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リディア―世界の中で―  作者: 知佳
第十二章:異
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****



 トロイアの遺跡を出たシエラ達は、暫し泉のそばで休息を取っていた。色んな事が一度に起こった分、どっと疲れが押し寄せてきたのだ。シエラは結んでいない自分の髪の毛に櫛を通しながら、泉を覗き込んでいる。なんだか妙な感じだ。今まで髪を結んでいたあのゴムは、何があっても手放してはいけないような、そんな気がしていた。

 それなのに今は、魔力が落ち着いているからなのか、ゴムを持っていなくても不安を感じない。けれど、違和感はそのせいだけではない。

「……なんだ」

「……いや、別に」

 突き刺さるようなクラウドの視線に、シエラも冷めた視線を送り返す。先ほどからずーっと、クラウドはシエラのことを物珍しそうに見ているのだ。

 ――あぁ、もう!! なんで私が気にしてんだろ……。

 小さく溜め息を吐きながら、シエラはゆっくりと立ち上がった。

「コトノ」

 木陰に入り、どこか遠くを見つめているコトノの元へ歩み寄る。彼女は視線だけをシエラに向けると、「何じゃ?」と掠れた声で問うた。シエラは身を屈め、コトノへと近づく。

「私、変じゃないよね?」

 シエラが小さな声でそう尋ねると、コトノは目を見開いた。

「え、なに、変なのっ!?」

「……いや、別に変ということはないぞ。うん、普通じゃ普通。ただ、のぅ」

「なに?」

 シエラは頬を両手で押さえた。てっきり、クラウドが自分の事を見てくるのは変だからだと思ったのに。なのに、コトノはいたって普通だと言う。

 ――じゃぁ、変なのは私じゃなくてクラウド……?

 ふとコトノを見れば、彼女は笑いをこらえるように必死に頬を空気でいっぱいにしていた。しかし、シエラを見ていて我慢できなくなったのか、突然「あはははははは!!!!」とゲラゲラと笑い出す。

「お、御主っ、なんじゃ、御主っ、そのようなことを気にしておったのかっ!?」

「な!! コトノ、私のことバカにしてんの!?」

「あははは!! し、しておらぬよ! しておらぬが……その、なんというか! あははは!! ダメじゃ! 笑い死んでしまう!!」

「バカにしてないとかどの口が言ってんだか……」

 シエラは呆れて肩を落とした。コトノは未だに息を荒くしながら笑っている。いよいよバカにされている気しかしなくなってきた。

 シエラがじっとコトノのことを見ていると、コトノは涙を拭いながら「すまぬ、すまぬ」と息を吐き出した。

「……まさか御主が、自分の見目の事を気にする女子だったとは」

「バカにしてるよねコトノ」

「バカにしてはおらぬよ。なんじゃ、御主も存外根に持つ性格じゃなぁ」

「そりゃーあんだけ目の前で笑い転げられたらそう思うよね」

「あー、悪かったのぉ。反省する。ほれ、この通りじゃ」

 ぺこりと頭を下げたコトノに、シエラは腕を組んで「ならよろしい」と笑う。

「それにしてもコトノ、体調悪そうだけど、大丈夫?」

 先ほどからコトノの顔色は優れない。シエラが彼女の顔を覗き込むと、思い切り頬をつねられた。

「……むぁー! ふぁにしゅるんほー」

「あははは! 何を言っておるか全く分からんぞ」

 シエラはコトノの指を自分の頬から引き剥がすと、「もー、なにするのー!」と言い直した。

「でもコトノ、ほんとに体調悪そう。さっきの戦いで怪我でもしたんじゃ……」

「心配には及ばんよ。……少し、力を使いすぎただけじゃ」

 それからコトノは、全員に話があるからと、シエラに適合者全員を呼ぶように指示した。シエラはさっそく、泉を中心に点々としていた彼らをコトノの前に集める。

「どうしたんだ? なんか重要な話か?」

 バイソンがどっかりと腰を下ろす。それにならって、ラミーナやクラウド達も、それぞれコトノを中心に円になるように座った。

「ふむ、実はな、先ほどの戦いで私は少々力を使いすぎてしまった。故に、もう今日いっぱいは力が使えぬ。すぐにダリアミに御主達を送ってやりたいのだが、それも叶わぬのじゃ」

 コトノがどこか申し訳なさそうに話せば、

「なんだ、そんなことかよ!」

バイソンはあっけらかんと笑い飛ばした。

 コトノは彼の反応が予想外だったらしく、「は?」と間抜けな顔になる。

「大体、俺たちも今日はもうこれ以上戦ったりできねーしなぁ。ゆっくり休むのが妥当なんじゃねーの?」

「あら、珍しくまともな事言うじゃない。私も同意見だわ」

「俺もだ。これ以上下手に動いても、敵に好都合なだけだろう」

「だろー? ……ってラミーナ、珍しくは余計だぜ」

 バイソン、ラミーナ、クラウドのやり取りに、コトノは目を真ん丸くしているばかりだ。

「ま、そんなわけだからさ。大丈夫だよ、コトノ」

 シエラがそう付け足せば、コトノは「なんじゃなんじゃー」と肩をすくめる。

「鍵を奪われて落ち込んで、早く次を、と急かすかと思うておったのに。私の杞憂ではないか」

 コトノはそう言って、どこかニヒルに笑ってみせた。すると、ウエーバーが「落ち込んでばかりもいられませんから」と付け足す。その言葉に、コトノは「おぉ」と驚きの声を漏らした。

「御主が一番落ち込んでいるかと思ったんじゃがな」

「……まぁ、多少なり気落ちはしてますけど。大丈夫です。次あったら、僕が彼を完膚無きまでに叩きのめしますから」

 そう言ってウエーバーは極上の笑みを浮かべた。シエラ達は鳥肌が立つのを感じながら、乾いた笑いを返すことしかできない。

「……御主、中々言う奴じゃのぉ」

「まぁ、やられっぱなしは性に合いませんから。……それより、これからどうしますか?」

 瞬間、空気が切り替わる。和やかさは消え、緊張感に包まれる。シエラも居住まいを正して、仲間にきちんと向き直った。

「まぁ、当然これからは他の国にも奴さん達現れるよなぁ」

「……だろうな。恐らく、今回のように単独で現れるだろうよ」

「とりあえず、あたし達はこのまま鍵を集めていくしかないわよね。取られた分は、それなりに取り返すチャンスが来るはずよ。あいつらがあたし達の持っている鍵を狙ってくるなら、ね」

 アン達ならば、その機会は十分にありえそうだ。彼らが鍵を手に入れるメリットはよく分からないけれど、それでも狙ってくるだろう。すでにガイバーの鍵はこちらにある。これから先のダリアミ、ナール、ユクマニロ、ロベルティーナ、ナルダンの鍵を確実に手に入れればいいのだ。最後の、ブラドワールだけはどうにも不安だけれど。

「ひとまずは、ここから移動しましょうか。確か、近くに町があったはずです。そこで今日は夜を越して、明日の朝、また出発しましょう」

 ウエーバーの提案に、コトノも「明朝ならば私も大丈夫じゃ」と頷いた。

「じゃ、皆荷物まとめなさい! ちゃっちゃと移動して、しっかりベッドで休みましょ」

「そうだな」

 ラミーナの言葉に従い、シエラ達はそれぞれ荷物をまとめにかかる。すると、いつの間にか泉の近くを走り回っていたイヴがシエラの足元にいた。

「きゅーん」

「イヴ……?」

 足に擦り寄ってくるイヴを抱きかかえ、シエラは柔らかいその毛並みを撫でた。この温もりに触れるたびに、とても安心できる。ゼインの首都ガローズで行われた大会で、イヴを失うかもしれないと思ったときは本当に焦りと不安でいっぱいだった。

「やっぱり、イヴも旅の仲間だもんね」

「きゅーん!」

「……おい、そろそろ行くぞ」

 後ろからクラウドに声をかけられ、シエラはイヴを肩に乗せて、かばんを掴んだ。小走りでクラウドに近づくと、イヴはシエラの肩からクラウドの肩へとジャンプした。

「わっ!!」

「う、おっ!?」

 その時、イヴの尻尾がシエラの首元をくすぐり、シエラは声をあげた。クラウドも、驚きに声を上げて、僅かにイヴが乗った左肩を落とす。

「こら、びっくりすんだろ」

「きゅーん」

 クラウドは叱りつつ左手でイヴの頭を撫でた。イヴは嬉しそうにクラウドの手に擦り寄る。微笑ましいその光景に、シエラも顔を綻ばせる。

「クラウドも、イヴには敵わないね」

「なんだよそれ。……まぁ、間違ってはねぇけど」

「きゅーん!」

 イヴの元気な鳴き声に、シエラはクラウドと顔を見合わせて笑った。なんだか穏やかで幸せで、でもちょっぴり気恥ずかしい。シエラはイヴと戯れているクラウドの横顔を見ながら、ふと、そんな風に感じた。

 ――そういえば、いつだったかな……。

 もう大分前のような気がするけれど、クラウドの横顔を懐かしいと思ったことがあった。クラウド自身に懐かしいと思ったのか、それとも彼の精悍な横顔に、なのかは分からないけれど。

 ――胸の奥がきゅって、締め付けられるみたいで。

 この感情を、なんと言ったらいいのだろう。

 言い表しようのない感情が、シエラの中に沸き起こる。これは本当に自分のものなのだろうか。どうして、こんな風に思ってしまうのだろうか。そんなことを考えながらシエラは、クラウドの背中を見つめてそっと目を細めた。


 それからシエラ達は一時間ほど歩き、町に着いた。

 宿を探してひと段落がつくと、それぞれ分担して買い出しに出かけたりと何かを忙しく、気がつけばすっかり日も落ちはじめていた。

「疲れたね……」

「そうだな。意外と足りないものも多かったし」

「あー、あたしも足がパンパンだわ」

 シエラ達は部屋でくつろぎながら、それぞれ足をマッサージする。ちなみにコトノは、先ほどイヴを連れて外に出て行ってしまった。

「そういえば、そろそろご飯の時間だよね」

 日が沈んでしまい、シエラ達には時間を知る術がない。宿の主人が言うには、食事の時間になれば鐘がなるらしい。

「あたし、もうお腹ペッコペコー」

 ラミーナは座ったままぐったりと上体を壁に預けている。すると、ゴーン、ゴーン、と低い音が聞こえた。恐らく、これが食事の時間を知らせる鐘の音なのだろう。シエラ達が部屋を出ようとすると、ちょうどコトノが戻ってきた。その足元にはイヴがいる。

「あ、コトノ。今からご飯だよ」

 シエラがそう言うと、コトノはびくりと肩を震わせてから「あ、その……私は部屋で待って――」「何言ってんのよ!! あんたも来なさい」ラミーナに強引に腕を引かれた。

「お、おいっ……!!」

 コトノは驚きながらも抵抗するけれど、ラミーナは「食事の時間は、貴重なミーティングの時間なの。あんたも、食べなくてもいいから参加して」ときっぱりと言った。

 最高神相手にも物怖じしないあたりラミーナらしいというか。もしくはコトノに慣れた、ということかもしれない。シエラとユファは苦笑いで二人の後ろを歩く。階段を下りて大食堂に入る。そこにはすでに、クラウド達が席を取っていた。

「わぁ、おいしそう……!!」

 色とりどりの野菜の上に、豪勢な豚肉が乗せられている。スープは湯気を立てており、匂いが食欲をそそる。

「ほんと、おいしそうね」

 ラミーナはコトノを先に座らせてから、自分も席に着く。コトノの顔は曇ったままだ。

「さて、それじゃ……」

「いただきます!!」

「いただきます!!」

 ラミーナが取り仕切る前に、バイソンとクラウドが勢いよく両手を合わせて料理に手を伸ばした。

「……今日はいつにも増して、二人ともがっついてるね」

「まぁ、色々あったからな。腹が減っているのだろう」

 シエラは隣に座っているユファと小さな声でそんな会話をしながら、ちらりとクラウドを見る。器用に、綺麗に食事を進めていくが、食べるペースは大分速い。豪快に食べるバイソンといい勝負だ。

「ちょっとバイソン、口の周り凄いわよ」

「お、わりぃわりぃ」

 ラミーナに指摘され、バイソンは口の周りをナプキンで拭う。確かにバイソンの口元にはソースがついていた。

「……人間の食事とはこんなに賑やかなものなのか」

 ぽつり、とコトノが呟いた。シエラは左を見る。コトノは目が合うと、少しバツが悪そうに首を竦めた。

「コトノ、さっきから本当に何も食べてないけど。大丈夫? それで体持つの?」

 あまりとやかく言いたくはないが、ついシエラも心配になってしまう。本当に、コトノは今日一日、何も口にしていないのだ。それなのに平然としているものだから、妙な感じがしてしまう。

「そうだぜ。腹が減ったら何にもできねぇし。遠慮とかしねぇで食えよ。……あ、もしかして肉苦手か!?」

 バイソンは肉の乗った大皿を差し出しながら、一人で青くなったりしている。コトノは小さく溜め息を吐き出し、「御主達には、やはり話しておくべきか……」と呟いた。コトノのその言葉に、シエラ達に緊張が走る。重要なことなのだろう。あるいは、彼女が食事をしない理由か。

「……少し、長くなるかもしれんがのぉ」

 そう言って、コトノは切り出した。

「結論からいえば、私たち神には食事は不要なのじゃ」

「――え?」

 シエラ達は目を丸くする。

「そ、それって食べなくても生きていけるってこと!?」

 思わずシエラが大きな声を出してしまうと、コトノの人差し指に唇を押さえられた。

「まぁ、そういう事じゃな」

 ゆったりとした口調で、コトノは頷く。

「でも、どうして?」

 ラミーナの純粋な疑問の声に、コトノは笑いながら「正確にいえば、全く食べないわけではないんじゃ。ただ、人間のように色んなものを食べる必要がなくてのぉ」と付け足す。

「私たち種族は、ルダロッタにある“アダムの樹”という木に出来る果実のみを食す」

 アダムの樹。初めて聞いたが、なんだか凄そうな木だ。

「とは言え、食するのは五十年に一度ぐらいの頻度で良くてのぉ。だから、私たちは滅多に食事をせぬ」

「じゃぁ、その、アダムの果実以外を食べたら……あんた達神はどうなるわけよ?」

 戸惑いながらラミーナが尋ねれば、コトノは「さぁな」と肩を竦めた。

「今まで、そういう話はなかったからのぉ。私にも分からぬよ。まぁ、死にはしないと思うがの」

 ケラケラとコトノは笑っているが、シエラ達は驚きが隠せずにいる。姿形は人間と同じだというのに、思わぬところで違いがあった。食事を全くしないで生きていられる生き物が、この世にいるということが信じられない。どんな動物であれ、食べ物は必要だ。植物にだって、水や太陽が必要だと言うのに。

「……御主達、信じられないという顔をしているな」

 そういわれ、シエラが心臓が飛び跳ねた。コトノの、形の良い唇が弧を描いている。彼女の銀髪からは、“赤い”瞳が覗いている。

「食か、文化か、風習か、それとも能力か。……いずれにせよ、私たちには大きな隔たりがあるという事じゃな」

 今まで感じたことのなかった境界線を、突きつけられた。否、最初は境界線しかなかったのだ。“神”という存在の謎さ故に、シエラ達は境界線を引くしかなかった。それがいざ蓋を開けてみて、コトノと出逢い、その境界線を忘れていた。けれど。

「俺、お前にそんな変な壁、感じねぇけどな」

 バイソンはあっけらかんと、ぼけっとした顔でそう言った。今度はコトノが目を丸くする。

「まぁ、色々違うのは仕方ねぇと思うけどよ。俺、だからってお前に壁は感じねぇよ」

「……うん、バイソンの言う通りだよ」

 シエラはコトノの肩に手を置いて、力強く頷いた。

「だって、コトノはコトノじゃん!」

「そうね。……今日の食事に関しては、無理矢理つれてきてごめんなさい。あたしが悪かったわ」

「いや、別に構わぬのだ! ただ、その……私は、御主達が不愉快な思いをするのではないかと……」

 コトノの言葉は段々小さくなっている。いつの間にか、コトノの瞳は澄んだ青色に戻っていた。

「さぁ、食事の続きをしようではないか。明日の朝には私の力も回復するゆえ、今のうちにたーんとたらふく食うておくが良いぞ!!」

 コトノはそう言って、シエラの背中を叩いて笑った。

「い、痛いよコトノ!」

 シエラは咽ながら、食事に箸を伸ばす。再び賑やかさを取り戻したシエラ達は、そのまま楽しく食事を終え、各々就寝した。



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