四
翌朝、シエラ達は大会二日目が開かれるため再び闘技場にきていた。昨日の初日は二十四ある一回戦の消化で日が暮れてしまった。今日は十二ある二回戦と、三回戦の半分が消化される。シエラは第四組対第六組の試合を見ながら、欠伸を漏らした。
昨日よりも白熱した戦いが繰り広げられているものの、どうにも朝は眠くてかなわない。必死に欠伸を噛み殺していると、隣にいるクラウドに睨まれた。
「……なによ」
文句でもあるのかとクラウドにきつく訊ねる。
するとクラウドは人目を気にしながら、シエラに小声で「昨日から、俺たちはやたら敵視されているらしい。あんまり隙を見せるなよ」と真剣な眼差しを向けてきた。シエラはちらりと後ろを振り返ったり、横目で周りを確認する。確かに昨日敵視されている事は分かったが、そんなに心配する事だろうか。
「バカか。お前はつけ込まれ易いって自覚しろよ」
「はぁ!? なにそれ」
つけ込まれ易いってなんだ。シエラが反論しようと口を開けた瞬間、どっと歓声が沸いた。次いでゴングが鳴り響く。どうやら試合が終了したらしい。四組目の選手達が観客席に手を振っている。シエラはクラウドに視線を戻し、「どういう意味よさっきの」睨みを利かす。
「どうって……そのまんまだ。とにかく、隙見せるなよ。お前、一応リーダーなんだから」
「はいはい……」
シエラは適当にクラウドをあしらうと、視線を舞台の方に向けた。隣でクラウドの呆れた声が聞こえたけれど、あえて何も反応しないでおくことにした。
それから順当に試合は消化されていき、昼頃、ついに去年の優勝チーム“バレンダス”が登場した。シエラ達は座りながらそれぞれ昼飯を貪っている。ラミーナは「見ものね」と笑みを浮かべている。シエラはむしゃむしゃとおにぎりを頬張りながら、舞台に現れた王者を眺めた。リーダーであるアギヤは颯爽と舞台に駆け上がり、歓声を送る人々に手を振っている。
相手選手もどうやらリーダーらしく、中々にしなやかな筋肉を持っていた。
「さぁ注目の二回戦です!! なんといきなりリーダーであるアギヤの登場!! 対するレグロスもリーダーのビリーのおでましだ!! この試合、どうまっちまうんだ!? 皆さんもご一緒に行きますよ! スリー、ツー、ワン、ファイト!!!!」
ワイズの声とゴングが闘技場に響き渡る。
アギヤは一気に駆け出すと、拳を容赦なく相手のビリーという男性に叩き込む。ビリーは腹に喰らいながらもすぐさま蹴りの反撃を繰り出す。アギヤはそれを避けると、後方倒立回転とび――いわゆるバク転――をしながら後退する。ビリーはそれを追いかけるように拳を連打し、アギヤは逆立ちしたまま身体を振り子のように回す。足が見事ビリーの腹部に命中し、アギヤは次いで顔面にも拳を繰り出す。気づけば完全にアギヤのペースになっており、相手は防戦一方だ。ふらふらになりながらも戦うが、アギヤの圧倒的な力により、最後は舞台の上で仰向けになって倒れた。
「わぁぁああぁぁぁあああ!!!!!!」
爆発するように声が闘技場を埋め尽くす。シエラ達はその異様さに目を丸くし、食事の手を止めていた。アギヤの戦い方は見ていて気持ちよかった。しなやかなで無駄のない動きでありながら、見ているものに魅せる力がある。三位入賞のカイザーズの戦いも凄いと思ったけれど、こちらはそれ以上だ。
「……あいつ、すげぇな」
バイソンですら笑うことなく、真剣な眼差しでアギヤのことを見ている。シエラは思わず喉を鳴らした。バイソンよりは強くない――そんなの、実際にやってみないと分からない。前言撤回だ。シエラはアギヤの戦いぶりに、背中に冷や汗が伝うのを感じた。彼の戦い方は見ているこちらを惹きつける。圧倒的な力による力強い戦い。格闘家の本物の試合は見たことがないけれど、これだけはいえる。
アギヤは、強い。
結局、その試合はバレンダスの圧勝で幕を下ろした。
そして午後になり、シエラ達の二回戦が始まった。今日の先鋒はユファで、彼女は静かに舞台に上っている。相手は四十一組の面々。昨日試合後の控え室でシエラ達を睨んでいた顔だが、それはこの際置いておく。
シエラは舞台に上がってきた相手選手を見やる。すらりと細身で背の高い男性で、獲物は持っていない。体術か、もしくは武器を隠しもっているか、魔法か。正直昨日の彼らの試合は覚えていない。印象にも残っていないという事は大した事無かったのだろう。ユファは相手と対峙しながら様子を窺っている。
「二回戦も残すところあと僅か! 初参加のフォックスはこのまま三回戦への切符を手にできるのか!? 気になる初戦行ってみようか! スリー、ツー、ワン、ファイト!」
ワイズのカウントに合わせて、相手は一気に駆け出してきた。相手は拳を振り上げるとユファの顔面目掛けて、思い切り振り下ろす。それを軽々と避けると、ユファは回し蹴りで反撃に出る。
「……相手は体術、か」
「でもまだ昨日の相手よりはやりやすそうじゃない? ユファ、結構体術もイケるみたいだし」
「でも、相手が体術専門なら、それに合わせるのは危険だと思うけどね」
「……むぅ」
シエラ達はユファの戦いを見ながら会話を交わす。今のところ完全に膠着状態だ。相手のパンチはユファが確実に避けるし、ユファの蹴りも相手は確実に避ける。それにしても、相手の男性は女性並に細い。それなのに、どこからあんなパンチを繰り出すのだろうか。シエラはユファのキレのある動きを見ながら、一抹の不安を覚えている。
「フレイム・アロー!」
ユファもそろそろこの状況を打破したいと思ったのか、魔法を使う。炎の矢が上空に出現し、相手に向かって次々と発射されてくる。すると相手選手は途端に逆立ちをし、大きく足を旋回させ始めた。
「!?」
次々に矢を蹴散らしていき、そのまま相手はユファまで迫ってくる。すぐ目の前で高速で振り回されている足に、ユファはガードのしようもない。ユファは逃げようと慌てて走り出すが、背中を思い切り蹴られてしまった。
「くっ……」
受身をとるものの、固い舞台は流石にこたえるらしく、ユファは呻き声を上げる。相手は未だに足を振り回しているが、何だかそちらの方が自然体に見えてしまう。
「あれは……カポエラか?」
「カポエラ? カポエイラじゃなくてかい?」
「……は? なにそれ」
クラウドとサルバナから発せられた謎の単語に、シエラは首を傾げた。
「カポエラってのは、カポエイラから派生した格闘技のことだ。カポエイラは格闘技とダンスの中間で、ブラスリア地方で生まれたとされている」
ブラスリア地方というのは、ガイバーの南西部一帯を差す。クラウドの分かりやすい説明に頷きつつも、シエラははたと顔を上げた。
「ていうか、なんで知ってんの?」
「騎士団の講義で学んだ」
「……そ、そんなのあるんだ」
「それで、そのカポエラってのがあれって事かい?」
「あぁ。カポエラは足を地面から離して戦うのが基本スタイルだ。カポエイラの動きを元にしつつも、年月と共に変化していったそうだ」
クラウドの説明を聞いている間に、ユファは舞台ギリギリまで追い詰められていた。
「ユファ!」
シエラは思わず声を上げてしまう。ユファは相手の蹴りを相当喰らったのか、打撲の傷が幾つもあり更に肩で息をしている。相手は大きく足をグラインドさせながら、ユファの腹部に容赦なく蹴りを入れた。が、しかし――。
「ようやく、捉えたぞ」
ユファは蹴られるとすかさず相手の足を掴み、不敵な笑みを浮かべた。そして足を掴んだまま走り出し、相手は突然のことに顔と手を下にしたまま引きずられている。
「え、ちょ、ちょっと……!?」
そしてユファ渾身の力で――振り回された。
「ユ、ユファ!?」
思いもよらぬユファの行動に、シエラ達も唖然としている。相手は掴まれた足をユファの腰に引き付けられており、しかも遠心力を使って回されているので、物凄い速さで回っている。人間ぐるぐるバッド、と言ってもいいかもしれない。
「あぁ!!」
そしてユファの雄叫びとともに場外に向かって放り出される。目が回っているからか、相手は何の抵抗もできずにそのまま顔面から場外に落ちた。
「……うっわー」
流石に言葉が出てこない。ユファは「ふー」と気持ち良さそうに汗を拭っており、会場もしーんとしている。ワイズもぽかんと口を開けている。
――いや、ユファってあんなキャラだっけ?
笑いたい。はっきり言って、めちゃくちゃ笑いたい。しかし、一生懸命戦ってくれたユファに対してそれは失礼極まりないので、シエラは我慢する。すると、隣のサルバナがいきなり「あはははははは!!」とお腹を抱えて笑い出した。それに釣られるように会場もどっと笑いに包まれる。
「な、なんだ……!?」
あまりに突然のことにユファは戸惑いを隠せない。シエラは「ナイスゲームだったよユファ!」と笑顔で彼女にこちらに戻ってくるように促した。
――くそぅサルバナめ!
と、内心で隣にいるマイペース男を恨みがましく思ったことは内緒である。ユファは頬を赤らめながら「私は、なにかまずいことでもしてしまったのか?」と呟く。
「いやいや、きっと今君の株が急上昇中だよ。好試合だったよ、おめでとう」
すかさずサルバナが間に入ってきて、そしてユファの手の甲にキスを落とした。
「!!」
「ちょっとサルバナ!」
「……はぁ」
サルバナ本人は責められているにも関わらず、不敵な笑みを浮かべている。そしてようやくワイズの「勝者、ユファ選手!」という掛け声が響いた。会場からは「良かったぞー!」「お嬢ちゃん、あんたすげぇよ!」などと賞賛の声が上がっている。ユファはそれでようやくほっとしたのか、胸を撫で下ろしていた。
「……さて、それじゃ行ってくるよ」
サルバナはシエラとユファに笑いかけると、颯爽と舞台に踊り出る。そして自身の長い金髪をさらりと優美に靡かせて、対戦相手が舞台に上ってくるのを眺めている。
上がってきたのは細面の男性だった。彼は首や足首、手首に金色の輪をつけており、だらりとしたズボンから覗く足だけは筋肉質だった。
「ふーん。君たち、もしかして全員カポエラを使うのかな?」
サルバナは余裕を崩さずにそれだけ言うと、ふっと全身の力を抜く。
「!?」
「おおーっと、どういう事でしょうか!? 戦う前からあのやる気のなさは!! けど泣いても笑ってもこれは試合! さぁ行くぜ! スリー、ツー、ワン、ファイト!」
ワイズの言葉尻に合わせて、男性は一気にサルバナまで詰め寄る。そして高く飛び上がると、上空で旋回し踵落としをしてきた。サルバナはゆらりと揺れ、その攻撃を避ける。
「ぬ……っ!?」
男性は更に蹴りを繰り出すが、そのどれもがサルバナに当たらない。シエラもその様子を固唾を呑んで見守っている。サルバナはゆらりゆらりと攻撃をかわし続けている。反撃しようと思えばできるはずなのだが、何故か手を出さないでいる。
――サルバナ……?
まるで遊んでいるような雰囲気だ。シエラはじっと彼の動きを追い、その滑らかで無駄のない避け方に思わず眉間に皺を寄せていた。マイペースな彼の考える事はよく分からない。
「ええい、ちょこまかと!」
業を煮やした男性が大きく開脚する。そして地面に手をつくと、凄まじい速さで蹴りの連打を突き出す。
「!」
流石に全てを避けるのは厳しいらしく、サルバナは幾つかの蹴りを避けると、その他は手でガードした。
「ぐ……!?」
すると、突然男性が呻き声を上げて足を押さえ、のたうちまわり出す。
「がぁぁああ!!」
「おや、どうしたんだい?」
突然のことにサルバナは目を丸くしている。会場もざわつき、一体男性に何が起きたのかと不安の声が上がり出す。
「あ、足が!!」
「足が……?」
「つ、つった……」
「…………ふーん」
サルバナは男性に冷たい視線を向けると、手を振り翳した。見る見るうちに男性の身体は宙に浮き始め、段々と上昇していいく。
「あれぇぇええええ――…………」
そして遙か高くまで上昇すると、そのまま闘技場の外へと消えていった。会場も落胆の声が広がり、ワイズも「何という事でしょう! まさかの足がつってしまうなんて! 拍子抜けもいいとこです!」と辛辣な言葉を添える。
サルバナは不機嫌そうな表情で舞台から下りてくる。シエラ達は苦笑いを浮かべ、一応彼に労いの言葉をかける。
「ほんっとありえないね。あんなスマートじゃないのなんて久しぶりだよ。男として情けないし、ダサ過ぎる」
「はは……。まぁ、あれはねぇ……」
苛立ったサルバナの言葉は最もで、シエラとユファも顔を見合わせて肩を竦めている。クラウドは無言で剣の手入れを始めている始末だ。ちらりと相手選手たちの方を見やれば、流石に口を開けたまま固まっていた。それどころかリーダーと思わしき人は頭を抱えて項垂れている。
――よーく分かるよその気持ち!
シエラは同情の眼差しを向けつつも、大事な一勝を手にした事をサルバナに感謝した。そしてクラウドは渋々といった形で舞台に上がり始め、相手のリーダーらしき人も舞台に上ってくる。
「さぁ、この試合に期待しましょう! 皆さん、気を確かに! スリー、ツー、ワン、ファイト!」
ワイズの掛け声が響くが、今度は相手は突っ込むような真似はしてこなかった。それどころかクラウドも剣を抜く事もせず、ただ相手と視線を交わしている。
「どうしたの……?」
両者共に動かないなんて珍しい。しかし動かなければ試合が始まらないので、シエラはクラウドに声をかけようとし、サルバナに牽制された。
「サルバナ?」
「ちょっとした様子見だよ、きっと。それに、彼なら大丈夫だと思うけど?」
「そう、だけど……。でも、なんか変じゃない?」
暫く睨み合っていた二人だが、そのうち相手選手が重たい溜め息を吐いた。
「流石に、情けねぇよな……」
ぽつりと漏らした言葉はあまりにも直接的過ぎて、一瞬会場も静まりかえった。相手の男性が足首につけている銀色の輪が、しゃらんと音を立てる。
しゃらん、しゃらん、しゃらん。段々と早くなっていく音と、奇妙な男性のステップ。しゃん、しゃん、しゃん、しゃん。次の瞬間、男性は一気に飛び出してきた。
クラウドは咄嗟に剣を引き抜くが、男性はそれに臆する事無く重たい蹴りを入れてきた。クラウドはすぐさま剣を鞘に収めると、なんと素手で応戦を始めた。
「クラウド!?」
「……剣士が素手って、面白いじゃないか」
「笑ってる場合!? なに考えてんのよ……」
シエラの心配を他所に、クラウドは相手の蹴りを同じく蹴りで受け止める。クラウドの事だから多少なり体術にも心得があるのだろうが、それでも彼は剣士だ。剣で戦った方が強いに決まっている。
相手は巧みな動きでクラウドを翻弄している。逆立ちの状態で旋回しながら蹴りを入れたと思えば、次の瞬間には飛び蹴りの体勢に入っている。それをクラウドは何とか避けながら反撃の機会を窺っている。すると相手は高く飛び上がり、その勢いを利用して、着地した瞬間弾丸のようにクラウドに突っ込んできた。
「ちっ……」
クラウドは刃を鞘に収めたままの剣を手に取ると、それで相手の蹴りを弾き返した。鞘に納まった剣を横薙ぎにし、それは相手の横っ腹に命中する。吹っ飛ばされながらも相手は何とか持ち堪える。しかし今度はクラウドの反撃が始まった。クラウドは追い打ちをかけるように吹っ飛んだ相手に、蹴りの連打をいれていく。相手はそれを避けたり防いだりと忙しなく動き、クラウドの猛襲から逃れた頃には息が上がっていた。
「確かに、あんたら強いよ」
男性がふっと笑うと、彼の足に真っ青な炎が灯った。
「だから、俺の渾身の力で……倒してやるよ!」
「……臨むところだ」
クラウドは腰を落とし、剣を鞘から引き抜く。男性は一気に駆け出すと、クラウドの目の前で上空に大きく跳躍した。
「おおぉぉおぉおおおぉお!!!!」
男性の雄叫びに合わせて観客からも大歓声が上がる。クラウドも剣に魔力を込め、そして――。
凄まじい轟音と砂塵に会場は包み込まれ、観客からは歓声とどよめきと悲鳴が上がる。
シエラは一体何が起きたのか理解できず、顔を覆っていた手をどけてみる。煙の中にぼんやりと一つだけ人影が浮かび上がっており、煙が次第に晴れていく。姿を現したのはクラウドで、その瞬間雄叫びのような歓声で会場を埋め尽くした。
「激戦は制したのはクラウド選手です! そしてチームフォックスは三回戦進出決定!! 初参加のチームの三回戦進出はなんと五年ぶりです!」
仰向けで大の字になって倒れている相手選手は、見事に気絶している。クラウドは颯爽と身を翻して舞台から下りると、シエラ達の元にやってきた。
「終わったぞ」
「お疲れー……。って、ちょっと待てや!」
控え室の方に行こうとするクラウドの肩をがっしりと掴むと、案の定眉間に皺を寄せられた。
「あ?」
首だけシエラに向けてきたがそんなのお構いなしに、シエラは舞台の方を指差す。
「さっき一体何が起きたの?」
「……踵落としされる前に、風で吹き飛ばしただけだ」
「……つまりそれで彼を倒した、と?」
「そうだ」
クラウドの返答にシエラは脱力した。一体あの一瞬でどれだけ凄い事が起きたのかと思ってしまったではないか。シエラはクラウドの肩から手を離し、さっさと控え室に入っていく。すると今度はクラウドにがっしりと肩を掴まれてしまう。恐る恐る首だけを後ろに向ければ、案の定不機嫌そうな顔のクラウドがいる。
「なにか?」
「おいまさかあれだけの為に呼び止めたのか?」
「それ以外になにがあるのさ」
シエラが胸を張って言えば、クラウドは脱力して「もういい」と手を離し、控え室から出て行ってしまった。
「あはは」
「……空気を読めサルバナ」
「ごめんごめん」
笑い声とそれを咎める声にシエラは視線を更に後ろへと向ける。そこにはサルバナとユファが立っており、ユファはシエラに優しく微笑みを向けてきた。
「あんな激しい戦いならば、気になるのも仕方ないことだからな」
「ユファ~!」
シエラは思わずユファに自分から抱きついていた。ユファは物分りも凄く良く、茶化したりもしないのでシエラにとっては有り難い存在である。そんな二人の様子を横目で見ていたサルバナが一つ溜め息を零す。シエラとユファが視線をそちらに向けると、彼は大仰に肩を竦めてみせた。
「俺にはそんな事してくれないのになー。二人とも、いつになったら俺には積極的になってくれるんだい?」
「いやー、サルバナには一生ありえない思うな」
「あぁ、当然だろう」
「ははっ、辛辣だなー」
笑いながらサルバナは先に歩き出していく。シエラはユファから身体を離し、互いに笑いながら控え室を後にした。客席に戻ると既にクラウドとサルバナが居り、ラミーナと目が合うと抱き締められた。ぎゅうぎゅうと抱き締めれて少し痛いけれど、ふわふわとしたラミーナの抱擁には何だか安心する。
「にしても、あんたよく“剣”使わなかったわね」
ラミーナがクラウドにちらりと視線を向けると、彼は試合を眺めながら「素手の相手に刃を向けるほど、落ちぶれちゃいないからな」と呟く。
「クラウドさんが、まさか素手で戦うなんて思いませんでしたよ」
「俺もだ。なんだよ、結構いけるもんなんだな!」
ウエーバーとバイソンの言葉にクラウドは少しだけ顔を下に向けた。きっとどう言葉を返したらいいのか分からないのだろう。シエラは思わず頬が緩んだ。
「……それはそうと、今日は三回戦の第一、第二試合まで消化するんだろう?」
「えぇそうよ。あんた達は明日三回戦と、それから勝てば準決勝もやるわ」
サルバナとラミーナのやり取りに、シエラは再度頭の中でトーナメント表を思い起こす。昨年優勝したバレンダスは二回戦を行うが、一回戦と三回戦はなしだ。準優勝だったブルームは一回戦と二回戦がない代わりに、三回戦がある。この二つのチームは最高でも三回しか試合を行い為、シエラ達よりも二回少ない。
――ずるい。私たちは五回も戦わないといけないのに。
シエラ達はシードではないので、決勝を含め計五回戦わなくていけないのだ。しかも順当にいけばブルームとは準決勝で当たる事になる。そして、バレンダス。彼らが勝ちあがってくれば、シエラ達とは決勝で当たる事になる。
――絶対強いよね……。
リーダーのアギヤは勿論のこと、これはチーム戦なのだから、きっとメンバー全員がそれなりの実力を持っているはずだ。できれば自分の順番に回ってこない事を祈りつつ、シエラは一つ残念な事に思い当たる。もし、アギヤとバイソンが戦ってみたら。きっと、とても面白い戦いになるのではないか。そう思うのだ。だから、残念といえば残念だ。
「……シエラ、どうかしたのか?」
考えていたら、ユファへの反応が遅れた。シエラは「何でもないよ!」と慌てて笑みを作ったが、ユファには怪訝そうな顔をされてしまった。
「……あ」
「どうした?」
「今……ううん、やっぱなんでもないや」
「シエラ?」
一瞬だけれど、胸の奥がざわついた気がしたのだ。けれどそれはすぐに消えてしまう。シエラはユファから注がれている視線を気にしつつ、そっと胸の前で拳を握る。
本当に時々、宝玉が何の前触れもなくざわつくのだ。一抹の痛みと、大きな温かさを持つそれは、なんだか懐かしいと表現するのがぴったりな気がする。
目の前で繰り広げられている試合も、周りにいる観客の歓声も、今は頭の中に入ってこない。前にクラウドの横顔を見た時に感じた、どうしようもない懐かしさと、形容しがたい切ない思い。それに似た感情が、宝玉を介して伝わってくる。
――どうしろっていうのよ、全く。
こんな自分のものかも分からない感情を押し付けられて、何だかシエラは腹立たしかった。自分は自分だ。それ以上でも以下でもない。
――あぁ、何だか苛立ってきたな。
どうしようもないものは、どうしようもない。シエラが小さく溜め息を吐いたとき、ふとイヴの鳴き声が聞こえたような気がした。たった数日聞いてなかっただけなのに、何だか懐かしく感じてしまう。イヴの鳴き声はか細く、この地鳴りのような大歓声では上手く聞き取れない。けれど、シエラは聞こえたのだ。
――イヴ。……そっか、そうだよね! こんなところで勝手に凹んだり苛立ったりしても、仕方ないよね。
とにかく、今は勝ち進んでイヴを取り戻す。これはイヴへの監督不行き届きへの責任でもあり、そして大事な旅の仲間を取り返す為の戦いなのだ。
――って、なんか今のはちょっとクサい、よね。
シエラは自嘲気味に笑いながら、目の前の試合へと視線を走らせた。




