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リディア―世界の中で―  作者: 知佳
第五章:警
43/159

****


「見つからないし……」

 シエラは疲れた身体を休ませようと木陰に入って座り込む。かれこれ二時間近く魔法陣を探している。しかし一向に見つからない。本当にそんなものがあるのか、という根本的な部分まで疑い始めている。

「……これだけ探してないとなると、嘘かもしれないな」

「だよねー。はぁ、そんな都合良く行かないってか」

 シエラと共に魔法陣を探していたユファも大分疲れたのか、泉の水で顔を洗い始める。シエラは空を見上げ太陽の位置を確かめた。ざっと午後三時半から四時という頃だろう。最近は日が沈むのも遅くなり始めた。明るい時間が長いのは嬉しい事だが、その分気温が高くなる為汗を掻きやすくなる。

 ――どっちもどっちなんだよなぁ。

 太陽を眺めながらシエラが溜め息を吐いていると、いつの間にかルイス以外の全員がその場に戻ってきていた。

「ないな」

「ですね」

「あー、疲れたぁ」

 バイソン、ウエーバー、ラミーナは口々にそう呟きを漏らすと、シエラと同じように木陰に入って休み出す。ただ一人クラウドだけは神妙な面持ちで突っ立っている。

「どうした……?」

 ユファがクラウドを見上げると、彼は切れ長の瞳で周囲を見回し、他に人がいないのを確認すると口を開いた。

「あのルイスって奴、どうにもおかしい」

 その一言に、場の空気が一気に凍りつく。

「大体、馬を一人で十五頭って変じゃないか? 普通もっと人手を使うか、空間転移させるとか、幾らだって方法はあるじゃねぇか」

「それが疑う理由ですか? ……納得できません。そんな事は幾らだって事情によって変化すると想いますが」

 反論したウエーバーの顔つきは険しい。あれほど親切にしてくれた人間が怪しいなどとは、流石にシエラも想いたくなかった。

 ――それにあのドジキャラだよ! 無理だって!

 とは流石に言えなかったが、あの人の良さそうな顔をした男性がおかしいという意見には反対である。しかしクラウドはそれでも言葉を続けた。

「それだけなら別にいい。問題は今探している魔法陣だ。この辺りを探してもう二時間だぞ。空間転移の魔法陣ならそれなりに大きくて複雑なはずだ。こっちにはウエーバーやラミーナだっている。……事実なら見つからないはずはねぇ」

 確かにそれは最もな意見だ。しかし。

「あいつも噂で聞いたって言ってただろ」

 そう、そこなのだ。シエラはバイソンの言葉に深々と頷く。噂で聞いて、それならばという事で探しに来たのだ。それが裏があって言ったというのは、少々行き過ぎた考えだと想う。

「クラウドさ、疲れてんじゃないの?」

 シエラが宥めるような口調でクラウドに笑いかけるが、彼は一瞥しただけでシエラを歯牙にもかけなかった。

 ――うっわなんかムカつく……ッ!

 シエラは眉が痙攣するのを感じつつ、ぐっと怒りを抑えて別の事を口にした。

「大体、善意で色々してくれた人だよ。疑うのは悪いって」

 少し柄にもない事を言っているなと想ったものの、このまま悪者扱いされるのも可哀相だ。ウエーバーやバイソン、ラミーナもシエラと同じ気持ちのようで、怪訝そうな顔をしている。ユファだけは、冷静に無表情を貫き通している。

「……もう、考えるの止めにしようよ」

 シエラは項垂れながら溜め息を漏らした。これ以上疲れた心と身体で何か考えても無駄だ。それよりも少しは今の時間は休んだ方が得策だろう。クラウドは乱暴な素振りでどっかりと腰を下ろすと、懐から布を取り出して剣を磨き出した。

「……あ」

 するとウエーバーが慌てた表情で声を上げた。一斉に視線が彼に集まる。見る見るうちにウエーバーの顔が青褪めていくのを、シエラは不吉に想った。

「すっかり忘れてました! あの賊、どうしましたっけ!?」

「あぁ!!」

 シエラも思わず大声を出して飛び上がってしまった。そうだ、すっかり忘れていた。ルイスの話に釣られて記憶から存在を消していた。

「僕、ちょっと行ってきます! ……警察隊に連絡、ですよね」

 そう言って微笑んだウエーバーに、ラミーナは目を瞠る。しかしすぐに眉間に皺を寄せて顔を伏せてしまった。ウエーバーは小さく「お互い様、ですよね」と言い残して走り去って行った。

「……おい、賊って何のことだ?」

「は!?」

 ウエーバーが走り去った方向を真剣な眼差しで見つめながら、バイソンが零した。その言葉に、シエラ、ラミーナ、ユファの三人は声を揃えて首を傾げる。

「何って、さっき戦ったじゃない」

「いつだよ」

「さっきよさっき! ご飯食べる前! あんた何言ってんの?」

 食いかかるように説明するラミーナに、バイソンは益々険しい顔をする。

「……バイソン、そんなに疲れてるの? クラウドからも何か言ってよ」

 シエラが後ろを振り返ると、そこにクラウドの姿はなく。変わりに、呆然として息を切らしたウエーバーが立っていた。

「どういう……こと?」

「……閉じ込められました」

 その瞬間、弾かれたようにユファが上空を見上げた。シエラも釣られて空を見上げる。よく目を凝らしてみると、薄い膜の様なものがここら一帯を覆っていた。

「結界魔法か。……厄介だな」

 ユファが数珠を巻きつけている右手を突き上げ、何事かを呟いたが、何も起こらない。ユファ自身驚いて自分の手を凝視している。

「……忘却魔法に結界魔法に、ご丁寧に魔法無効化までしてるのね」

「そんなに!? ……これやばくない?」

「やばいで済む話じゃないだろうな。幸い、忘却魔法がまだ続いているのはバイソンだけのようだ」

 当の本人は何の話をしているのか全く分からないようで、ずっと怪訝そうな顔をしている。これだけいて賊の事を忘れていたのは妙だったが、どうやら魔法をかけられていたらしい。

「……とにかく、クラウドを探さないと」

 シエラが林の中を進もうとした途端、茂みの中からルイスが突然転がり出てきた。

「うわっ!?」

 思わず後退りすると、ルイスが半べそをかきながらこちらに這いつくばって来る。

「ちょ、ストップ! 怖いから!! ほんと止めて!」

 少しきつめの口調で言うと、ルイスは益々目尻に涙を浮かべて、か細く抗議の声を上げた。

「そんなに言わなくてもいいじゃないですか! それよりも、見つけたんですよぅ! 魔法陣! クラウドさんは先に行きましたんで、皆さんも早く!」

 シエラの中で、何かが引っ掛かる。おかしい、おかしすぎる。それよりもルイスは忘却、結界、無効化の三つに気づいているのだろうか。大体、クラウドが先に行くなんて一番おかしい。そもそもルイスは今出てきたばかりだ。後ろにいたクラウドと話していたならシエラにも、ラミーナ達にも分かる筈。

「さぁ行きましょう!」

 シエラ達は互いの顔を見合わせた。

「……ま、確認してみるべきじゃねぇのか」

 バイソンは立ち上がるとルイスの後ろを歩き出した。シエラ達も顔を見合わせ、とにかくついて行ってみることにした。少し歩いたところで、シエラの視界にそれらしきものが映る。魔法陣は茂みに囲まれた、泉に程近い場所に描かれていた。しかも巨大だ。半径三メートルはあるだろうか。

「へぇ、こんなとこにあったのか」

 複雑に、何重にも描かれた円、魔術式の羅列にシエラは頭が痛くなる。魔法学校でも授業の度に嫌気が差していたが、実際に見てしまうとある意味描いた人物を尊敬してしまう。

「でも、クラウドは?」

 魔法陣に近寄りながら辺りを見回してみるが、クラウドの姿はどこにもない。

「いないですね」

 ウエーバーもラミーナも魔法陣の前に屈みながら、辺りに視線を向けるが見つけることは出来なかった。

「目の前にいるじゃないですか」

「え……?」

 背中を押された。そう認識した瞬間、シエラ達は全員魔法陣の中へと入っていた。魔法陣は淡い光を放ち、それは空に向かって伸びていく。

「ちょっと、何してんのよ!!」

 陣の外にいるルイスに向かってラミーナが怒るものの、彼はにこにこしているだけで、何も言わない。シエラが起き上がろうと手をつくと、指先に誰かが触れた。

「……クラウド?」

 それがクラウドだと認識するのに、そう時間はかからなかった。しかし彼は力無くぐったりとした様子で倒れている。

「どういう事だ」

「やだなぁ、アルバナルドさん。どういうつもりも何も、あなた達はまんまと騙されたんですよ」

 先ほどと何一つ変わらないルイスの表情。けれど、その目は悪意に満ちていた。ユファは数珠を翳すが、やはり魔法は発動しない。

「残念ですよね。あ、ちなみにネタ晴らししますとね、忘却魔法は食事中に、無効化は食事に魔力を抑える薬を混ぜたんですよ。見事に引っ掛かってくれて嬉しいです」

 絶体絶命のピンチというのはこういう事を言うのだろうか。魔力が抑えられてしまっては、ウエーバーやラミーナといえど無力に近い。

「それと、そこの剣士さんとそっちの男性には、筋弛緩剤(きんしかんざい)のようなものを入れました。あ、でも時間が経てば大丈夫です、死にはしませんから」

「あ、そうなのか? なんか、身体が上手く動かねぇとは想ったけどよ」

 バイソンの方はまだ何とか大丈夫なようだが、クラウドは呼吸が乱れて苦しそうだ。

「……あんた、何者だ」

 ユファが鋭く睨みつけると、ルイスは困ったようにへにゃりと笑う。その笑顔の人の良さに、次に吐き出された言葉は嘘だと本当に想いたくなった。

「ここらで盗賊を生業にしているものです。いやぁ、まさかあんなにあなた達が強いなんて想わなかった。すみませんね、手荒な真似をして」

 こんなに優しい顔をして、慌ててこけてしまうような人物が、盗賊。しかも口ぶりからすると、先ほどの者たちと繋がっているようだ。

「私たちをどうするつもり!?」

 思わず叫んでいたシエラに、ルイスは表情を崩すことなく一言。

「小国に高値で売り飛ばします」

 そう言った。

 全身の血が一気に引いていくのが分かった。得体の知れない恐怖がじわじわと湧いてくる。

「あなた達若いですし、それに何より強い。いやぁ、いい労働力になるでしょうねぇ。いい商売になりそうですよ」

「じゃぁ、この魔法陣は!?」

「あ、それは闇市場に飛ぶための魔法陣ですよ。残念ですよねぇ、フランズに着く前にこんな事になって」

 シエラは下唇を噛む。こんな障害はあんまりだ。ここでもし闇市場に飛ばされて人身売買などされたら、それこそ全てが終わってしまう。

 それに自分の知らない闇市場という存在も恐怖心を煽るのに十分だった。

 魔法の使えないウエーバーたち、動けないクラウドとバイソン。勿論シエラも薬を飲んでしまっているわけだから、魔力が抑えられているだろう。

 ――ん? でも、待てよ……。

 ウエーバー達の魔力量がどれぐらいかは分からないが、シエラの場合、ちょっとやそっとの薬で抑えられるようなちゃちな魔力は持ち合わせていない。もし、ここで魔法が使えたならば。シエラに一陣の光が差す。

「ウエーバー、この魔法陣ってどうやれば破れる?」

「シエラ……?」

「私の魔力、どれぐらい使えそうか分からない?」

 小声でルイスの目を盗んで会話する。いや、恐らく気づいているのだろうが、あえてあの男は目を瞑っているのだ。何をしても無駄。そう、高を括っているのだ。

「……大分、ありますね。僕もラミーナさんも、ユファさんも殆ど残っていませんが」

 ウエーバーは足元の魔法陣を観察してから、再びシエラに顔をむける。

「もしかしたら、脱出できるかもしれません」

 ウエーバーの言葉に、シエラは力強く頷く。諦めたらそこで終わってしまう旅だ。こんな時こそ、せめて心だけでも強くありたい。それが、今自分にできる最大限のすべきことだった。けれど、ルイスはそんなシエラを見て笑い出した。

「何だか逃げるつもりらしいけど、無理ですよ。この魔法陣は術者よりも魔力が上回らないと変更できない。ま、君たちには目的地を上書きできるほどの魔力もないですけどね」

 上書き。その単語はまるで希望の光のようだった。シエラはじっと足元の魔法陣を見つめる。複雑に描かれた魔術式は全く理解できないが、魔力があれば目的地を上書き、つまり変更できるということらしい。もう、それに賭けるしかない。

「……ウエーバー、ラミーナ、ユファ、お願い」

「俺は蚊帳の外かよ」

 シエラの言葉に茶々を入れたバイソンだったが、今回は自分の出る幕ではないと察したのか苦笑いを浮かべている。ウエーバー達はシエラが何を言わんとしているのか思い当たると、互いに顔を見合わせて、そして深く頷きあった。

「確か、この手の魔法陣の上書き詠唱は……」

「高等魔術書第六章十二節目、クロノスの詠唱だ」

「それじゃぁ、やっちゃおうかしらね!」

 三人が構えるものの、ルイスは余裕の表情を崩さない。

 ――その鼻っ柱、へし折ってやるんだから!

 シエラは神経を研ぎ澄ませ、自分の魔力をイメージする。上手くいくかは分からない。しかし、やらなければならない。大きく息を吸い込むと、シエラは身体の底から爆発するように沸き起こる魔力をイメージしていく。

「シエラ、行きますよ」

「うん」

「無駄ですよ。その子が魔力強いのは分かってましたからね。薬も君たちの倍は入れました」

 シエラはルイスの言葉を全て聞き流す。心を乱されては駄目だ。元々集中力のないことは分かっている。だからこそ、この一度に賭けるしかない。ウエーバー達の息を吸う音だけが聞こえる。

「天空の古城、大地の祝杯、乙女の歌声、水面の煌き。我ここに願う……」

 シエラは詠唱に合わせて徐々に魔力を放出しはじめる。ウエーバー達も僅かに使える魔力を貸してくれている。

「時の流れと共に移ろう光よ、影よ、心よ。ここに在りし日の木漏れ日と眼差しよ、未来永劫の(つがい)よ、比翼連理の誓いよ、万象の姫よ、狂い無き瞳よ、散華する英雄と破綻の理において……示せ」

 シエラは魔力を強く強く爆発させる。その瞬間、魔法陣が一際光を放つ。

「クロノス・オーバー!」

 三人の声が天高く響く。シエラはそれに合わせて魔力を大爆発させた。青白い光の柱が何処までも高く伸びていく。それは段々と力を増していき、魔法陣全てをすっぽりと覆うだけでなく、ルイスの立っている少し離れた場所にまで広がっていく。

「凄い……。でも、こんな程度じゃ上書きできませんよ」

 しかしまだルイスの声には余裕がある。シエラは不敵に笑ってみせると、魔力を更に爆発させながらゆっくりとルイスの下へと歩いていく。

「……私さぁ、魔力って本当に邪魔だと想ってた。なんでこんな馬鹿みたいにあるんだろうって、いっつも想ってた」

 興味もないのか、表情が動かないままルイスはシエラの話しを聞いている。

「でも、今は違う。この馬鹿みたいな魔力に感謝してる」

 その瞬間、シエラの魔力は一層爆発した。

「……はは、バケモノみたいな魔力ですね」

 ルイスは冷たく口角を吊り上げると、その両の手を翳した。

「万事においても動かざること山の如し、弓を引くものには制裁と鉄拳を、我が願いに加護を……ボイド・クロノス」

 シエラの魔力と、ルイスの魔力がぶつかり合い、せめぎ合う。衝突面から凄まじい嵐の様な風が巻き起こり、木々がしなっている。

「……ちょっと、なによこの魔力量」

「シエラもですけど、あっちも尋常じゃないですね」

「……滅多にみれないな、こんな魔力だけの戦いなんて」

 三人は二人の異常な魔力にただ目を瞠るばかりだ。これは互いの魔力が僅かにでも勝れば決着が着く。しかし今のところは互角といっていい。

「この程度ですか? でも、これ以上なんて言われたら、流石に私も傷ついてしまいますけどね」

「うっさい! 薬盛っておいて言う台詞か!」

 ルイスは眉根を下げて苦笑いを零す。シエラは拳に力を込めて、魔力が沸き起こるイメージを強くする。

 ――もっと、もっと、もっと、もっともっともっと!!

 強く念じるとそれに応じてシエラの魔力が更に爆発する。それは激しい風を巻き起こし竜巻のような渦を作り出していた。

「っ!!」

「これで……!」

 シエラは渾身の力で魔力を放出した。それはルイスの魔力を全て押しのけると、魔法陣の中に消えていく。辺りを光が埋め尽くし、シエラ達は目を焼かれないように手で塞ぐ。光が収束するのに時間はさほどかからず、気づけばルイスが目の前で倒れていた。

「……はぁ、はぁ」

 シエラは膝から地面に崩れ落ちる。久しぶりに魔力を全開にしたせいか、身体に力が入らなくなっていた。

「シエラ、上書きは成功です!!」

「……うん」

 ウエーバーの嬉しそうな声が聞こえた。シエラは小さく頷く。勝った。しかし、シエラの心は高揚感など感じない。寧ろ虚しささえ覚える。

 魔法陣は淡い光を放っており、シエラの呼吸と共に明滅を繰り返している。

「……どうした?」

 心配そうに顔を覗きこんできたユファに、シエラはくしゃりと笑顔を見せる。

「なんていうか、ほら。私も魔力は割りとある方だから……。この人も、苦労したのかなって」

 シエラは横たわっているルイスへと視線を向ける。その穏やかな表情は魔力を使い切った疲労からなのか、それと別の何かなのか。

「……とにかく、警察隊だけでも呼ぼう」

 シエラは心の霞を振り払うように、気丈に振舞うことにした。ウエーバーとラミーナ、ユファは怪訝そうな顔をしたものの、すぐにいつもの表情へと戻る。ウエーバーはシエラの肩に手を当て、魔力を分けてもらいながら通信を開始した。

 この魔法陣はどうやら術者が指示をしない限り転送しない仕組みになっているらしく、シエラの魔力を使っても何ら問題なかった。暫くすると警察隊の人間が数人現れ、ルイスを連れてすぐに消えてしまった。シエラはぐちゃぐちゃになった頭をどうにか整理しようとするが、どうにも上手くいかない。宝玉と再びの共鳴を果たし、突然の危機から脱出し、ルイスと出会い、はめられ、そして。沢山の出来事があまりにも短時間に起きたせいなのか、シエラは胸につっかえて上手く咀嚼できずにいる。

「……シエラ」

 優しくウエーバーが手を握って、シエラの目を見つめてくる。

「とにかく、今はフランズへ行きましょう。それから……沢山考えませんか?」

「……うん」

 シエラは力なく頷くと、魔法陣に魔力を注ぐ。

「ウエーバー、どうすればいいの?」

「僕がフランズをイメージしますから、シエラはそのまま魔力を注いで下さい」

 そう言うとウエーバーはシエラの肩に手を当てる。言われた通りに魔力を注ぎ込むと、魔法陣が先ほどよりも強い光を帯びていく。そして視界が大きく暗転した。強い力に引っ張られているような感覚は三半規管を酔わせ、気づいたときにはどこかの街道にいた。

 ウエーバーは突然駆け出すと、数メートル先で立ちすくむ。

「……着きました」

 その言葉にシエラとラミーナ、ユファは顔を見合わせる。倒れこんでいるクラウドと、力の入らないバイソンに肩を貸しながらゆっくりとウエーバーの元まで歩いていく。

「……ここが、ディアナの首都フランズです」

 視線を下に向ければ、楽しげな人々の笑顔と、活気に満ちた市場がそこには広がっていた。街の中心街には大きく聳え立つ王城と、それを囲むように立派な建物が幾つも連なっている。フランズの入り口には巨大な門に衛兵が何人も見張りとして立っており、ここが本物の首都なのだと実感させた。

「ほんとに、着いたんだ」

 本来かかる日数を相当短縮できた事は嬉しいものの、上手く言葉に表せない。シエラは自分の頬をつねってから、何度も瞬きをしてみたが、やはり目の前の景色は変わらない。

「とにかく、行きましょう」

 ウエーバーに先導されながらシエラ達は、ゆっくりとディアナの首都フランズに向かって歩き出した。嬉しそうなイヴの鳴き声を、どこか遠くに聞きながら。



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