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リディア―世界の中で―  作者: 知佳
第十二章:異
89/159

****


「うっわぁああぁ!?」

 シエラは奇声と共に盛大に尻餅をついた。しかもぶつかったものがとても硬かった。シエラは尻をさすりながら、きょろきょろと辺りを見回す。

「……え、着地失敗したの私だけ?」

 他の適合者は皆しっかりと両足で地面――石畳の上に立っている。

「あんた油断してるからよー。ほら、さっさと立ちなさい」

「……はーい」

 シエラは不貞腐れながらゆっくりと立ち上がる。

 どうやら自分達が今いるのは、もうトロイアの遺跡の中らしい。目の前には一際状態の良い神殿がある。

 ここは遺跡の中でも高い位置らしく、下には建物跡がいくつもある。一応整備されているらしく、通路には背の低い雑草さえもない。建物の基礎であろう積まれた石だけが沢山残っている。

「ここがトロイアかぁ」

「へぇ、こりゃすげぇ。つーか、結構ボロボロだな」

「……バイソン」

「おっと、睨むなよユファ。悪かったって!」

 バイソンは苦笑いを浮かべながら、片手を下げた。ユファは鋭くバイソンを見つめたまま、仕方なさそうに目の前の神殿へと目を向けた。

「ここだけは異様に保存状態が良いな……」

 呟いて、ユファはゆっくりと目を閉じた。それから数珠を掲げる。じゃら、じゃら、じゃら。数回数珠が音を鳴らすと、ユファは腕を上げて目を開けた。

「可能性があるとすれば、一番はここだろうな」

「確かに、それっぽいね。……中、入ってみるかい?」

 サルバナはそう言って神殿の奥を見た。中は薄暗くてよく分からないが、多くの支柱があるのは薄っすらと確認できる。

「……行きましょう」

 僅かな逡巡の後、ウエーバーが下唇を噛みながらゆっくりと前に歩み出た。シエラ達もそれに続き、暗い神殿の中に入っていく。入るとすぐ地下に繋がる階段が現れた。どうやら他に先に行く道はないらしい。今いるフロアの奥は行き止まりだ。

 ウエーバーは右手で魔法の炎を出現させると、それを灯りにして階段を照らす。後ろにいるラミーナとユファもそれぞれ灯りを作り出した。階段を下りると、そこからは真っ直ぐに通路が伸びていた。壁には何やら奇妙な絵や文字が刻まれている。ユファはそれらを興味深く見回しており、時々立ち止まっては、また歩き出すを繰り返している。

「はは、ユファはなんか楽しそうだな」

 バイソンが笑うと、ユファは無言で頷いた。その熱中ぶりにシエラも思わず笑みを零す。暫くそうして通路を歩いていると、先頭を歩いているウエーバーが急に立ち止まった。

「どうしたのよ、ウエーバー?」

 ラミーナが首を傾げてウエーバーを窺うように前を見る。すると、風がラミーナの髪をさらった。

「……こんな地下で、風?」

「出口か何かが、近いのでしょうか……」

「とにかく、行ってみるしかないな」

 生温い風がシエラ達の頬を撫でていく。不思議と、この密閉された通路に不快感は抱かなかった。けれどシエラの中には、一つの懸念がある。

 ――アン達が何も仕掛けてこないなんて……ありえるのかな?

 またそれほど日にちは経っていないが、ルダロッタで襲撃されて以来、アン達はシエラ達に何もしてきていない。それほど頻繁に襲われているわけでもないが、こんな重要な場面で何もしてこないものだろうか。

 そんな風に考えていると、前を歩いていたクラウドが立ち止まったことに気づかずに、そのまま思い切り顔を背中に突っ込んでしまった。

「いたっ!?」

「なにしてんだよ……」

「あ、ごめん」

「……?」

 咄嗟に謝ると、なぜか怪訝そうな顔をされた。きっと今までこういう場面では「クラウドのバカ!!」とか言っていたからなのだろうが。さすがにシエラも、こんな密閉された空間で騒ぐ気分ではない。視線をウエーバーの先に向けると、シエラもその異変に気づいた。

「……扉、開いてる?」

 今いる場所から更に二十メートルほど先に、扉らしきものが見える。灯りがあるとはいえ、それほど先はまだ少し暗くてよく見えないが、シエラには扉が開いているように見えるのだ。

 それはどうやらウエーバーはもちろん、他の仲間達も同じらしい。

 ウエーバーは走り出した。

 それにシエラ達も続く。

 まさか、まさか、まさかまさかまさか――!!

 ウエーバーは開いていた扉の中へと入ると、目の前にあった階段を駆け上る。そして上りきると、また扉があった。

 その扉は閉まっている。ウエーバーは息を整えると、ゆっくりと扉に手をかけた。扉を開くと、そこから光が差し込んできた。

 そこは、広間だった。部屋の四隅には真白い支柱があり、奥には祭壇のようなものがある。天井には不思議な模様が描かれており、天井と壁の間にある窓からは優しい光が入ってきている。

 祭壇の後ろ――シエラからしてちょうど一直線上に、大きなステンドグラスがある。祭壇の天井部分だけはぽっかりと穴が開いており、そこから直接太陽の光が降り注いでいる。

 そしてそこに、彼はいた。

 シエラ達に背を向けて、その手に持っている“何か”を読んでいるようだ。ウエーバーは一歩、広間の中に踏み込む。すると、左に結った緩く波打った茶髪をなびかせながら、青年はゆっくりとこちらを振り返る。

「――お久しぶりですね、適合者の皆さん」

 青年――グラベボ=ビーンはそう言って微笑んだ。シエラ達の空気が一気に凍りつく。懸念していたことが、起きてしまった。

「……どうして、あなたがここに?」

 ウエーバーは皮肉まじりに笑う。グラベボは祭壇に腰掛けながら「あなた方の集めている“鍵”とやらを、ちょっと拝借する為に」とおどけてみせた。その手には、シエラ達の目的である、表紙がボロボロの日記らしきものが握られている。

「でもこれ、不思議ですねぇ。冒頭部分以外は全部白紙ですよ。もしかして、僕だから読めないだけですかね?」

 グラベボは日記をぱらぱらと捲りながら、シエラ達に見えるようにページを開いてみせた。ウエーバーはもう一歩踏み出す。

「どちらにしろ、あなたには関係ないと思います」

「いやいや、それは分かりませんよ? ……僕はこういった歴史関係は専門ではありませんが、何も興味がないというわけではありませんし」

「それは、あなた個人の問題でしょう!?」

 たまらずウエーバーは言葉を荒げた。シエラは初めて見るウエーバーの姿に、思わず目を丸くした。

「ふふ、そうですね。では、どうしますか? 僕はこれを持ち帰るのが仕事ですから」

「戦って奪い返すまでです」

「いいでしょう。君との戦いは興味深い。僕も、望むところです」

 グラベボは腰を上げる。ウエーバーは腰を落として戦闘態勢に入る。

「ちょ、ウエーバー!?」

 ここで戦うの!?

 シエラはそう言いたかったが、その前にウエーバーは飛び出していた。

 グラベボはウエーバーの蹴りを避けると、軽やかな動きで反撃に出た。

「……あの二人、ここがどこだか分かっているのか?」

 瞬間、底冷えするような低い声が、シエラの左後ろから聞こえてきた。ユファだ。彼女は静かな怒りの炎を全身から滲ませている。

「ユ、ユファ?」

「……あの二人を止める」

「えぇ!? い、いくらなんでも無謀じゃ……」

「そうよユファ! 今は危ないわよ!」

「えぇい、離せ!!」

「……ユファが荒ぶってる」

「はは、最初に会った時みてぇだな!」

「バイソンも笑ってないで止めなさいよー!!」

 シエラとラミーナがユファを押さえつけるものの、彼女は何が何でも二人を止めるつもりらしい。バイソンとコトノとサルバナは笑っているし、クラウドは呆れているだけで手を貸したりはしない。

 その時、いきなり大きな轟音が響いた。空中戦をしている二人の魔法が、激しく衝突しあったらしい。真っ黒な煙が立ち昇っている。それを見て、ユファは更に暴れだした。

「うわぁぁああ、もう誰でもいいから色々止めてー!!」

 シエラが泣き言を叫んだ瞬間、突然獣の咆哮が広間いっぱいに響き渡った。ウエーバーとグラベボも、ぴたりと動きを止める。

「これは……?」

「霊獣じゃな」

 今まで黙っていたコトノが、笑いをこらえながら呟いた。

「ここで暴れたら、そりゃー霊獣ぐらい出てくるじゃろ。ほれ」

 コトノが指差す先を目で追っていくと、ステンドグラスの前に、それはそれは雄雄しい獣が現れていた。

「ここの霊獣はレオンのようじゃな」

「レオン? ライオンではないのですか?」

 コトノの呟きに、グラベボが疑問符を投げかけた。シエラ達はレオンもライオンも聞き馴染みがない。

「そのライオンというのはただの動物じゃろう? あやつは霊獣。いわば魔物じゃ。見た目は同じでも、根源は異なっておるしのぉ」

「なるほど。では霊獣名はレオン、というわけですか」

 グラベボは納得したようで、感心したように頷いている。するとその霊獣は一際大きく鳴くと、グラベボとウエーバー目掛けて突進してきた。

「うわっ!!」

 ウエーバーとグラベボは慌てて避ける。が、霊獣は方向転換すると、すぐさままた二人に襲い掛かる。

「面倒くさいことになったのぉ。霊獣との対話となると、私もそれなりに力を使うし……」

 コトノがものぐさな発言をしてうちに、霊獣は何度も二人を攻撃しようとしている。すると、ユファが「二人とも、離してくれ。私がいく」と呟いた。シエラとラミーナはユファと最初に出会った時のことを思い出し、すぐさま彼女の拘束を解いた。

「お、なんじゃダリアミの適合者。御主、何か秘策でもあるのか?」

 コトノが驚いたように目を見開くと、ユファは「秘策というわけではないが……」と言いながら右手首に巻いてある数珠を外した。

「私の声が聞こえるならば、示せ。久遠の流れを知る者よ、罪過の許しを請う者よ。アルステイルの名において契りを」

 シエラ達も一度聞いた事のある詠唱だ。霊獣は詠唱が終わると共に、ぴたりと動きを止めた。

 ユファは霊獣に近づく。霊獣はユファを見て低く唸った。すると、以前にもあったように上から声が降ってきた。恐らく、これも霊獣のものだろう。

「娘よ。そなたは、アンダルテールが分かるのか?」

 その質問は、前の霊獣も言っていたものだった。相変わらずシエラ達にその意味は分からない。ユファは無言で頷くと、霊獣を見つめ返した。

「騒がせてしまってすまない。私たちは、ここを荒らそうと思ってきたのではない。ここに置いてある、ディアナの日記を取りに来ただけなんだ」

 ユファが説明すると、霊獣は何か心当たりがあるらしく「そうか」と納得してくれた。

「では、早々に立ち去るが良い」

「あ……それが、だな」

「ん?」

 ユファが歯切れ悪くグラベボと、今の状況について霊獣に伝えると、霊獣はグラベボの事を一瞥した。一方のグラベボは、興味津々で霊獣のことを見つめている。

「……ならば、この中でならば思う存分戦っても良いぞ」

 瞬間、霊獣を中心として一気に青色の薄い膜が張られ始めた。

「特殊な結界か。さすが霊獣じゃな」

 これにはさすがのコトノも驚きを隠せないらしい。シエラ達も膜を突いてみたり引っ張ってみたり色々しているが、膜全体が魔力そのもので形成された特別なものらしく、壊れる気配はなかった。

「これで思い切り戦えますね」

「そうですね。僕としては、この結界そのものに興味が沸いて来ましたよ」

「そんな余裕、ありますか?」

 そう言ってウエーバーは指を鳴らした。無数の炎がグラベボを取り囲む。グラベボは軽やかな動きで襲い掛かる炎をかわし、ウエーバーに向かって指で魔法陣を描いた。指先から淡い黄色の光が浮かび上がり、一瞬にしてウエーバーの炎を消し去っていく。更には、グラベボの魔法陣はウエーバーの足元に出現した。ウエーバーは空中に飛び上がる。グラベボはそれを待っていたかのように、光の槍を放った。ウエーバーは槍を間一髪で避ける。すると槍は一気に霧散し、細かい光の刃となってウエーバーに降り注いだ。

「この程度……!!」

 ウエーバーは大きく足を振り上げ、そのまま魔力で刃を蹴り飛ばす。次の瞬間には、ウエーバーは炎の槍を発生させていた。真っ直ぐにグラベボに向かうそれら。しかし、グラベボは余裕の笑みを浮かべている。

「弾けろ――!!」

 ウエーバーの命令と共に、槍はグラベボの至近距離で爆発を起こした。煙が立ち込める。グラベボの姿は窺えない。

「詠唱破棄だけでこの戦いって……」

 ラミーナが強張った声で呟く。シエラもハイレベルな二人の戦いに、ただただ息を呑むばかりだ。術名を言わずに、あれだけの魔法を連発できること自体が二人の能力の高さを示している。

「やはり、君の魔法センスは突出していますね」

 煙が晴れると、そこには無傷のグラベボが立っていた。彼は愉しそうに笑いながらウエーバーを見上げている。

「……詠唱破棄で今の精度、中々できるものじゃありません。殺傷能力を高めるような魔力構成と、それが出来るコントロール。……えぇ、実にすばらしいです」

「……急に何を言い出すんですか」

 嫌悪の混じったウエーバーの声音に、しかしグラベボは愉しげな口調のまま語り続けている。

「前に君には言いましたね。僕は“詠唱”そのものの必要性に疑問を持っている、と」

「……そういえば、そんな話も聞きましたね」

 ウエーバーは溜息を漏らす。言外に、だからなんだ、という彼の気持ちが伝わってきた。

「君は日々どれほどの鍛錬を行っているのですか? これほどの詠唱破棄ですから、それはもう血の滲むような努力というものをしたのでしょうね」

「バカにしてるんですか」

「いいえ。ただ純粋な興味からです」

 グラベボは肩を揺らして、ウエーバーのことをじっと見つめる。

 シエラ達には、あの二人に今までの接触でどんなやり取りがあったのかは分からない。けれど、何か只ならぬ因縁のようなものを感じずにはいられない。

 二人の本質の違い、とでも言うのだろうか。傍目から見ていてそれがよく分かる。似通った才能を持つこの二人は、決して相容れない決定的な違いを持っている――そんな風に、感じられる。

 ウエーバーがグラベボの事をどう思ったのかは分からないが、彼は力ない声で「そうですね。目的の為なら僕は何だってしました」と言った。それを聞いて、シエラ達は目を丸くする。

 力なく笑ったウエーバーの奥底に、とてもつもない大きな傷と暗闇を垣間見た気がした。それはラミーナと同じような“におい”がした。彼の言葉に、シエラ達は複雑な気持ちに満たされた。けれど、グラベボだけは違った。

「ふふ、良い心がけですね。僕も同じです。目的の為なら手段は選ばず、あくなき努力と執念のみでのし上がる。……君も、そういう人間なんでしょう?」

 悪魔の囁きが、静かに空間に響く。今ならシエラ達も手が出せる。そのはずなのに、シエラ達は動けなかった。今あの二人以外が動けば、何かが大きく壊れてしまうような、そんな予感があった。ウエーバーはグラベボを空ろな瞳で捉える。肌が粟立つような冷徹な眼光は、普段のウエーバーからは想像できない。

「そうですね。僕は、確かにそういう人間かもしれません。……けど、僕とあなたは違います」

「ほう?」

「あなたは前に、宝玉には興味がないと言いましたよね。なら、どうして僕達と敵対しているのですか?」

「確かに、僕は宝玉には興味がありません。でも、聖玉は別です。この世界の真理ともいえる物体は、一体どのようなものなのか。はたまた、この世界にそんなものは存在しているのか。その根源に辿り着く事を許された君たちと、根源そのものには興味がありますから」

「それは敵対する理由として不適当ではないですか?」

「そう思うなら思うで君の勝手ですよ。まぁ、僕も一応命令には逆らえませんから」

 グラベボはそう言って、ウエーバーを板ばさみするように魔法陣を出現させた。不意を突かれたウエーバーは反応に遅れ、咄嗟に避けようとしたものの、左足を魔法陣に挟まれてしまう。魔法陣は瞬間、電流を迸らせた。

「うわあぁぁあぁあぁぁああ!!」

「ウエーバー!!」

 ウエーバーの苦痛の声が響く。グラベボは更にウエーバーに攻撃を加えようと手を動かす。

「させないわ!!」

 すると、我慢できなくなったのかラミーナが魔法陣を出現させた。グラベボの上空から一瞬にして雷撃が落ちる。グラベボは魔法陣でそれを防ぐと、ラミーナに向けて指を鳴らした。ラミーナもほぼ同時に指を鳴らす。

 しかし。

「きゃぁあぁあっ!!」

 グラベボの魔法の発動が数秒早く、ラミーナは衝撃波によって数メートル吹っ飛ばされた。グラベボはラミーナが放った氷のつぶてを容易く避け、涼しげな顔だ。

「この、魔法って……」

 食らった魔法に心当たりがあるらしく、ラミーナは腹部を押さえながら顔を上げて、痛みに耐えている。

「あぁ、そういえばあなたはショコラと戦っていましたね。……お察しの通り、今のはショコラが使う魔法ですよ」

 グラベボはウエーバーに向き直ると、日記を差し出した。

「どういう、つもりですか?」

 ウエーバーは眉をしかめる。

「もし君が僕の実験に付き合って下さるなら、この日記は差し上げます。まぁ、僕はアールフィルトに怒られるでしょうけど。……どうです?」

 グラベボの言葉に、静寂が訪れた――のも、束の間。

「どうです? じゃねーよ!!」

「おいウエーバー、お前の代わりに俺がこいつ殴っていいか!!」

「誘い方がスマートじゃないよね」

「あんたふざけてんの!?」

「……私も少々頭にきた」

「……おおぅ、珍しく皆キレてる」

 クラウドを筆頭に、バイソン、サルバナ、ラミーナ、ユファが口々に不満の声を漏らした。シエラはクラウドやバイソンが最初に怒ったという事に少々驚いて、何だか乗り損ねてしまった。

「おやおや、賑やかなお仲間ですねー」

「っるせぇ!! てめぇ叩きッ切る!!」

「おいちょっと待ってよクラウド! 切るより殴る方がスカッとするぞ!」

「スマートじゃないなぁ。こういうのは俺に任せなよ」

 珍しく男性陣がやる気、もとい殺る気満々なようだ。よほどグラベボの発言に腹が立ったのだろう。特にバイソンがあんな風に言うところは初めて見る。

「なんか、やけに頼もしいわね……」

 ラミーナも同じらしく、こちらに歩み寄りながら苦笑いを浮かべている。それにユファも頷いた。

「み、皆さんちょっと落ち着いて下さい!!」

 渦中のはずのウエーバーが、今は完全に蚊帳の外だ。ウエーバーが慌てて仲裁しようと地面に降り立つ。

「僕は彼の実験材料にされるつもりもありませんし、日記だって取り返します!!」

「そりゃあたりめぇだろ!! いいかウエーバー! 俺はあいつの言い方と態度も気にくわねぇ!!」

「そうだそうだ! ウエーバーをどうこうしようってのは聞き捨てねらねぇよな!!」

「クラウドさん、バイソンさん……」

「はいはい、友情の確かめあいはそこまでにして頂けますか?」

 グラベボは冷ややかな眼差しでウエーバー達を一瞥すると、日記をパラパラと捲りだした。

「アールフィルトにはコレを持ち帰るように言われてましたが……。交渉材料にもならないなら、燃やしてしまいしょうか」

「なんですって!?」

「ラミーナ落ち着いて」

 今にもグラベボに飛び掛りそうな勢いだったラミーナを押さえ、シエラは一歩前に出る。

「アンはその日記を欲しがってるの?」

「……えぇ、まぁ」

「どうして?」

「どうして、と聞かれましても……。そこまでは僕も知りませんよ。興味も無いですし」

 グラベボは白けた表情で言い放った。瞬間、白刃が煌いた。クラウドだ。振り下ろされた剣が一直線にグラベボに向かう。グラベボはそれを避ける。するとバイソンの拳が頬を掠めた。グラベボは上空に飛び上がると、自分の背中から魔法陣とともに炎の槍を発射させてきた。

「さすがに僕も、あなた方三人がかりは厳しいですね……」

 グラベボは不敵に笑うと、一枚の真っ黒な札を取り出した。不吉な魔力を放っている“ソレ”は、シエラ達に緊張感を与える。

 グラベボは右手で魔法陣を描き出すと、札に魔力を込めた。暗黒色の奔流が、空間を満たし始める。

「不気味な魔力だな。……シャイニング・ランス!」

 ユファはグラベボに向けて光の矢を放つが、魔力の渦に阻まれて届かずに終わった。グラベボは札に更に魔力を込める。ウエーバーやクラウド、バイソンがどうにかグラベボを止めようと魔法を使うものの、全て奔流に絡め取られてしまう。

「――出でよ、ベルフェゴール」

 瞬間、札を中心として凄まじい魔力の渦が発生した。暗黒色の渦には雷電が生まれ、稲光とともに、“ソレ”は現れた。ねじれた二本の角に牛の尻尾。深緑の四肢はカタチこそ人間そのものだ。けれど、赤く不気味に光る眼と鋭すぎる歯は、それが“異形”であると示している。

「ちょっと、ベルフェゴールですって?」

 “ソレ”を見た瞬間、ラミーナの顔が驚愕に染まる。

「どうしたの?」

「どうしたのですって!? ……前に、貴族クラスの魔物が七体消えたって言ったでしょう? ……あいつ、あの魔物ッ!!」

 信じられないものを見るように、ラミーナは口元を押さえた。シエラは最初にラミーナに出会った時に、そういえばそんな話を聞いたような気がするな、と人事のようにぼんやりと思った。

「貴族クラスの魔物を使役するなんて……前代未聞だわ」

 ラミーナの言葉を聞きながら、シエラはじっとベルフェゴールという魔物を見つめた。

 禍々しいほどの魔力を放ちながら、ヒトのカタチを模したソレはゆっくりと腕を動かす。ギラギラと光る真っ赤な眼が、シエラ達を鋭く射抜いた。

 明確な“死”というものに、シエラは全身が震えるのを感じる。これが、貴族とまで言われる魔物の力。

「さぁ、ベルフェゴール。やってしまいなさい」

「ヴゥオォオオォオオオォオオオオォオ!!!!」

 凄まじい咆哮を放ち、ベルフェゴールは一気に飛び出した。それはシエラ達を突っ切って、一直線に――コトノへと向かっていく。

「ほう。自我を失くした獣が私に噛み付くか」

 コトノはベルフェゴールの攻撃をかわしながら軽口を叩く。

「グルルルルル……!! 最高神、殺ス!!」

 爆発的な魔力が発射される。コトノは素早い動きでそれらを避けると、目を手で覆い隠した。

「獣風情が。……去ね!!」

 コトノの瞳が真紅に染まり、彼女が腕を一薙ぎするとベルフェゴールは後方に吹っ飛ばされていた。

「大丈夫、コトノ!?」

 突然のベルフェゴールの攻撃に、シエラ達は呆気に取られていた。シエラの呼びかけにコトノは笑って応えると、すぐさま立ち上がったベルフェゴールに向けて腕を薙ぐ。その度にベルフェゴールはダメージを食らい、けれどコトノへの殺意だけは揺るがない。

「ベルフェゴール、止めなさい! 標的は最高神ではありません。適合者です!」

 グラベボがどうにかしてベルフェゴールの怒りを収めようと声をかけるが、魔物は聞く耳を持たずにコトノに襲い掛かろうとする。

「……ガァアァァァアアァアアァアアッァ!!!!」

 鼓膜を強く揺らす咆哮で空間が揺れる。シエラ達は耳を塞ぎながら、チャンスとばかりに、一斉にグラベボに魔法を放った。

「チィッ!!」

 グラベボは魔法陣を展開する。激しい攻撃の雨に、魔法陣が激しく明滅を繰り返す。

「あまり調子に、乗らないで頂きたい!!」

 グラベボは更に魔法陣を作り出す。赤、青、緑、黄、白の色とりどりの魔法陣だ。それらは炎、水、風、雷、光の矢を無数に放った。

 シエラ達を射殺そうと降りかかってくるそれら。ラミーナやユファ、サルバナが魔法陣を展開する。けれど、とても防げるような量ではない。グラベボの魔法陣からは次々に魔法が飛び出してくる。ただどれも低級か中級の魔法なので、一つの威力はそこまで怖くない。夥しい数による一斉射撃――それこそ、あの魔法陣の恐ろしさだ。

「しなやかな豪腕、屈強なるその心、冠す者へ捧げる――!! スティール・デストロイ!!」

 その時、ウエーバーの声が響き渡った。

 瞬間、ウエーバーの周りにあった魔法陣が鉄のように硬くなり、グラベボの魔法陣から出てきた魔法を破壊していく。二つの力がぶつかり合い、激しく火花散らし、時には大きな爆発をもたらし、苛烈にぶつかっては消滅していく。

 けれどシエラは、その閃光と爆音のさなかで、ウエーバーの体が小刻みに震えている事に気づいた。唇を噛み締め、何かに耐えるように、小さな少年は震えている。

 ――ウエーバー……ッ?

 シエラは今にも壊れてしまいそうな彼に、手を伸ばそうとし――魔力の渦に飲まれて視界がぼやけた。

 ベルフェゴールの叫び声が耳朶を打ち、シエラはそちらを振り返る。コトノとベルフェゴールの戦いは最早、シエラの肉眼と脳みそでは、もう何が起きているのか全く分からない。

「なん……だ、アレは」

 その時、耳元でユファの掠れた言葉が聞こえた。シエラはユファを見やる。すると、彼女は空いている左手で、ゆっくりと上空を指差した。

「え?」

 シエラは、目を疑った。

 霊獣によって作られた不思議な結界の天辺に、真っ黒な渦が発生しているのだ。それは段々と拡大しており、空間を飲み込もうとしているように見える。グラベボもそれに気づいたらしく、魔法の手を止めて渦を凝視している。クラウドやバイソン、サルバナも上を見上げている。

「……ユファ」

「……分から、ない。私にも、何がなんだか」

 ユファはうろたえたようにそう答えると、口元を手で覆い隠した。すると、ベルフェゴールと戦っていたコトノが「ディアナの適合者、怒りを静めろ!!」と叫んだ。

 シエラ達は勢いよくウエーバーを振り返る。やはり先ほどのウエーバーは、錯覚ではなかったのだ。彼は今も唇を噛み、虚ろな瞳でベルフェゴールを捉えている。

 その時、シエラは今までに魔物と対峙したときのウエーバーを思い出した。

 いつも彼は、“魔物”というものをひどく憎んでいたように思う。旅の最初の頃、魔物と遭遇したときのウエーバーは尋常ではなかった。もしかしたら、今もウエーバーは魔物への恨みに支配されているのかもしれない。

 けれど、それとこの空間の渦に一体何の関係があるのか。シエラがそう思っていると、光の鎖でベルフェゴールを押さえつけたコトノがこちらにやってきた。

「……あの渦は、恐らく、ディアナの適合者の負の感情に感応されて発生したのじゃろう」

「どうしてそんな事が分かるの?」

「感じるのじゃ。この空間と、あの者の感情が交じり合い、歪みを生んでいるのが」

 コトノは歯を食いしばり、視線をベルフェゴールから外す事なく言葉を続ける。

「見よ。このままでは、空間ごと闇に飲まれるぞ」

 渦を見上げると、そこからは深い黒の“何か”が生まれてきていた。

 そして、それは渦ごと地面に落下し。

 空間は、一瞬にして闇に包まれた。



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