五
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ウエーバーは左手でグラベボの蹴りを受け止めると、炎を纏った右手を相手の顔面目掛けて突き出す。グラベボは掴まれている右足を軸に左足を放る。その左足はウエーバーの両足を引っ掛け、ウエーバーは大きく前のめりになる。グラベボは倒れたウエーバーの横っ腹に拳を思い切り叩き込む。しかしそれは間一髪で避けられ、代わりに無数の炎の矢が飛んで来た。
「おっとこれは危ないですね」
グラベボは右手で印を結ぶと手を翳す。そこからは蒼い魔法陣が出現する。グラベボの身体を覆い隠すほどのそれは、ウエーバーの炎の矢を弾き返す。ウエーバーは両手を広げると、大きく息を吸い込んだ。そして上空に飛び上がると、グラベボの背後に回り、一気に息を吐き出す。吐き出された息は途端に炎に変わり、グラベボの周囲を包み込んだ。
「これならどうですか?」
ウエーバーがグラベボに声を掛けると、彼は引きつった笑みを浮かべた。そして燃え盛る炎を忌々しげに見つめてから、重い溜め息を吐く。
「……万里の波濤、水雲と烈風、断ち切りしその楔と御名においてここに呼ぶ。……アクア・ウェーブ」
グラベボが詠唱すると、彼の足元に半径五メートルはあろうかという巨大な魔法陣が現れる。それは瞬く間に水を出現させると、グラベボの周囲で燃えていた炎を消してしまった。それどころか上空にいるウエーバーに向かって、螺旋を描きながら一直線にやってくる。ウエーバーはすっと身体を翻し、それを避けるものの、水柱は魔法陣から出現しては何度も何度もこちらを狙ってきた。
「しつこい、ですよ!」
大きく腕を振り下ろし、光の剣をグラベボに向かって突き刺す。上空から放たれたそれは徐々に加速していき、グラベボの身体を貫く。しかし貫かれたグラベボは声を上げることもなく、ただ微笑んでいるだけだ。
「ッ!?」
ウエーバーが眉を顰めた瞬間、首筋に衝撃がはしり、気づいたときには地面に叩きつけられていた。
「あぁ、ちょっと加減を間違えました」
頭上から降って来たグラベボの笑い声に、ウエーバーは痛む頭を必死で持ち上げる。
「全く、よくも僕に詠唱なんてさせましたね。……まぁ、そこは君の実力を認めてあげましょうか」
「……それはどうも」
ゆっくりと起き上がり、苛立ちを露わにしているグラベボと向き合う。上空からウエーバーを見下ろしているグラベボの目は感情が読み取れないほどに凍っていた。
「さて、ここで、君に一つ質問してみましょうか」
「は?」
グラベボは地面に足をつけると、人差し指を突き立ててその指先に炎を点した。
「何故僕たちは詠唱するのでしょう?」
「……魔力を媒体に万物に語りかけるため、でしょう」
「ではその万物とは? 一体僕たちは真に何の力を借りて魔法として使役しているのでしょう?」
突然はじまったグラベボの質疑にウエーバーは顔を顰めた。魔法は魔力さえあれば当たり前に使えるものだ。それ以下でも以上でもない。しかしグラベボは大仰に溜め息を吐く。
「では質問を変えましょう。……水は、一体何から出来ていると思いますか?」
「水……? 水分、でしょうか」
「ではその水分は一体何から出来ているのでしょうか?」
「……そんな事、分かりません。疑問に思った事もありません」
そこにある。それだけ十分、では駄目なのだろうか。ウエーバーはグラベボの真意を測りかねている。グラベボは嬉々とした表情で自分の身体を擦っている。癖のある茶髪が揺れた。
「この世界には、沢山の謎が満ちています。もうそれは魔法だけでは解決のしようがありません。僕たちの身体の中にある血や内臓、それらさえ多くの謎に包まれています」
「一体、何が言いたいのですか?」
詠唱の話しから始まったものの、グラベボの話には文脈がないような気さえする。ウエーバーが魔法を繰り出そうと構えると、グラベボはそれを片手で制した。
「まぁそう焦らないで下さいよ。……僕はね、常々思っているんです。詠唱なんて馬鹿げた真似をしなくても、人間は魔法を使えるのではないか、とね」
「……それなら、詠唱破棄をすればいいじゃないですか」
一口に詠唱と言っても色々とある。例えば魔法名だけを言って魔法を発動する事を短縮詠唱と言う。そして何も言葉を発さずに発動する事を詠唱破棄と言う。それに詠唱破棄はある程度その魔法を使役した事があるならば、自ずとできるようになるものだ。しかしグラベボは実に残念そうにウエーバーを見やる。
「それじゃぁ意味が無いんです。一度も詠唱した事がない魔法で実証できなければ、ね」
「そんな事無理に決まってます」
「……何故ですか」
ウエーバーが呆れたように口にすると、グラベボが今までとは違う剣呑な雰囲気を纏った。
「何故出来ないと、無理だと決め付けるのです? その根拠は? 一体どんな研究データを元に言っているのですか?」
怒涛の反論にウエーバーは口を噤んだ。まるで別人だ。普段纏っている雰囲気も、それなりに鋭さがあるがそれと同時に恐ろしいほどの柔らかさもある。けれど今はどうだろうか。身の毛がよだつような得体の知れないものを孕んでいる。
「僕はね、君たちの持っている宝玉、実を言うとあれにはあまり興味がないんです」
「……どういう意味、ですか」
「僕は寧ろ適合者である君たちに興味がある。何故宝玉は君たちを選んだのか。……そういう意味では、宝玉にも若干の興味はありますが」
喉の奥で笑ったグラベボに、ウエーバーは咄嗟に魔法を発動させていた。このまま会話を続けていたら、飲み込まれてしまう。そんな恐怖に駆られていた。
「……だから、そんなに焦らないで下さいよ」
ウエーバーの放った火の玉はグラベボに当たることなく、その目前ではじき返されてしまう。
「あなたの、そんな狂言に付き合っている暇はないんです」
荒い息を吐きながら、ウエーバーはグラベボに向かって再び魔法を繰り出す。炎、氷、雷、この三つの槍が無数に出現し、容赦なくグラベボを捉える。しかしそのどれもが先ほどと同じように、グラベボの目前で弾き返されてしまう。
「終わりですか? 残念です。君はもっと骨のある少年だと思っていました」
その瞬間、ウエーバーは屈辱というものを実感した。心底残念そうに肩を竦めているグラベボに、ウエーバーは拳を握り締める。何故突然にこんな実力の差が現れた。先ほどまで拮抗していたというのに、一体何が明暗を分けたというのか。
「どうしたんですか?」
「うわぁぁ……ッ!!」
ウエーバーの身体が上空に吹っ飛ぶ。痛みに軋む身体に、ウエーバーはしまったと今更ながら苦虫を噛み潰したような顔をした。
こんな単純な事に気を取られてしまうなんて。
しかしそう思った時には既にグラベボの放った水柱が直撃していた。強い水流に身体が痛む。軋んだ身体に容赦なく水が染み込む。ウエーバーは混濁した始めた意識で、何とか腕を動かす。そして水柱の進行方向と逆に電流を迸らせる。
「……ぷはぁっ」
何とか脱出し、咳き込みながらウエーバーは立ち上がる。上空に停滞しているだけなのに、いつもよりも疲れを強く感じてしまう。下方に視線を向ければ、そこにはしたり顔のグラベボがいた。
「随分と辛そうですね。……どうですか、僕特製の薬の効果は」
「薬……?」
ウエーバーははっとした。まさか今の水流に何か仕込んでいたというのか。
もしそれが魔力に影響を及ぼすものならば、今のウエーバーにとって最悪でしかない。先日ルイスに盛られた薬は持続性のないものではあったが、今だにウエーバーの身体に残っている。グラベボは不敵な微笑みを浮かべながら、足元にある魔法陣に視線を落とす。
「この魔法陣は、出現させた魔法の表面に魔力を抑える効果を付随させる力を持っています。まぁ、これを喰らってまともにいるのを見たのは、君ぐらいなものですが」
「褒めて、いるんですか? それとも、貶しているのでしょうか?」
「お好きな方で解釈してくれて構いませんよ」
ウエーバーは頬を引きつらせ、足に魔力を集中させる。グラベボはそれを察知すると腰を低くし、ウエーバーからの攻撃に構える。ウエーバーは右手に炎を纏わせると、大きく身体を逸らし、勢いをつけて飛び出した。そして再び、轟音が当たりに響き渡っていく。
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「んもう、その大胸筋す・て・き!」
「そりゃどうも」
バイソンはビルダの繰り出す素早い蹴りの応酬をかわしながら、さっと身を引く。ビルダの蹴りが何もない空間を引き裂く。バイソンは左足に重心を傾かせ、そして強く地面を蹴る。ビルダは顔面目掛けて向かってきたバイソンの足に、咄嗟に自分から懐に飛び込む。
「ッ!?」
バイソンは予想外のビルダの行動に、思わず隙を作ってしまった。それをビルダが見逃すはずもなく、そのままバイソンの凹凸のある腹筋に拳を叩き込む。
「かは……!」
重い。バイソンは痛みに眉を顰める。しかしすぐにビルダの着物の首襟を掴むと、思い切り腕を横に薙いだ。
「きゃぁっ!?」
後方に投げ飛ばされたビルダは甲高い声を上げて地面に背中から倒れ込む。
「いったーい! ちょっとぉ、もっと乙女には紳士にしなさいよー!」
「つってもなー。お前男だろ?」
「ち、違うわよ! ビルダちゃんは男も女も越えた乙女なの!!」
「ははっ! なんだそりゃ!」
頬を膨らましたビルダにバイソンはけらけらと笑い出す。きっと今この場にショコラがいたらビルダは容赦なく地面に埋められていただろう。バイソンは腹を抱えて笑い出し、ビルダは段々と表情を引きつらせていく。
「って、あんたどんだけ笑ってんのよ!!」
「はぁー、おもしれぇな。……ま、シエラ達の話通り手強いけどよ」
「あんらぁ、嬉しいこと言ってくれるじゃない。……ふふ、ビルダちゃんの目に狂いはなかったわぁ」
ビルダは服についた埃を払いながら、獣のような瞳でバイソンを捉える。
「ビルダちゃんは、ビルダ=アイミア。あんたは?」
「バイソンだ。マイリヴァ=バイソン」
「そう、バイソンちゃんね。ふふ、今日は楽しめそうでビルダちゃんほんっと幸せ」
ビルダは上半身をうねらせながら、ゆっくりとバイソンに近づいていく。
バイソンは腰を落とし拳を構える。
表面的なものこそ軽いが、ビルダの本質が持っている雰囲気は野獣に匹敵する。バイソンは久々に感じた格闘家の殺気に、思わず笑みが零れた。このまま相手に先制を許せば、恐らくこれからの局面が不利になる。バイソンの直感はそう感じていた。
バイソンは大きく踏み込んでから走り出し、ビルダの脇腹と顔面目掛けて拳を突き出す。ビルダはそれら全てを腕で防ぎ、身を翻して回し蹴りをする。バイソンはビルダの腕を掴むと、勢いをつけて身体を浮かせそれをかわす。そしてそのまま足を上向きにしたまま振り子のように、しなやかに半回転させビルダの背中に蹴りを決めた。
ビルダは数メートルに吹っ飛ばされ、しかしすぐに体勢を立て直すとバイソンに突進していく。
「ねぇ知ってる? ビルダちゃんねぇ、自分より弱い男には興味ないのよ!!」
強烈な蹴り同士がぶつかり合い、そしてその衝撃からか互いに後方に吹っ飛んだ。バイソンは足の痛みに顔を顰めながら、微笑を浮かべているビルダを見やる。
「あんたも格闘家なら分かると思うけどぉ、強い相手と戦いたいってのは本能よねぇ」
「そりゃそうだな。強い奴とやるってのは、癖になるぐれー楽しいしな」
そう言いつつ、バイソンはふっと身体の力を抜く。緊張感と警戒心を研ぎ澄まし、神経をビルダに集中させる。
――こりゃぁ、とんだバケモンだな。
話に聞いていた以上の実力に、バイソンはただただ舌を巻く。それと同時に、胸の奥から湧き上がる高揚感を抑えきれずにいた。こんなわくわくする戦いは久しぶりだった。幾らバイソンが今売れっ子で人気の格闘家とは言っても、所詮はまだまだ新人に類する。それなりに大会でも成績を収めているものの、それでも格上の選手とは中々対戦できないのが現状だ。
――けど、間違いなく楽しいぜ。
バイソンは脇を締め、呼吸を整える。そして強く地を蹴り、口元には笑みを浮かべながらビルダに突っ込んだ。
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ラミーナはショコラが繰り出す氷のつぶてを、同じく氷のつぶてで全て弾き返す。不規則で乱暴なショコラの魔法に、ラミーナはやりやすささえ感じていた。最初こそその不規則なつぶてに困惑した。しかしそれも慣れるまでの問題で、今ではただラミーナを有利にしてくれるものでしかない。
最初こそ威勢良く動き回って体術で攻めてきたショコラだったが、今の彼女は一歩も動かない。ただ気だるげに突っ立って、足元の魔法陣からつぶてを発生させているだけだ。
――何よ、もうちょっと強いかと思ったじゃない。
この程度の相手ならば、早々に決着が着くはず。そう思ったラミーナは一際大きい氷を、自分の頭上に作り出す。つぶての量をショコラの倍にし、彼女の視界を塞ぐ。それと同時に相手の動きも封じ、ラミーナは前方に大きく跳躍する。
「濃霧に惑いし子羊の群れよ、飛来する哀惜と去来する愛執よ、旅人の詩歌と饗宴に狂え! アイス・エイジ!!」
ラミーナの詠唱に合わせ地面が氷に包まれていく。ショコラの足元は完全に氷結し、身動きが一切取れない状態だ。しかし、ショコラは動じないどころか顔色一つ変えない。ラミーナは不審に思いながらも、先ほど出現させた氷の塊をショコラに向ける。
「魔力は大分抑えておいてあげたわよ!」
ラミーナは右手を大きく下に振り下ろす。氷塊はショコラにスピードを伴って真っ直ぐに落下していく。ショコラの頭部に直撃する――その瞬間、彼女は笑った。
「バーカ」
ショコラが右手を突き出した瞬間、氷塊は一瞬にして粉々に砕け散り、煌きながら霧散していた。ラミーナは唖然としながらも、もう次の攻撃に移っていた。腕を大きく薙ぎ氷柱を発生させ、ショコラ目掛けて飛ばす。しかしそれもショコラが右手を突き出した瞬間、粉々に砕け散っていた。
「何度やったって同じだっつーの。つーかさぁ、さっきから人の顔チラチラ見ながら戦ってんじゃねーよ」
ショコラは荒い口調でラミーナにそう吐き捨てると、右手を翳して足元の氷を全て破壊した。
「はぁー。ガイバーの適合者だっつーからどんな強い奴かと思ったら……。期待外れ。なに、マジ馬鹿なわけ? 魔力抑えといたとか言って、余裕ぶっこいて死ぬとか笑える」
「……本当に口が悪いわね。それでもあんた女?」
ラミーナは顔を引きつらせながらも、何とか苦笑いを浮かべる。ショコラもショコラでラミーナの言葉が気に喰わなかったらしく、眉間に皺を刻んでいる。
「……クソアマだとは思ったが、益々気に入らねぇ」
「あら、奇遇ね。あたしもよ。あんたみたいな粗暴で話の分からない女大嫌い」
「あん? なんだてめぇー自分の事淑女だとでも思ってんのかよ。弱いくせに吠えてんなって」
「それはあんたでしょ」
その瞬間、一際空気がひんやりとしたものになった。ラミーナもショコラも凍て付いた目で互いに睨み合っている。二人の間には火花が散っている。
「いいぜ、来いよ。……全力で、ぶっ潰してやる」
「臨むところだわ」
ラミーナは右手には氷、左手には光の槍を纏わせながら、ショコラに向かって地面を蹴る。ショコラは氷で滑る地面を颯爽と駆け抜けながら、ラミーナとの距離が狭まると上空に飛び上がった。
「ッ!?」
「てめぇーなんかこれで十分だ」
ショコラは左手で氷柱を発生させると、ラミーナのいる地面目掛けて発射させた。一本もラミーナに直撃する事はなく、ラミーナは姿勢を低くし飛び上がる体勢を作る。
「らぁぁッ!!!!」
「く……ッ!?」
しかしショコラが右手を突き出した瞬間、ラミーナは地面に叩きつけられた。先ほどの氷柱が、今の衝撃によって砕け散り、つぶてとなってラミーナにぶつかる。鋭利な刃物で切られているようだ。ラミーナは目を腕で守りながら、上体を大きく前後に振りその勢いで立ち上がる。そして腕に纏わせていた二本の槍をショコラに向けて放つ。
「はっ、なんだよそのチンケな攻撃は!」
ショコラは絶妙なタイミングで、二本の槍を足で蹴飛ばした。槍は方向を変え上空に打ち上がり消えてしまう。しかしショコラは咄嗟に身を翻した。
「ッ!?」
頬を掠めたのは間違いなく、先ほど蹴り飛ばした槍だった。
「……透過しやがったのか」
「あら、品のない女にもそれは分かるのね」
「喧嘩なら喜んで買ってやるよ」
ショコラは頭から突っ込む形でラミーナに突進していく。ラミーナは腰を落とし、ショコラが近づいてきた瞬間を見計らって上空に飛び出した。
「……てめぇからこっちに来てくれるとはな」
ショコラは右手に拳を作ると、何もない空中で振りかぶる。ラミーナは慌てて魔法陣を張るものの、強烈な振動が空気から直に伝わってくる。ショコラは更に空気を震わせ、ラミーナは後方に吹っ飛ばされた。
――何よ、これ……ッ!!
ラミーナにとっては初めて経験する魔法だ。こんな特殊な攻撃型があったとは知らなかった。先ほどの攻撃といい、戦いのセンスはあるらしい。
――確かに舐めてた事は認めるわ。でもね。あたしだって負けてられないのよ!
ラミーナは魔法陣を一つ作り出すと、そのままショコラの懐に突っ込んでいく。流石に自分の懐ではあの魔法は使えないだろう。ラミーナは左手で魔法陣を発動させつつ、右手では幾つも氷の槍と矢を作っていく。四方から取り囲むように槍と矢を移動させ、そして一気にショコラへと放つ。直撃すればショコラは串刺しになる。しかし、彼女は不敵に笑う。
「だから、効かねぇっつーの」
その瞬間、槍も矢も粉々になっていた。光が反射しきらきらと輝きながら、地上へと降り注いでいく。けれどラミーナはそれに構うことなく、ショコラへと体当たりした。ショコラは予想外の攻撃に、数歩よろめくものの、すぐに体勢を立て直す。
「まだまだ勝負はこれからよ」
「上等だ」
そしてショコラはラミーナに蹴りを突き出す。ラミーナもそれをかわしながら応戦し、女同士の戦いは、苛烈を極めていった。
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クラウドは、軽快な動きでナイフのような剣を振るうジルに、何か違和感を覚えていた。前に手合わせした時は自分の不甲斐なさに屈辱を味わった。その前はそれなりに互角な戦いをした。
けれど今回はどうだろうか。
まるで何も感じないのだ。ジルから放たれる殺気は以前よりも凄まじいはずなのに、クラウドは恐怖心も焦燥感も感じない。ただ神経だけが研ぎ澄まされ、相手の動きがよく分かる。普段よりも、どんなに調子のいい時よりも、身体が軽い。剣を振るう腕に変な力も入っていかない。ジルが縦に振り下ろした剣を弾き返し、その懐に飛び込み叩き斬る。クラウドはもう一歩踏み込み、そして大きく剣を薙ぐ。一陣の風と共にジルの髪が数本、はらはらと散っていく。
「……へっ、今日はやるじゃねーの」
ジルは身体を逸らしクラウドの剣を避けると、左足を軸にして高く右足を蹴り上げる。つま先がクラウドの顎を掠め、ジルはそのまま後ろ宙返りをする。変則的で軽業師のような動きに、きっと普段ならば苦戦していた。きちんと物事を見れる視野の広さと冷静さが、今のクラウドにはある。自分でもよく分からないこの状態に、クラウドは思わず内心で笑っていた。
――こんな事、普通起こるわけがねぇよな。
前に自分の父から聞いた事があった。
劣勢の状況、危機的状況、そんな場面で如何に冷静でいられるかが、戦いの局面を大きく分けるのだ、と。そしてその状態を常に保ち、自らコントロールできたときこそ、真の剣士になれると。クラウドはジルに強く剣を打ち込んだ。一点にだけ力を集中させ、最小限の力で最大限の攻撃となるように。ジルの蹴りをかわし、繰り出される素早い突きの連打を打ち払い、そして剣を振るう。ふと視線をジルの顔に移せば、彼は犬歯を覗かせながら笑っていた。
「……楽しいじぇねぇか」
しかも歓喜に震えている。クラウドは眉間に皺を寄せた。
「……お前は、一体何を望んでいるんだ」
まるで戦いを、殺戮を楽しむようにジルは剣を振るう。それはクラウドの道に反するものであり、剣士としての存在意義から逸脱している。
「お前の存在意義はなんだ……ッ!」
キーン、と高い音が辺りに響く。
剣を交えどもクラウドにはジルの心が分からない。相対しているはずなのに、目の前の男は自分と戦っているはずなのに、やたら遠くに感じるのだ。ジルはクラウドの剣を受け止めて、クラウドの腰に回し蹴りを叩き込む。クラウドは咄嗟に身を引くものの、脇腹を掠り数メートル後退した。
「……下らねぇこと聞いてんじゃねぇよ。俺は強い奴と戦えればそれでいい」
ジルは鋭い眼光でクラウドを射抜く。まるで獣が獲物を狙うかの如く、鋭利な視線。
「大体なぁ、強さ以外に存在意義なんてねぇんだよ」
強さばかりを追い求めた先に、どれほどの幸福と平和が待っているのだろうか。
クラウドは遠い昔、祖父に言われたその一言を思い出した。この相反するばかりの目の前の男に、クラウドは只ならぬ何かを感じて仕方がないのだ。
「なぁ、もっと楽しもうぜ。てめぇは今最高の状態なんだろ?」
「お前は、ただの狂った殺人鬼だ」
それでもいいさ。
ジルはそう呟くと姿勢を低くしてクラウドに突っ込んでくる。クラウドはジルの剣を横に流すと、その背中に剣を振り下ろす。ジルは着地した左足ですぐさま旋回し、その剣を受け止める。強い。それ以上に、予期能力と察知能力に長けている。その素早さと柔軟性はどれもこれも並外れており、隙を作ればすぐにやられてしまう。
「そうだ、てめぇは俺との戦いに集中してりゃいいんだ!!」
「くっ!」
剣と剣が激しくぶつかる。辺りは戦いの物音に包まれ、むさ苦しい土煙が渦巻いている。剣を交えて伝わるのは、殺気と狂気だ。もう互いに息が荒く、肩が上下に動いている。恐らくもう長くは持たない。あと少しで決着は着く。クラウドは柄を握る手に力を込め、強く地面を蹴った。




