復させよう。
使用者と対象者両方の魔力を無茶苦茶消費するみたいだからね。
自分に使う場合二人分の魔力が必要になるけど、最大まで回復すればぎりぎり足りる予感がする。
ああ、だからこれまで記憶を思い出さそうとしても発動しなかったのか。
以前は魔力が足りなかったのだろう。
肉体的に成長したり魔法を使ったりすることによって、最大魔力が増加したのだ。
しかし本当にぎりぎりみたいだな。
目覚めたときが大変そうだ。
発動の時間も含めて、おそらくさらに一日くらい眠り続けることになりそうだ。
いや待てよ、それを考えると別の日にしたほうが良さそうだな。
だって明日はせっかくのマッグーロパーティだもんね。
寝過ごして大トロを食い逃すような事態は避けたい。
もしそうなっても、ニャルミが僕の分をとっておいてくれるとは思う。
だけどやっぱり、みんなと一緒に食べることに意味があるよな。
それに知恵の薬の件を片付けてからでも遅くは無いはずだ。
人が集まってきたのか、だんだん庭の方が騒がしくてなってきた。
ようやくニャルミも目を覚ましたようだ。
「ニャスター、ありがとうね」
ニャルミは寝ぼけ眼をこすりながら、僕の背中をそっと撫でる。
「夢の中でね、ニャスターがこっちだよって教えてくれたの。
どんどん進むニャスターを追いかけていったら、隠し場所を思い出せたわ。
ニャスターの魔力が物凄く減ってたから、何かしてくれたのは分かったの。
探知で頑張って探してくれたのかな?」
「ニャー」
ニャルミには悪いのだが、勝手にそう誤解してくれるなら助かる。
うまく説明できる自信はないし、正直僕自身もまだよく分かっていないのだ。
「そっか。
何か隠しているのかもしれないけど、そういうことにしておいてあげる」
「ニャ」
あれれ、やっぱり気がついていたか。
まあ探知能力だけで済ませるには無理があるよね。
「……ねえ知ってる?
一般的に男性は、どうやってやったのかを知りたがるんだって。
だけど女性は、何故やったのかの方に関心が向くそうよ。
そのことを思い出したら、やっぱりわたしも女なんだなって思ったわ。
だってニャスターが魔力を消耗してぐったりしているのを見ているからね。
それだけ頑張って何かしてくれたんだなって分かれば、もう十分なの」
「ニャーン」
そうかなるほど。それが性差ってやつか。
僕はどうやってやったかを誤魔化す事ばかり考えていたよ。
「じゃあこの話はこれでおしまい。
でも、もうちょっとだけわたしの話聞いてくれる?」
ひょっとしたらニャルミも『どうやって』の部分を知りたかったのかもしれない。
だけど今はその気遣いに甘えることにしよう。
「ニャー」
その代わりと言ってはなんだけど、僕でよければいくらでも聞かせてもらうよ。
「わたしね、記憶が戻って大人になったような気がしてたけど、全然そんなことなかったみたい。
落ち着いて考えてみれば、まずペンダントを無くしたことをまず正直に謝るべきだったと思うの。
だけど気持ちだけが空回りしてしまってどうしようもできなかった。
いろいろ考えたけど、もうわたしは前世のわたしじゃなくて、ニャルミとして生きてるんだなって感じたの。
わたしは、ニャルミは、パパもママもお姉ちゃんも大好き。
メイドさんたちも街のみんなも大好き。
今回のことでそれが良く分かったわ」
「ニャ?」
僕のことは?
「あー、はいはい。
ニャスターのことも嫌いじゃないよ。ちょびっとだけ好きだよ」
ニャルミはそう言いつつも、僕の全身をやさしくブラッシングしてくれる。
ちょっと釈然としないが、気持ちいいから許そう。
「正直に言うとね、みんなと離れて暮らすことを考えたら、全身が凍りつくくらいショックを受けたの。
記憶が戻ってパパやママを赤の他人みたいに感じてたけど、どうやら違ったみたい。
みんなとお話できなくなるって考えたら、猫耳が張り裂けそうになったわ。
とても耐え切れる気がしない。一人で寮住まいなんてまだ絶対に無理よ。
だからニャスターには悪いけど、学園のことはそれが結論よ」
「ニャー」
そっか。まあそれでもいいんじゃないか。
幸い僕らは前世記憶持ちで、やるべきことは分かっている。
のびのびとこっちで長所を伸ばしていけばいい。
「あれ、うまく伝わらなかったみたいね。
だからね、ニャスターと一緒ならどうにかなると思うの。分かる?」
「ニャ?」
うん?
「うん?」
「ニャー!」
まったく分かりにくい言い回ししやがって!
ニャルミがそう決めたらのなら僕はかまわないけど、夜中に泣きべそかいたって知らないぞ!
「失礼ね! 誰が泣いたりするもんですか!」
昨日あんなに泣いてたことをひやかしてやろうかと思ったけど、僕は大人だからそんなことはしない。
だけどそれを勘付いたのか、ニャルミが僕の身体をくすぐり出した。
「ニャスター! あなた何か失礼なこと考えてるでしょ。
感謝してるからにゃんぐり返しは勘弁してあげるけど、くすぐりの刑は免れないわよ!」
「ニャアアアァァ! ニャフッ、ニャフッ!」
僕が笑い疲れて力なくだらけていると、その無防備なお腹にニャルミが顔をうずめて来た。
何をするか変態め、恥ずかしいニャ! さっさと放すニャ!
そう思ってちょっとだけ爪をたててやろうかと思っていると、ニャルミがぼそりと呟いた。
「本当はね、ニャスターが一番好き。
いつも困ったときに助けてくれて、とっても頼りがいがあるし。
たくさんお話聞いてくれるし、前世の秘密を話せるのもニャスターだけだし。
その上こんなにかわいいし」
そ、そんなこと言われちゃ仕方ないニャー。
もうちょっとだけならそうしててもいいよ。
だけどされるがままというのは面白くない。
僕は手ごろな位置に来たニャルミの猫耳を毛づくろいしてやることにした。
「うにゃあ、くすぐったいよ。ニャスター」
ニャルミはしばらくパタパタと猫耳を動かして避けていたが、やがて僕にその耳を委ねた。
「ニャスター……、もう勘弁してにゃあ」
「ニャー」
ニャルミだって僕の身体を好き勝手にいじっているんだから、お互いさまだよ。
止める気は無いよ。
「くー。こうなったら逆襲よ」
ニャルミは身体を無理やり引き剥がすと、逆に僕の猫耳を舐めまわしてくる。
「ニャアァァ!」
※ 医学的見地に基づいたグルーミングのようなものです。
「観念しなさいニャスター! たっぷりかわいがってあげるよ!」
ニャルミと僕の体格差では、こうなってしまうとあきらめるしかない。
まあいいか。これだけ元気なら、ニャルミはもう大丈夫だろう。
「さて、ペンダントが出てきたことをお姉ちゃんに知らせてきましょう。
昨日は心配かけちゃったかもだし、元気なところ見せてあげないとね」
「ニャー」
はいはい、探せって言うんですね。
えーと……、お姉ちゃんなら庭にいるみたいですよ。
「でかしたニャスター! それじゃ出発よ」
「ニャー」
出発って、庭に出るだけじゃないですか。
ニャルミは僕をやさしく抱きかかえる。
「ほら、ウニャウニャ言ってないで行くよ!」
扉を開けると穏やかな風が吹き込んできた。




