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子猫転生  作者: ニャンコ先生
第一部 上巻
14/57

ご褒美編 その三

 夕方になり、屋敷がだんだん騒がしくなってきた。

 いくつもの足音が聞こえる。僕はその物音で眼が覚める。


 どうやらパパ上殿たちのご帰還らしい。

 さすがにあの詰め所で二泊はしたくなかったらしく、後処理をがんばったようだ。



 あまり寝た気がしない。魔力もほとんど回復していない。

 さらに成長期だからだろうか、お腹がペコペコだ。


 メイドさんたちが用意してくれたご飯を食べたら、またぐっすりと眠りたいところだ。

 僕はよたよたと歩き出す。あ、ニャルミの鼻踏んづけちゃった。ごめんね。




 祝勝会だろうか。

 乾杯の音頭とともに、陽気な笑い声が響いてくる。

 なんというかみんな元気だなー。元気すぎる。




 騒がしくなってきたからだろうか、ニャルミも目が覚めたようだ。

 何故か少し赤くなった鼻をさすりながら僕を睨む。

 不思議だね。いったいどうしたんだろうね。僕は目をそらす。


「のどが渇いたー」


 ニャルミは独り言のようにそうつぶやくと、大きく背伸びをしながら起き上がった。

 テーブルの水差しを傾け、コップに水を注ぐ。

 僕がご飯を食べているのに気が付き「わたしも食べるー」とサンドイッチらしきものを手に取った。


 昨日のことで何か言われるかと思ったが、どうやらそれどころではないようだ。

 空腹の時にひとたび何かを口にすると、誰でも食欲が満たされるまで無心に食べ続けてしまうものだからね。


 僕らは黙々とお腹を満たすのに専念した。

 ん? 盛り付けの模様? 何か凝ったデザインだったけど覚えてないや。






 ようやく腹が膨れて人心地猫心地ついたころ、パパ上殿が部屋を訪れる。

 ニャルミはやや不機嫌そうに出迎えたが、パパ上殿はそれに気が付くことはない。

 パパ大好きっ子だと思っていたが、寝起きは機嫌がよくないタイプなのだろうか。


「ニャルミ、起きていたのか。ちょうど良かった。

 ずっと寝ていたと聞いているが、もう大丈夫なのかい。

 どこか具合の悪いところはないかい」


「うーん、平気。でも無茶苦茶眠いの。まだいっぱい寝るー」


「そうか、元気そうで良かった。

 ニャルミ、昨日は本当に助かったよ。ありがとう。

 怪我人は出たものの、ニャルミのおかげで全員無事に帰ることができた」


「ううん、それよりも勝手に屋敷を抜け出して、ごめんなさい」


「そのことは、もういいんだよ。

 それより眠いところすまないんだが、少しだけパパたちに時間をくれないか。

 今みんなが集まっているんだが、昨日のことでニャルミにお礼を言いたいらしい。

 ところがニャルミがずっと眠ったままだと聞いて、とても心配しているようなんだ。

 だから少しだけでいいから顔をだして、みんなに挨拶をしなさい」


「ん、挨拶? どんなことを言えばいいの?」


 するとパパ上殿は「うーん、そうだな」と少し考えてから答える。


「みんなはニャルミが守ってくれたからお礼を言いたいそうだ。

 だけど良く思い出してみなさい。

 みんなもパパやニャルミたちのことを、その身を挺して守ってくれたんだよ。

 そうしたら、ニャルミがどんな挨拶をしたらいいか分かるだろう?

 みんな、助け合って生きているんだ」


「うん分かった。わたしもみんなにありがとうって言いたい。

 それからパパにも。パパ、昨日はありがとう」


 優等生のようなその答えにパパ上殿は満足したらしい。

 やさしくニャルミを抱きしめその頭を撫でるが、ニャルミはあまり嬉しそうではない。


「準備ができたら広間に来なさい。

 パパは先に戻ってみんなにこのことを伝えてくるよ」


 そう言って笑うパパ上殿の顔には、こころなしか疲労の色がうかがえる。

 領主も楽じゃないんだな。

 パパ上殿はメイドさんたちに後の指示を伝え、会場に戻っていった。


「正直もっと眠っていたいにゃあ」


 ニャルミはそう呟き、身支度を整え始めた。






 ニャルミは寝ていた僕を無理やり抱き上げて、会場へと連れて行く。

 呼ばれたのはニャルミなのだから、僕のことは放っておいてくれればいいのに。


「わたしだって寝てたかったのに、ニャスターばっかり眠ってるなんてずるい!」


「ニャー」

 はいはい、いいですよつきあいますよ。

 でも抱っこされてるんだし、このまま寝ちゃおうかな。


「こらニャスター! 寝るんじゃない! 起っきろー!」


「ウニャー」

 やめて揺すらないで! 分かった、起きる、起きますからー!





 道すがらニャルミはどんな挨拶をするか考えている。

 しかし上手く話を整理できないらしい。

 そうこうしていたら、あっという間に広間に着いてしまった。


「では、ご当主様を呼んで参ります」


 メイドさんはパパ上殿とともに戻ってくる。



「よくきてくれたニャルミ、とてもかわいいよ。よし、じゃあ入ろうか」


「う、うん。でもちょっとだけ待って」


 まだスピーチの内容がまとまらないらしい。

 だがパパ上殿はその様子をニャルミが緊張しているのだと捉えたようだ。


「大丈夫、叱られに行くわけじゃない。

 みんなニャルミにありがとうって言いたいだけさ」


 その言葉でニャルミの張り詰めていた顔がゆるんだ。


 パパ上殿は、いかにもいいことを言ったという顔で頷いている。

 だがすぐにニャルミが呆れたように半眼でパパを見つめた。


「ん、何かおかしいこと言ったかい」


「ううん。でもそのセリフは何の本に書いてあったのかなって思って。

 パパってたまに気取った事を言うけど、それって大体何かの本の受け売りだよね。

 昨日の話もそうだったし……」


「え、ニャルミにあげた本には載っていないはずなんだが……。

 いったいどこでそれを読んだんだい?」


 ニャルミは意地悪そうに微笑むと、僕をちらりと見てから答えた。


「たぶん、どこか遠いところで。

 それよりもう大丈夫、おかげで緊張は解けたわ。ありがとうパパ」


 ニャルミはそうやってはぐらかすと、従者に合図を送る。

 扉が静かに開いて一条の光が差し込んでくる。

 ゆっくりと視界が広がっていくと、僕らを出迎えるみんなの笑顔が並んでいた。






 ニャルミの挨拶は子供らしい簡単なものだった。

 ひょっとしてパパ上殿のセリフを反面教師にしたのだろうか。


 だがその飾らない言葉のおかげで、逆にニャルミの気持ちが正直に伝わったようだ。


 ニャルミの話にどういうわけか泣き出す人まであらわれた。

 みんな飲みすぎだよう。お酒は楽しく飲みましょう。


 戦場で見かけた猫耳兵さん達が、ニャルミのもとへと押し寄せてくる。

 誰かが胴上げしようと言い出すと、もう彼らを止めることはできなかった。


 ニャルミは最初こそ迷惑そうに顔を歪ませていたものの、二度三度と空中に放られる度にその口元がほころんでゆく。


 まあこういうのも悪くないよね。

 いつしかニャルミと僕は手と手をとりあい、屈託の無い二つの笑顔が並んでいた。




 それ以外の祝勝会の様子は詳しく説明しなくてもいいだろう。


 みんなの無事に乾杯したり、ドラゴンの素材に乾杯したり、ニャルミがドラゴンスレイニャーとかいう称号を得たことに乾杯したりした。

 ようするに乾杯なのだ。



 そうそうこの席で一つだけ心配していたことがある。


 それはニャルミが『昨日の勝利はニャスターのおかげです』なんてことを言い出さないかということだ。

 それを暴露されてどうなるかは出たとこ勝負なのだが、まあ基本とぼけるしかないよな。

 普通のキャットライフをもう少し楽しみたいという気持ちもあるからね。


 幸いそれは杞憂でしかなかった。ニャルミが空気を読んでくれたのだろうか。



 まだ眠気があるとニャルミが伝えると、僕らはすぐに帰ることを許された。

 おそらく昨日魔力を使い切って突然寝てしまったことや、子供であることが考慮されたのだろう。

 ニャルミが期待の星であることや、スピーチの内容が良かったということもあるかもしれない。




 共に部屋に戻ると、ニャルミは僕をベッドにおろして寝る準備をはじめた。

 これでまたゆっくり眠れるな。先に寝ちゃってもいいよな。よし、寝る。


 うとうととしかけたころ、寝間着に着替え終わったニャルミが戻ってくる。

 おいおい、静かに入ってきてよ。うとうととしてきて気持ちがいいのだから。


 その期待通りゆっくりと毛布が持ち上げられ、ニャルミは音も無くベッドに滑り込んでくる。

 うんうん、このままゆっくり眠れそうだ。ニャルミは気が利くなあ。



 そう思っていた矢先、突然ニャルミが僕の両脇を掴んで抱き上げた。

 強制的に目と目が合う格好になり、そのままじっと見つめられる。

 ん、何か用があるの? 寝る前のチュー的なことをご所望ですか。しょうがないニャー。


 だが何か様子が違う。いったいどうしたというのだろう。

 その表情はいつになく真剣だ。

 そのただならぬ雰囲気に、僕はまどろみの世界から引き戻される。


 そして僕の意識がはっきりとしてきたのを確認すると、少女はようやく口を開いた。


「ニャスター、あなた、転生者ね?」


「ニャ?」


 そのニャルミの最後の言葉が意外すぎて、僕はしばらくぽかんとした顔をさらしてしまった。

 しかしすぐにその意味するところを認識し愕然とする。


 ん? あれ? どうしてそれを? まさかの『記憶残留』能力所持者なのか!?

 いやいやぶっちゃけた話、ニャルミってあの夢に出てきた少女じゃなかったの?




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