幕間
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思い出したくない、忌まわしい記憶がそこにはある。まともに笑い合った事が一度でもあっただろうか。心通った瞬間が、一秒でもあっただろうか。彼女の記憶は、大切なものが壊れる音から始まっている。
――あぁ、イライラする。……ほんと、目障りな女。
ツヴァイは重い頭を起こしながら、ゆっくりと辺りを見回す。ここは自分の部屋で、寝ているのはベッドだ。十六年間ここで暮らしてきた、ある意味で思い出の詰まった場所。下からは両親の楽しげな声が聞こえてきている。窓の外を見やれば、どっぷりと闇に浸っており、空には星が瞬いている。
――そういえば、宿題……やってたんだっけ。
机の上に広げっぱなしのテキストを見やり、ツヴァイはゆっくりと立ち上がった。
――……下らない。
テキストを掴み、床に叩きつけた。乾いた音が部屋に響く。ツヴァイは冷えた目でそれを見下ろし、怒りを込めて近くになった枕を壁に投げた。
――あの女は今、ヘラヘラと笑って旅をしてるんでしょうね。何も知らないで、呑気に馬鹿みたいに。
ツヴァイは内心で呪詛を吐くと、小さな声で詠唱する。詠唱が終わると、そこにはツヴァイと全く同じ姿形をした少女がベッドに横たわっていた。アークの本拠地である白き巨塔に行っている間、両親に怪しまれないように身代わりを置く。それがツヴァイの日常であり習慣だ。
――ほんと、自分の娘のやってることさえ知らないんだから。
階下で談笑している自分の親を謗りながら、ツヴァイは足元に魔法陣を出現させる。そう、全ては自分の為に。
――せいぜい、今は楽しくやってなさいよ。……シエラ。
ツヴァイは歪んだ笑みを浮かべると、静寂に包まれて姿を消した。




