幕間
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グラベボは白衣を脱ぎながら、先ほど届けられた手紙に目を通す。どれもこれも知り合いの貴族から届いた、夜会の招待状だ。グラベボは辟易した表情でそれらを机に放る。
グラベボ自身は夜会に興味もなければ、知人の為にと出席する社交性もない。それにわざわざ夜会ごときに気を張って相手のご機嫌取りなど、以ての外だ。
「おや?」
しかしそんな招待状の中、一通の手紙がグラベボの目を引いた。少し丸まった、だが誠意の篭っている字で便箋に「フォーワード=ティーン様へ」と書かれている。
フォーワードに手紙。一体誰が。
とても興味をそそられた。が、他人宛の手紙を勝手に読むという事は流石にグラベボも憚る。手紙を裏返してみると、差し出し人の名前は、見知らぬ女性のものだった。
――少し、探りを入れてみますか。
グラベボは手紙を片手に、自室を後にする。
廊下を右に突き進み、フォーワードの自室にたどり着く。グラベボはノックの後、フォーワードの返事を待たずして部屋に踏み入った。
「……どうした?」
「あなたに手紙です」
グラベボは足の踏み場もないほど散らかった部屋の中を進み、ソファで読書しているフォーワードに近づく。フォーワードは気だるげにソファにもたれ掛かったまま、ちらりとグラベボを見やる。
「一体誰からです? 僕の知らない方のようでしたが……」
グラベボは手紙を渡しながら直接疑問をぶつけた。フォーワードは差し出し人を見ると「あぁ」と納得したように呟く。
「これは……妻の姪御からのものだ」
「妻の姪御? ……何故、その方とあなたが?」
グラベボには理解できなかった。彼の妻宛ならばともかく、どうしてフォーワードなのだろう。それに、フォーワードの妻は既に他界している。
「妻が生きていた時に、色々あってな。お前も、一度だけ会った事があるぞ?」
「え……?」
「まぁ、まだお前も幼かったから、覚えていなくて当然か」
フォーワードはそう言って小さく笑った。きっと昔の事を思い出しているのだろう。
彼は、フォーワードは、普段は決して笑わない。それどころか現在における全ての事象に対して、動じない。彼の心は過去にしかない。彼の心が動くのは、過去に対してのみだ。懐古した時のみ、彼の表情は動きをみせる。彼がそうなってしまった責任は自分にあると、グラベボは分かっている。分かってはいても、時々苛立つ自分がいる。 そんなグラベボをよそに、フォーワードはとつとつと語りだす。
「まだお前が八歳だった時だろうか。確かあれはよく晴れた日だった――」
「止めて下さい」
グラベボはぴしゃりと言い放つ。自分の覚えていない過去の話など、聞きたくない。フォーワードの瞳から、また元のように光が消えていく。
「……グラベボ。どうして、お前は――」
「止めて下さい。止めて下さいよ、フォーワード“叔父さん”」
グラベボは悪意の篭った声で、低く呟いた。フォーワードの瞳が、静かに見開かれる。こんな風に言えば、目の前の叔父が言葉を失う事も分かっている。だからこそ、グラベボはフォーワードの傷を抉った。
「グラベボ……」
名前を紡ぐその姿は、ずっと昔から変わらない。それなのに、心はここになく。感傷的な自分を内心で嘲笑いながら、グラベボはフォーワードに背を向けた。
「……僕にとって、過去は消し去りたい遺物に過ぎません」
それはフォーワードとの決別であり、グラベボ自身の心のあり方を示す言葉でもある。まさか自分の無駄な好奇心が、こんな結果を招くとは、グラベボ自身予想外だった。
「それでも、構わんさ」
けれど、返ってきた言葉さえも予想とは違う。グラベボは振り返る事なく、静かにフォーワードの部屋を後にした。




