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リディア―世界の中で―  作者: 知佳
第九章:大
71/159

幕間

****


 ショコラは貧乏揺すりをしながら、目の前でのん気に欠伸をしているオカマを睨みつける。頬杖をつき、自身の四肢を柔らかく支えているソファにもたれ掛かっている。多少の嫌な事ならばこの心地よさに免じて許したかもしれない。

 しかし、ショコラは小さく舌打ちを漏らした。つい先ほど、適合者がゼインを発ったとの連絡が入った。ショコラ達のフランズ襲撃より早一ヶ月。アールフィルトであるアンは、何の指示も寄越さない。ただ「時期ではない」の一点張りで動こうとしないのだ。

 ――ったく、なんだってんだよ……。

 ショコラは苛立ちにもう一度舌打ちをする。すると目の前にいるオカマ――ビルダがふぅと溜め息を吐いて視線をこちらに向けてきた。

「んもう、何苛立ってんのよぉ。適合者がゼイン出発したってのはさっき聞いたばっかでしょ」

「るせぇな。……てめぇは何も思わないのかよ。大体、一ヶ月も何もしないっておかしいだろ。あたしらの本職から考えて、温過ぎるとは思わないのか?」

「……あら、何ジルちゃんみたいな事言ってるのよぉ。別にいいんじゃなーい? そもそも、あんたマイセン様の為にここにいるんでしょ。なら下手に危険な目に遭う必要ないと思うんだけどぉ」

 ビルダが新聞を片手にそう言うと、ショコラは眉間に皺を寄せて立ち上がる。ビルダは目の前に影が差したのに気づき、顔を上げた。すると、突然腹部に衝撃が走る。ソファから吹っ飛ばされ、仰向けで床に寝転んでしまった。

「ったいわねぇー。もう、すぐに怒るんだから」

「てめぇが気安くマイセン様の名前を出すから……!!」

「んもう、悪かったわよ。……でも、仕方ないじゃない。あのお方は第一王位継承者なんだからぁ」

「……チッ」

「あ、また舌打ちしてるぅー! ビルダちゃん乱暴な子嫌いなんだけどぉー」

「あん!?」

 ショコラは忌々しげにビルダの事を睨みつけると、テーブルに置いてあったクッキーに手を伸ばす。一枚口に含むと、少しだけ苛立った神経が落ち着く。

「……あんた、それ食べてる時は幸せそうな顔してるわよねぇ」

 ビルダは感心するようにうんうんと頷いている。ショコラはそれが気に入らなくて、もう一度蹴りをいれようとビルダに近づく。しかしビルダはそれが分かったのか、素早く立ち上がった。

 身長はショコラよりもビルダの方が高い為、ショコラは首をほんの少し傾けてビルダを見上げる。ビルダは妖艶に微笑んでみせると、すり足一歩でショコラに近づいた。ショコラは予想外のビルダの動きに反応が遅れ、気づいた時にはビルダに両手首を掴まれ、床に思い切り背中を打ち付けていた。

「ってぇな! 何すん……――」

「ショコラ」

 いつになく真剣に名前を呼ばれ、ショコラは一瞬どきりとした。目の前にいるのは嫌っているビルダである筈なのに、大好きなあの人の影と一瞬重なる。

「……あはは、何間抜けな顔しちゃってんのぉー? びっくりしたぁ? ふふ、もうビルダちゃんって流石の演技派よねー。そのうち女優デビューとかしちゃうかもぉ」

「……てめぇ」

 ショコラは一瞬でもどきりとした自分が恥ずかしくなり、身を震わせながら顔を伏せる。

「ふざけんじゃね――――!!!!」

「ふべぇえぇえ!?」

 そして、思い切りビルダの横腹に蹴りをいれた。

「はんっ。隙があるんだよこのカマ野郎がっ! ここが戦場だったら死んでるぞ!」

 違う。死んでいるのは自分のほうだ。ショコラはわざとビルダが隙を見せていたのを知りながらも、あえて強気にそう吠える。先ほど押し倒したのだって、恐らく本当はもっと別の事が言いたかったのだろう。

 分かっている。ビルダがそういう人間だという事を。知っている。ビルダがいつも何かを隠しては、はぐらかしている事を。だからこそ、ショコラはビルダが気に入らない。ここに派遣されてくる前から、ビルダの事は気に食わない。

 ――そうだ、いつもこいつはマイセン様とあたしの事知ってて、からかって……!!

 ショコラは腰を擦りながら床に座り込んでいるビルダを睨みつけ、ソファに置いてあるクッションに手に取る。

「ちょ、まだやるのぉ!?」

「……その口閉じろ」

 ショコラはクッションを投げる体制をとりながら、ビルダに顎でしゃくって指示を出す。ビルダは慌てて両手を口を押さえ、こくこくと頷く。ショコラはクッションをソファに戻す素振りを見せ、そして油断したビルダにクッションを投げつけた。ビルダは顔面でクッションを受け止めると、鼻を真っ赤にしながら口をパクパクしている。

 すると談話室の扉がギィと音を立てながら開かれ、グラベボが姿を現した。グラベボは二人の様子を一瞥すると、面倒くさそうな表情しながら中に入ってくる。

「……全く、騒々しいですね」

 グラベボは素っ気無くそれだけ言うと、談話室の床に落ちている新聞を拾い上げた。先ほどビルダが読んでいたそれに軽く目を通すと、「やはり……」と独りごちる。

「何がやはりなんだよ?」

 ショコラがグラベボの隣に並び、その記事を覗き込む。ぱっと見たところ何か自分たちに関わるような事を書かれていない。ショコラが怪訝そうな顔をしていると、グラベボは肩を竦めてみせた。

「まずショコラは肌蹴た服装を少し直して下さい。それからビルダはさっさと立って下さい。……また、エリーザさんに叱られますよ」

 グラベボは新聞から顔を上げずに淡々と言う。ショコラとビルダは二の句が継げず、渋々大人しくグラベボの言う通りにする。グラベボは改めてショコラに新聞を渡し、真ん中より少し下に書かれている記事に目を通すように言う。ショコラは一通りそこを読み終わると顔を上げた。

「……これ、どういう事だよ。なんでロレーダがナルダンに割譲されなきゃならないんだよ!」

「落ち着いて下さい。二十年前、ナルダンとブラドワールで起こった戦争を覚えてますか?」

「忘れるわけねぇだろ。……ザラミス戦争だけは、絶対に忘れねぇ」

 ショコラはグラベボから視線をそらし、小さくそう呟く。グラベボは「ならば宜しい。話を続けます」と再び口を動かす。

「ザラミス戦争は結局勝敗がつかず、ナールの仲介により一旦は終結しました。しかし、未だその講和条約は結ばれておらず、先月から行われていた八大国会議でついに条約に調印がなされたんですよ」

 グラベボはショコラにも分かりやすいように噛み砕いて話を進める。そこまで説明されればショコラでも分かる。つまりその講和条約でブラドワールはロレーダを割譲したというわけだ。

 ロレーダというのはナルダンとブラドワールの国境近くにある、石炭がよく採れる地方の事だ。気候も安定しており、何より鉱山が多い。長年ブラドワールの資源庫として重宝され、何度もナールやナルダンと領有権を争ってきた。

「……それで、上はなんて言ってるんだよ。保身大好きなジジイ共が黙ってるわけねぇよな」

 ショコラは嫌味たっぷりにそう言い放ち、くるりと背を向けて談話室の扉に歩み寄る。

「どこに行くのよぉ?」

「……部屋に戻るんだよ」

 ショコラは振り返らずに、さっさと談話室を出て行く。背後にいるビルダとグラベボが首を傾げているだろう姿は容易に想像できた。しかし、それでもショコラは振り向かない。昔の、思い出したくもない記憶が先ほどから飛び交い続けているのだ。

 今から二十年前に起きたザラミス戦争。

 その大元の発端は約二十五年前に起きたエドラスト海峡事変だ。ナルダンとブラドワールの国境付近にあるエドラストという海峡で、魔物による大量虐殺事件が起きた。船で旅行していた人間が魔物に襲撃され、全員死亡した残虐かつ残酷な事件。

 そしてその事件を引き起こしたのが、ブラドワールではないかという言いがかりを七大国はつけてきた。また当時ブラドワールはナルダンと国境問題で揉めてあり、ブラドワール国軍が国境警備に当たっていたナルダン騎士団を攻撃した事が直接的原因である。戦争そのものは二年で終結したものの、勝敗が決する事はなく、今日にまで爪あとを残している。

 ――でもなんで、ブラドワールだけが割譲しなきゃなんねぇんだよ……!!

 先に疑いをかけたのは七大国であるはずなのに、結果としてブラドワールは領土を奪われた。ショコラは苛立つ心を露にしながら、ズンズン廊下を突き進む。

 やはり、一刻も早く宝玉を手に入れなければ。それが自分のなすべき事なのだと、ショコラは強い決意とともに拳を握り締める。死の淵から自分を救ってくれた、たった一人の大切な人の為に。絶望という深淵にまで、手を差し伸べてくれた心優しいあの人の為に。

 ――この戦いは、負けるわけにはいかねぇんだよ。

 たとえその結果世界を巻き込む戦争が起きたとしても、ショコラは悔やまない。ただ今はこれが正しいのだと、信じているから。ショコラは強い決意を胸に、真っ直ぐに前を見据えた。




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