一
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コトノの能力によって一瞬でダリアミ王国にたどり着いたシエラ達は、ユファの案内で王城に来ていた。
ダリアミ国王に謁見する為、シエラ達は謁見の間に案内され、深く頭を下げている。異様な緊張感に包まれた空間に、シエラは思わず視線を彷徨わせた。赤い重厚な絨毯の上で、シエラ達は静かにただ時を待っている。ちなみに、コトノは前回のディアナ女王の時と同じく、イヴの中に隠れている。
先ほど入室してから、王の座にいるダリアミ国王は一言も喋っていない。それがかえって恐ろしい。シエラはじんわりと額に汗をかき、両隣にいるユファとクラウドを盗み見る。
――……早く、しゃべってくれないかな。
シエラはいい加減、今の頭を下げている体制が辛くなってきた。緊張感に包まれた中での普段取らない姿勢だからか、余計に肩が凝ってしまう。すると、ダリアミ国王がようやく「面を上げよ」と声を発した。
シエラ達はゆっくりと顔を上げる。
乱れ一つない美しい、銀色のような長い白髪に、紫紺の双眸。老齢であるが故に、神々しささえ感じさせる容貌だ。男性であるはずだが、見方によっては女性に見えなくもない。
「……思うたよりも早く、ダリアミに着いたものじゃの」
ぽつりと呟いたダリアミ国王は、懐疑の目でシエラ達を見てきた。何と返せば良いのかシエラ達が答えあぐねていると、彼は小さく笑った。
「よいよい、ディアナよりの情報は聞いておるわ。最高神の導きであろう? ……中々に、面白いことになっておる」
ダリアミ国王は独りごちると、ユファへと視線を向ける。
「して、今日の用件はなんじゃったか」
「……はい、畏れながら。陛下は、初代国王ダリアミの日記の所在を、ご存知でしょうか」
ユファが静かな声で尋ねれば、ダリアミ国王は首肯した。
「知っておるとも。……それで?」
「私たちの旅を進めるために、どうしてもそれが必要なのです」
「……なるほどの。つまりそなたらに日記を渡せば良いのじゃな」
ユファが短く返事をすると、ダリアミ国王はゆっくりと立ち上がった。そして、シエラ達のいる下座へと歩み寄ってくる。
「陛下……!?」
傍に控えていた大臣らしき人たちがどよめく。ダリアミ国王は彼らを片手で制し、ユファの前にしゃがみこむ。
「そなたには、特に辛い場所となるじゃろうが、構わぬか?」
「…………はい」
ユファは長い沈黙のあと、はっきりとした声で答えた。それに満足したのか、ダリアミ国王は頷き返した。
国王の言葉は一体どういう意味なのか、何故ユファには辛いのか、シエラは思わず尋ねてしまいそうになるのをぐっと堪える。
「日記の所在は、この城の地下神殿の最奥。入りたくば今すぐに通してやろう」
さぁ、どうする。
脅すように呟かれた言葉に、シエラは肌が粟立った。けれどここで怯んでいる暇は無い。こうしている間にも、アン達がそれぞれの国で日記を奪おうとしているのだから。
「……今すぐ、私たちを神殿に入れて下さい」
全員の気持ちを、ユファが告げた。
ダリアミ国王は「相分かった」と言うと、ちらりと視線を大臣たちに向ける。彼らはそれで全てを把握したのか、後ろに控えている兵士達に小声で指示を出し始めた。
「では、下がってよいぞ」
その言葉に、シエラ達はもう一度深々と頭を下げる。それからいそいそと謁見の間から出ようと扉に向かう。
「……きゅーん」
「……イヴ?」
今まで大人しかったイヴが、ダリアミ国王に向かって鳴いた。それにつられてシエラはつい後ろを振り返ってしまった。
「――ッ!!」
真っ赤な瞳が、光を放っていた。双眸は紫紺の隻眼へと変貌しており、右目は真紅に塗り替えられていた。姿形はダリアミ国王その人であるはずなのに、たった片目の色素が変化しただけで、別人に思えてしまう。
「……心して、挑めよ」
ダリアミ国王は低い声でそう締めくくると、シエラに背を向けて上座に戻った。同時に、謁見の間の扉も閉められた。
自然と、呼吸が荒くなる。
さっきの言葉は、警告なのだろうか。シエラにはまるで、死刑宣告のようだった。見てはいけないものを、見てしまった。それに対する恐怖なのか、国王への畏怖なのか、はたまた全く別の感情か。シエラはイヴを抱き寄せながら、震えそうになる体を心で縛り付ける。
「シエラ、どうした?」
「えっ……」
いつの間にか隣に並んでいたユファが、とても心配げな顔でこちらを見ている。そう、隻眼の碧眼が、こちらを、見つめている。
「ッ!!」
――私、サイテーだ!!
シエラは一瞬でも、ユファにダリアミ国王を重ねた自分に怒りがこみ上げてきた。
「シエラ……?」
首を傾げているユファに、シエラは平静を装いながら頭を振った。
「シエラ……?」
首を傾げているユファに、シエラは平静を装いながら頭を振った。
「なんでもないよ。……あのさ、ユファ。一つ、聞いてもいい?」
「なんだ?」
「……ダリアミ国王のことなんだけどさ。あの人って、目に何かしてたりする?」
長い廊下を案内されながら、シエラは声を小さくして尋ねた。いきなり目が色違いだなんて尋ねていいのか分からなくて、ついそんな聞き方になってしまう。ユファは少し考え込むように仕草をした。
「何か……とは、具体的にどういうことだ?」
ユファは困惑した表情でシエラを見る。シエラは思い切って、先ほどのことを伝えてみた。するとユファは、どこか遠くの方を見ながら言葉を止めてしまう。暫しの逡巡の後、彼女はゆっくりと唇を動かす。
「こんな所で話すことではないのだが……陛下は、少し特別な力を持っておいでなんだ」
「特別な力?」
「あぁ、特別な力だ。……その力を持つ者は、瞳の色がそれぞれ異なって生まれてくる」
「……じゃぁ、ダリアミ国王の目の色が違ったのって、その力を持ってるからなんだ?」
ユファは頷いた。どことなく、彼女の横顔は沈んでいるように見える。
「普段は魔法で隠しておいでなんだ。……どうして、シエラにだけ見せたのか分からないが」
「確かに、そうだね。……魔法が切れた、っていうにしては、なんかわざとな感じがしたし」
シエラは腕に抱きかかえたイヴに視線を落とした。もしかしたら。そう考えたけれど、さすがにいくらコトノとはいえそんな事はわざわざしないだろう。
「……陛下の考えは、私にも分からないが」
何かしらの考えがあったのかも知れないな。
ユファは話をそう締めくくった。シエラはなんだか申し訳ない気持ちになる。不躾に人の内情を聞いてしまったし、それでユファにも嫌な思いをさせてしまった。
「ユファ、ごめんね」
イヴを抱き直しながらシエラが呟けば、ユファはすぐさま「気にしないでくれ」と笑った。
「ちょっとあんた達、もうお喋りはその辺にしときなさいよー」
前を歩いているラミーナに注意され、意識を前方に持っていく。気がつけば、シエラ達は小さな階段の前に来ていた。薄暗い階段は、地下へと続いているらしい。案内の兵士が階段の両脇に佇み、シエラ達が進むのを待っている。
「よしっ、んじゃ行ってみっか!!」
「さっさと行って回収しちまえばこっちのもんだしな」
「ちょっとー、暗いんだから、はしゃがないでよね」
バイソン、クラウド、ラミーナが階段を下りていくのにシエラ達も続く。いつも思うのだが、あの三人は本当にこういう場面で頼もしいというか、大胆というか。
シエラは階段を下りながらそんな事を思った。
暫く階段を下りていくが、中々終わりが見えない。一体いつまで続くのかと辟易した頃、急に視界が開けた。壁がなくなり、階段がむき出しになっている。広い空間の奥には扉があり、不気味に青白く光っていた。どことなく、この空間はガイバーの神殿とも似ている。
「あそこが、神殿の入り口か」
シエラ達は扉の前まで辿りつくと、慎重に扉を押した。瞬間、広々とした通路に次々と青白い灯りが点っていく。ゆっくりと中に入り、様子を窺う。不気味な雰囲気を醸し出してはいるが、何か仕掛けがある様子は、今のところ見受けられない。
「うわ~、なんか“出そう”な雰囲気だな~」
「バイソンさん、怖いんですか?」
「なっ、べべべべ別に怖くはないぜ~……?」
「いやもうそれ完全にびびってるだろ」
「あんた、そんなデカい図体して怖いものダメなわけ?」
「いやだから別にダメってほどじゃねぇんだけどよ! なんつーか、ほら、この雰囲気が苦手ってつーか……」
バイソンは少しだけ体を縮こまらせて苦笑いを浮かべている。普段では見せないその姿にシエラも思わず笑ってしまう。
「……そんな皆して笑うなよなー」
バイソンはがっくりと肩を落としながら、ふいに壁に手をついた。
「ん、なんだこれ?」
何かおかしなものでもあったのだろうか。シエラもバイソンの手元を覗き込む。暗くてよく分からないが、これは。
「……壁画?」
何やら絵やら文字やらが、壁一面に彫られているようだ。ただの模様としてのものもあるが、今シエラ達が見ているものは明らかにそうではないものだ。
「おいユファ、これってなんか意味があんのか?」
バイソンが振り向くのにつられ、シエラもユファに視線を向ける。すると、彼女は何かに耐えるように下唇をぎゅっと噛んで、闇の奥を睨みつけていた。
「ユファ、大丈夫か?」
「……あぁ、問題ない」
バイソンの問いかけにユファは気丈に振る舞い、前へと歩き出す。シエラ達はその後ろ姿を見守るしかできない。先ほどのダリアミ国王の言葉が思い出されるが、今はとにかく進むしかないのだろう。
シエラ達は辺りを注意深く見回しながら、慎重に通路を進んでいく。壁画も途切れることなく続いており、シエラはそれらにも目を向ける。もしかしたら、二年千前の謎を解く手がかりになるかもしれない。今はとにかく、なんでも情報が欲しい。
夢の中でのグレイの言葉が本当なら、あと少しの情報で、シエラ達の置かれている状況もほんの少しは改善されるかもしれない。何より、グレイの目的を知るための鍵になる可能性もある。
――どうしてリディア達が旅をする事になったのか……本当のことを知りたい。だってガイバーは、神によって連れて行かれたんだから。
ガイバーの日記の冒頭に記してあった、彼の過去。魔法が異端とされた当時から、今の世界が形作られたきっかけ。それこそがリディア達の旅だ。謎だらけの彼女たちの“本当の目的”を知れば、シエラ達が最終的に、本当に成し遂げなければいけない事も分かるだろう。
「……ねぇ、あれって」
シエラが思考の海に沈んでいると、ふいにラミーナが前方を指差した。目を凝らしてみると、そこには扉らしきものがあった。少し前を歩いていたユファも、ラミーナの言葉に反応して立ち止まる。
「この先に、あるのかな……」
シエラは息を呑み、ゆっくりと扉に近づいていく。近づいていくと、扉にまたも不思議な模様が刻まれているのが見えた。
扉には、二本の線が螺旋を描き、その上部に半月に掛かった十字架が彫られている。この模様は、何度も見た事がある。
ユファと出会った街の遺跡、それからルダロッタに入る時にあった巨大な門で、これを見た。ラミーナ達はシエラとクラウドを探すときに、禁断の森に入る門で同じものを見たらしい。
「この模様、一体何の意味があるのかしら……」
ラミーナも模様に気づいたらしく、訝しげに見つめている。
何度も出くわす模様だが、未だに意味は分かっていない。それに、シエラはずっと引っかかっているのだ。ユファと出会った遺跡でこの模様を見たよりもずっと前に、これと同じものを見たことがある。しかし、それがどこでだったのか、未だに思い出せない。
「とりあえず、進んでみるしかねぇよな」
そう言ってバイソンが扉に手を伸ばすと。
「離れろ……!!」
ユファが彼を止めた。瞬間、扉から無数の槍が飛び出してくる。
「うおっ!?」
バイソンは反射的に仰け反った。槍の先端はバイソンとユファの目と鼻ギリギリにまで迫っており、あと一歩遅ければバイソンは串刺しだった。
「罠か。けど、どういう仕組みなんだ……?」
クラウドは扉に目を凝らす。槍は柄の部分から突然出現している。扉の中から、穴などを通っているようには見えない。サルバナは慎重に扉に一歩近づき、槍の出現部分に手を伸ばした。
「危ないよサルバナ」
シエラが一応言ってみるものの、やはり彼は手を伸ばして扉に触れた。すると、次の瞬間には槍は跡形もなく消えていた。奥に引っ込んだのではない。まさに、消えてしまったのだ。
「……どこからか空間転移されてたみたいだね。多分、侵入者の魔力を感知して、その魔力で発動する仕組みだよ」
「え!? なにそれ凄い。ていうか、よく今の短時間でそこまで分かるね」
シエラが感心していると、サルバナは不敵に「まぁ、俺にかかればそのぐらい朝飯前かな」と笑った。
「ま、そうは言ってもユファが彼を止めてなかったら大惨事だったからね」
「あぁ、そうだな。ユファ、ありがとよ!!」
「……いや、その、私は別に」
ユファは俯いて視線を逸らす。きっと彼女のことだから照れているのだろう。
「で、サルバナ。この扉はこのまま普通に開けられるのかしら?」
扉とサルバナを交互に見やり、ラミーナは柳眉を寄せた。サルバナは笑みを浮かべたままもう一度扉に近づき、そっと手を当てる。触れた右手から黒紫の煙が現れ、扉の中へと吸い込まれて消えていく。
「……うん、大丈夫かな」
納得したようで、サルバナは一旦扉から離れた。そこで自分で開けないのがサルバナらしいというか、なんというか。扉は石造りで相当重厚なものだった。バイソンとクラウドが体当たりで押してやっと開いた。
「なんでこんな厳重なんだよ……」
「ガイバーの神殿に比べると、随分立派な守りだな」
二人は扉に恨み言を吐きながら前に進みだす。暫く細い通路を歩いていると、道が三つに分かれたところに差し掛かった。
「うっわぁ、面倒くさっ」
思わずシエラは溜め息をついてしまう。さすがにこれにはラミーナ達も顔をしかめて、考え込むような仕草をしている。
「サルバナ、なんとかならない?」
シエラがちらりと彼を見上げれば、
「さすがに俺もこれは無理かなー」
と乾いた笑いと共に肩を竦められてしまった。
「これは……いっそ三つに別れて進みますか?」
ウエーバーが提案すると、ラミーナとクラウドも仕方なさそうに頷く。しかし、今まで黙っていたユファが突然「……こっちだ」と歩みを進めた。
「ユ、ユファ……!?」
一同は目を丸くしたが、ユファの足取りは変わらない。何かを感じ取っているのか、闇の奥の一点を見据えている。
「……ユファを信じてみよう」
シエラは決心すると、イヴと共にユファの後ろ姿を追いかけた。クラウド達も顔を見合わせると、二人の後を歩き始める。カツカツ、と硬質な音が通路全体に響き渡り、シエラはイヴをしっかりと抱きしめながらユファを追いかけていく。
――なんだろう。この、心がザワつくような感覚……。
この空間には、自分の深い部分に語りかけてくるような、得体の知れない不気味さがある。空気は冷たく、シエラの心と体もそれに感化されていく。ただ、抱きしめているイヴの温もりが、シエラを繋ぎとめてくれているような気がするのだ。
――ユファ!!
彼女が、遠くに行ってしまう。そんな不吉な予感に、シエラはユファへと手を伸ばした。あと少しで手が届く――そう思ったとき、シエラは足元の感覚がなくなるのを感じた。
「え……?」
落ちる。
堕ちる。
オチル。
落ちてしまう。
「シエラ!!」
こちらを振り返った、ユファの逼迫した表情が目に写る。




