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リディア―世界の中で―  作者: 知佳
第五章:警
41/159

****


 シエラは上手く動かない思考のまま、ただ目の前に広がる寂れた天井を見つめていた。もうその状態で何時間経っただろうか。どうしても何かをする気になれず、こうして固まったままでいる。外はすっかり闇に沈み、鳥たちも寝静まっている時刻だ。あばら家の中も、微かに寝息が聞こえるだけで後は無音に包まれている。

 ――なんか、変な感じだな。

 そっと胸に手を当てれば、いつも通りに動いている自分の心臓がある。けれどその奥に、優しく温かなもう一つの鼓動を感じるのだ。以前ははっきりとそれを感じる事は出来なかった。ただ漠然と、意識せずに稀に感じるだけだったが、今はもう当たり前のように伝わってくる。緩やかに視線を天井から横に向ければ、穏やかな表情で眠っているクラウド達がおり、シエラは安堵感に包まれた。本当に、いきなり死ぬなどと言われたときは焦った。現状を飲み込めないままに、ただその言葉の恐ろしさだけがシエラを突き動かした。

 ――でも、私のせいで死なせたくない。

 例えそれが意図せず、殆ど事故のようなものであったとしても、失いたくは無いのだ。シエラはゆっくりと息を吐き出し、夜風に当たろうと身を起こした。

「……なんだ、起きてたのか」

「え? あ、バイソン」

 慌てて後ろを振り返ると、苦笑いを浮かべたバイソンが乱暴な手つきで頭を掻いていた。どうやら彼も先ほど目を覚ましたらしく、少しだけ気だるげだ。

「どっか行くのか?」

「風に当たろうと思って」

 別段隠す必要も無いので素直にそう告げると、バイソンは大きく伸びをしてから立ち上がった。そしてシエラの手を掴むと、優しく立ち上がらせてくれる。

「俺も付き合うぜ」

 言動と行動の順番が逆な気もしたが、バイソンがいればもしもの事が起きても大丈夫だろう。シエラはこくりと頷いて、あばら家から一歩外に出た。

「んん~、気持ち良い!」

 眠っていたからか身体が重たく感じ、身体の節々も何だかいつもより固く感じる。シエラは大きく伸びをすると、空を仰ぎ見た。

「……星が凄い。綺麗だね」

「そうだな。ここら辺は空気も澄んでるみてぇだし」

 さらさらとバイソンの赤髪が夜風に攫われ、満天の星空に照らし出される。それを見たシエラは思わずその美しさに魅入ってしまった。

「……バイソンの赤い髪って、綺麗だよね」

 シエラは無意識の内に本音を漏らしていた。バイソンははにかむと、大きな兄の手でシエラの頭を優しく撫でる。その手の優しさは本当に心地よいもので、本人には言っていないがシエラは非常に気に入っている。

「そういえば、最初にあったとき茶髪がどうとか言ってたよね」

 ライラの街で出会ったとき、バイソンはシエラの茶髪を見てロベルティーナ出身かと訊ねてきた。

 ロディーラでは茶髪は別段特別なものではない。それはバイソンの赤毛も、クラウドの深緑も、ウエーバーの橙色も、ラミーナの薄桃色も、ユファの金髪も例外ではない。するとバイソンは少し困ったように首を捻ってから、何か結論を出したようにシエラに視線を戻した。

「俺の母親がさ、シエラみてぇな茶髪なんだよ。んで、ロベルティーナ出身でな。……なんつーか、思い出したんだよな」

「……バイソンってマザコンだったんだ!」

「違う違う違う!! 俺はそんなんじゃねぇよ!」

 シエラが上げた驚きの声に、バイソンの悲鳴に近い否定の言葉が飛んでくる。その筋肉質な腕は左右に大きく振られ、その仕草が本当に子供のようでシエラは思わず笑みを零した。

「でも、バイソンって家族思いだよね」

「そうかぁ……?」

「うん。きっといいお兄さんだったんだなって思う」

 シエラがそう言うと、バイソンはどこか哀しそうに顔を歪めた。まるで今にも泣き出しそうな、消えてしまいそうな、そんな儚い哀しみだった。

「そう言ってくれんの、嬉しいんだけどよ……」

 バイソンは前へと歩き出すと、空を見上げたままぽつりぽつりと言葉を続けていく。

「嬉しい、けど……。なんつーか、複雑だな」

 大きくて頼りがいのあるバイソンの背中が、今は本当に小さく見える。シエラはその場に足が縫い付けられたように動けなくなり、上手く言葉を出すことが出来なかった。

「……前に、ユクマニロは一夫多妻制って言っただろ。だからさ、兄弟と半分しか血が繋がってねぇ事なんてザルにあるんだよ」

 唐突に語りだしたバイソンは、まだ空を仰いでいる。シエラは夜風に靡く彼の髪を見つめながら耳を傾けた。

「でも、俺の親父はさ、嫁さんは一人って決めてたらしいんだ。一夫多妻制の国なのに、おかしいよな」

 そうだろうか。シエラにはまだよく分からないけれど、誰か一人を一途に思えるのは凄い事だと思う。だからそれはおかしい事ではない。そう言いたいのに、自嘲気味に話しているバイソンの姿を見てしまうと、どうしてもその一言が言えない。

「……んで、俺は最初の妻の一人息子」

「え……っ?」

「俺のお袋、俺が四つの時に死んじまってんだ」

 ははっと乾いた笑いを漏らしたバイソンに、シエラは思わず拳を握り締めていた。

 怒りとも違う、やるせなさに近い感情が込み上げた。なんでそんなに辛い事をさらっと言えるのだろうか。そしてなんでこんな話をさせてしまっているのだろうか。しかしバイソンは相変わらずの自嘲気味さで話しを続けていく。

「……最初はすっげぇ訳分かんなくてさ。周りが周りとはいえ再婚した親父にも腹立ったし、自分だけ血が半分しか繋がってねぇって事も、なんでかな。無性に……悲しかったんだよ」

 気づけばシエラは走り出していた。そしてバイソンの大きな背中に、思い切り頭突きをぶちかましていた。

「うわっ!!」

 突然の事にバイソンは前に倒れこみ、目を見開いてシエラを振り返る。そして更にぎょっとした。シエラが涙を堪えてバイソンの事を睨んでいるのだ。

「なんでそんな事、あっさり打ち明けてんの!! しかもなんでそんな自分を責めてるみたいな口調で!!」

「ちょ、おいシエラ!」

「血が半分しか繋がってなくたって、バイソンはバイソンでしょ!? ……あぁ、もう。何言ってんの」

 最後の呟きはまるで自分に言っているようだった。なんでこんなに感情的になっているんだろう。そう、言外に伝わってくる。するとバイソンは声を上げて笑い始めた。

「はははははは!!」

「ちょ、なんで笑うの!?」

「だってシエラ面白れぇんだもん」

「何処がッ!」

 シエラは顔を赤くしながら更にバイソンに噛み付く。バイソンは薄っすらと浮かんだ涙を拭いながら、いつも通りの優しく豪快な笑顔を見せる。

「……だから、さ。シエラがそう言ってくれて嬉しいんだよ」

「はぁ?」

 今度はシエラが訳が分からないという表情になった。けれどそれはすぐに穏やかなものへと変わっていく。バイソンの隣に座り込むと、大きく空を仰ぎ見た。

「でも、なんか話してくれて良かった。ありがと」

「別に礼言われる事じゃねぇよ。……ほんと、弟たちは可愛いんだけどな、なーんか俺ん中で壁があるんだよ」

 それは血の繋がりであり年齢的な問題であり、どれもシエラには分からない問題ばかりだ。しかし、少しでもそれを知れた事が嬉しい。

「……でも、バイソンは良いお兄さんなんだよ」

「おう、ありがとよ」

 バイソンは、にかっと爽やかに笑った。決して辛くないはずはない。家族を失うという事は想像しきれる痛みではなく、それを経験していないシエラでは理解の範疇を超える。それでもこうして話してくれた事は、仲間として少しでも力になれていると、無力さを痛感しているシエラにとっては実感できる唯一の機会だ。だから本当に嬉しいのだ。以前は仲間なんて言葉は照れ臭くて使えなかったけれど、今は違う。

「……星が、流れたな」

 遠くで瞬く光の軌跡を見つめながら、シエラとバイソンは緩やかに流れる風に吹かれていた。


 翌日、シエラは無事に目を覚ましたクラウド達と旅を再開した。あばら家を貸してくれた男性が、道中食べるようにと軽食まで渡してくれたお陰で、シエラ達は問題なく歩みを進めている。ラミーナがクラウドに事情を説明したが、本人は殆ど倒れたときの事を覚えておらず会話が上手く噛み合わなかったが、それでも何とか事情を飲み込んでくれたようだ。

「……しかし、すまない。迷惑をかけたな」

「元はといえば、そのアールフィルトって刺客の子のせいなんでしょ。謝る必要なんてないわ」

 シエラは後ろの二人の会話に身を縮こまらせた。しかしクラウドはラミーナの言葉に頭を振る。

「あの時、俺がもっと早く動けていればこんな事にもならなかったんだ」

「……クラウドさん。今そんな事言っても仕方ありませんよ。それにそれなら僕にも責任があります」

 クラウドは何かと自分を責める。責任感の強い彼らしいといえばらしいのだが、やはり自分の不甲斐なさが問題なのだ。シエラは言い争いを始めた二人の間に割って入る。

「ストップ! 二人のせいでもない。責任云々って言ってたら日が暮れるよ!? クラウドも皆も私のせいでごめんね。……はい、当事者の私が言ってるんだからこれで終わり!」

 シエラは矢継ぎ早にそう言うと、踵を返して前を歩き始める。あまりの事にクラウドもウエーバーも呆気に取られている。互いに顔を見合わせ、それからシエラの背中に視線を送った。

「一本取られたな! ほら、終わりだ終わり」

 バイソンの笑い声に包まれ、クラウドとウエーバーは不服そうな顔で口を閉じた。シエラの隣にきたラミーナとユファも笑っている。そしてラミーナはシエラの頭をわしゃわしゃと撫で回した。

「ラミーナ!?」

「あんたも言うようになったのねー。感心しちゃったわ」

「……あれでは、もうあの二人も何も言えないだろうしな。良かったぞ」

「ユ、ユファまで……」

 姉貴分二人に褒められ、シエラは少しむず痒い気分になる。嬉しいのだが、何と言うか複雑な気持ちだ。シエラが唇を尖らせていると、前方から地鳴りのような音が聞こえてきた。一体何だ、と目を凝らしてみると、何と馬の大群がこちらに物凄い速さで向かってきている。

「……なんで馬?」

「そんな呑気に言ってる場合じゃないでしょ! 端に寄りなさい!」

 ラミーナに引っ張られるようにシエラは街道の端に寄る。栗毛の馬たちがドドドド、という音を響かせて駆けて来る。手綱はついているが騎手がいない。

「ひーふーみー……。あ、すげぇぞ二十体いるぜ!」

「……バイソンさん、はしゃぐポイントがずれてます」

 そう言いつつウエーバーは後方から聞こえてくる人の叫び声を聞き逃さなかった。

 クラウドが僅かに早く反応し、馬が走り去った前方に向かって駆けて行く。ウエーバーも走り出し、シエラ達にも人の叫び声が聞こえてきた。

「何があったんですか!?」

 すぐ近くの木に座り込んで泣いていたのは、服が土塗れになってしまった男性だった。年の頃は二十代そこそこ。バイソンと同じぐらいに見える。ウエーバーの質問に答えようとしているが、嗚咽交じりで何を言っているのか殆ど分からない。目も鼻も口も溢れてきた液体でぐちゃぐちゃだ。

「と、とりあえず落ち着いたらどうだ……?」

 ユファがハンカチを差し出すと、男性はそれをありがたそうに受け取り、そして鼻をかんだ。

 ――あー、やっちゃいましたかー。

 流石にハンカチで鼻をかむのだけは遠慮して欲しかった。しかしハンカチを貸したユファ本人は嫌な顔を見せるどころか一切表情を変えていない。シエラは思わず感心してしまった。

「あ、ありがとうございますぅ……」

 男性はハンカチで顔を綺麗にすると、へにゃり、と微笑んだ。なんというか、バイソンとは違った意味で子供のような青年である。

「それで、あんたはどうしたんだ?」

 クラウドがもう一度男性に尋ねると、彼は思い出したように酷く慌て出した。

「あ、あの! さっき馬が通りましたよね! 実は私運び屋をやっておりまして。あの馬をフランズまで届けなければいけないんですが……」

「偶然ですね。僕たちもフランズへ向かっていたんですよ」

「あ、本当ですか。あそこはいいとこですよねー。食事も美味しいですし何より美人が多い!」

「……えーっと、馬は?」

 脱線した話をシエラが元に戻すと、男性は頭を抱えて立ち上がった。そして「追いかけないと!」と走り出そうとし、盛大に地面に顔面から突っ込んだ。

「あー、ドジキャラかぁ。なるほど」

「新しいわね」

「賑やかな奴だなぁ」

「感心してないで助けましょうよ!」

 ウエーバーはこけた男性に手を貸しながら、シエラとラミーナとバイソンに鋭くツッコむ。

「仕方ねぇ、追うか……」

 クラウドが今来た道を走り始めると、それに続いてユファも走り出す。ラミーナはラミーナで大きく地を蹴ると浮遊してクラウド達を追いかけた。

「え、ずるくない?」

「俺たちも走るか」

 シエラは溜め息を、バイソンは笑顔を零してから大きく地面を蹴った。呆気に取られている男性に、ウエーバーはにっこりと微笑む。

「大丈夫ですよ。心配しないで下さい。きっと、力になれますから」

「は、はぁ……」

「それじゃ、僕たちも行きますか」

 ウエーバーは男性の手を掴むと、そのまま物凄い速さで空中を飛行し出す。

「えぇ、ちょ、うわぁぁぁああぁぁ!!」

「……大丈夫かなぁ」

 シエラは悲鳴を上げている男性を見上げながら、眉を顰めた。巻き込まれるのはいつもだが、何だか今回もややこしくなりそうな予感がする。

「ま、いいんじゃねぇーの?」

「えー。……ていうかバイソン、私に合わせなくてもいいよ。先行ったら?」

「いや、何かクラウドとユファの奴が燃えてるみたいだしなぁ。別に急ぐ必要もねぇだろ」

 そうだろうか。先ほどのスピードのまま馬が走り続けていたら、到底追いつけるとは思えない。流石にクラウドが速いとは言っても、それは人間での話だ。

「あ、でもクラウドがもし馬に勝てたら土下座してもいいよ。まぁ無理だろうけど」

 鼻で笑ったシエラの隣で、バイソンが「そりゃ楽しみだな」と含み笑いを漏らした。シエラは流石にありえないだろう、と視線を前方に戻す。

 ――だって二人ともまだ……。あれ? ユファしかいない……?

 シエラは全身の血がさぁっと引いていくのを感じた。まさかまさかまさか。すると前方から凄まじい轟音と雄叫び、(いなな)きが聞こえた。

「な、なにやってんの……?」

 嘶きはまだ分かる。相手は馬なのだから。しかしその前の轟音と雄叫びはおかしい。隣にいるバイソンもその異常さに目を細めている。

「俺ちょっと先行くぜ……!」

 バイソンは強く地面を蹴り上げると、マフィオで見せた地面を滑るような走りを見せた。よくよく目を凝らしてみれば、足に魔力が集中しているのが分かる。恐らく魔法を使っているのだ。

「あー、結局魔法っすか」

 いいなぁ。と少しばかり羨望の眼差しで彼を見る。しかし今は足を動かさない事には始まらない。シエラはとりあえずはユファに追いつこうと、少しペースを上げた。バイソンは既にユファさえも追い越して、姿が見えないほどに前を行ってしまっている。ふと上を見上げれば、ラミーナとウエーバーの姿もなくなっていた。どうやら二人も先に行ってしまったらしい。

 そんな事を考えていると、再び前方から轟音と、今度は炸裂音が聞こえた。

「戦ってる……の?」

 ――え、馬と戦ってるの!? なにそれ!! バカなの? クラウドってそんなバカだったの……!? 

 シエラが内心で激しく葛藤していると、道は大坂に差し掛かった。元々先ほどまで歩いていた道だが、ここはやたら坂が多く上るのが大変だったのだ。それを何とか気合でクリアしただけに、こんなあっさり下るのはシエラとしては迷いどころである。がしかし、視線をより先に向ければそこにはクラウド、そしてバイソンの姿が確認できた。

「え……」

 シエラは驚きに目を瞠り、すぐさま坂を駆け下る。

 ――……賊?

 全員バラバラの格好で武装した男たちがクラウド達と戦っていたのだ。しかも相当な人数で、そのうちの何人かは馬の手綱を無理矢理引っ張っていた。シエラは思い切り地面を蹴る。シエラはそれほど身体能力的には悪い方ではない。寧ろ普通学校の実技体育は得意だった。

 ――でも、行ってどうする……?

 ふと、脳裏にそんな考えが過ぎる。何せ相手は得体の知れない男たちであり、しかもクラウド達と戦っている。さっきみた限りで向こうはざっと二十数人、といったところだ。戦えない自分が行ったところで、果たして力になるのだろうか。

 ――……力になんてなれるわけない。でも、行かないとはじまらない!!

 シエラは更に強く地面を蹴りつけた。

「ちょっと、何よこいつら!」

 近づいていくと、ラミーナの声が聞こえた。戦いながら何かを叫んでいる。

「……ああああ馬がぁ!」

 男性は木陰に隠れて怯えている。視線の先には馬たちがおり、今にも連れて行かれてそうだ。ただ、やはり頭数が多いからか、男たちもたじたじである。

「シエラ……ッ!」

 シエラが来た事に気づいたウエーバーが声を上げる。普段の彼らならこの程度の相手一蹴しているはずだが、何故か戦況はこちらが不利だ。ウエーバーは相手の振り下ろした剣を避けると、腕を大きく薙ぐ。その手の近くには火の玉が三つほど発生しており、それを男に向かって炸裂させる。しかし、ウエーバーの攻撃は相手には当たらなかった。それどころか動きにキレがない。

 ――もしかして、宝玉のせい……?

 見ればクラウドもバイソンも、ラミーナもユファも動きが鈍い。本人たちもそれに気づいているのか、悔しそうな表情だ。

「あ、危ない……!」

 運び屋の男性の声に、シエラは我に返る。斧を振り翳した男がシエラに迫っていた。

 ――ヤバイ……ッ!

 咄嗟に身体を捻り何とかかわすが、既に次の一撃が迫っていた。今度こそ。そう思ったが、聞きなれた鳴き声と共に斧の男が地面に倒れこんだ。

「きゅーん!」

「イヴ!?」

 どうやらイヴが男に突進してくれたらしく、シエラはほっと息を吐く。しかし安心してはいられない。クラウド達が手こずっているなら、自分が馬を取り返さないといけない。シエラは何とか男たちを掻い潜り、馬のところまで一気に駆け抜けた。

「……あうっ!!」

 しかし何処からか飛んで来た矢が足に掠り、思い切り前に倒れてしまう。

「ったぁ……」

 矢は足に掠めたものの、ブーツのお陰か皮膚を切る事はなかったらしい。土まみれになった事を内心で舌打ちしつつ、ゆっくりと面を上げる。いかつい男たちがシエラの事をじっと見ていた。まずい。そう思った時には剣が振り下ろされていた。

 今度こそ死ぬ。直感が警鐘を打ち鳴らした時、脳裏にあの懐かしく思う宝玉の声が響いた。

「……何を、望む?」

 ――戦う力を……ッ!

 咄嗟にシエラは答えていた。すると、身の内から光が沸き起こり辺り一帯を覆いつくした。優しい声と共に、シエラは右腕を男たちに向ける。

「詠唱を」

 不思議と、違和感や恐怖はなく。

「……翳した刃よ、熱くたぎれ――フレイム・ランス」

 シエラの口からは流れるように詠唱が紡ぎ出され、そして巨大な炎の槍が出現した。

「お、おいなんだよこれ……!?」

 光で目が眩んでいた男たちだったが、シエラの出現させた巨大な槍に、大きく目を見開いている。

「ちょ、ちょ、待ってくれぇええ!!」

「なんじゃありゃぁぁあ――――!!!!」

 男たちの悲鳴は大きくなっていき、炎の槍はその場を全て燃やし尽くしていった。しかしそれはすぐに何処からともなく放たれた水の大奔流により消火される。

「……って、え?」

 シエラは我に返り、自分の置かれている状況に唖然とする。今まで低級魔法をことごとく失敗させてきた自分が、ついに、ついに魔法を成功させたのだ。

「やった!!」

「やったじゃねぇ!!」

「たぁぁ……ッ!?」

 しかし喜びは直ぐにクラウドとラミーナの鉄拳により打ち砕かれた。シエラは涙目で二人の事を仰ぎ見る。

「何よさっきのフレイムランスは! あたしとウエーバーが水で消さなかったらどうなってたと思ってるの!?」

「大体馬まで一緒に丸焼きにするつもりだったのか!?」

 二人に物凄い剣幕で怒鳴られ、シエラはしょんぼりと肩を落とす。

 ――やっと成功させたのに……。

 褒めて欲しかったわけではないが、こうも激しく怒鳴られると何だか哀しい。今までが今までなだけに喜びも大きかった。シエラが反論しないでいると、ぽんと頭に優しい温もりを感じる。

「驚いたぜ……。でも、かっこよかったぜ、シエラ!」

「バイソン……」

 褒められた。シエラが感動していると、ラミーナが隣で深い深い溜め息を吐いた。

「……ま、今回は見逃してあげるわ。馬も何とか無事だし」

 馬の方に視線を向けると、何と全頭に魔法陣が張られており、それでシエラの魔法を防いでくれたらしい。ウエーバーの方に視線を向けると、酷く安堵した表情で胸を撫で下ろしていた。

「ったく、ウエーバーにお礼言っときなさいよ」

「はーい」

 シエラは大人しく返事をすると、とことことウエーバーの元へと駆け寄る。既に男たちは全員捕縛されており、しかも先ほどのシエラの魔法で意識を失っていた。

「ウエーバー! ありがとう」

「いえ、いいんです。……それより、本当に驚きましたよ」

 ウエーバーは微笑みをシエラに見せたが、酷く疲れきった顔をしており心なしか顔色も悪い。

「ウエーバー……?」

 シエラが顔を覗きこむと、「きゅぅぅうう、くるるる~……」となんとも間の抜けた音が響く。ウエーバーは途端に顔を真っ赤にして、今にも泣き出しそうだ。

「そういえば、貰ったっつっても、まともに飯食ってなかったからな」

 そう言うバイソンもお腹から盛大な音を響かせている。次いでシエラのお腹も鳴り始め、どっと辺りに笑い声が木霊す。

「お腹空いたね!」

 走った上に慣れない魔法を使ったからか、シエラも全身疲れ切っている。へたりと地面に座り込むと、先ほどまで怯えて隠れていた男性が出てきた。

「本当にありがとうございます!! あの、良ければ何かお食事を作りましょうか?」

 男性はそう言ってにっこりと微笑む。シエラ達は顔を見合わせると、深々と男性に頭を下げた。男性は馬たちに近づくと、その内の三頭がやたら大きな荷物を背負っており、その荷物から食料や鍋やらを取り出していく。

「あら、その馬って宅配物じゃないの?」

 ラミーナが男性にそう尋ねると、彼は困ったように笑った。

「運ぶのは全部じゃなくて、このうちの十五頭なんです。他の五頭は私のなんです」

 流石に全部を一人で相手にするのは難しいだろう。しかし自分の馬を五頭というのも、それはそれで大変そうだ。

 男性はテキパキと準備を進めていく。手伝おうかと言ったところ丁重に断られてしまったので、シエラ達は大人しく寛いでいる。

 ふとシエラは気絶している男たちに視線を向けた。あまりにも咄嗟の事だったので最初は疑問にも想わなかったが、こうしてみるとおかしいところが幾つもある。シエラはゆっくりと、慎重に男たちに近づいた。 

「……ねぇ、こんな昼間っから盗賊とかって出るもん?」

 そもそも未だに盗賊なんて人たちがいるとは想ってもみなかったシエラは、まじまじと男たちを見つめていた。

「えーっと、一応報告は入ってますね。ただ、夜に小さな農村を襲ったりといった被害が多いです。……うーん、手頃な馬に目が引かれた、とか?」

 答えたウエーバーも自分で言いつつ首を傾げている。そもそも国家構成員といっても部署が違えば分からないことも幾らだってあるだろう。シエラはウエーバーと首を傾げながら、男性の料理の物音を聞いている。いつの間にかクラウドもシエラとウエーバーの元へ来ており、何やら難しそうな顔をしていた。

「ただいまぁクラウドの眉間に皺が寄っております」

「うるさい黙れ」

 シエラが茶化すと、クラウドは鬼の形相で睨みを利かす。しかしそれは何かクラウドが考え事をしているときの癖のようなものであるから、シエラは真剣な声音で彼に考えを尋ねた。すると、予想通り「俺もおかしいと思う。妙な胸騒ぎがするな」と懸念の言葉が返ってきた。

「大体、こいつらどっから湧いて出てきたんだ。俺たちと遭遇しても良かったはずだろ。……それに、もしこいつらが俺たちの後から来たなら、あの小さな民家はどうなった?」

「確かにそうですね。……ですが、仮にあの民家が襲われたとして、僕たちが気づけるでしょうか? 確認しに行きますか?」

 クラウドとウエーバーが話し合っていると、ユファが小さな声で「少し、いいか」とこちらに歩み寄ってくる。

「……どうしたんですか?」

「……これを」

 そう言ってユファが差し出してきたのは、刃にべっとりと液体がついた短刀だった。

「この男たちが使っていたものなんだが……」

「毒つきか」

「それだけじゃない。……見てみろ」

 ユファが短刀の柄を裏返し、ある物を見せた。それを見たシエラとクラウド、ウエーバーは息を呑んだ。

 そこには描かれた護身用の魔法陣がずたずたにされており、その上に血で別の魔法陣が上書きされていた。恐らく襲撃した農村の、そこの住民の誰かのものだろう。

「ひどいよ、これ……」

 シエラは口を覆う。

 ロディーラで護身用の魔法陣を送るということは、その者が無事である事を心の底から願うものだ。親愛なる人へと送ったであろうそれをズタズタにされ、しかも血で上書きされているのは死者へ手向ける為の魔法陣。

「……人として、どうかと思います」

 この魔法陣は親が子に向けて、恋人が愛する人に向けて、無事であって欲しいという想いを込めている。それをこうも無残にするというのは、シエラにしてみれば本当に信じられない事だった。

「こいつらがどれほどの事をしてきたか、詳しく調べるべきだと想うが」

 ユファの提案に、ウエーバーは深く頷く。そして鞄から一冊の本を取り出すと、ぱらぱらとページを捲り出す。

「おい、まさかそれ……」

「はい。彼らを獄司の元へ送ります」

「……ごく、し? なにそれ」

 シエラが怖い顔をしているウエーバーとクラウドの言葉に首を傾げると、ユファが耳打ちして教えてくれた。

「獄司とは、牢獄の役人の事だ。あまりにも悪質な場合にのみ、裁判にかける前にそこに送られるんだ」

 確かにそれに値するぐらい、この男たちがした事は酷いのかも知れない。まだ確証はできないが、あの短刀がもし本当に襲撃された人のものであった場合、恐らく相当罪は重くなる。ウエーバーは結構なページ数を捲ると、物凄い長い詠唱が書かれたところで捲る手を止めた。そして息を吸い込んで詠唱しようとしたところで、その口をいきなり塞がれてしまった。

「ラミーナ!?」

 シエラはその手を追いかけ主の顔を見て声を上げた。そういえば珍しくこの手の会話に混じってこなかったな、と思ってはいた。しかし、こういう形になるとは予想外である。

「ちょっと、あんた何するつもり?」

「送還するつもりですが」

「送還つもりって、あんた何言ってんの!? 正気? 国際法で犯罪者はまず警察隊及び検察隊に連れて行くって決まってるでしょ!?」

「そんな猶予必要ありません! 大体、ここはガイバーではなくディアナです! 法を犯したものには鉄槌を。それがこの国の重要憲法なんですよ!」

「例えそうだとしてもあんたの行動は国際法に反してるのよ! 七大国で起きた犯罪及び事件は早急に警察隊に通報する! それがルールよ!」

 ウエーバーとラミーナが激しい言い争いを始めてしまった。普段大人しく物腰の柔らかいウエーバーだが、こういう時は相当な頑固になる。シエラ達は迂闊に口が挟めず、ユファも困ったように眉を顰めている。

「おいおい、なに元気に喧嘩なんかしてんだよ」

 そこにバイソンが疲れた足取りでやってきた。空腹だからだろう。しかし二人の喧嘩が尋常ではない事にはすぐに気づいたようで、真剣な眼差しになる。

「この盗賊をどうするか、で揉めてんだ」

 クラウドが手短に説明すると、バイソンは軽く溜め息を吐いて二人を引き離した。流石兄貴分。と思わずシエラは感心してしまう。

「んな事飯食ってから決めりゃーいいだろ」

「ごめんバイソン。私の感心した分時間返して」

「……え、は?」

 シエラは重たく溜め息を吐く。ウエーバーとラミーナの間には物凄く気不味い空気が出来上がってしまっている。その時丁度「準備できましたよー」と男性の呑気な声が聞こえた。シエラ達は仕方なくといった感じに男性の元へと向かい、温かいスープとパンをご馳走になることにした。

「……いただきます」

「あれあれ? 何だか皆さんテンション低くないですか? あ、毒とか入ってませんから安心して下さいよ!! あははははは!」

 男性のあっけらかんとした笑い声が街道の隅で響く。しかしそのせいで逆に空気が重苦しいものとなり、会話が全く生まれなくなってしまった。

 ――いやぁ、このタイミングで毒とか言われちゃうとなぁ……。

 シエラはスープを凝視してから、一気に掻き込んで胃袋に突っ込んでしまうか悩んだ。しかし折角のまともな食事。味わって食べても罰は当たらない筈だ。

 周りの様子を窺うと、バイソンはいつも通りに食べているし、ユファは表情を崩すこともなく平坦な食事をしている。

 シエラもそれに倣って、口を開かずに、できるだけ静かに食事を進める。が、しかし。

「皆さんどうしたんですかー!? 元気ありませんね! あ、もしかして私の料理がお口に合わなかったとか!? それだったら本当にすいません!」

 男性は相変わらず、言っている事こそまともというか一見して普通に聞こえるものの、シエラからすればテンションがうざかった。バイソンですら無反応で、これはある意味で重大事件だ。

「……すまないが、皆疲れている。あんたの料理は美味しいし、食事を用意してくれた事にも感謝している」

 ユファが淡々とそれだけ言うと、男性は複雑な表情で肩を落とした。しかし、すぐにばっと顔を上げるとユファに身を乗り出す。

「ありがとうございます! えーっと……」

「アルバナルドだ」

「それ、ファミリーネームですよね。ファーストを教えていただけると嬉しいなぁ」

 ――うっわ、なんか急に馴れ馴れしいな。

 シエラはユファに迫っている男性を一瞥した。しかしそれに男性は気づかない。ユファは鋭い視線を向けると、少しだけ笑みを浮かべた。

「すまないが、あまり馴れ合いは好まないんだ」

 ――いやぁ、その返しもどうかと思うよ? 大丈夫かなぁ。

 シエラがはらはらしながら男性の反応を窺っていると、男性は落ち込んだ様子もなく、寧ろ感動しているようで顔を綻ばせながら震えている。

「か、かっこいいです! お、男の私でも言えない台詞を……!! あぁ、じゃあ私の事は遠慮なくルイスって呼んで下さいね!」

「え、それどんなポジティブッ?」

 シエラは思わず男性の言葉に突っ込んでしまった。言った直後すぐに口を噤んだものの、やはり駄目だったらしい。男性は意気揚々とシエラにも身を乗り出す。

「あ、やっと喋ってくれましたねー! いやぁ、皆さんだんまりだから私ちょっとつまらなくて! あー良かった!」

 そう言って嬉しそうにはにかむ姿は純粋そのもので、シエラは少し申し訳なくなる。そしてシエラはそんな自分に驚いた。魔法学校にいた頃の自分に、そんな事を思う余裕と優しさがあっただろうか。それを思うと、この旅は過酷なものではなるが、自分にとって随分と心安らぐものとなっているらしい。

 ――でも、人ってこんな変われるのかな。

 自分の性格を自己分析などしたこともないし、これからするつもりもないが、ただこれだけは言える。

 ――いや、たかがちょっと旅をしたぐらいで変われるわけないし。

 シエラが深い思考の中に沈み込もうとしていると、男性がひょっこりとシエラの顔を覗きこんできた。

「うわぁ!!」

 驚きで思わずスープを零してしまいそうになったが、何とか手を滑らせずに済む。思わずシエラは男性を睨んでしまった。

「あ、すみません。あんまりにも辛気臭い顔をしてましたから……」

 辛気臭い顔。そう言われてシエラは自分の頬に触れてみた。確かに少し表情筋が強張っているような気もするが、触っているうちに元々自分の顔はこんなものだった気もしてくる。 

「女性は笑顔が一番ですよー」

 男性はにこにこして「ね?」とシエラに同意を求めてきた。しかしシエラは乾いた笑いを数秒だけ浮かべると、すぐに気を取り直して思考を巡らせ始める。毎回毎回なにかとトラブルに巻き込まれる旅だが、何だか今回も嫌な予感がするのだ。案外シエラの直感というものはあたる事が多く、それは幼い頃からそうだった。だからシエラとしては、その諸悪の根源を、もっと大きな事件が起こる前に突き止めて起きたい。しかし男性はそんな事お構いなしにシエラに何かと話しかけてくる。先ほどユファが言った言葉はどうやら男性には届いていないらしい。

「……あの、あなた名前なんて言いましたっけ?」

「ルイスですー。遠慮なくルイスって……」

「ここからフランズまでってどれぐらいかかりますか?」

「え、あ、あぁ。……えーっと、大体ここからだと早くても五日ってとこだと想います。でも馬なら頑張れば三日で着きますよ。あ、だからと言ってあの馬はお貸しできませんけどね! あははは」

 一つ聞いただけなのに返事が長い。しかしとりあえずシエラは思考を巡らせる。ここから五日の間にまた何か起こるとすれば、もしかしたら刺客が絡んでくるかもしれない。

 ――アン=ローゼン、か。

 どうしてか彼女の存在は、シエラの思考の端に常に存在している。謎に包まれたその正体は考えても分かるものではなく、強力な敵という認識を強くする。

「あ、そういえば」

 ルイスの思い出したような口ぶりに視線が集まると、彼は照れたように頭を掻く。

「聞いた噂なんですけどね。この近くにフランズまで一気に飛べる魔法陣があるらしんですよ。まぁ、フランズだけじゃなくて、主要都市全部行けるとも言われてるんですけど」

「……それは、本当か?」

 ユファは思わず目を見開き、シエラと顔を見合わせた。そんな便利なものがあるのなら是非使いたい。しかし、ウエーバーが重たい口を開いた。

「そんな都合のいいものあるわけないですよ。大体、それ個人で勝手に作ったものなら厳罰ものですし」

 珍しく冷めたものの言い方をしたウエーバーは、それだけ言うとすぐに閉口し、また黙々と食事を始めた。

「けどよぉ、試してみる価値はあるんじゃねぇの?」

 バイソンが笑い飛ばすと、クラウドとウエーバーとラミーナの三人が同時に溜め息を吐く。しかしウエーバーとラミーナはそれに気づくとすぐさま互いの顔を逸らしてしまった。

 ――なんでこんなにギクシャクしてんの?

 いつもの二人ならばとっくに腹の虫が治まっているはず。今回は特例なのだろうか、とシエラは訝しげに思いつつルイスに詳細を尋ねた。

「私の仕事仲間も一回使った事あるらしんですよ。教えてもらった情報だと、この近くにある泉の(ほとり)に描かれているとか」

 泉。結構分かりやすい目印だな、とシエラは探す気満々である。

「なぁ、挑戦するだけでもありじゃねぇか?」

 バイソンはやる気のない三人にしつこく話しかけ、その内ラミーナはすぐに折れてくれた。しかしクラウドとウエーバーは暫くの間ずっと渋っていた。その間にシエラとユファは食事を終わらせ片づけを手伝い、出発する準備を整えておく。

「……仕方ないな」

「クラウドさん!?」

「……俺たちには時間がない」

「それはそうですけど……」

 結局クラウドが折れた事により、ウエーバーも本当に渋々と言った感じで折れてくれた。バイソンが説得にかかった時間は三十分。早いのか遅いのかよく分からないが、とにかくこれで前に進める。

「では、行きましょうか!」

 ルイスの誘われるようにシエラ達は街道から林の中へと入っていく。ちなみに全員両手で馬の手綱を握っている。なにやらクラウドが険しい表情でルイスの事をじっと観察していたが、シエラはあえて何も言わなかった。

「……泉っつってもなぁ。あんた、場所分かるのか?」

「確かもう少し先にあったと思うんですよねぇ」

 林の中をルイスは迷う事なく真っ直ぐ突っ切っていく。意外と木が間引かれて手入れされており、馬が二頭並んで歩いても問題ない。シエラは前を歩くユファがじっと馬の手綱を見つめている事に気づき、声をかけていた。

「どうしたの? ユファ」

「いや……。なんでもない」

 首だけをこちらに向かせてそう言ったユファは何だかぎこちなく、シエラは暫しその背中を見つめる。ユファは馬の毛並みを確かめるように、首から背中にかけてすーっと手を滑らせる。

「ユファ……?」

 何かが、おかしい。直感は警鐘を鳴らし続ける。けれどそれが何なのか、シエラは未だに掴めずにいる。

「あ、あれじゃないですかね!?」

 ルイスの声にシエラ達は顔を上げ、林の開けたところに光を浴びて煌いている水面を見つけた。シエラは胸騒ぎを感じながら、馬の手綱を放して魔法陣を探し始めた。


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