三
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「さて、俺たちも行こうか」
サルバナの声に、シエラはゆっくりと身体を柵から離す。現在時刻は午後二時半。つい先ほど三十五組目と三十六組目の対戦が終了した。シエラ達の出番はもうすぐだ。
観客席から出ると、そのまま階段を下り選手控え室まで歩いていく。すれ違うのは先ほど負けた三十五組のチームだ。面持ちは暗く、すれ違う瞬間殺気を向けられたような気がした。
「……なにあれ、感じ悪い」
「仕方ないだろう。放っておけ」
隣にいるユファに諭すように言われ、シエラは渋々踵を返す。控え室に入ると、舞台への入り口が大きく口を開いており、中からでも外の様子が分かる。シエラがベンチに腰掛けると、クラウドがそれぞれの顔を見回した。
「順番はどうする?」
「……そうだな。シエラを出さないなら、私たち三人のローテーションだが」
「俺は適当にじゃんけんでいいと思うけど」
サルバナの提案にクラウドは一瞬顔を顰めたか、すぐに納得したらしく口を挟まなかった。ユファは真顔で早速手を突き出す。その様子に三人は思わず目を丸くし、それから噴出した。
「……なんだ」
笑われたユファは心底面白く無さそうに顔を顰めている。サルバナはお腹を抱えながら「なんでもないよ」と呼吸を落ち着ける。この面子でじゃんけんというのが奇妙過ぎて、シエラは一人で笑いを堪えている。
――シュ、シュールだよこれ!!
金、金、深緑の組み合わせがどうにも愉快で、シエラは我慢できずに笑い出した。
「何笑ってんだよ」
クラウドが怪訝そうに聞いてくるが、彼もシエラが笑っている理由を察しているのだろう。どことなく、頬が赤い。
「あいこで……しょ。……ふむ、私の一人勝ちか」
ユファは少し誇らしげに、シエラにパーの形を作った手を見せてくる。クラウドとサルバナは互いに自分の拳を凝視し、それから殺気を滲ませた。
「てめぇには負けねぇぞ」
「それはこっちの台詞だよ」
「いやいや、たかがじゃんけんじゃん」
シエラのまともなツッコミも無視し、二人は大きく拳を振りかぶる。じゃんけん、ぽん。
「はは、今回は俺の勝ちだね」
「くそっ……!」
「いや、だからたかがじゃんけんだってば……」
サルバナを睨むクラウドに、シエラは思わず脱力してしまう。とにかくこうして、一番クラウド、二番サルバナ、三番ユファ、四番シエラとなった。そして三十七組と三十八組の対戦が終了し、三十七組が勝利した。シエラ達は彼らと入れ違いに舞台へと出て行く。
その瞬間、観客のどよめきに飲み込まれる。地鳴りではないかと思うほどの声、声、声、声。客席にいてあちら側にいるだけでは分からない。ここに立つという事はそれなりに覚悟がいるのだ。
――……ほんと、凄い人。
一番暑い時間帯であるにも関わらず、観客の勢いは未だに衰えていない。ワイズの司会に合わせて、クラウドが準備する。彼が舞台に上がると、対戦相手も登場してきた。黒の短髪の男性で、相手の獲物は槍だ。
「さぁ、残すところ一回戦もあとわずか! ここにきて今大会初参加の“フォックス”の登場だ! 彼らは果たしてどんな試合を見せてくれるのか!?」
ワイズの熱い進行に合わせて会場から声援や野次が飛び交う。クラウドは腰を落とし、柄に手をかけた。
「それじゃ行くぜ! スリー、ツー、ワン、ファイトッ!!」
瞬間、クラウドは強く地面を蹴って相手に一撃を叩き込んだ。しかし相手は槍でそれを受け止めると、足を払いクラウドの体勢を崩しにかかる。クラウドは飛び上がるとそのまま男の横っ腹目掛けて蹴りを繰り出す。見事それは決まり、相手は数メートル後退した。
「いい出だしだな」
「そうかもだけど。ちょっと本気過ぎない?」
「はは、彼は手加減できるタイプには見えないしね」
クラウドの戦いっぷりを見ながら、シエラ達は各々の意見を述べる。意見というよりも、ただの感想と文句に近いが。クラウドは相手の突きを軽く受け止めながら、小さく振りかぶり果敢に攻めていく。大きな動きをすればその分隙が出来やすく、それは今の相手のようなタイプとの戦いではより致命的になる。相手はクラウドの素早い動きについてこれなくなり始めたのか、隙が多くなり始めた。クラウドがそれを見逃すはずもなく、槍の木の部分目掛けて剣を振り下ろした。
「ッ!!」
槍は真っ二つに割れ、男性は目を見開いた。そしてクラウドは驚く男性を尻目に、そのまま場外に向かって彼を蹴り飛ばす。
男性は為す術なく、あえなく場外に尻餅をつく。
クラウドが剣を鞘にしまうと、チン、という音が響く。それに呼応するように会場がどっと沸き、ワイズも「これはなんと無駄のない戦い! 凄いです! 無名にも関わらず凄い戦いでした!」と興奮している。
クラウドは何事も無かったように舞台から下りてくる。シエラはあまりの余裕っぷりに何故だか腹が立ってきた。思わず勝ったというのにクラウドの背中を足蹴にしており、彼に盛大な舌打ちを浴びせられた。
「てめ、なんで勝ったのに蹴るんだよ」
「なんかむかついたんだもん。いや、なんていうかこう、『俺強い』みたいな雰囲気出しまくりー、みたいな?」
「はぁ!? なんだその言いがかり」
「……まぁまぁ二人とも。いいじゃないか、無事勝ったのだから」
ユファに仲裁されるが、二人は鼻を鳴らして顔を背けあう。するとサルバナがシエラの耳元で「じゃぁ、行ってくるよ」と囁いてきた。シエラはあまりの気持ち悪さに悪寒が走り「とっとと行ってこい!!」と叫んでしまう。サルバナは不敵な笑みを浮かべながら、颯爽と舞台に上がった。相手は大柄スキンヘッドの男性で、サルバナは顔を顰める。
「君、スマートじゃないね」
「おおっと、ここでまさかの挑発です!! 先ほどの一勝でもしや調子に乗っているのか!?」
「……挑発、というかいつも通りだな」
「そうだね。マイペースもいいとこだよ」
シエラとユファは呆れたように溜め息を吐き、クラウドも深々と頷く。そしてワイズのカウントに合わせゴングが鳴り響く。
男性はその太い腕を思い切り振り下ろす。サルバナはそれをひょいと避けると、長い金髪を靡かせながら縦横無尽に舞台を移動する。振りかぶる、避ける、振りかぶる、避ける、振りかぶる、避ける。単調な行動が何度も何度も繰り返される。相手選手は全ての攻撃がかわされる事に苛立ちを覚えたのか、がむしゃらになり始めた。しかしサルバナは反撃に出ない。ただ攻撃をかわすだけだ。
そのうち相手は頭に血が上ったのか、顔を真っ赤にして鼻息を荒くしている。サルバナは表情を変えることなく「君の必殺技でもやったらどうだい?」とわざわざ相手に言葉を投げかけた。
相手は両手にメリケンサックを嵌めると、猪の如く猛スピードで一直線に突っ込んできた。サルバナがそれを避けると、相手は舞台端ギリギリで方向転換し、再び突っ込んでくる。喰らえば相当なダメージになるだろうが、サルバナの表情は変わらない。そして相手が最高速に達し、その巨体ごと迫ってきた。
「……うーん、やっぱりスマートじゃないな」
サルバナは舞台端ギリギリに立つ。相手は「馬鹿め! そのまま場外に叩き落してやる!」と息巻く。サルバナと相手との距離が僅か一メートルとなった時、サルバナの身体が霧散した。
相手はあまりにも突然の事に奇声を上げて、無様にも舞台から転落。顔面を強打した男性は顔を抑えて蹲っている。舞台に視線を送れば、余裕の表情で立っているサルバナがいる。何事も無かったかのように観客に大手を振っている。シエラは一瞬何が起きたのか全く理解できず、唖然としていた。
ワイズの声も耳に入らず、舞台に近づきサルバナの名前を呼ぶ。彼は笑みを浮かべて舞台から下りてくると、両手を広げて「どうしたんだい、シエラ。ほら、飛び込んでおいで」とのたまいた。
「サルバナ、さっきのなに!?」
「うーん無視か、そっか」
「答えてよ」
シエラが唇を尖らせると、サルバナは「ちょっと幻影を見せただけだよ」と笑う。それにしても何時の間にそんな事をしたのか、シエラには全く分からなかった。
サルバナらしいといえばそうなのだが、どうにも腑に落ちない。シエラが悶々としていると、既にユファが舞台に上がっていた。
ユファはいつもより帽子を目深に被り、顔を隠すような仕草をしている。ユファの対戦相手は女性で、どちらかといえばグラマーだ。彼女の獲物はクナイのようで、その手にはそれぞれ鋭いそれが握られている。
「ここにきての女性同士の争いだ! 美女たちの死の供宴! さぁ行くぜ! 準備はいいか? スリー、ツー、ワン! ファイトッ!」
ワイズの言葉に合わせて、クナイがユファに飛んでくる。ユファはそれを避けると、右手を翳して数珠から魔法陣を出現させた。そこから炎の矢が女性に向かって真っ直ぐ迸る。女性はユファの攻撃を簡単に避けると、今度は舞台の外周沿いを走りながらユファにクナイを投げてくる。
「ユファ! あと四回だからね!」
シエラは数珠を翳そうとしたユファに声をかけた。この大会は一応格闘大会であるため、本来は武器もしくは体術で戦うのが原則だ。しかし魔法も五回までならば使用可能である。先ほどユファはもう一回使ってしまった。だから有効使用回数はあと四回である。
ユファはクナイをかわしながら、何とか相手に近づこうと試みる。しかし、近距離に持ち込もうとすればするほど、クナイの射程範囲になってしまう。ユファはぴたりと動きを止めると、ゆっくりと右手を翳した。
「もう終わりかしら!?」
投げられたクナイがユファの頬を掠める。しかしユファは微動だにしない。シエラはじっとユファの様子を見守る。恐らくユファは一撃で相手を場外にしようとしているのだ。
「……カフ、シン、メム」
ユファの言葉に合わせて、先ほど女性が投げたクナイが宙に浮遊し始める。そしてそれは見る見る変形していき、最終的には一つの鉄球になった。
「ちょ、ちょっと何よそれ……! 人の武器使うなんてルール違反じゃ――」
「残念だが相手の使用済み武器を使用してはいけない、という規則は書いていなかった」
「なっ!! なによその屁理屈みたいなの!!」
相手の女性は怒りで肩を震わせながらユファを睨む。ユファはしれっとした顔で「勝たねばならないからな」と呟く。
そして右手を振り翳し、鉄球を放つ。女性は舞台の外周沿いに、逃げるように走り出す。鉄球はユファの魔力によって思いのままに女性を追いかけている。
すると女性は何を思ったのかユファに向かって走り始めた。その手にはクナイが握られており、ユファ目掛けて放つと、女性は横に逸れた。ユファがクナイを避けると、目の前には鉄球が。誰もがぶつかる、と思った。しかし、鉄球は直前で上空に急上昇すると、相手の女性の元へと急降下する。
「え、ちょ、ちょっと!!」
脳天に物凄い速さで落下してくる鉄球に、女性は思わず目を瞑る。しかし、やってきたのは圧し掛かるような重さと痛みではなく、肩を優しく押される衝撃だった。
「え……?」
彼女が目を開けると、鉄球はクナイとなって足元に転がっている。視線を持ち上げれば舞台にいるユファが、こちらを見下ろしていた。
「……え、え、え?」
そこで漸く女性は自分が場外になっていると気づく。シエラはユファの戦い方に、思わず苦笑いを浮かべた。あえて鉄球という大物を使う事で意識をそちらに向けさせ、相手を舞台ギリギリに誘い込む。そして鉄球が振ってくると思い込ませ、目を閉じた瞬間、優しく肩を押して場外にさせたのだ。
「な、なんという事でしょうか! 最後の場外にさせる場面! ユファ選手のなんと紳士な事か!!」
ワイズも思いがけないユファの行動に息を荒くしている。ユファは未だに呆然としている女性に手を差し伸べ「立てるか?」と笑いかける。
「うわー、紳士だ。どっかの誰かさんたちと違って、ユファは本当の紳士だ」
シエラは横にいる男二人に向かってわざとらしく言う。するとサルバナは「シエラ、君の目は節穴かい? 俺よりも紳士な人間がいるわけないじゃないか」と臆面もなく言い放つ。クラウドは何も言わず、ただ静かに溜め息を吐いた。
しかしこれでシエラ達は三勝を納めた。つまり二回戦進出決定だ。控え室に戻ると、次の試合を行う選手達とすれ違う。やはり敵視されているのか、視線が突き刺さるように痛い。階段を上りラミーナたちのいる観客席まで戻ると、ラミーナが満面の笑みで出迎えてくれた。
「よくやったじゃない! 中々面白かったわよ」
「はは、当たり前じゃないか。なんせ俺がいるんだから」
「はいはい。……ま、今日はもう残りの六試合だけね。明日は二回戦だし、頑張りなさいよ!」
ラミーナに労われ、シエラとユファは顔を見合わせ頷きあった。




