解読編 そのニャニャーン
その雰囲気の気圧されてニャルミはたじろいだが、あくまでも白を切ることに決めたようだ。
「ま、魔道書を解読するときに、便利かなって思って。
ほら、文字ずらしとか確認するのに使えそうじゃない」
こういう誤魔化しがすらすら出てくるのは凄いよな。
僕なんか半分あきらめていたよ。
意外なことに、それを聞いてパパ上殿は心底嬉しそうに何度もうなずいた。
「やはりそうか! それに気がつくとは、やはりニャルミは天才だな!
まさか昨日の今日でここまでたどり着くとは思いもよらなかった。
本当はもう少し後で教える予定だったけれど、もういいだろう。
ウィニャ盤の使い方をまとめた本を持ってきてあげよう。
ちょっと待っていなさい」
そう言うなり、パパ上殿は部屋を飛び出して行った。
なるほど、ウィニャ盤とやらは魔道書解読の道具だったのか。
僕とニャルミはお互いを見詰め合ってほっと溜め息をつく。
まったくパパ上殿め、驚かせやがる。
ニャルミは水差しを傾けてコップに注ぐと、一気に飲み干した。
僕も口の中がカラカラに乾いたよ。落ち着くためにもお水をもらおう。
ようやく僕らが平常心を取り戻したころ、パパ上殿は何かいろいろ抱えて戻ってきた。
「これが作業用のウィニャ盤だ。
装飾用のそれと違って、大きくて使いやすいはずだよ。
詳しい使用方法はこの本に書いてある。ニャルミならすぐに分かるはずだ。
ついでに昨日ニャルミが読みたがっていた本を一冊おまけしよう。
ウィニャ盤に気が付いたご褒美だよ」
渡された二冊目の本のタイトルは『猫耳流星群奇譚』であった。
ニャルミがパパ上殿に抱きついてその喜びようを示す。
おそらく今日も読書会になるのだろう。
こちらの世界の知識が増えるだろうし、ニャルミにつきあってやるか。
「それじゃ今度こそ本当に仕事に戻るよ。
しかし本当にニャルミの成長には驚かされるな。
そう言えば先日のドラゴン討伐以来、時折ニャルミがやけに大人びて見えることがある。
まさか誰かと入れ替わっているんじゃあるまいな」
パパ上殿は今度こそ僕らの秘密の核心に触れたのだが、その本人は気が付いていないようだ。
入れ替わったんじゃなくて記憶が戻ったんだけどね。
ウィニャ盤のおかげでニャルミの解読スピードはさらに向上にした。
完全に手作業でやるよりも、専用の器具があった方が能率が上がるようだ。
疲労も軽減されるらしく、今日は合計三時間も作業を行った。
昨日からの通産で八ページの翻訳を終えたことになる。
「うん、まだまだペース上げられそう。
この分なら一週間もかからずに終わるかも」
相変らずたまにミスをするものの、どこで間違えやすいか傾向も分かってきた。
要らぬ世話かもしれないが、今後もそれがそれが続くようなら教えてあげようと思う。
ちなみにウィニャ盤を使った解読過程は、僕の解読能力のそれと非常に良く似ていた。
ボードにはいくつかソロバンに似た珠が取り付けられており、それを動かすことによって現在の状況を記録できるようになっている。
そういえばソロバンも達人になると、脳内に似た回路が形成されてほぼ自動で暗算ができるようになるという話を聞いたことがある。
ひょっとしたら昔この能力を持っていた人が、それを誰にでもわかる形として後世に残すためこの器具を使ってそれを表現したのかもしれない。
あるいはその逆に、ウィニャ盤を用いた解読技術が普及していくうちに一つの能力として確立したのだろうか。
まあそれはどっちでもいいか。
能力カタログには何か書いてあったと思うが、もう忘れてしまった。
さてそろそろ魔法の訓練の時間だ。
パパ上殿とママ殿が外出しているのを確認して僕らは訓練場へと向かう。
「わたしがお手本を示すから、ニャスターは良く観察しているように」
ニャルミは魔法を使って見せながら、気に付いた細かい工程を説明してくれる。
「杖には二つの役目が有るわ。
オーラを練る混ぜ棒と、オーラを貯めておく貯蔵庫としての機能があるの」
僕は空気と魔力の混ぜ合わせ方に注目しながら、その様子を観察する。
そうやって続けざまに十回ほどニャルミがやったところで、いよいよ僕の初挑戦となった。
ニャルミから杖を渡される。
しかし猫の手ではうまく掴むことができない。
両手で挿むようにして、なんとか持つことができた。
「初日に成功するとは思えないけど、もしオーラができちゃってもそのまま放置すれば自然に消えるから」
初日どころか初回で成功させられるんじゃないかとも思ったが、慢心は事故の元だ。
ニャルミの指導に従って、ゆっくりと魔力を出して感覚を掴む。
丁寧な教え方のお陰で、オーラ自体はすぐ練れるようになった。
オーラを形成するスピードや魔力の変換効率などは、当然ニャルミのほうが上手だけどね。
「ほ、ほほう……。わたしでさえ三日もかかったのに、初日で成功するとはやるじゃない……。
し、しかもわたしと同じ聖属性……。
ま、まあ、わたしの教え方が上手かったからよね。きっとそうだわ!
よし、聖属性だったら発動させても影響はないわ。
ちょっとあの的に向かって撃ってみなさい」
僕の魔力はどうやら聖属性らしい。
わりとレアらしいのでちょっと嬉しいが、それより問題は魔法の射出動作だ。
杖を振って遠心力でオーラを投げつけなくてはいけないのだが、子猫の身体では上手く出来る自信がない。
どう考えても無理だろう。
それでもできるだけ頑張って杖を振り下ろしてみたが、魔法はひょろひょろと放物線を猫いて的の手前に落ちた。
それを見てニャルミがとても機嫌良さそうに僕を慰める。
「うんうん。最初は仕方ないわよね。それにある程度筋力も必要だもの。
多分ニャスターが大きくなればもうちょっとマシになるわよ」
いやこれは成長したからといって、どうこうなる問題じゃなさそうだぞ。
ぐぬぬ。パパ上殿のように火属性ならどうにかなるだろうか。
「安心してね。その有り余る魔力はわたしが使いこなしてあげるわ!」
何を言うか! まだあきらめたわけじゃないぞ!
杖をリストバンドか何かで固定してもらうとか、助走をつけてキャット空中三回転的な方法で放つとか。
方法はあるはずだ、多分……。
それから三日がすぎた。
魔法の訓練はオーラを練ることだけに専念し、射出はニャルミにまかせている。
他人のオーラを放てるのかどうか怪しかったが、試してみたらあっさりとできてしまった。
同じ属性同士だからだろうか、あるいはニャルミの才能のおかげだろうか。
ニャルミと僕二人で魔法を準備して、連射してもらうというのも面白いかもしれない。
次の一撃を放つまでのインターバルが魔法の弱点の一つみたいだからね。
解読作業の方は順調で、既に半分近く終わっている。
ただ先日僕が懸念したとおり、物質化についての具体的な記述がない。
そのことをパパ上殿に聞いてもらうと、それを裏付けるような答えが返ってきた。
「そうなんだ。この魔道書にはその根幹となる部分が欠落しているんだよ。
それゆえ偽書、いやパロディー本として扱われているのだ。
だけど解読の手始めとしては非常に良い本なんだ。
基本さえ分かっていれば読み解けるし、分量も手ごろで水増し分も少ない。
最初に一冊分やりとげて自信をつけるのには持って来いなんだよ」
「なるほどねー。確かに他の本と比べて薄いもんね。
ところでパパ、これって下巻はないの?」
「ああ、すまない。
上巻が出てすぐ偽書として流通を禁じられてね、パパも探したんだが手に入らなかったんだ。
この本のような場合、普通は下巻を待ってから判断を下すはずなのに、何故かそこまで決まるのが早かったんだよね。
その理由について色々噂もされたけれど、無名の魔術師が書いた本だからだろうということで落ち着いたようだ。
ちなみに魔術師協会からの発表によると、やはり下巻にも物質化の具体的方法については記されていなかったそうだよ。
後日その魔術師が呼び出されて喚問を受けたそうだが、猫にしか使えないから実証は無理だと答えたそうだ。
ハハハ、案外ニャスターになら使えたりしてな」
うむむ。頼みの綱の下巻にも物質化の方法は載っていないのか。
僕らが今でも猫言語魔法にこうしてこだわっているのには理由がある。
ここ数日魔道書の解読に没頭しているため、どうしてもその記述が真実であって欲しいと期待してしまうのだ。
解読している内容にも、興味を惹かれるものが出てきた。
それは物質化したオーラを魔力として再利用する方法である。
もしそれが本当なら、極端な話をすると数十年分の魔力を一度に放つことができるわけだ。
魔法使いにとって重要な課題である魔力切れの問題を克服して、ほぼ無尽蔵に魔力を使えるようになるということだ。
それなら、三百ポイントという高いポイントの理由も分からなくはない。
……いや、やっぱりそれでも高すぎるかな。
魔力超回復とかエネルギー変換とかの能力があれば、魔力使い放題は達成できるだろう。
それでもさすがに数年分を一気に放出するようなことは無理だが、そもそもそんなに膨大な魔力なんて必要なさそうだ。
魔道書のことを考えすぎだろうか。
あと数日すれば解読も終わる。
そうなればこのことも忘れるだろう。
それにもうすぐ知恵の薬が出来上がる。
いよいよ明日ニャルミのお姉ちゃんが冷凍マッグーロと共に帰ってくるのだ。
薬を飲んだ後どう振舞うかを考える方が建設的かもしれない。
2014.10.05 修正 合った→あった




