幕間
****
ファーワードは口を真っ直ぐに引き結びながら、目の前で怒りを露わにしている少女をぼんやりと眺めた。
ルダロッタへの侵入は拍子抜けするほど簡単だった。適合者達は、まさか敵が同じ船に乗っていたなどと夢にも思っていないだろう。普段移動用に使っている馬車はグラベボとフォーワードにより、車の部分がアンの屋敷へと繋がるようになっている。資格を持つ人間が中へと入るだけで、そこはもう遠い祖国にある屋敷の中だ。つまり、無人の馬車として荷物同様の扱いを受けて船に乗る事ができる。フォーワードは我ながらよくできた術式だ、と自賛する。
しかし、問題は侵入後だった。適合者との接触及び戦闘に関しては予定通り。戦闘により弱ったところをアールフィルトの力を以って、宝玉を体外へと引きずり出す。その後ルダロッタ国内を破壊しつくす。
これが当初の計画だった。正直、フォーワードとしては馬鹿らしくて仕方なかったが。
アールフィルトに突如として起きた“変化”により、計画は失敗した。一体何が彼女を変えたのか。彼女を乱した原因を、ここにいる刺客たちは知らない。アン自身も、何も話そうとしない。
フォーワードは、ちらりと視線を動かす。部屋の奥にある椅子に腰掛けている少女は、瞳に獣のような殺気だった光を宿している。強い生気を帯びたその顔つきに、乱れた黒髪。あまりにも、当初の彼女とはかけ離れていた。自分と同等か、それ以上に感情を表に出さない少女だという印象が強かった。けれど、今回の任務が始まってからというもの、彼女は確実に大きく変わっていっている。まるで、どこかに忘れてきた感情を取り戻したかのような、そんな感じだ。
フォーワードはふと、隣にいるグラベボを見やる。彼もまた、今回の事に不服だったようで眉間に皺を寄せて、ギリギリと爪を噛んでいる。
「……グラベボ、深爪になるぞ」
ぽつりと零せば、グラベボは十五センチも身長差があるフォーワードを見上げた。寒々とした瞳には、明らかな侮蔑の色が宿っている。
「黙っていて下さい。……それよりも、一つ気になる事が」
「……なんだ」
「フォーワードと戦っていた適合者についてです。彼は、もしかしたら……」
「あぁ、可能性は高いな」
そこでフォーワードは口を閉ざす。これ以上口を開く事は得策ではなく、また憶測で話すことに必然性を感じられない。グラベボは口を閉ざしたフォーワードを見て、仕方がなさそうに視線を逸らした。
フォーワードは再びぼんやりとアンを眺める。
次にあの少女が一体どんな指示を出してくるのか、それだけが今は気がかりだ。彼女が出す指示一つで自分たちの立場がいかようにも変わっていく――それだけは今も明確に分かっている事だ。
振り返ると、今までも、そしてルダロッタでも、彼女の指示は迅速かつ的確だった。適合者がルダロッタから消えてから、目的を失った自分たちには戦闘意義がない。
戦い好きのジルを抑えこみさえすれば、撤退は容易だった。あの時アンは、適合者が消えるとすぐさま撤退を命令した。いち早くエリーザが反応し、アンの元まで向かうと、あとは自分たちが走った道を破壊すれば、逃げおおせられる。
立ちはだかった神も、アン達を追うような真似はしなかった。自分たちが逃げる為に、随分と国内を荒らしていった事には相当腹を立てているだろうが。
「……アン様?」
その時、アンの隣に控えていたエリーザが声を発した。不透明だった意識をアンにしっかりとピントを合わせ、フォーワードは二人を見つめる。
アンに刻まれている紋章が仄かに光っている。小さな呻き声を上げながら、アンは椅子の上で小さく震えていた。
「何かが、僕達の知らないところで動き出しているような……そんな雰囲気ですね」
グラベボのその一言に、フォーワードは無意識のうちに頷いていた。




