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リディア―世界の中で―  作者: 知佳
第十二章:異
94/159

幕間

****


 グレイは、墓前で膝を折って、静かに花を手向けた。誰かの菩提を弔うのは、一体いつぶりだろうと記憶を掘り起こす。十字架を模った墓石には「ルミーナ=ドロウッド」と彫ってある。この墓には、ルミーナ本人は眠っていない。

 ルミーナの体は、ガイバー政府によって預かられている。しかも先日、ガイバー王城のすぐそばの広場で見せしめにされたばかりだ。

 彼女の美しさは死んで何一つとして変わっていない。それなのに、ガイバー政府は彼女を穢したのだ。

 グレイは憤りを感じつつも、これで良かったのだとも思っている。ルミーナの事件を通して、適合者はより強い絆で結ばれた。これは確実だ。

 彼女の骨が埋まっていない、カタチだけの菩提の前でグレイは、無表情で居座っている。この感情は、きっと悲しみなのだと思う。グレイの心は、彼女の死を悲しく思っているのだろう。

 けれど、グレイはその心をうまく把握できない。ぼんやりと外側で「あぁ、彼女は死んでしまった。俺は今とても悲しい」と、そんな風に感じることしかできない。

 リディアへの、二千年前への思いは、今でも熱く熱くたぎっているというのに。どうして自分は、今を生きていた彼女の死には、激しい感情を抱かないのだろうか。冷静に、ぼんやりと、グレイはそんな風に思った。彼女への今までの感情は、ただの手駒としての「物への」愛情ではなかったはずだ。少なくとも、彼女の理知さ故に、自分は彼女に惹かれ、こちら側に誘ったのだ。

 だのに、この言いようのない気持ちはなんだろう。こんな気持ちになるのは、いつぶりだろう。気がつけば、雨が降ってきていた。どんよりと暗く垂れ込めた雲からは、次第に強い雨が降り始める。

「……グレイ様」

「……アレンかい」

 グレイの後ろに、気がつけば傘を持ったアレンが立っていた。グレイは振り返らずに、静かに少年の名を呼ぶ。

「お風邪を召してしまいますよ……」

「うん、そうだね」

 アレンの言葉に肯定を返すものの、グレイは一向に動こうとしない。

 もしルミーナがあのカルタゴの丘で死なずに、今も生きていたならば――そう思うと、グレイはやるせなさに包まれた。けれど、それは馬鹿馬鹿しい“もしも”だ。彼女が今も生きていたなら、自分は今まで以上のことを彼女に命令しただろう。今生きている人間がこの世界を壊せばいいと、グレイは、そう思っているのだから。

 ふと、彼女が以前問うた。

「もし、もしよ? あなたと同じような存在が、この世界のどこかにいたら、あなたどうする?」

 その言葉を、思い出した。あの時グレイは、そんな事はありえない、と歯牙にもかけなかった。なぜならば、“そうなる”為の要因は、既にこの世界に存在していないからだ。そう、“今の”世界には。

 ――まさか、“彼女”だったとはね。

 大事な大事な、幼馴染の一人レイル=アナトミア。彼女は決して、自分の邪魔をするような存在ではないと思っていた。今となっては、それはグレイ自身のどうしようもない思い込みとなったわけだが。

 ――ルミーナをアレンに監視させるのは、正直心配でたまらなかったけど……。

 恐らくわざとなのだろうが、ルミーナはいとも容易くアレンの追跡と監視を許したのだ。そしてルミーナは、禁断の森へと足を踏み入れ、レイルは現れた。

 ――レイル、どうして……君が。

 レイルとルミーナのつながりも分からない。ただそれ以上に、グレイにはレイルの考えが分からない。グレイとリディアの背中に隠れているような、とても大人しくて病気がちな少女だった彼女が、どうして。

 激しくなってきた雨音をどこか他人事のように聞きながら、グレイは歯を食いしばる。

 ――どうして君が、思念体になんてなってしまったんだい……。

 この咎を、永劫の苦しみを味わうのは、自分だけではない。その事実が、どうしようもなく胸の奥を締め付ける。この体は自分が望んで手に入れたものだ。だから後悔はしていない。だなのに、今グレイは、どうしようもない不安と悲しみに襲われている。

 ――……ルミーナ、君は、最後の最期までただではすまさないんだね。

 小さな皮肉を込めて、内心でそう呟く。

 何よりもグレイにとって予想外で予定外のレイルという存在。その出現により、グレイは少なからず焦りを覚えていた。

 ――シエラとレイルが、もうすでに出会っていたのは本当に予想外だ……。

 報告で、シエラとナルダンの適合者が禁断の森に入ったという事は知っていた。けれど、レイルの存在はそれまで知らなかったのだ。

 ――シエラの反応からすると、多分レイルは、まだ重要なことは何も話していないようだし……。

 自分がレイルと幼馴染だと言ったとき、シエラはひどく驚いていた。

 ――……俺は、どうすればいいんだろうね。

 大切な幼馴染のために、大切な幼馴染を――。

 そこまで想像して、グレイは、自分の異常さを改めて実感する。目的の為に色んなものを切り捨ててきた心は、たとえそれが幼馴染であっても、揺らぐ事はない。今それを、グレイは痛感している。これが自分という、空虚な肉体の正体なのだ。

 ――リディア、ごめんね。ごめん。でも俺は……もう、引き返せないんだ。

 レイルがいれば、自分が準備してきた今までのものがきっと全て壊れてしまう。だから、これは仕方がないことなんだと、グレイは強く強く自分に言い聞かせる。

 ――俺は、俺は……。

 重なった面影の影を虚空に見つめながら、グレイはゆっくりと思い出を胸にしまった。



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