一
****
地鳴りのするような歓声に包まれながら、シエラは闘技場の中央に置かれたゲージを見やる。白銀の狐は頼りなさそうに瞳を揺らしており、シエラは拳を強く握り締めた。
「さぁ、今大会も今日が最終日です。見事決勝に勝ち残ったのは、アギヤ率いるバレンダスと、今大会ダークホースとなったシエラ率いるフォックスです!!」
ワイズの紹介に会場が沸き立つ。今シエラ達は全員舞台の上に立っており、アギヤ達バレンダスの面々と向き合っている。シエラが視線をアギヤに向けると、彼は子供のような無邪気で生意気な笑顔を浮かべてきた。それが何処と無くバイソンに被り、シエラは一瞬どきりとする。
「今日は宜しく頼むよ」
右手を差し出されて、シエラはそれを握り返す。身長差がある為、シエラはどうしてもアギヤを見上げなければならないのだが、どうにもアギヤからは威圧感というものを感じない。
「……絶対、勝つから」
シエラは精一杯それだけ言うと、さっと踵を返してクラウドの隣に戻る。そしてワイズがルールを確認で読み上げ、第一試合の選手だけが舞台に残る。
が、しかし。
「ねぇ、マズくない?」
「……あぁ、予想外だったな」
「あのバカにお似合いの最悪の悲劇だな」
シエラ達の方からは第一試合、サルバナが出場する事になっている。しかし、バレンダスは紅一点であるマシュラなのだ。正直、女性が相手でサルバナがまともに戦うとは思えない。今まで運良くサルバナに女性が当たらなかったが、ここに来てまさかこんな展開が待っているとは。
シエラ達は困惑した表情でサルバナの事を見つめている。サルバナ本人はいつも通りの涼しげで、何を考えているのか全く分からない。
「どうするの? これってサルバナ超ピンチじゃん」
「……仕方ないな。こうなったら意地でも戦ってもらうしかないだろう」
「ったく、めんどくせぇ……」
ユファとクラウドさえ困惑している次第で、しかも二人は呆れの方が強い。シエラはがっくりと肩を落とした。
ちらりとイヴの方に視線を向けると、ばっちりと視線がその大きな双眸とぶつかりあった。イヴの目に怯えや恐怖の色はなく、ただ真っ直ぐで純粋な感情だけがシエラに伝わってくる。
――そうだ。どんな状況でも、私は揺らいじゃ駄目だ。それに、今はサルバナを信じてみよう。
シエラはそう思い、サルバナの背中に視線を送る。ワイズのカウントに合わせ、会場もどんどん盛り上がっていく。そして、ファイトの掛け声と共にマシュラの鞭がサルバナ目掛けてとんで来た。
「おっと」
それをひょいと避けると、サルバナはマシュラに微笑みかける。
「綺麗なお姉さん、どうかな? 今から一緒にデートなんてのは」
「あら、悪いけど断るわ。そんな事したら私、アギヤに怒られちゃう」
マシュラは妖艶に微笑むと、再び鞭を振るう。茨のような鞭が容赦なくサルバナを囲み、その身を切らんと迫り来る。
「ははっ、残念だな。……っと、危ない」
サルバナは前方からカーブしながら向かってきた鞭を、間一髪でかわす。マシュラは巧みに鞭を操り、サルバナを確実に追い詰めていく。気づけばサルバナは幾重にも張り巡らされた茨の中に閉じ込められていた。
「凄い鞭の数だね。これはちょっと参ったかなぁ」
のん気な口調でそんな事を言いながら、サルバナは考え込むような仕草をみせる。本人にここまで危機感がないと、見ているこっちの胃が余計に痛くなるのだと察して欲しい。シエラは口角を引きつらせながらも、今は耐えて口を噤んでいる。
「アイス・フィップス」
マシュラの言葉に呼応して、鞭が青白い光を帯び始める。すると周囲に冷気が集まり始め、氷柱が出現した。
「鞭と氷って組み合わせ、俺は嫌いじゃないかな」
サルバナはそう呟くと、右手を翳した。しかしマシュラはサルバナが行動を起こす前に、一気に氷柱を放出させる。一直線に向かう氷柱に、観客の息を呑む声が聞こえた。シエラも目を瞑りかけ――響き渡った高音に慌てて顔を上げる。
「はは、綺麗じゃないか」
そこには無傷のサルバナが悠然と立っており、へらりと笑ってのけると茨の鞭からいとも簡単に抜け出す。マシュラは信じられないという風な表情で、サルバナを見つめている。
サルバナはゆっくりとマシュラから距離をとると、残っている氷柱を指でなぞる。光が反射して煌いているそれはとても幻想的で、それに触れて微笑んでいるサルバナはまるで一枚の絵のようだ。
しかし、シエラはどうしても腹が立って仕方ない。なんだか最近、サルバナの戦いを見る度に怒っているような気がしてならない。シエラは小さく舌打ちすると、鋭い視線をサルバナに浴びせる。
「……おっと、どうやら君を口説いたから、うちのリーダーはご機嫌斜めみたいだ」
「いや違うからね!? それ大間違いだからね!?」
とんでもない事を言ってきたサルバナに、シエラは慌ててツッコム。この男は油断するととんでもない誤解しか生まないからややこしい。マシュラは鞭を握りなおすと、もう一度サルバナに向かって攻撃を仕掛けた。素早く鋭い攻撃の数々だが、どれもサルバナに当たる事はない。もう完全に見切っているのだ。
サルバナはマシュラの大きな一撃も軽くかわしてしまうと、とん、と軽い足取りで彼女の後ろに立つ。けれどそれ以上何かする気配はない。マシュラは悔しそうに後ろに腕を振るうが、自棄になった攻撃が当たるはずもない。サルバナは上体を反らしそれを避けると、右手を翳した。
「いっけぇ、サルバナ!!」
シエラが叫び、会場も大歓声に包まれる。が、しかし。
「……やっぱり、レディーに手を上げるなんてできないからね。俺はここで棄権するよ」
綺麗な綺麗な、色とりどりの火花の打ち上げ音と共に聞こえてきたのは、サルバナのやる気のない声だった。
「ちょっと、サルバナ何言ってんの!?」
シエラが慌てて叫ぶものの、サルバナは眉毛をハの字に垂れ下げて笑うだけだ。マシュラもワイズも、クラウドやユファでさえ唖然としている。唯一アギヤだけが腹を抱えて笑っており、会場は一瞬にして沈黙に包まれた。
「ぜ、前代未聞です!! ここにきてサルバナ選手、まさかの棄権! 本当に宜しいんでしょうか!? しかし、一度言った宣言を取り消す事はできません。サルバナ選手、ここで残念ながら失格です!」
会場中から大ブーイングが巻き起こったが、サルバナは涼しげな表情で舞台から降りてくる。この男、マイペースなのは前々から知っていた。知っていた、が、ここまでとは正直思わなかった。シエラは怒りを通り越して呆れて物が言えない。
「いやー、ごめんねシエラ。でも、俺は紳士だからね。流石にレディーに手を出すのは……」
「こんのバッカ!! バカバカバカ!!!! ほんっとバカ! …………はぁ」
申し訳なさそうに笑うサルバナに、シエラは渾身の力を込めて叫ぶ。けれど叫んだら叫んだですっきりしてしまった。どうにも解せないが、もう棄権してしまったものは仕方ない。
「……分かったよ。元々は私の責任だもんね。最後ぐらいちゃんとやる」
シエラはそう言うと、一発だけサルバナの鳩尾に拳を叩き込んだ。サルバナはあまり痛くないのか、きょんとした表情でシエラの事を見下ろしている。
「これで私はチャラにする。……クラウド、ユファ。って、え?」
シエラが振り返ると、メラメラと怒りの炎を燃やし、鬼神の如き形相で佇んでいる二人がいた。クラウドは拳をゴキゴキと鳴らし、ユファは数珠を構えている。二人とも、視線で人を殺せそうな勢いだ。
「あんた、正気なのか? 少し予想はしていたが、まさかここまでだとは思わなかったぞ」
「今すぐ全国の紳士に侘びろ。ついで俺にも侘びろ腹を切れこの似非紳士!」
サルバナの事をゲシゲシと蹴りながら二人は罵る。しかし少しすると気が済んだのか、重い溜め息を吐いて離れていった。
「……こうなったものは仕方ない。私も付き合おう」
「ったく、面倒な事しやがって。ま、その心意気は否定しねぇけどな。時と場合を考えろこのバカが!」
「ははっ、ごめんごめん。次は気をつけるよ」
サルバナはへらりと笑うと、ユファとバトンタッチして数歩後ろに下がる。ユファはマフラーに顔を埋め、隻眼を閉じる。一度サルバナに向けて出していた殺気を仕舞うと、ゆっくりと舞台に上がっていく。
バレンダス側からは黒髪長髪、細長といった風貌の青年が姿を現す。ユファは息を短く吐き出し、それから右手首に巻きつけている数珠を外した。じゃらり、と音を鳴らしながらユファは数珠を両手で引っ張るように持ち直す。殺気は感じないけれど、どうやらユファの虫の居所は悪いらしい。
「……おぉー、怖い怖い」
向こう側からアギヤの茶化すような声が聞こえてくる。シエラは苛立ちを感じながらも、何とか拳を納めてユファを見やる。ユファには何だか巻き込んでしまって申し訳なく思う。クラウドとサルバナにはそんな事微塵も思わないが。
「……ユファ」
シエラが小さく呟くと、隣にいるクラウドが「大丈夫だ」と肩に手をおいてきた。
「この馬鹿がしでかした事とはいえ、あいつは責任をもって勝負に挑んでる」
「ちょっと待った。今俺の事、馬鹿って……?」
「あぁ言ったな。当然だ」
「聞き捨てならないな。俺のポリシーを君に否定される筋合いはないよ」
シエラを挟んで言い争いをはじめた二人に、シエラは顔を引きつらせる。全くこの二人に反省という言葉は脳内登録されているのだろうか。しかも今は、ユファが戦い始めようとしているまさにその瞬間だ。
「筋合いだぁ? あるに決まってるだろ」
「ないね。レディーに言われるならともなく、野郎に口を挟まれるのだけは勘弁だよ」
「あーもー!! 私を挟んで喧嘩するな!!」
シエラは二人に肘鉄を叩き込むと、ふん、と鼻を鳴らして舞台に視線を向ける。丁度ワイズのカウントが始まり、そしてユファは一気に飛び出した。
「……サンダー・ブラスター」
ユファは数珠から大きな雷撃を放つ。一直線に男性に向かうそれに、会場が大きな唸り声を上げる。しかし男性は左手でそれを横に弾いた。
ユファは目を丸くするが、驚いている暇もなく男性が迫ってきていた。彼の鋭い蹴りをかわし、ユファも回し蹴りで応戦するけれど、互いに攻撃は当たらない。男性はゆらりと揺れると、外見からは想像できないような重い踵落としをユファにきめた。ユファは何とか腕で顔を覆い攻撃を受け止めたが、それでも予想外の威力に腕が軋んだ。
やはり優勝チームなだけあって、個々の能力が非常に高い。ユファが先ほど放った魔法は上級魔法だ。恐らく一撃で仕留めるつもりだったのだろう。けれどそれを、男性は片手で弾き飛ばした。
「おいおい、魔法に頼り切ってちゃ勝てないぜ?」
アギヤは腕組しながら欠伸を漏らす。しかしその目は鋭く輝きを放っており、侮ってはいけないのだとひしひしと感じる。ユファは拳をぶつけ合いながら、僅かに眉間に皺を寄せた。まるで何かを堪えるようなその表情に、シエラは少し首を傾げる。
「ユファ……」
もし先ほどの一撃に魔力の大半を注いでしまったというなら、その表情の意味を分かる。しかしシエラにはユファが本気を出したとは思えない。もっと違う何かにユファは堪えているように見受けられる。それが一体何なのかは、分からないが。
「ぐっ!!」
その時、ユファが吐血しながら苦悶の声を上げた。彼女のわき腹には血が滲んでおり、相手の手には先端が三叉になった槍が握られている。
「……これ、使いたくなかった」
男性はぽつりと呟くと、倒れこんでいるユファに向けて槍を振るう。ユファは転がりながら何とかそれを避ける。掠めた程度で、まだ出血量はそれほどではないけれど。このまま血を流し続ければ命に関わる。ユファはよろめきながらも立ち上がり、男性と向かい合う。彼は槍を素早く突き出し、ユファの顔面、腹部、足、腕に次々と狙いを定めていく。
そしてそれを避けたユファのキャスケットに、槍が深々と突き刺さった。槍に突き刺さったままのキャスケットには無残にも、三つの大きな穴が開いている。地面に落ちたそれをユファは慌てて引っ手繰ると、数メートル後退した。普段大きなキャスケットとマフラーで隠れているユファの顔が大きく晒される。黒い眼帯に覆われたユファの右目も、帽子がない分前髪の隙間からよく見えた。ユファは右手で右目を覆い隠しながら、帽子を舞台外にいるシエラに投げてきた。
「シエラ。すまないが、それを持っていてほしい」
「う、うん。分かった」
シエラは投げられたキャスケットを受け取ると、ユファの顔を見上げる。逆行でその表情はよく見えなかったが、少し、怒っているような気がした。
このキャスケットに何か思い入れがあるのだろうか。シエラはユファの後姿を見つめながら、伝わってくる殺気に鳥肌を立てる。あんな風に怒気を滲ませているユファは初めてだ。相手の男性が本当に死んでしまわないか心配になってくる。ユファは数珠を構えなおすと、ゆっくりと右手を右目に添える。念じるようなその仕草に、男性も如何わしげな表情になった。
「……覚悟しろ」
ユファはそれだけ短く言い放つと、一気に駆け出して男性との距離を詰めた。男性は槍を突き出すが、ユファはギリギリのところでそれをかわし、槍の持ち手を握り締める。
男性が驚いて力を込めるものの、槍はぴくりとも動かない。ユファは素早く男性の顔面に蹴りを入れると、続いて鳩尾に何発も拳を叩き込んだ。しかし男性もやられっ放しではない。すぐに立ち上がりユファに反撃を加える。先ほどの傷が痛むのかユファは歯を食いしばり、それでも尚男性に蹴りを入れた。これは試合ではなく喧嘩のようだな、とシエラは思う。傍から見ていると、どうにもそのようにしか思えない。ユファは恐らく、キャスケットに穴を開けられた事に腹を立てているのだ。
――ユファがあんな風に怒るなんて、珍しいなぁ。
シエラは苦笑いを浮かべながらも、ユファの人間らしい感情の片鱗を見れて嬉しくもある。いつも静かで穏やかな彼女だからこそ、時々心配になることもあった。
シエラは大きく息を吸い込み、
「ユファ! やっちゃえ!」
と声高らかに応援を送る。
ユファは小さく微笑むと、数珠を巻いている右手を高く振り上げた。
「……サンダー・ブラスター」
超至近距離から放たれた雷撃を避ける事などできるはずもなく。男性はユファの右手から放たれた鋭い雷にその身を切り裂かれた。
「うっわ、容赦ねぇのな」
アギヤはそう呟くと、衝撃で気絶してしまった仲間を回収する為に舞台に上がってきた。するとゴングが鳴り響き、「勝者、ユファ選手! これで一勝一敗となりました!」とワイズが締めくくる。ユファは少し満足げな表情で舞台から降りてくると、シエラの手元にあるキャスケットを受け取った。シエラが「お疲れ様」と声をかけると、「あぁ、少々取り乱してしまった」とユファが眉を下げる。
「それより、シエラは大丈夫か? ……次の試合、出るのだろう?」
「……そう、だね。うん、大丈夫だと思う。何とかなるよ」
この大会はもし二勝二敗となった場合、より試合を「魅せた」チームの勝ちとなる。要するに観客からの人気投票で勝敗が決まるのだ。そうなると圧倒的にこちらが不利なので、なんとしてもシエラが勝ってクラウドに繋げなければならない。そしてクラウドが勝って、三勝を収める。これがベストだ。しかもルダロッタへの船の出航時間もある為、あまり長々と試合をしている訳にもいかない。
「よし、私行ってくる!」
シエラは三人に見送られながら舞台へと駆け上る。こうなったらとっとと終わらせるのが吉だ。
「つ、ついにチームフォックス! リーダーのシエラ選手が登場しました! 彼女は今まで一度も試合に出場していません! 全く未知の選手です! 一体どんな戦いを魅せてくれるのでしょうか!?」
何だかそんな風に盛り上げられてしまうと、非常にやり難い。期待されても何もできないぞ、と自慢できない事を誇らしげに思ってみる。バレンダスの方へと視線を向けると、出てきたのはアギヤではなく図体の大きな男性だった。シエラからすれば、こんな選手バレンダスにいただろうか、という感じである。頭はスキンヘッドで、上腕二頭筋や太もも、ふくらはぎは筋肉隆々だ。抱きしめたら相手を全身骨折に追い込むことができそうなほど、全身が筋肉に覆われている。バイソンやアギヤのようなしなやかで美しく、細身な筋肉とは違いとても無骨で野暮ったい。
「お嬢さん。悪い事は言わねぇ。すぐに棄権しな」
「はっ、冗談は筋肉だけにしてよ。私、絶対負けられないんだから」
男の言葉をシエラは一蹴すると、持ってきていた魔道具の剣を取り出す。見た目はただの筒のようだが、これは魔力を込めると筒の先端から魔力で出来た刃が出現するのだ。
シエラはカウントが始まると同時に、魔力を込める。魔力を込めると筒はたちまち剣となり、立派な武器へと変貌する。シエラは腰を落とし、柄となる筒の部分をしっかりと握り締めた。クラウドのように見事な腕前で格好良く剣を扱う事はできないけれど。
――私は、私のやれる事をやるんだ。
「――ファイト!!」
ワイズの最後のカウントで、男性はその巨体で突進してきた。シエラは横に飛び出して一撃目を避けると、今度はこちらから仕掛ける。先制しなければこちらが確実に不利だ。シエラは懸命に剣を振るう。しかし、攻撃は全く当たらない。重い相手の拳を何とかかわし、懐に大きく踏み込んで剣を振りかぶる。はっきり言って、至近距離での戦いは諸刃の剣だ。シエラにとっても攻撃を仕掛けやすく、また相手にとってもそれは同じである。捕まれば一巻の終わりだ。そこでゲームオーバー、シエラに勝ち目はなくなってしまう。
――でも、攻撃は当たらないし。……どうする? ていうか、私に何ができる? 選択肢は幾つ残ってる?
剣を振るいながら自問自答を繰り返す。しかし相手はそんな悠長に試合を運ぶ気は一切ないらしい。シエラが僅かに隙を見せると、一気に重たい拳を繰り出してきた。
「あぁもう……ッ!!」
戦い難い事この上ない。魔法学校でも一応戦闘実習というものがあった。しかし基本的に生徒は魔道具が魔法しか使わない。こんな体術だけの相手なんて初めてだ。言い訳にするつもりはないが、正直どのように戦ったら良いのか分からない。シエラは一旦男性と距離を取ろうと、剣を薙いだ。
しかし男性はそれに気づいたのか、攻撃を避けるとすぐにシエラの腕に手を伸ばしてきた。逞し過ぎる手に腕をつかまれ、シエラはか細い悲鳴を上げる。魔道具の剣は痛みで地面に落としてしまい、シエラは足が地面から離れて宙ぶらりんになった。男性を睨みつけるものの、相手は意にも介していならしい。締め付けられて血液が止まってしまい、手が痺れ始める。男性はシエラの事を凝視すると、訝しげな表情で口を開いた。
「その漏れ出ている魔力は、ただの飾りか? お嬢さん」
ぶちん、とシエラの中の何かが切れた音がする。
沸々と怒りが込み上げてくる。あなたに何が分かる、私の何が、私の苦しみの、悲しみの、劣等感の、何が分かる、と口汚く罵って謗ってやろうかと思った。けれど、今はそんな事を言ってどうにかなる状況ではない。
こんな悔しい気持ちを吹き飛ばせるぐらいの力が自分にあればいいのに。そう思うけれど、そんなすぐに手に入るものではない。
「おいおい、どうしたんだ?」
勝ち誇ったような余裕の笑みが鼻につく。シエラは自由になっている両足をバタつかせ、そして。
「こんの……気持ち悪いのよ!!!!」
男の股間に強烈な蹴りを一発叩き込んだ。
「うおぉおおぉおお!!!?」
急所に不意打ちを喰らってしまった男はシエラを離すと、蹴られた場所を押さえながら蹲っている。突然のシエラの攻撃に、会場は唖然となっており、アギヤに至っては腹を抱えてゲラゲラと笑っていた。
シエラはすかさず地面に落ちている魔道具の剣を拾い上げる。幸い魔道具に注いだ魔力はまだ切れていない。今ならいっきに勝負を決められはずだ。シエラは剣を振り上げ、男性の割れた腹筋目掛けて叩き込む。
「……あぁぁ!?」
しかし、男性は奇妙な声を上げただけだ。シエラは苦虫を噛み潰したような表情になる。予想はしていたけれど、何だかとても癪だ。
「シエラ選手、攻撃をしかけましたが効果がないようです! もしやあれは魔力系に作用するものなのでしょうか!?」
そう、ワイズの言う通りだ。シエラが今回持ってきた魔道具の剣は、斬った相手の魔力を一時的に減少させる力を持っている。逆にいえば、それしかない。肉体的ダメージ、つまり殺傷能力は剣でありながら零なのだ。けれど、人間は少なからず魔力というものが神経系に関わってくるわけで。魔力異常が起これば、何かしら身体にも精神にも影響が及ぶものだ。
それが、あの男性には見られない。未だに急所を押さえて悶えているものの、その動きに鈍った様子がない。もしかしたら、刃が筋肉できちんと神経に届いていなかったのかもしれない。シエラはそう思い、もう一度剣を振りかぶった。しかし、男性はそれを紙一重のところでかわし、うめき声を上げながらもゆっくりと立ち上がる。
「お、お嬢さん……。あんたぁ、やっちゃいけねぇことやったよ」
男性は息を荒げ、目じりに涙を浮かべている。よっぽど痛かったらしく、立ってはいるが内股気味だ。
「……いやいや、私悪くないし」
シエラは顔の前で手をひらひらとさせ、それから思考を巡らせる。これからどうすれば良い。剣での攻撃が無意味だとすれば、残された選択肢は魔法しかない。
――考えてる余裕、ないのかな。
会場がどうとか、観客がどうとか、そういった環境的要因はこの際無視した方がいいかもしれない。考えていては、シエラの場合魔法は使えないのだ。
――同じ“物を壊したり、迷惑をかける”行為なら……勝ってやろうじゃん。
シエラは一度剣を構えなおすと、男性に向かって突進する。男性はそれを見た目に似合わず俊敏な動きで避けると、シエラの隙だらけの脇腹に一発拳を叩き込んできた。
「ッ!!」
重たい一撃に、シエラは舞台の中央から隅へと吹っ飛ばされる。背中が服の上から地面に擦れ、鋭い痛みが全身を駆け巡った。
「お嬢さん、あんまり年上の男をナメちゃいけないよ」
「台詞自重してよ気持ち悪い」
シエラは男性を睨みつけると、ちらりと観客席近くを見やる。そこにはイヴが大人しくゲージの中に入っており、シエラの事をじっと見つめてきている。深い青色の瞳は、真っ直ぐ、ただ真っ直ぐこちらを見ている。シエラは小さく口元に笑みを浮かべると、服の埃を払いながら立ち上がった。
「……ねぇ、ちょっと言わせて貰うけどさ」
「?」
「私たちの出場って、ほんと偶然みたいなもんだったんだよね。でも……」
シエラは剣をもう一度構えなおし、毅然とした態度で男性の前に立つ。
「絶対に、負けられない!!」
シエラはもう一度男性に向かって正面から突っ込む。男性は今度は腰を低く落とし、シエラを待ち受ける。そしてシエラが剣を薙いだ瞬間、思い切りシエラの手首に拳を叩き込んだ。
「い……ッ!!!?」
関節に強烈な一撃が入り、シエラは思わず剣を取り落としてしまう。しかし、今度は捕まるようなへまはしない。ひらりと身を翻し、早口に詠唱を始めた。
「フレイム・アロー!!」
シエラが叫ぶと、シエラの背面側の地面から次々と炎の矢が出現する。男性に容赦なく向かう矢は、未だに発生し続けている。男性はその筋肉に覆われた腕を振り回し、舞台を隅から隅へと走りながらシエラの攻撃を防いでいく。シエラは矢を発生させ続けるイメージを持ったまま、今度は違う詠唱を始める。
「シエラ!?」
ユファの驚く声が聞こえたが、今は気にしない。
「……ロック・アプリフィード!!」
詠唱にあわせ、ボゴボゴと闘技場の地面が隆起をはじめた。そしてその中から岩が上空に高く打ちあがり、男性目掛けて落下していく。
「うぉぉおおおぉお!?」
しかも炎の矢はまだ出現し続けている。観客からは凄まじい攻撃に悲鳴と興奮の声が聞こえ、ワイズも早口で何かまくし立てている。男性はシエラの怒涛の攻撃に逃げ惑い、ついには舞台の隅へと追いやられていた。
「……め、滅茶苦茶だ」
誰かが、ぽつりと呟く。シエラは頬を引きつらせながら、最後の一撃を加えようと手を高く掲げる。
「調子に乗るなよ、お嬢さん……!!」
しかし、男性もそこで黙っていない。岩の影から飛び出すと、シエラを捕まえようと腕を伸ばす。上空から覆いかぶさるように出てきた男性に、シエラは驚いて咄嗟に足を動かした。それど視界が上を向いていた為か、ボコボコになった舞台に足を突っかける。
「うぎゃぁあ!?」
シエラは奇声を発して思い切りずっこける。男性は咄嗟に上体をずらして受身をとろうとしたが、当たり所が悪く腹部を強打した。しかも自分の体重で衝撃に耐え切れなかったのか、形容しがたいか細い声をあげる。
シエラは擦り剥いた膝を押さえながら、男性の元まで歩いていく。お互いに間抜けすぎて、シエラは困惑した表情で佇んでいる。どうしたらこの微妙な空気を打開できるのだろう。
こんな事になるだなんて、誰が予想しただろうか。この状況は、シエラの当初の予想よりも斜め四十五度をいっている。仕方ない、とシエラは一歩男性に近づく。痛みで悶えているところ申し訳ないが、彼のいる場所は丁度舞台の隅っこ――つまり、あと一歩で場外にできる位置なのだ。
シエラは両手を男性の脇腹に当てる。そして思い切り力を込める。
「よい……しょ」
どさり。シエラは両手で男性を押し、地味に場外負けにさせた。会場は見事なまでに静かだ。先ほどまでのうるさい歓声が嘘のように、静まり返っている。
シエラはワイズを睨みつけると、半ば無理やりゴングを鳴らさせた。何だかモヤモヤして仕方ない。とんだ茶番をやってしまったな、と自己嫌悪しつつ、クラウドを一瞥する。彼はぽかんと口を開けて、それから笑い出した。気づけば、サルバナとアギヤも腹を抱えて笑っている。
「馬鹿にしてんの? 殴るよ、つーか殴るぞ」
――……一番恥ずかしいのは私なんだから!!!!
シエラは慰めるように近づいてきたユファにも、鋭い視線を向けた。しかしユファは戸惑ったように小さく笑うだけで、何も言わない。シエラはユファに抱きつこうと手を伸ばしかけ、すぐさま下ろした。
あんな魔法を同時に発動するような力技ができる変人に、抱きつかれて嬉しいはずがない。憂さを晴らすように、シエラはようやく笑いを収めたクラウドに向けて拳を突き出した。クラウドはその拳を黙って腹部に叩き込まれると、シエラの頭を優しく撫でてから舞台に上っていく。
――な、なによ……!!
シエラは苛立ちと羞恥心で顔を真っ赤にしながら、クラウドの背中を睨みつける。
――悔しい、悔しい……!!
自分が情けなくて仕方ない。こんな自分が、こんな気持ちになってしまう、自分が。シエラが歯を食いしばっていると、ユファが控えめに手を握ってきた。驚いて過敏に反応してしまうと、ユファは申し訳なさそうにしながら手を離す。
「ユファ……」
シエラが鼻声になりながら名前を呼べば、ユファはもう一度手を握ってくれた。シエラはその手を握り返しながら、自分よりも少しだけ高い位置にある肩に顔を埋める。
「シエラ。大丈夫だから。……信じて、待とう」
ユファに背中を優しく擦られ、シエラは大きく頷いた。目じりを拭って視線を持ち上げれば、そこには悠然と剣を構えているクラウドの姿が見える。対するアギヤも、堂々と舞台に立っている。
シエラが先ほど魔法で滅茶苦茶にしたので、舞台は復元魔法をかけてもまだその傷跡が残っている。足場は悪い。そんな悪条件で二人がどう戦うのか。
シエラはユファの隣で、喉を鳴らした。ワイズの最後のカウントが始まる。一気に、緊張感と高揚感に会場は包まれる。まるで先ほどのシエラの試合など存在していなかったかのように、人々は今この瞬間に呑み込まれる。アギヤは真剣な眼差しでクラウドと対峙し、クラウドも腰を落とし剣を構えている。
「……ファイト――!!」
爆発するような歓声と共に、アギヤとクラウドは舞台中央で交錯した。アギヤのアッパーを避けると、クラウドは右足を強く蹴り上げる。力強い踏み込みと共に剣を振るい、アギヤも左足を軸にして体を旋回させた。アギヤはブーツの裏側で刃を受け止めると、地面に叩きつけるように足を下に踏み込む。
クラウドは咄嗟に後退すると、そのままアギヤから数メートル距離を取った。アギヤは不敵に笑うと、クラウドを指差す。
「へぇー、結構やるじゃん。流石、グロップ達を倒しただけあるぜ」
「どうも。……けど、人の剣をへし折ろうって根性は気に食わねぇな」
「ははっ、これ試合だぜ? 殺さなきゃ基本的に何したっていいんだ、ぜっ!!」
「!?」
言葉尻に合わせて突っ込んできたアギヤに、クラウドは一瞬だけ反応が遅れた。アギヤは捻りを加えた拳をクラウドの鳩尾に入れる。油断はしていなかった。それ以上に、アギヤの動きが素早かったのだ。クラウドは足に力を入れて踏ん張ると、すぐさま剣を横に薙ぎ払う。それはアギヤの頭をかすめ、髪の毛が数本散らばった。
「おいおい、危ねぇじゃんか」
「……拳の礼だ」
「はっ、言ってくれるじゃねーの!」
クラウドはその言葉を聞くと駆け出し、剣を右斜め上から振り下ろし、上段に突き上げ、それから下段から振り上げる。しかしそのどれもが避けられ、肩口に向けた突きは拳によって弾かれた。
アギヤは突きの反動でバランスが僅かに崩れたクラウドに、先ほどの仕返しと言わんばかりに激しい攻撃を浴びせていく。蹴り、ラリアット、エルボー、踵落とし、アッパー。バリエーションに富んだ攻撃と、その一つ一つの美しさに、会場のテンションは最高潮に達する。
仕舞いにはアギヤコールまで飛び出し、気づけば会場はアギヤ一色になっていた。シエラはそれが気に食わなくて、思わず一人で「クラウド――!!」と叫んでいた。
クラウドは間一髪でアギヤの怒涛の攻撃をかいくぐり、反撃の機会を窺う。しかし中々隙を見せてはくれない。それどころか、どんどんこちらが劣勢に立たされている。それはシエラにもよく分かったし、何よりクラウド自身が身に沁みて感じているだろう。
アギヤはクラウドの脇腹目掛けて蹴りを入れ、クラウドはそれを刃で受け止め、それからアギヤの顔に向けて拳を振るった。しかしひらりとかわされてしまい、クラウドは荒くなった息を整える為に、一度大きく剣を薙いだ。それによりアギヤはクラウドから距離を取る。クラウドは大きく息を吐き出すと、アギヤをしっかりと見定める。
「……あんた、ほんとに一般人か? 化けモンだな」
「化けモンってのはひでぇ言われようだなー。でもま、俺たちは一般人であって、そうじゃねぇよ」
「……どういう意味だ?」
「俺たちはとある特別なギルドに所属しててよ。ま、ある意味何でも屋みたいなもんさ」
「下手に仕事をして報酬を貰うより、大会の賞金の方がいいってことか?」
「察しがいいなー。ま、大体そんな感じだ」
「……そうか」
クラウドはそれを聞いて沈黙すると、闘技場の中央に閉じ込められているイヴに視線を送った。
「……俺たちは、大事なモンの為にこの大会に出た」
「へぇー、なんだよ、大事なモンって?」
アギヤの問いかけに、クラウドは自分の掌を見つめる。シエラは心の奥に灯った、温かいものを感じながらクラウドの様子を眺める。
「仲間だ」
はっきりと、堂々と、隠す事なく恥じる事なく、クラウドは凛々しい声でそう告げた。アギヤは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑みを浮かべて頭を掻き毟る。
「そうか、仲間か。……じゃ、あの妙な生き物はあんたらの仲間だったってわけだな」
イヴの事を柔らかく見つめながら、アギヤはとつとつと語りだす。
「実はあれ、迷子だったみたいでな。飼い主を見つける方法で、一番てっとり早いのがこの大会の賞品にしちまう事だったんだ」
その言葉に、クラウドとシエラは同時に間抜けな声を上げた。流石にこんなことを今この場で言われるとは思っていなかった。
普通に珍しいから賞品にされてしまったのだとばかり思っていたし、それに何故そんなことをアギヤが知っているのだろう。クラウドも疑問に思ったらしく、シエラに視線をよこしてきた。シエラとクラウドが首を傾げていると、アギヤがきょとんした顔で「あ、言ってなかったか?」と苦笑いを浮かべる。
「あいつ拾ったの、俺な」
「……は?」
二人同時に声を上げる。何が何だか分かってない会場はざわついているし、ワイズも固まっている。ユファとサルバナに至っては顔を引きつらせてる始末で、シエラは溜め息を吐いた。
「……じゃぁ、もし俺たちが飼い主だって言いに来てたら、どうなってたんだよ」
クラウドは苛立ちを抑えるようにしながらアギヤに尋ねる。アギヤは少し考えるような仕草を見せてから、肩を竦めてみせた。
「どっちにしろ、あんたら出場させられてたぜ。この大会っつーのは国内でも有名でよ。ご覧の通り結構な客がくる。その人気を利用して、てっとり早く飼い主を見つける為に賞品にさせてもらったわけだけど。……この大会はある意味でお祭りだ。お祭りには何か面白い企画が必要なんだよな」
「つまり、盛り上げる演出の為に、どっちにしろ出場させられてたって事か」
「ま、そういう事だ。悪いな、面倒な事に巻き込んじまって」
「……特に悪いだなんて、思ってねぇだろうが」
クラウドが鋭く指摘すると、アギヤはへらりと笑ってみせた。どうやら図星のようだ。何だか人が良いのか悪いのかよく分からない。けれどシエラは、アギヤの話を聞いて胸を撫で下ろす。
イヴはこの五日間できっと嫌な思いもしただろう。けれどきっと、アギヤのような人に見つけてもらえただけでも幸いだったのかもしれない。アギヤが何故そんな裏側のことや、賞品として出せる決定権を持っているのかは謎だけれど。
とにかく、これで少しは心配事が消える。シエラはそう思ったが、クラウドはどうやら違ったらしい。重たい溜め息を吐きながら、苛立った視線をアギヤに向けている。殺気というよりは、恨みがましい気持ちが強いであろうその視線を受け、アギヤは顔を引きつられている。
クラウドはアギヤに剣の切っ先を向けると、ゆらりと揺れて一瞬にして間合いを詰めた。
「うおっ!!」
アギヤは突きを間一髪で避けると、そのまま上体を反らしバク転をする。クラウドはアギヤに柄を握っている部分に蹴りをいれられ、僅かに剣を握り力を弱めてしまう。アギヤはその隙を逃さず、クラウドに飛び蹴りをする。しかしクラウドはすかさず避けると、そのままアギヤの背中に蹴りをいれた。
「……ってぇな」
バランスを崩し、地面に跪いているアギヤ。彼は蹴られた背中が痛むのか、しきりにそこを擦っている。
「そりゃー、あんたの気持ちも分かるけどよぉ。仕方ねぇだろうよー。仲間が見つかっただけラッキーってもんじゃないのか?」
「そういう問題じゃないだろうが……!」
クラウドは苛立った声でそう言うと、アギヤ目掛けて突っ込んだ。アギヤは身軽に攻撃をかわすと、今度は先ほどの仕返しとばかりに素早く拳を連打させる。
「くっ……」
鳩尾に一発入り、クラウドは苦しそうに声を上げた。アギヤは一度クラウドから距離を取り、はめているグローブを一度外す。そして新しい別のグローブを取り出すと、それをはめ直した。何の変哲もないグローブだ。先ほどのものと色も形も変わらない。アギヤはにっと笑うと、勢いよく拳と拳をあわせた。
「あんた、ほんと強いみたいだからよ。……俺も、俺の一番の技を出してやんよ」
アギヤは魔力をグローブに注ぎ込む。周囲に鋭く青白い光が浮かび上がり、バチバチという音と共にグローブに収束していく。
「……雷の魔法か」
「あぁ。あんたとおんなじだ。……ほら、構えろよ」
アギヤに挑発するように言われ、クラウドは真剣な表情で腰を落とす。すり足で右足を後ろに出すと、切っ先に魔力を集中させていく。互いに放電させながら、張り詰めた空気を保ち続ける。会場の誰もが息を呑み、シエラも呑み込まれるほどの張り詰めた空気に、思わず鳥肌を立てる。
圧倒的気迫がぶつかり合い、そして、二人は舞台の中央で激しくぶつかりあった。閃光と衝撃、凄まじい電気が周囲に放出されていく。轟音に耳を塞ぐ間もなく、青白い光たちは互いを討ち滅ぼさんとせめぎ合っている。
天高く光は伸びていき、闘技場全てを覆い尽くすほどの巨大な閃光が迸った。会場からは悲鳴が上がり、風が吹きすさぶ。シエラは手で目を隠しながら、その隙間から舞台の中央に視線を向ける。
光で何も見えない。何も見えない、けれど。シエラはクラウドの宝玉の鼓動をしっかりと感じる。それに何より、負けないと信じている。すると一際大きな爆発が起こった。煙がもくもくと立ち上り、次いでその中から勢いよく何かが飛び出してきた。放物線を描き、それは舞台外に落ちる。
「――いってぇ……」
アギヤだ。シエラは彼の顔を確認した瞬間、すぐさま視線を舞台へと戻す。そこには、ボロボロになりながらも立っているクラウドがいた。
「クラウド選手です! 立っているのはクラウド選手です! 優勝は――チームフォックスです!!」
ワイズの雄たけびと共に会場から大歓声が響く。シエラは唖然とした表情のままクラウドを見上げている。彼はふらつきながらも、シエラの近くまで歩いてくると、手をさし伸ばしてきた。
シエラはその手を握り締めると、一気に舞台に飛び上がった。拍手に包まれ、シエラは不安げな表情でクラウドの事を見やる。クラウドは力強く頷くと、シエラの手を高く掲げた。わぁぁああぁぁぁぁああ、と観客の歓声が闘技場を呑み込み、ワイズも締めくくりのアナウンスをしている。
「ははっ、こりゃ完敗だ」
いつの間にかアギヤも舞台に上がってきており、クラウドに右手を差し出していた。クラウドはそれを握り返す。何だか随分と感動的な最後だ。シエラはイヴの方に視線を向けて、にっこりと笑いかける。
「きゅーん!!」
嬉しそうにイヴも鳴いている。その声を随分と久々に聞いて、シエラはやっと本当に落ち着いた。
「おめでとう! チームフォックス、おめでとう!」
ワイズの言葉に、再び会場が沸いた。そこからは表彰式に移り、シエラ達はイヴを取り戻し、優勝賞金銀貨三百枚を手に入れた。
表彰式が終わると、選手控え室を通り、闘技場の出口付近でラミーナ達と合流する。
「よくやったわね! ほんと、お疲れ様」
「シエラ、無事に勝って良かったです。……僕、本当に心臓が潰れるかと思いましたよ」
「ユファもよく頑張ったよな」
ラミーナ、ウエーバー、バイソンに労われながら、シエラ達は闘技場を出た。ここからルダロッタに向かう船に乗らなければならない。出航は正午ちょうど。あと三十分ほどしかない。
「ラミーナ、間に合うかな!?」
「どうかしらねぇ。ギリギリってところかしら」
ちなみに今度こそ迷子にならないように、イヴはシエラが抱えて走っている。銀貨三百枚はとりあえず一番力のあるバイソンが袋のまま担いで走っている。闘技場を出て、真っ直ぐ下る坂を走っていると、少し先に昨日戦ったグロップ率いるブルームの面々がいた。
「皆さん、港に向かうのでしょう? どうぞ、お乗りになって!」
イシャは馬車の車の部分の扉を開けると、シエラ達に入るよう促してきた。驚いてグロップの顔を見れば、おどおどしながら「アギヤさんに、送迎頼むって言われたんだ」と答えてくれる。何故アギヤが船に乗る事を知っているのかは謎だが、とにかく今は助かる。シエラ達は馬車に乗り込むと、窓から顔を出した。
「ありがとう! 助かったわ!」
ラミーナが礼を述べると、イシャは胸を張って「この程度、朝飯前ですわ」と微笑んだ。すると馬車は走り出し、そして数十メートルの助走の後空に浮き上がる。シエラ達が今きた闘技場の方へと方向転換し、その上を通っていく。下を見やれば、そこにはアギヤ含めるバレンダスの面々やカイザーズ、今まで戦った対戦相手、そして観客やワイズもいる。
「また遊びに来いよー、愉快な旅人たち!!」
アギヤが大きく手を振り、シエラもそれに答える。上から眺めるゼインは本当に不思議で、この街が活気に溢れている事が良く分かる。
この街に着いてからの六日間、あっという間だった。貴重な体験をし、色んな人とも触れ合った。暑い日ざしと肌を掠める風を感じながら、シエラはゼインの景色を目に焼き付けた。




