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子猫転生  作者: ニャンコ先生
第一部 上巻
18/57

解読編 その一

 この日から僕とニャルミの魔道書解読作業が始まった。



 しかし僕は文字が読めないので、猫の手を貸すくらいしか役に立たない。

 そういうわけで、文字を覚えることが当面の僕の仕事なのだ。



 ニャルミは約束どおり、文字の読み方をまとめた表を作ってくれた。


 そしてウィジャ盤もどきをどこかから引っ張り出してきて壁にかけた。

 いろいろ装飾がされていて、他の人には単なる飾りに見えるだろう。


「こっちの世界の文字でごめんね。

 だって日本語が壁にかかってたら変でしょう?」


「ニャー」

 確かにそうだな。ニャルミもいろいろ考えているようだ。


「うんうん。暇なときにこれを眺めれば自然に覚えられるよ。

 そうなればいつでもお話できるよね」


 しょうがないニャー。

 ニャルミと話をするためにも頑張るか。






 だけど文字表だけで覚えるのは、想像以上に難しいと分かった。

 せめて書き取りでも出来れば良いのだけれど、猫手ではそれができない。


 何か他に良い方法はないだろうか。


 頼むのがちょっと恥ずかしいが、後で絵本か何か簡単な本を貸してもらうか。

 ただページをめくるのが大変そうだな。子猫用の絵本とかないかな。ないよね。


 今はとりあえず文字自体に慣れることにしよう。

 見慣れぬ字の形を覚えるだけで精一杯だ。






 そうやって僕が文字表とにらめっこしている間、ニャルミは解読手引書と格闘していた。



 ニャルミは読んだ内容を反芻するように独り言をつぶやくと、重要なところをノートに書き写している。

 ちらりとそれを見てみたが、どうにも読めそうにない。

 どうやら文字を読むには発音を覚えるだけでは足りないらしい。

 いろいろ例外規則があるようだ。先は長い。






 さてニャルミの独り言から判断すると、魔道書には単純だが面倒な暗号化方式がいくつも組み合わされているらしい。


 その一例を挙げるなら、文字をずらして読むというものだ。

 日本語五十音順で一文字ずらせば『ぬけ』が『ねこ』に、アルファベットなら『MDJN』が『NEKO』になる。


 それだけなら慣れればまだ楽なのだが、困ったことにずらす字数が解読中頻繁に変わるのだ。

 しかも解読後に特定の文字が現れたら、その増減を行うという厄介な仕組みだ。



 もちろん他の暗号方式も、何らかの文字で回数や内容が変わる仕様になっている。



 そういった規格なので、魔道書は最初のページから順に解き明かしていく必要がある。

 途中からでは暗号解読方法がどのような組み合わせになっているのか分からないからね。






「なるほど、この魔道書はとりあえず基本だけ分かっていれば読み解けるみたいね」


 ニャルミは暗号の解き方を一通り学ぶと、早速『猫言語魔法』の解読を試みる。

 しかし、すぐにぼやきが聞こえてきた。


「うにゃー、五文字区切りから六文字区切りに変更して、さらに八字ずらしを十字ずらしに変えるのか。

 それで今度は三文字ずつ空けて逆から埋め込んでいくのね……、これは辛いわ……」


 だいぶ手間取っているものの、文章が少しずつ浮かび上がってくる。

 一文を完成させるとそれなりに達成感はあるようだが、その分疲労感も半端ないようだ。


 その作業は解読系のパズルを思い出させた。

 そういったものが好きな人にはやり応えがありそうだし、やれば楽しいのかもしれない。

 ただし今のところニャルミには不評のようだ。

 かなり時間をかけているのに少ししか進まないのがその理由らしい。



 それにしてもただ見ているのは退屈だ。

 僕もちょっとやってみたくなったが、字が分からないために手の出しようが無い。


「こらニャスター、わたしが真面目にやってるのにあくびなんかしない!

 あなたも手伝いなさいよ!」


「ニャー」

 だって文字が読めないんだもん、仕方ないじゃないか。

 意味の無い文字の羅列を眺めているのは、初心者にはとてもつらいのだ。

 分かって欲しいニャー。






 ニャルミは暗号解読にだいぶ苦戦しているようだが、魔道書の厄介なところはそれだけではないようだ。


 意味の無い文字列や文章が所々に紛れ込んでいるらしい。


 そうやって解読難度を上昇させているらしいが、時折それが何らかのヒントになっていることがあるというので余計に性質が悪い。


 幸いこの魔道書はそれが少ないらしく、今のところ大きな混乱はなく進んでいる。




 さて、何故解読にこんな面倒な手間をかけさせるのかというと、それなりにいくつか理由があるようだ。



 まず魔道書を最初から順番に読ませるためだ。

 重要な注意点などを読み飛ばされないようにする効果があるらしい。


 次に解読に時間をかけさせることで手順を飛ばさせないという意味があるらしい。

 たとえば三日間何か地味な練習をしてから次に進めなんてことが書いてあったりすると、往々にして読者はそこをすっ飛ばすものだ。

 時間を置いたからといって読者がきちんと手順を踏むかと言うと、それは分からないのだけどね。


 また、一部に解読を趣味とする輩がいるという。

 そのため暗号化方式が複雑難解であるほど芸術的価値を持つらしい。



 そんな感じで他にもいろいろと、納得できる事情や理解しがたい理屈があるようだ。



 もちろん良い面ばかりではない。

 暗号化という土台が、偽書やらインチキ本やらの温床になってしまうのだ。

 解読するのに時間がかかるため、その発覚が遅れるのが原因だ。


 その対策として、そういった本を売った側を厳しく罰する制度が設けられている。

 そのため取り扱い業者は太鼓判の押されたもの以外ほとんど取り扱わないという。



 以上暗号化による利点と欠点両方を挙げてみたが、要するにこの世界では魔道書に関するそういった文化が発達しているということらしい。






「うにゃあ! なんかどこかで間違えてたみたい!

 どこまで巻き戻ればいいんだろう。

 こんなことなら途中経過をきちんとメモしておけば良かった」


 ニャルミのチャレンジは続く。

 果たしていつごろ解読は終わるのか。






 一時間ほどかけてようやく一ページ目の解読が完了した。

 そしてそこでニャルミの忍耐力が尽きたらしい。


 その解読文をニャルミに読んでもらおうとしたのだが、「前置きでよくある挨拶文だけだったわよ」の一言で片付けられてしまった。



「頭が痛くなってきたから休息が必要だわ。

 ニャスターも文字を覚えるのに飽きちゃったみたいよね。

 わたしは借りてきた本でも読んでるから好きにしてていいわよ」



 本を読んで頭が疲れたのに、本を読んでそれを癒すのか。

 本の虫はよく分からないことを言う。


 あきれる僕を尻目に、ニャルミは借りてきた本を読み始めた。


 やれやれ、魔道書もノートも出しっ放しだ。

 あれだけパパ上殿から言われたのだから、せめて魔道書くらいは片付けなよ。


 そう思ってニャルミの本の上に乗ってみる。

 猫として一度はこれをやってみたかったんだよな。


「ん、何よニャスター。かまってほしいの?」


「ニャー」

 魔道書しまおうよニャルミ。

 出してあったほうが作業に復帰しやすいけれど、すぐ片付ける習慣を身につけて置いた方がいいよ。


「……ああ、なるほどね、パパに怒られちゃうわ。

 教えてくれてありがとうニャスター」


 ニャルミは何故か嬉しそうな表情を浮かべて、そそくさと本とノートを片付けに行った。


 あの笑顔はちょっと気になるな。

 一度片付けちゃえば、もう今日はやらなくていいやという魂胆だろうか。



「てへへ、ごめんね。

 よし、それじゃ教えてくれたご褒美に本を読んであげるね。

 これならニャスターも文字を覚える気になるでしょう?」


「ニャー!」

 ああ、それは助かるな。

 そのうち絵本か何かを読んでもらおうと思っていたところだったんだ。

 頼む手間が省けたよ。


「なんだニャスターも読みたかったんじゃない。

 早く言いなさいよ、仕方ないにゃあ。

 それじゃ今日はニャスターが文字を覚える日にしましょうね」


「ニャー」

 本当はもうちょっと解読を続けて欲しいけれど、それでもいいか。

 このままじゃいろいろと不便だもんね。


「じゃあいくわよ、ここからね。

 えっとねー、『鰹節は友情のように固い。それゆえ昔から』……」



 それはよくあるボーイミーツキャットのお話だった。

 鰹節をプレゼントしたことから巻き起こる勘違い系のラブコメだ。


 ニャルミが本を朗読しながら、文字の読み方の特例規則を説明してくれる。

 そのおかげで僕にも段々と読めるようになってきた。


 やっぱり意味があるものを教材に使うと覚えやすいね。

 しかも飽きずに続けられるのが大きい。



 僕は話に引き込まれ、先の展開が気になるようになってきた。

 そうなると自然にどんどん文字を覚えて先を読もうとする。


 ニャルミもそれを察して、分かりにくい部分のみ解説するように切り替える。



 ランプの灯りをともすころ、僕らは無言で物語の続きを追うようになっていた。

 部屋にはただページをめくる音だけが響いていた。




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