ご褒美編 そのニャニャーン
※ 何も問題はないと思いますが、念のため注意書きを入れておきました。
眠気のせいもあったが、ニャルミの直球の質問にどう答えるかためらっていたら、僕はベッドの上に仰向けに寝かされる。
「しらばっくれるっていうのなら、それでもいいわ。
ちょっとおとなしくしていてね」
ニャルミは僕の両足をつかむと、初めて見せるような下卑た笑顔を向ける。
「ペットの健康状態をチェックするのは飼い主の義務なの。
おなかの調子がどうなっているか定期的に確認しないといけないのよね。
特に子猫には気を配らないとね」
その手に力がこめられ、ゆっくりと僕の足を広げてゆく。
「ニャ、ニャー」
おいおいおい何をする気なの? まさか……。
「うふふ、ニャスターの大事なところ拝見! 秘技、にゃんぐり返し!」
※ 飼い主が医学的見地に基づいて行っている通常の健康チェックです。
僕は思わず両手で顔を隠す。
「ほら……、もっとよく見せなさい。何を恥ずかしがっているのかしら」
「ニャーン」
いやぁぁ、恥ずかしい……。もう駄目ぇ、汚されちゃったニャー。
「いつもは丸出しで平気な顔をしているのに、おかしいわね。どういうことなの?」
※ 念のため繰り返しますが、飼い主による通常の健康チェックです。
「ニャ、ニャー」
だってそんなマジマジと見られたら誰だって……。
「あらあらうふふふふ、ひょっとして言葉攻めに弱いの?
それともよろこんでいるのかしら? まあ、なんてヘンタイ猫なの!?」
「ニャー……」
ぐすん。もうお嫁に行けない……。
いくら僕に求婚中だからといって、こんな無理やり既成事実を作るなんてあんまりですぅ……。
枕を涙で濡らす僕を、ニャルミは勝ち誇った顔で見つめる。
「これで分かったでしょう? ただの猫なら恥ずかしがったりなんかしないわ。
股を広げられて顔を隠すなんて、人間の記憶が残っている証拠よ!」
うぐぐ、なんだこの二重の敗北感は……。
こんなことならニャルミが寝ている隙にもっといろいろやっておけば良かった。
いや今からでも遅くは無い。この仕返しはいつか必ず……。
「だいたいわたしが寝ていると思って、エロいことしすぎ!」
ギクッ、ばれてたのか。
僕の様子がおかしくなったのを見て、ニャルミが畳み掛けてくる。
「え!? 本当に何かやったの? まさかと思ってカマをかけたつもりだったのに……。
あ、目が泳いでる! やっぱり何かしたのね!」
「ニャ? ニャニャ?」
いや何もしてないですよ? な、なんのことかな?
「こらニャスター! とぼけようとしたって無駄よ!
正直に白状しなさい! 何をしたの?!
言えないならまた健康チェックだよ!」
「ニャ!? ニャアアアァァ……!」
喋れるわけないのに無茶言わないでくださいよ! ああ……!
「ふっふっふ、こねこちゃんのピンクのこねこちゃーん発見!
良かったわねニャスター、健康体よ!」
※ しつこいようですが、飼い主による通常の健康チェックです。
「これで言い逃れはできないわね。観念しなさい!」
「ウ、ウニャー」
もう好きにして……。
「あ、ひょっとして誓約のことを気にしているのかしら。
それなら同じ誓約をした者同士なら無効みたいよ。
もちろんわたしも秘密を守る誓約をしているわ。だから安心して」
「ニャ」
なるほど、それなら問題は無い。
「そういったわけで、これだけは寝る前にはっきりさせて置きたいの。
ニャスター、あなたも転生者よね。
喋れないのなら、縦か横に首を振って答えなさい」
僕はしぶしぶと頷く。
「よし。じゃあ眠いから詳しい話は明日にするわよ。
それから、もうエッチなことはしないこと!」
「ニャー!」
そ、そんなことしてませんてば!
っていうかエッチなことされたのは僕のほうじゃないですか!
この被害者を装った加害者め! 復讐する権利は僕にあるよ!
「約束だからね! 破ったら承知しないからね!」
僕の態度をみて何かされると思ったのだろうか。
思いっきり釘を刺されてしまった。
「ウ、ウニャー」
「分かればよろしい。よし、じゃあ寝るわよ!」
ニャルミはそう言うなり、明かりを消してすぐに寝付いてしまった。
いろいろ反論したかったところなのだが、正直僕も眠いしもういいや。
それに言葉が通じないのは不利すぎる。
それにしても、これは確かに僕が望んでいた状況ではあるのだが、なぜこんなことになってしまったのだろう。
やましいことは全くしていないのになー、おかしいなー。
ちなみに後日、僕はこの日の復讐をやりとげることになるのだが、その詳細は二人だけの秘密ということで。
さて翌朝。
あれから十時間近く寝ていたらしいが、それだけ休んだおかげでようやく魔力も回復したようだ。
両手を前に投げ出し肩を落とす感じのストレッチをしてから、同じように腰と足を伸ばす。
大きくあくびをしていたら、メイドさんが朝ご飯を届けてくれた。
出来立ての美味しそうな料理の匂いが部屋を満たす。
ニャルミも目を覚まし、「うーん」とかわいい声を上げて背伸びをした。
朝食後、ニャルミがつんと口角をとがらせ、不機嫌そうに話しかけてきた。
「これから昨日見た夢の話をするわ。ニャスター、正座」
「ニャッ」
猫に正座は無理だろう。とりあえず香箱を作ってみる。
どうやらそれでいいらしい。いい加減だなおい。
それより夢の話とはどういうことだ。本題はそれじゃないだろう。
「昨日祝勝会に行く前、変な夢をたくさん見たのよ。
ニャスターがわたしに乗っかっていろいろ押し付けてきたり、何か持て余すからどうにかしろとか言ってきたり散々だったわ」
「ニャ……」
ギクリ。そ、それは奇妙な夢ですね……。
もしかして昨晩あんなことしたのはそれが原因だったりします?
それにしてもいったいどこの世界にそんなエロ猫がいるというのでしょうか。
夢には願望があらわれるといいますから、つまりニャルミがそうして欲しいんじゃないでしょうか。
そうだ、そうに違いない。僕は悪くない。
「まあ百歩譲ってそこまではいいんだけど、その後神様が現れてわたしに『誓約』をさせたのよ。
そのおかげで、わたしは転生してきたことを思い出したの」
「ウニャ?」
え、そうなの? 神様のやつ、僕のことは無視したくせにひどいなあ。
アイツ女の子を甘やかしすぎじゃないか?
「と言っても記憶が完全によみがえったわけじゃないの。
思い出したのは神様に会って能力をもらい転生したというところまで。
前世の知識はいくらか残っているけど、思い出は全然覚えてないわ。
まあこの方が良かったのかもしれないけどね。
だってそれだけしか思い出せなかったのに、まだ気持ちの整理がついていないのよ。
もし記憶が全部戻っていたら、こんな風に話をすることもできなかったでしょうね」
「ニャーン……」
そっか、そんなことが……。
分かってはいたけど、記憶を呼び覚ますのって良いことばかりじゃないんだよね。
「それで最後にその神様が、ニャスターも転生者だから協力しなさいって教えてくれたの。
これが、昨日見た夢の話よ。
半信半疑だったけど、ニャスターの反応を見る限り本当にあった出来事のようね」
「ニャー」
ふむ、なるほどニャー。
それにしてもあのジジイ、本当に女の子にだけはやさしいな。
僕にもいろいろ教えてくれたっていいのにな。聞きたいことがたくさんあるんだよ。
「ニャーじゃ分からないわよ!
ニャスター、そもそもあなたはいつ記憶を取り戻したの?
やっぱり昨日なのかな。ニャスターもなんだかつらそうにしてたものね」
「ニャー」
いつというか、僕の場合は産まれてすぐかな。
記憶にいろいろ曖昧なところがあるのが不可解なんだけど。
あ、昨日つらそうに見えたのは単に眠かっただけです。
いっぱい寝たはずなのに、どういうわけかあの時はくたくただったんだよな。おかしいな。
「もう! 話が全然分からないじゃない!
そうだ、一つだけ教えておいて上げる。
私の能力の一つは『接触テレパス』よ。知ってるかしら?」
「ニャー」
うんうん。接触テレパスなら覚えている。
それは、触れている相手が注意を向けた方向と距離を知ることができるというものだ。
発動条件の難しさと得られる情報の曖昧さのため、かなり低ポイントで習得可能だ。
女の子にはそこそこ人気があったみたいだが、男性には不評だったな。
男の子にはもっとはっきりと分かる真偽眼とかの方が好まれていた様子だ。
それに男性には『相手に触れなきゃいけない』というハードルが高すぎるからね。
さてそういうわけで、これで謎が一つ解けた。
僕の探知対象が見破られていたのは、接触テレパスの応用らしい。
「……というわけで、この能力を使えばニャスターの伝えたいことが分かりやすくなると思うのよ。
じゃあこっちに来て。
とりあえずあなたの持ってる能力を教えてちょうだい」
「ニャー」
正座させたのは何だったのだ。
腰を上げるとニャルミは僕をひょいと抱き上げ、膝の上に置く。
僕の背中を撫でながら、ニャルミが話を続ける。
「でも今までのことで大体は分かるけどね。
魔力才能と魔力探知、それから魔力譲渡だよね。
ひょっとしたら魔法も使えるのかな?
それとパパがニャスターの魔力を見破れなかったのは、多分隠密系の何かを持ってるからだと思う。
魔力の超才能持ちのわたしを欺くことはできなかったみただけどね」
「ウニャン」
なるほどそういうことか。
道理でパパ上殿もママ殿も気が付かないわけだ。
「でも私より魔力が高いのは納得いかないわね。
種族補正的な何かが働いているのかしら。なんか釈然としないにゃあ」
「ニャーン」
それは僕に聞かないでください。僕もよく分からないのです。
「えーと、今までのを全部足して百五十ポイント分くらいよね。
神様はそれくらいが最大だって言ってたから、それで全部かしら。合ってる?」
「ニャー」
うん、まあそういうことにしておこう。
どうやら僕が記憶残留を取ったとは気が付いていないらしい。
ニャルミと同じように、神様が記憶を戻してくれたと思っているようだ。
それに今ニャルミが上げた能力の他に、雄三毛猫の分とかいろいろ加算されてるはずなのだ。
百五十ポイントなんて余裕でオーバーするんだけど、説明が面倒だし言わない方がいいな。喋れないけど。
「あら、他に何かあるの? ん? あっち?」
丁度その時、僕は部屋を尋ねてくるパパ上殿の気配を感じ取った。
「ってなるほどね。んもー。パパったら、タイミング悪いにゃあ」
「ニャルミ、ちょっといいかな。昨日聞いたご褒美の話だけど、覚えているかい?
ニャスターとお喋りしてみたいというお願いだったね」
「うん、でもあれは……」
ああ、そんな話もあったねえ。
「いろいろ考えたんだが、一つ方法を思い出してね。
ある魔道書に、猫をとても賢くする薬の作り方が記されていたんだ。
ただ、こう言っては何だが、その魔道書はいわゆるSFとして扱われているんだよ。
SF、つまりはソーサリーフィクションってやつだ。知ってるだろう?
そういうわけでかなり疑わしいのだが、それに賭けてみる気はあるかい」
パパ上殿は言葉を選んで話しているが、どうやら偽書とかそういったものに近いらしい。
要するに、まがい物ってやつだ。
「ううん、どうしようかな」
そういう紹介のされ方だったので、ニャルミはあまり乗り気ではないらしい。
どうにかそれを別のことにしてもらおうと曖昧な態度を取っていたが、パパ上殿はかなり意欲的だ。
「ついでにそろそろニャルミは魔道書の解読法を習い始めてもいいころだと思うんだ。
だからその本をニャルミに貸してあげよう。練習だと思って読み解いてみなさい。
それにしても懐かしいな。
ニャルミのお姉ちゃんも最初はその本で解読を学んだのだよ」
ご褒美だったはずが、なんだか上手いこと別の話にすり替えられてしまった気がする。
この街の窮地を救った英雄なのだから、もっと景気のいいことをしてくれてもいいんだよ?
「そっか、お姉ちゃんもか。じゃあわたしも頑張ろうかな」
ニャルミは声のトーンを下げた。
このあたりの表現は女の子特有だよな。もっとはっきり言ってもいいのに。
幸か不幸か、娘を持つパパ上殿にはそれで少しだけ通じたようだ。
残念な勘違いをしたパパが話を戻す。
「いや、知恵の薬の話だったね。すまないすまない。
薬の材料はいくつか珍しい物が指定されているので、すぐにできるというわけじゃない。
ただドラゴン素材を売却するために、何人か商人にツテができてね。
その話をしてみたところ、取り寄せできそうなんだ。
良ければそういうことで話を進めるんだけど、どうだい?」
「う、うん」
ニャルミは半分あきらめたようにそう答える。
「ああそうそう、本のタイトルを言っていなかったね。
それは『猫言語魔法』というんだ。残念なことに上巻だけなんだが、ん?
何だい、そんなに喜んでくれるならパパも嬉しいよ。
よしじゃあ早速本を渡そうじゃないか。
着替えなさい。一緒にパパの書庫に行こう」
そのタイトルを聞いて、僕とニャルミは目を輝かせた。
もしも本物なら、それは三百ポイントもする途轍もない能力だからだ。




