二
そして翌日、大会初日。午前九時、シエラ達は闘技場の舞台に立っている。全五十組が集結しており、これから各組のチーム紹介、それとリーダーからのコメントもあるという。
――うわぁどうしようなんて言おう!?
シエラはがちがちに緊張しながら、後ろを振り返る。後ろにはクラウド、ユファ、サルバナがいる。いつも彼らの背中にいるシエラが、今日は先頭に立って、しかもこれから喋るのだ。
――ほんっとなんで私がリーダー!?
今更ながらラミーナを恨めしく思う。そんな張本人は今闘技場の観客席からシエラ達に檄を飛ばしていた。
魔法で花火が打ちあがり、音楽が鳴り響く。ついに始まったのだ。すると、闘技場の選手入場口からラメ入りの蝶ネクタイをした男性が、妙なステップをしながらこちらにやってきた。
「さぁ皆さん、今年も始まりました最強王者決定戦!! 国内外からの猛者たちが一堂に会する夢の対戦! 司会と実況はお馴染みこのワイズが担当させていただきます!!」
その瞬間、観客から「わぁぁあぁぁぁあ!!!!」という歓声が上がる。どうやら本当にお馴染みらしい。ワイズは腰をくねらせながら、被っている銀色のシルクハットと赤縁眼鏡の位置を直す。
「ではまずチーム紹介から! 一組目は、フロレン率いる“カイザーズ”だぁ!! もうすっかりお馴染みの面子だなぁおい! 彼らは去年の三位入賞チームでもあります! さて、ではメンバーは……」
やたらとテンションの高いワイズの進行により、次々にチームが紹介されていく。そんな中、一際大きな歓声が轟く。
「――お待ちかね二十五組目!! 去年の優勝チーム、アギヤ率いる“バレンダス”だぁぁぁあ!! さぁ今年も彼らは俺たちを戦いの虜にさせてくれるのか!?」
シエラはふーん、と少しつまらなさそうに眺める。コメントしているアギヤという男性、確かに体もしなやかな筋肉に覆われており、顔もそこそこ整っている。
――でも、バイソンに比べたらなぁ。
きっと彼とバイソンが戦ったなら、絶対にバイソンが勝つような気がする。先ほどの緊張は何処へやら、シエラは欠伸を噛み殺しながら順番を待つ。
そして再び、二十六組目の紹介のときも、歓声が一際大きくなった。
「さぁそしてこちらは去年の準優勝チーム!! バレンダスとの因縁が誰よりも深い、グロップ率いる“ブルーム”だぁぁああ!! 今年の優勝争いも彼らの独壇場になるのか!? それともダークホースが現れるのか!?」
ワイズのその言葉を聞きながら、シエラは内心でほくそ笑んだ。何せこちらにはクラウド、ユファ、サルバナがいる。旅をしていてつくづく思うが、彼らはそんじょそこらの奴らとは一味も違う味も違う。そして、場内のテンションもどんどん上がっていく。
シエラ達は三十九組目だから、まだあと少し先である。それにしても、紹介だけでもう四十分近く経っていた。そしてようやく、シエラ達の順番が回ってきた。
「次は三十九組目!! こちらは今大会初参加、しかも旅の一行だぁあ!! シエラ率いる“フォックス”!! さぁ一体どんな奴らなんだ!? 早速コメントだぜ!!」
シエラはスタッフから拡声器を渡される。まくしたてるように「大会に出場した理由は!? やっぱり旅だからお金が入用なのかな!?」とワイズが不躾な質問をしてくる。シエラはその一言に苛立ちを覚え、拡声器をワイズに向けて、遠慮無しに叫んだ。
「理由は一つ!! 優勝賞品になっている狐!! 邪魔するやつは……絶対に倒す!!」
我ながら中々の宣戦布告だと思う。シエラは拡声器をスタッフを押し付けると、ツンとした態度で閉口する。
「うおおおおっといきなりの宣戦布告です!! バレンダスもブルームも完全に敵と見ているようです!! これは試合が楽しみですね!!」
観客からはブーイングの嵐が起こっているが、シエラは微動だにしない。ちらりと後ろを振り返ると、三人とも満足そうな表情で頷いてくれた。ちなみにチーム名はイヴ=フォックス、という安易なシエラの発想である。
そしてチーム紹介が終了すると、いよいよ一回戦がはじまる。シエラ達は観客席にいるラミーナ達と合流し、出番がくるまで観戦することにした。ラミーナはシエラを見ると「よく言ったわね!」と頭を撫でてきた。バイソンもにっと笑って親指を突き出す。シエラは同じポーズをして返すと、後ろにいるクラウド達に振り返った。
「と、いうわけであと宜しく!」
シエラが笑うと、彼らは頷き返した。一回戦、第一試合は一組目と二組目の対戦だ。先ほど紹介にもあったカイザーズが出てくる。この二組の試合は二回戦のシード枠争いでもあり、勝ったチームは二回戦を戦わずに三回戦に進める。
「さぁ、早速一回戦第一試合をはじめましょう! 準備はいいか野郎ども――!!」
「おぉぉおおおぉぉお!!!!」
ワイズの気合の入った進行と共に会場も熱を帯びていく。ゴングの音で選手が一人ずつ舞台に上がってきた。カイザーズは先鋒が女性で、相手チームは大柄の男性だ。
「うっわ、いきなり厳しくない?」
シエラが顔を顰めるがラミーナは口角を上げて「そうかしら?」と笑い舞台から目を離さない。
「スリー、ツー、ワン……! ファイトッ!」
ワイズの雄叫びに合わせて、舞台の両名が一気に駆け出す。女性の獲物はナイフ。男はどうやら素手らしい。太い筋肉質な腕が容赦なく振り下ろされる。細身な女性はそれを容易くかわすと、身を翻して男の首目掛けて蹴りを叩き込む。
「おおっと、いきなり急所を狙ってきた――!!」
拡声器を通しているが、ワイズの興奮はこちらに伝わってくる。男性は女性の足首を掴み、そのまま場外に向かって放り投げた。
「これは場外を狙ったのか!? おお、持ち堪えました!!」
女性は舞台ぎりぎりで着地すると、今度はナイフを構えて走り出す。彼女が詠唱するとナイフに火がともり、それを男性に向かって振り翳した。男性は何とかかわすのが精一杯らしく、傍から見ても劣勢なのは一目瞭然である。
「ここにきて立場が逆転です!! 頑張れ! 負けるな! どっちも負けるな!」
「……いや、それおかしいでしょ」
シエラは思わずワイズの実況につっこんでしまった。もう色々と苦言を呈してやりたいが、言い出すときりが無いのでやめておく。ふと誰かの視線を感じて、シエラは辺りを見回す。殺気の篭った敵意むき出しの気配だ。恐らく参加者の誰かだろう。最近は気にしていなかったが、やはりシエラの魔力は周囲に漏れ出ているらしい。
――……ま、いいや。
今は気にしても仕方ないのだ。シエラが視線を舞台に戻すと、女性が魔法で男性を一蹴しているところだった。風と雷が混じったような術をまともに喰らい、男性は倒れこんだまま痙攣している。
女性は歓声を上げている会場に向かって、余裕の笑みを浮かべながら手を振っていた。流石に昨年三位入賞を果たしたチームは違うらしい。結局男性はその後十カウントの間に立ち上がる事が出来ずに、敗北となった。
「あの女、中々やるわね」
すると、隣にいるラミーナがぽつりと呟く。シエラもそれに頷き、舞台から降りていく女性を注視した。細身ではあるが、腕や足にはほどよく筋肉がついている。引き締まった身体の動きには、ほとんど無駄が無かった。
「バイソン、格闘家のあんたから見てどうよ?」
「んー、どうって言われてもなぁ。……ま、それなりのやり手だとは思うけどよ」
「んもう、何よその曖昧な答え! ……でもま、確かに一般人にしてはって部類かしら」
「ラミーナラミーナ、その上から目線は何故に?」
三人が談笑していると、再びゴングが鳴りワイズのカウントが始まった。こちらは双方獲物が剣。肉弾戦のような荒々しい戦い方で、剣同士が激しくぶつかっている。
「ふーん、剣士同士ねぇ。クラウド、あんたはどう思う?」
にやにやとしながらラミーナが訊ねると、クラウドは舞台から目を逸らさずに「二人とも柄の握りが甘いな」とばっさり切り捨てた。
「大体、あんな力だけに頼った振り方じゃすぐに刃を駄目にする。だが、まぁ……」
舞台から、一際大きな音が鳴り響く。
「決着は、すぐにつくだろうな」
クラウドが言った次の瞬間、カイザーズの剣士の一撃が、相手の剣を天高く弾き飛ばした。
「勝負あり!!」
ゴングが鳴り響き、二戦目もカイザーズの勝利となった。シエラはクラウドを振り返り「なんで分かったの!?」と驚きの声を上げる。するとクラウドは事も無げに「一撃一撃の筋、重さ、攻め方……理由は色々ある」と呟いた。
しかしゴングが鳴ってからものの数十秒しか経っていない。それなのにこうもあっさり決着がついてしまうのは、それだけカイザーズが強いという事だ。
「三位入賞は、伊達ではないということか」
シエラの気持ちを代弁するようにユファが付け足すと、サルバナが「ま、これぐらいはないと面白くないからね」と笑った。
結局、その後の一戦もカイザーズが快勝し、彼らは悠々と三回戦へのシードを手にした。シエラ達の出番まで、残り十七試合。




