幕間
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「納得できねぇ」
ジルは壁に拳を叩きつけた。
先日のディアナ王都襲撃は、適合者からの宝玉奪取が目的のはず。しかし目の前の少女は目的を成し遂げようともせず、撤退を命じた。それがジルは気に喰わなかった。
「俺はなぁ、あの剣士ともっと殺り合いたかったんだよ」
「まぁまぁジルちゃん落ち着きなさいよ」
ビルダが諌めようとするものの、ジルは殺気を隠そうともせずアンを睨んでいる。
「魔物を使った陽動作戦は、まぁ、良しとするけどよぉ。……何故あそこで撤退した。ナールの適合者まで揃ったんだぞ。あんな絶好のチャンスで――」
「セイスタン、少し黙りなさい」
「るせぇよ! 俺の楽しみとりやがって! ざけんな!」
ジルはエリーザに睨みを利かし、子供のような理由を吐き出した。エリーザは呆れたように溜め息を吐き、ビルダも唇を尖らせている。そして、今まで黙っていたアンが口を開く。
「まだ、時期ではない」
「どういう意味だよ」
「……私は、奴らの絆を確かめたかったのだ」
「それで、てめぇん中のアールフィルトがお告げでもしてくれたってのか」
ジルはアンを鼻で笑う。そしてくつくつと笑い出し、もう一度壁に拳を叩き込んだ。
「……なら、いつだ。いつになったら俺はあいつと本気で殺れる」
獣の瞳が凶暴に揺れる。アンはただ真っ直ぐにその視線を受け止め、そして。
「奴らが、ルダロッタについた時」
簡潔に、そう呟いた。ジルは壁から拳を離し、犬歯を覗かせながら笑う。
「上等」
そう言うと、身を翻して部屋を出て行く。誰も止めるものはいない。ジルは廊下を突き進みながら、込み上げてくる嬉しさに身が震える。かつて、彼が師と仰いだ、ただ一人の男がいた。彼はジルに言った。強くなりたいのならば、強い奴と戦え、と。
――やってやるさ。あいつを倒せば、俺はもっと強くなれる。
何者にも侵略されることはない、確固たる己の為に、ただひたすらに戦う。生きるために貪り、切り伏せ、ほふる。
――見とけよ、じじい。……俺は、俺のやり方でやってやる。
もうこの世にはいない、たった一人心を許した相手を思い出しながら、ジルは拳を握り締めた。




