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リディア―世界の中で―  作者: 知佳
第七章:進
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****


 シエラとクラウドが崖から落ちてから、ウエーバー達は森の中から炎が打ちあがったのを見た。

「……シエラ達、だろうか」

 ユファの案じる声に、その場にいる全員が黙り込む。

「……きゅーん」

「そうだよな、イヴも心配だよな」

 バイソンの足元で切なげに鳴いたイヴを、彼は優しく抱き上げる。すると、先頭を歩いていたラミーナが「あぁぁもうこうなったら仕方ないわね!」とむしゃくしゃしたような声を出した。ウエーバーがラミーナに視線を向けると、彼女は「ここにいるよりも、出口で待ってた方が得策じゃない?」と提案する。

「いいんじゃないかな。どうせ、あの二人はさっさと森から出ようともがくだろうし」

 サルバナもラミーナの意見に賛成らしく、優雅に微笑んでいる。その様子にラミーナが少々鳥肌を立てていると、今度はユファが「なら、私たちも先を急がねばな」と話しを進めていく。

「そうですね。早く行って、二人を迎えに行きましょう」

 そして、適合者一行は二手に分かれてそれぞれ道を進んでいく。何も不安がないわけではないが、ここはあの二人を信じるしかない。それにあの炎がシエラ達のものなら、きっと無事を知らせるために使った魔法なのだろう。

 ウエーバーは足元に広がる広大な森に視線を落とす。

 禁断の森は、人間にとっては命の危険と常に隣り合わせの状況に陥る、魔の森だと聞いたことがある。世にも恐ろしい動物たちが住み、今まで足を踏み入れた人間は誰一人、帰ってきたためしがない、らしい。そんな危険な森に落ちるかもしれないリスクを犯してまで、エトからゼインに入ろうとしているのには、二つの理由がある。

 まず一つは、ディアナの首都フランズから、エトが近いからだ。のんびりとしていられる旅でもないため、できるだけ日数は短縮したい。そしてもう一つ。もう一つは、ゼインとエトとライドの関係だ。ゼインに入る方法は、エトかライドのどちらかだ。けれど、ライドはゼインと今現在国境問題で揉めている。

 水源となる山が丁度国境を跨いでいるのだ。どちらの国も砂漠に面しているため、水は大変大きな問題だ。ゼインもライドも乾燥地帯で、元々水が少ない。首都となるとまだそうでもないが、砂漠近くの町は皆必死だ。今二国間の関係はあまり宜しくないため、安全性も考慮すると、エトからの入国が最善なのだ。

 ――でも、まさか本当に落ちるだなんて。……全くもって、シエラらしいですね。

 ウエーバーは二の舞を踏まないように、慎重に足を進めながら、口元に笑みが広がっていく。何かと困難の多い旅ではあるが、楽しい事も勿論ある。それら全てをひっくるめて、ウエーバー自身この旅を楽しんでいるのは事実だ。

 ウエーバーがそんな事を考えながら歩いていると、先頭のラミーナが声をあげた。どうやら終わりが見えたらしい。

 断崖絶壁の細かった道は終わり、しかし目の前には地面が広がっていた。今いる場所は地上から高さ二十メートルほどある。降りるには、斜面となっている崖を駆け下る必要がある。

「行くわよ」

 ラミーナが思い切り斜面を駆け下り始めた。よくもまぁブーツでそれをする勇気があるな、とウエーバーは少々感心してしまったが、今までも何度か似たような事があったと思い出す。次いでユファ、ウエーバー、サルバナ、バイソンが駆け下っていく。中々の急勾配ではあるが、この調子なら大丈夫だろう。ウエーバーがそう思ったとき、目の前でユファの足元が大きく崩れた。

「!?」

 足元が安定せず、しかもスピードを伴っていたためユファは上体が前かがみになる。地面に顔からぶつかる。ウエーバーが咄嗟に手を伸ばすが、届かない。すると、後ろからしなやかな腕がぬっと伸びてきた。

「セーフ、か?」

 バイソンだ。彼はユファのお腹に手を回すと、抱えるようにして大きく地面を蹴った。そして地面に二度ほど足をつけ、衝撃を分散させてから着地した。ユファは目を丸くして暫し何も言葉を発さなかったが、バイソンが「おーい?」と声をかけると、はっと我に返る。

「す、すまない。助かった」

 ユファはバイソンの腕から抜け出ると、ふと何かを感じたようで鋭い視線になる。ウエーバーはその視線の先を追いかけ、三百メートルほどさきに門があるのを見つけた。木々に囲まれているせいか、それだけがやたらと目立つ。門はところどころ鉄で出来ているようで、高さも先ほどまでいた崖の上と同じぐらいはある。

 ――ゼインとの国境はまだ先のですが……あれは一体。

 ウエーバーが訝しげに思っていると、地図を広げたラミーナがこちらにやってくる。

「……あれ、森の中にある神殿への入り口だそうよ」

「神殿?」

 神殿があるなど初耳だ。ラミーナは地図をひらひらとさせながら「書いてあるわ」とそれを見せてくる。

「……もしかしたら、シエラ達はここから出られるかもしれないのか?」

 ユファが期待を込めつつ言うが、バイソン以外は皆反応が薄い。ここで待つか、ゼインの国境で待つか。二つに一つだ。ただここで待つとなるとリスクも多くなる。そこが問題なのだ。すると、サルバナが門の方に向かって歩き出した。

「ちょ、ちょっと!?」

 ラミーナが止めようとするが、彼はズカズカと歩いて行ってしまう。仕方なく全員で後を追うと、途中で違和感に気づく。

「……何よ、これ」

 ラミーナが嫌悪感を露わに呟く。ウエーバーも得体の知れない危機感を感じ、きゅっと気を引き締める。門の目の前まで来ると、その異様さが目を惹いた。扉には大きく二本の線が螺旋を描き、その上部に半月に掛かった十字架が彫られている。そして門の柱には薄っすらと言葉が刻まれている。ユファはそれに近づき、手を当て指でなぞる。

「何て書いてあるんですか……?」

 ウエーバーは文字を覗き込んでみるが全く分からない。ユファは困った風に笑う。

「風化が進み過ぎていて、私にもところどころしか分からない。ただ、『十五の夜に消えし魂、ここに眠る』……そう書かれている」

 十五の夜に消えし魂。

 よくは分からないが、きっと神殿で祀られている何かを指しているのだろう。サルバナはサルバナで門扉に手を当て、目を閉じている。そして力を込めて扉を押し開けようとするが、流石に門はぴくりとも動かない。彼も諦めたように肩を竦めると、今度は優雅に微笑んでいる。

「この門、相当強い結界か何かに守られているね。簡単には開かないよ」

「確かにこりゃすげぇよな」

 バイソンは上を見上げ感心している。ラミーナはしかめっ面をして、辺りを用心深く探っている。ウエーバーも、ここはあまり好きになれそうにない。穏やかな森であるはずなのに、流れている空気がやたら剣呑としている。まるでこれ以上森に近づくなと警告されているようだ。

 ――シエラとクラウドさんは、大丈夫でしょうか。

 二人の身を案じながら、ウエーバーたちは一旦森から離れた。二人のことはゼインとの国境で待つ事に決めたウエーバー達は、急ぎ足を進めている。まだ国境に辿り着くには時間がかかる。夜になって身動きが取れなくなってしまう前に、街について体制を整えたい。

 ――どうか、無事であって下さい。

 今は信じることしか出来ないもどかしさが、ウエーバーの心を締め付けた。



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