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リディア―世界の中で―  作者: 知佳
第十一章:光
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 神殿から出たシエラ達を待っていたのは、暴動の鎮圧の知らせと、それから。

「暴動の目的は、“地下資源の押収及びそれに関する立ち退き”への反対じゃなかった、ですって!?」

「あぁ。情報操作されてたのは民衆じゃなくて、俺たちの方だったんだよ」

 淡々と告げるハロルドに、ラミーナは焦りを隠せずにいる。神殿から出てきたシエラ達は、塔の入り口にいたハロルドと合流した。そこから元いた部屋に帰ってきたのだが、ハロルドから告げられた事に、シエラ達は衝撃を隠せない。

「よく考えれば分かる事だったんだ。死霊の大火の犯人が誰か、国民の大半が知っている。つまり、幾らあの女でも、四年間で刷り込まれた民衆の認識を変えるのは不可能ってわけだ。だから、あの女はこっちを混乱させて時間を稼いだてわけだよ」

 あの女というのは、恐らくルミーナの事だろう。

「……もしかしたら、私達を誘導させるつもりだったのかもしれないな」

「ユファ?」

「彼女は始めからラミーナに会うつもりで、ここの神殿に入ってきたのではないか?」

「そんな……」

 ラミーナが息を呑む。まさかそんな仮説が生まれるとは思ってもみなかったのだろう。シエラもユファの考えに目を丸くしている。

「恐らく、この間の火事は暴動を起こすきっかけ。目的は神殿でこいつに会う事。そう言いたいのか?」

 ユファの考えをハロルドが簡潔にまとめて尋ねれば、ユファは無言で頷いた。

「それなら辻褄も合うな。新しく入った情報によれば、暴動の真の目的は国王への政治的不満だ。ま、蓋を開ければデモだったってわけだ」

「武器とかも所持していたんじゃなかったのかい?」

 サルバナがそれとなく突っ込めば、ハロルドは頷きつつも言葉を続ける。

「暴動である事には変わりねぇが、内情はデモだ。死霊の大火やそれに関係する火事は、全てあの女の仕業だ。その犯人をいつまでも捕まえられない政府に、民衆は当然の如くご立腹なわけさ」

「えーと、つまり早くラミーナのお姉さんを捕まえろってこと?」

「まぁ、そういう事になるな」

 それを聞いて、シエラは鳥肌が立った。なんとなく、この国におけるラミーナの立場が分かる。普段明るく笑っている彼女からは、想像もできないような苦痛が、この国の中で起きているのだ。

「……あら、ハロルド。その言い方だとあたしが悪いみたいじゃない?」

 その時、ラミーナが余裕さえ感じさせる微笑を浮かべて、あっさりと皮肉を言ってのけた。

「ラ、ラミーナ……?」

 シエラは恐る恐るラミーナの名前を呼ぶ。ラミーナは相手をおちょくるような笑みを湛えながら、腰に手を当てる。

「民衆がお望みなら、やってやろうじゃない。身勝手な願いだなんて思わないわ。仕方のない事だもの。この国で平和に暮らす事が……」

 ラミーナは歯を食いしばる。言葉にあわせてどんどん俯き加減になっていた顔を、勢いよく上げた。

「みんなの、心からの願いだもの」

 凛とした、ラミーナの思いだった。今のラミーナは、物語に出てくるような、シエラが幼心に憧れた童話の英雄のようだった。けれど、シエラの心はズタズタに引き裂かれている。たった三つしか年の違わない少女が口にするには、あまりにも重たく、残酷な言葉だ。ラミーナに英雄まがいの台詞を言わせている存在が、シエラは憎くて憎くてたまらない。そんな台詞なんて聞きたくなどなかった。取り繕って、肉親の情を捨てた言葉など、言ってほしくなかった。すると、そんなシエラに気づいたのか、ラミーナはくしゃりと表情を歪ませる。

「どうして……どうして、あんたが泣きそうなのよ」

「え――?」

 言われてようやく、シエラは自分が今どんな顔をしているのかに気づく。きっと、ラミーナも本当は泣きたくて泣きたくて。苦しくて悲しくて仕方がないのだ。それでも、自分の使命だと割り切って心を凍らせている。

「ラミーナ……」

「……シエラ、ありがとう」

 シエラの紡ぎかけの言の葉を、ラミーナは笑顔で掻き消した。そしてその後、誰も口を開くことはなく。ハロルドに案内されるまま、シエラ達は王城を後にした。

 ルミーナが待っていると言ったカルタゴの丘というのは、王都から東に二日ほど歩いたところにあるらしい。ハロルドに途中まで案内されながら説明された。ハロルドはまだこれから仕事があるらしく、王城を出て森を抜けるまでの同伴だった。食料やその他預けていた荷物を渡され、シエラ達はラミーナを先頭にして歩き出す。

「……ラミーナ」

 ハロルドが呼び止める。しかしラミーナは振り返らない。

「この旅が終わったら、渡したいものがある」

 だから、死ぬな。

 ハロルドは囁くように言うと、音もなくその場から消えていた。ラミーナは夜空を見上げながら「何よ、かっこつけちゃって」と、悪態をつく。

「さ、皆! 明後日の夜に着くには、少しでも多く今夜歩くわよ!」

「おぉ!」

 シエラ達は夜空の下を、力強く歩いていく。流石に夜も更けてくると、街道を歩く人などシエラ達ぐらいなものだ。ここはもう王城からは大分離れている。まばらにある民家から漏れる橙色の光に、シエラは口元を綻ばせた。その時、どこからともなく腹の虫が泣き出した。シエラは一瞬立ち止まり、自分の腹部へと視線を落とす。すると、少し前を歩いていたバイソンがはにかみながらこちらを振り返った。

「あぁー、悪い! ……腹減っちまった!」

「バイソンかぁ~……」

 てっきり自分かと思ったシエラは、ほっと胸を撫で下ろす。バイソンは照れくさそうに頭を掻きながら、ちらりとラミーナに視線を向けた。

「そう、よね。もう夜だもの。この先に確か空き小屋が幾つかあったから、そこで夕食にしましょう」

「よっしゃ!」

 バイソンは拳を握ると、再び元気よく歩き出す。まるで子供のようだ。シエラはそんなバイソンの様子に、心が落ち着いていくのを感じた。なだらかな街道を暫く真っ直ぐ進んでいると、森の入り口に差し掛かる。そこから少し離れたところに、屋根もボロボロになったいくつかの民家が見えた。

「空き小屋ってあそこ?」

 シエラが指差すと、ラミーナは小さく頷く。

「……あそこなら、野宿するより幾分かは、雨風を凌げそうだな」

 ユファはレンガで出来た外壁に触れながら、薄暗い小屋の中に踏み入った。足元には藁が大量に敷かれており、水瓶の中にも半分ほど水が入っている。シエラ達は藁を寄せ集め自分たちの寝床を確保する。その上に座りながら、ハロルドから預かった食糧の中身を確認していく。

「干し肉やら乾パンやら……ありがたいな」

 ハロルドが気を利かせて保存性の高いものばかり入れてくれたようだ。中には幾つかフルーツも入っており、シエラ達は彼の気遣いに心が温まっていく。

「たまにこういうのが食えるってのはありがたいよな!」

 バイソンはりんごを片手に嬉しそうに笑っている。するとラミーナが「あ」と小さく声を上げた。

「どうしたの……?」

 シエラが首を傾げれば、ラミーナは困った風に柳眉を下げている。

「これ」

 そう言ってラミーナはシエラに包みを差し出した。包みは笹の葉でできているらしい。シエラがそれを開けてみると、中には少し歪な握り飯が入っていた。ラミーナを見やれば、彼女は同じものをあと二つ持っていた。

「多分、あたしのお母様だわ……」

「え?」

「これを作ったの。料理なんて殆ど出来ないのに……」

 ラミーナは穏やかな顔つきで握り飯を見つめている。それからぱっと顔を上げると、包みを全員の手が届く場所へと置いた。

「形はあまり綺麗ではないけど、味は大丈夫だと思うわ」

「はは、腹に入っちまったら見た目なんて関係ねぇよ!」

 バイソンはそう言って豪快に笑うと、握り飯を一つ掴む。

「じゃ、いただきます」

「私もいただこう」

「私も! いただきます!」

「僕もいただきますね」

「……俺ももらおう」

「はは、レディーの手料理ならなんだって美味しいよ」

 それぞれ「いただきます」と言ってから口に入れる。

「ん……?」

 違和感を始めに感じたのは、誰だったろうか。

「す、すっぱ~い!!」

「に、苦い……」

「あ、ふつーに美味い」

「……」

「こ、これは……」

「は、ははは……」

「え、皆どうしたのよ?」

 シエラ、ユファ、ウエーバー、サルバナは喉を押さえて必死に堪えている。バイソンはガツガツと食べ進め、クラウドは無言だ。ただ一人握り飯に手をつけていないラミーナは目を丸くしている。

「ラミーナ、この赤いのなに!?」

「私のこの緑色の粒はなんだ……?」

「俺のはこれ、塩味だな」

「僕のは……恐ろしく辛いのですが」

「えーっと、とりあえず不思議な味がするんだけど?」

 ラミーナは差し出された五人の握り飯を覗き込む。そして徐々に顔を引きつらせていった。

「えーっと、シエラのは梅干っていうものよ。で、ユファのは多分、ゴーヤをすり潰したもの。ウエーバーのは、多分唐辛子ソースよ。あと、サルバナのは……何かしら、あたしもちょっと分からないわね」

 ラミーナはがっくりと肩を落としている。恐らく予想していなかったのだろう。

「そういえば、クラウドは何が入ってたの?」

 シエラが彼の手元を覗き込む。

「あぁ、ズルい! クラウドのは焼き鮭だ!」

 シエラは先ほどからずっと黙って食べているクラウドを恨みがましく見つめる。

「……それにしても、ゴーヤを入れてくるとは」

 ユファは口を押さえて真剣な表情で考え込んでいる。握り飯でそんな真剣な顔つきをされると何だかいたたまれない。

「これ、もしかして他のも……」

 ごくり、とシエラ達の喉が動く。シエラは残りの握り飯を一気に口に入れた。美味しくないわけではないのだが、梅干というものを初めて食べたせいか、どうにもすっぱさが舌に厳しい。

「ラミーナさん、すみません……」

 ウエーバーは心底申し訳なさそうに謝ってから、シエラ同様握り飯を口に突っ込んだ。

「さて……」

 ユファも一つ目を食べ終わったらしく、目の前に広がっている握り飯達を真剣な眼差しで見ている。

「じゃぁ、せーので皆取ろう?」

「分かりました」

「……あぁ」

 暫しの沈黙。緊張の一瞬。

「せーの!!」

 握り飯に一斉に手が伸びる。各々思い思いの握り飯を片手に、無言のまま一口噛り付いた。

「……うっ!」

「やったー! 当たりー!」

「おぉ、これもうめぇ!」

「……これは、唐辛子ソースか」

「俺はゴーヤかな」

「ほっ……」

「わ、我が母ながらこれは……!!」

 勝者と敗者、それぞれが口々に感想を漏らす。意外にもユファは唐辛子、サルバナはゴーヤがイケるようで、普通に食べている。バイソンは先ほどサルバナが食べていた謎の握り飯を豪快に食べ終えた。

「はっ、クラウドざまぁみやがれー! さっき一人で鮭食ってるからだよ」

「て、てめぇ……」

 シエラは鮭の握り飯を食べながらクラウドをあざ笑った。クラウドはどうやら新種の何かに当たってしまったらしく、口元を押さえている。ウエーバーは梅干を、ラミーナはユファと同じ唐辛子味を大人しく食べている。ちなみに握り飯はあと丁度七つ残っている。つまり、一人あと一つずつ残っているわけだ。

「あの、思ったんですけど。これ、半分に分けて具を確認してから食べるってのは……」

「何言ってんのウエーバー!!」

「そうだぜウエーバー!」

「えっ? えっ?」

 物凄い形相でシエラとバイソンに怒られたウエーバーは、身を縮めながらラミーナの陰に隠れた。

「いい、ウエーバー! そんな事したらクラウドがまたイイ味を食べちゃ――ううん、黙り込んじゃうじゃない!」

「ウエーバー、食べ物ってモンは選り好みしちゃ駄目なんだぜ!! 嫌いだろうと食わなきゃ失礼だろ!」

 ウエーバーは半分涙目になりながら無言で頷く。シエラの意見はアテにならないけれど、バイソンのとてもまともな言葉には黙って頷くしかない。

 シエラは再び「せーの!」と叫ぶ。一瞬で勝負はついた。緊張が走り、シエラ達はもう一度運命の一口目に挑む。

「あ、あれ……?」

 一口かじりつき、全員が目を丸くする。シエラは首を傾げながら全員の握り飯を確認していく。しかし。

「具が……ない?」

 そう、具が無いのだ。誰一人として最後の握り飯には具が入っておらず、味もない。しいていえば米の味がする。

「……これって、入れ忘れたとかいうオチかい?」

「……ラミーナのお母さん凄い、色んな意味で」

「あははは!! おっもしれぇ!」

「ちょ、失礼ですよ!」

「不思議な人がいたもんだな……」

「そのようだな」

「あぁあぁああ、恥ずかしい……!!」

 ラミーナは両手で顔を覆って身を小さくする。髪の僅かな隙間から見える耳は真っ赤に染まっていた。シエラは苦笑いを漏らしながら「でも、ラミーナのお母さんの気持ちは伝わったから」とフォローを入れる。バイソンも深々と頷いて、慰めるようにラミーナの頭を叩いている。

「……それに、こういう事をしてくれる母君は素敵だと思う」

 ぽつり、とユファも微笑みながら言う。その時、一瞬だが影が差したような気がした。ラミーナは「あぁもう気を使ってくれなくていいってば!」とユファに身を乗り出す。

 ユファは微笑んだだけで何も言う事はなく、黙々と握り飯を食べ終えた。シエラはなんだかユファの表情が気になる。けれどシエラの思い込みかもしれない。シエラは自分の勘違いだと良い――そんな風に思った。



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