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リディア―世界の中で―  作者: 知佳
第十二章:異
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****


 虚空の中に佇み、ウエーバーは冷ややかな瞳で自分の過去を眺めていた。温かく、幸福に包まれていた、忌まわしい過去だ。

 もっと自分に力があれば、もっと自分が大人だったなら――そう思わずにはいられない。

 あの日からウエーバーは、ずっとずっと、心の奥で魔物のことを恨んできた。最愛の父と母を目の前で奪われて、憎しみを抱かない人間なんているはずがない。

 ――そうだ。だから僕は、ここまできたんだ。

 復讐を望んだからこそ、どんな辛い修行にも、どんな辛い仕打ちにも耐えてこれた。魔物によって悲しむ人が、これ以上増えないように、魔物から人々を守れるようになる為に。 

 ――僕は、だから戦うんだ。

 ゆっくりと、ウエーバーは後ろを振り返る。 そこには、グラベボがいた。ウエーバー以上に冷め切った瞳には、侮蔑の色が混じっている。

「……知りたくもない他人の過去を見せられるなんて、不愉快極まりないですね」

 そう吐き捨てると、グラベボはウエーバーを睨んだ。

「僕も、別に見てもらいたかったわけじゃありません。むしろ、誰にも知られずにいたかった」

 これは本心からの言葉だ。特に、シエラ達適合者の仲間には知られたくなかった。自分の本心、醜い心根、どうしようもない怒り。その全てを、胸にしまったまま旅を続けたかった。

「僕は、君とはどこか似ているような気がしていました」

 でも、違った。

「僕と君は、永遠に理解し合えない存在です」

 グラベボはそう結論付けた。ウエーバーはそれを聞いて、ふっと笑った。

「何がおかしいんですか?」

 顔をしかめたグラベボに、ウエーバーは表情を引き締め、

「そんな事、最初の時から分かりきっていたことじゃないですか」

と返した。

「……それも、そうですね」

 グラベボは喉の奥で笑うと、怪しげに輝く瞳でウエーバーを捉えた。その得体の知れない不気味さに、ウエーバーは鳥肌が立つ。

「君と僕ではあまりにも、根本的な境遇が違いすぎた。真逆、と言ってもいいかもしれません」

 その言い回しに、ウエーバーは何か嫌な予感を感じた。彼の言葉の続きを聞いてはいけないと分かりつつも、聞かずにはいられない。

「どういう意味、ですか」

 体の震えを抑えこみながら、ウエーバーは尋ねた。

「言葉の通り、ですよ。君は両親を殺され、幸せを奪われた。えぇ、それはもうさぞ哀しかったでしょうね。何せあなたは幼かった。大好きな両親の愛情を一身に受けて育つはずだったあなたは、突然一人ぼっちになってしまったんですから。世間一般から見たら大層な悲劇です」

「バカにしてるんですか!!」

 思わずウエーバーは怒鳴っていた。グラベボの物言いは完全にウエーバーを、そして彼と同じ境遇の人間をバカにしている。

「両親を、大切な人を、失ったことがないから、そんな風に言えるんです!! あなたは、何も分かってない!!」

 グラベボに対して、沸々と怒りがこみ上げてきた。

「……失ったことなら、ありますよ」

 けれど、グラベボの静かな呟きに、ウエーバーは思わず押し黙る。

「大切な人かどうかはさておき、両親なら、経験があります」

「なら、どうして……」

 戸惑いが、胸の中に広がっていく。自分と真逆だと言ったにも関わらず、彼はウエーバーと同じ体験をしていると言うのだ。ウエーバーには、理解できない。

「……どうして、ですか。どうして、でしょうね。僕は君と同じく、“両親を失って”います。でも、君の気持ちなど、到底理解できない」

 だって僕は、彼らをこの手にかけたのだから。

 ウエーバーは、大きく目を見開いた。喉が渇いて、言葉が上手く出てこない。一瞬にして、全ての感情が凪いだ。

 ――分からない。僕には彼が……分からない。

 分からないことしか、分からない。

 グラベボはそんなウエーバーを眺めながら、言葉を続ける。

「君と僕は、両親を失うという“同じ結果”を持っている。でも、経緯は違います。君は両親を殺され、幸せを奪われた。……けれど僕は、両親を殺し、幸せを手に入れた」

「殺して、幸せを手に入れた? ……そんなこと、あるわけがない!!」

 不気味さを感じながら、ウエーバーはぐちゃぐちゃになった気持ちで叫んだ。

 家族を失うことで、幸せになれるわけがない。

 あの男は狂っている。歪んでいる。

 ウエーバーは、グラベボに向かって魔法を発動しようとして、自分の魔力を全く感じられないことに気がついた。

「……無駄ですよ。この空間では、君も僕も、魔法は使えない。僕も、先ほどから魔力が感じられませんから」

「……あなたは、それでいいんですか。誰かの命を奪ってまで、家族の命を奪ってまで、その幸福は手に入れるべきものなんですかッ!?」

 彼のやったことは間違っている。絶対に、間違っている。ウエーバーは、怒りにも似た複雑な感情を抱きながら、グラベボを睨みつけた。

「僕のしたことは、世間一般からしたら間違っていると思います。法律にだって違反している。人でなしだと思われて当然です。それだけのことをしたという自覚ならありますよ」

「そこまで理解した上で、あなたは……!!」

 ウエーバーは殴りかかりたい気持ちを必死で抑え込みながら、拳を強く強く握った。

「理解したところで、止めようのない感情もあるでしょう? ……君だって、そうでしょう」

 冷たい瞳に射抜かれて、ウエーバーは寒気を覚えた。この男は、得体が知れない。これ以上、この男と会話を続ければ精神を丸ごと破壊されそうな気配さえ感じる。

 けれどここまでの深みにはまってしまった今となっては、引き返す事すらとても危険に思えてならない。グラベボは更に言葉を続ける。

「それに、君が僕を咎めるんですか? 多くの人の命を、“正義”を振りかざして殺してきた君が、この僕を?」

「あなたが、僕の何を……」

「知っていますよ。調べましたから。ウエーバー=ジャシュウオ。ディアナ王国、反逆者粛清部隊所属。最年少ながら隊長に大抜擢され、国内外で活躍しているそうですね」

 嫌味とも取れるような物言いに、ウエーバーは逡巡した。一呼吸をおいて、ゆっくりと、言葉を出す。

「……確かに、僕は今まで数多くの“反逆者”を粛清してきました。この手は既に、復讐以前に、血に染まってしまっています。それでも、それでも僕はこうして生きていくしかないんです」

 改めて自分を振り返れば、結局のところ、今までの道を歩んでいなければ自分はここにはいなかったのだ。父母を失っていなければ、今粛清部隊の隊長としてのウエーバーは存在しない。

 ――もしかしたら、僕は適合者にすら、なれなかったかもしれない。

 それを思えば、なんとなくだけれど、今までの自分を受け入れられるような気がするのだ。どこかすっきりした顔のウエーバーに、グラベボは怪訝そうな顔をした。

「開き直ったところで、君の犯した“罪”は変わらないでしょう」

「……そう、ですね。それは一生変わりません。でも、だからこそ僕はそれを背負って生きていくんです」

「は?」

 ウエーバーの言葉に、グラベボは一瞬だが間抜けな顔をになる。ウエーバーは内心でしたり顔になりながら、優しい気持ちに包まれる。

「僕はまだ14年しか生きていません。正直、まだ本当の責任なんてもの、分かりません。色んな事が足りていません。けど、僕は僕の信じたものは裏切らないと決めています。だから、僕は僕の正義と罪を背負うと、陛下に誓ったんです」

 粛清部隊に抜擢されたとき、ディアナ女王に、誓ったことを思い出す。あの時ウエーバーは、どことなく、自分は陛下と似ているのかもしれない、と思った。ディアナ女王は大の魔物嫌いで、奔放な性格をしているようで、自分の正義を大切にしている人だ。そんな人だから、どこか惹かれる人だったから、幼いウエーバーでさえ、彼女に従おうと思えたのかもしれない。

 ウエーバーが回顧していると、グラベボは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。それから、軽蔑するような目でウエーバーを睨んだ。

「君には、期待していたんですけどね……。どうやら、精神面では的外れだったようです」

 グラベボの尺度で自分を推し量られるのは、非常に不愉快だけれど、今はあまり気にならない。

「なんとでも言って下さい」

 晴れ晴れしい気持ちで、満たされている。ふと、胸の奥が、熱いことに気づく。自分のものとは違う、もう一つの鼓動を感じる。宝玉が巡り逢わせてくれた、唯一無二の仲間の顔が、ウエーバーの脳内を駆け抜けた。

「ウエーバー……!!」

 その時、シエラの声が聞こえた。真っ暗な闇の中に、彼女の声が響く。

「シエラ!?」

 ウエーバーは辺りを見回す。ここには自分と、グラベボの二人だったはずだ。彼女の姿は見えない。すると、体の内側から熱が迸った。

 ――宝玉が、熱い……?

 まるで共鳴しているような、温かくも力強い鼓動を感じる。

 ウエーバーは虚空に手を差し出した。

 そこに、彼女がいるような気がして。

「ウエーバー!!」

 ウエーバー。

 そう、自分の名前を呼んでくれる、仲間の声が聞こえる。

「シエラ、クラウドさん、ラミーナさん、バイソンさん、ユファさん、サルバナさん……!!」

 だから、自分も呼ぼう。この熱い胸の高鳴りに従って、大切な彼らの名を。

「ウエーバー!!」

 瞬間、闇が裂けた。光が差し込み、闇が砕け散っていく。ガラスの破片のようにバラバラに崩れ落ち、ウエーバーが伸ばした手は、誰かに強く掴まれる。

「……シエラ」

 今にも泣き出しそうな彼女の顔が、そこにはあった。ウエーバーは彼女の優しい手の温もりを感じながら、ふっと口元を緩める。

「ありがとうございます、シエラ」




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