幕間
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塔の中から、どんよりと淀んだ空を見上げる。箱舟十字教団ことアークの創始者にして、最高指導者アハト老人は、厚く空を覆う雲を睥睨した。
彼がアークを創った理由。それは、復讐のためだ。
今からおよそ二十五年前、彼は大切な家族を奪われた。ナルダンとブラドワールの国境付近にあるエドラストという海峡で。また、奪われた命は彼の家族だけではない。多くの人の命が失われた。エドラストで起きたその惨劇を、世にエドラスト海峡事変という。
まだ娘は幼く、年の離れた妻も若かった。アハトは幸福の絶頂にいた。けれど、惨劇は起きてしまった。
あの時、自分がもっと早くに仕事を終えていたなら――そう思うだけで、彼は今でも後悔に苛まれる。だからこそ彼は、そんな情け無い自分を変えようと、この無情な世界を変えようと、妻と娘の無念を晴らそうと、そう思ったからこそ、長い年月をアーク創設に捧げられたのだ。
長い準備期間を経て、ようやくアークは五年前に発足することができた。
人が人らしくあるために。もう二度と、あのような惨劇を繰り返さない為に。たとえそれが、年若い適合者の命を代償にしたとしても。
また余談ではあるが、そのエドラスト海峡事変によって、その後ナルダンとブラドワールの間に戦争が起きた。これもまた、多くの犠牲を出し、ブラドワール側では戦争孤児が大問題になった。それほどまでに、あの事変の影響力というものは凄まじかったのだ。
アハトが過去を振り返っていると、背後から魔力の奔流が発生し始めた。気配からして、恐らくツヴァイだろう。まだツヴァイは子供だけれど、彼女なくしてアークの発足はありえなかった。
ツヴァイと初めて出会った日のことを、アハトはよく覚えている。しんしんと雪の降る、とても寒い冬の日だった。彼女は突然アハトの前に現れ、“聖玉”という道しるべを示してくれた存在なのだ。
魔法陣が上昇をはじめ、そこからゆっくりとツヴァイ本人が姿を現し始める。アハトはゆっくりと息を吐き出し、希望の女神の降臨を、ひそかに祈った。




