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リディア―世界の中で―  作者: 知佳
第五章:警
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****


「風雲急を告げるたぁ、よく言ったもんだな」

 ジルはソファに身を預けながら天井を仰ぎ見る。ここの所これと言って仕事も無く暇を持て余していた。適合者の剣士クラウドとは勝負できずじまいでいたし、何より頭であるアンが何も命令してこない。しかし、それは突然起こった。

「俺の知らないところで、随分と楽しそうな事してんじゃねーか」

「あら、それはとんだ皮肉ね。……セイスタン」

 目の前で優雅に紅茶を飲んでいるエリーザを睨みつけながら、ジルは喉の奥で笑う。

上層部(うえ)()り合うなら言ってくれ、って言ってんだよ」

 先日エリーザが王城で一悶着起こしたというのは、ジルの耳に報告されていた。それを聞いた瞬間、ジルの中には怒りや憎しみ、焦りといった感情よりも先に、羨ましい、参加したいといった感情が生まれていた。 しかしそれを分かっているのか、エリーザは軽く肩を竦めると諭すような視線をジルに向ける。

「そんな事すれば、ただでは済まないわよ。……それに、アン様の命に背くような事、私がさせると思って?」

「おいおい、先に背いたのはそっちだろ」

「上層部の人間は誰も殺してないわよ。殺したのは暗殺部隊だけ」

 エリーザがそう言うと、それでもジルは羨ましいというように唸り声を漏らした。

「寧ろそっちの方が楽しそうじゃねーか。んで、何番隊の奴だったんだ?」

「そんなの分かる筈ないじゃない。あなただって知っているでしょう。黒装束で顔は分からないって事」

 あぁそういえばそうだったな、とジルは自分の記憶を掘り起こしながら納得する。自分ならばその装束を剥ぎ取り確認して、更に痛めつけていただろう。何よりかつての同胞で部下である者がその中にいたと思うだけで、ジルの身体は歓喜に震える。

「……相変わらず、リーダーは歪んでんなぁ」

 その時、談話室にショコラとビルダが入ってきた。ショコラは眉間に皺を寄せジルの事を睨みつけている。どっかりとソファに腰掛けると、ショコラはテーブルに置いてあったマカロンに手を伸ばす。

「大体、そんな三下相手にする必要ねぇだろ」

「だって、刃向かって来たんだもの。仕方ないわ。それに相手も勝てるなんて思ってなかったでしょうねぇ」

 くすくすと笑いながらエリーザは紅茶を口に運ぶ。しかし、その目はどこか遠いところを見据えていた。

「……でも、何番隊にせよ部隊が動くなんて」

「あらぁ、そんなに予想外でもないんじゃない? 考えてもみなさいよぉ。暗殺部隊の三隊は派閥が違うじゃなーい」

 派閥。そもそもそんなものが内部にあっただろうか。ジルはビルダの言葉を聞きながら思い返してみたものの、自分は一切そういうものに興味が無かったせいか、よくよく考えれば知らない事の方が多かった。

「つーかよぉ、別に今は関係ねぇんじゃねの? あたしらはただ宝玉とりゃーいいんだからよ」

「それよりよぉ、早く戦いてぇんだよー」

 はっきり言って内部でのごたごたには興味が無い。ただ望むのはより強い相手との対戦だけだ。自分よりも強い相手と戦う事こそが生きがいであり、その相手を倒す事こそが最大にして最高の快感となる。ジルは恍惚とした表情で目を細める。その様子を眺めながらショコラとビルダは軽く肩を竦めた。

「リーダーってほんっとそればっかだよな」

「あらぁ、ジルちゃんの向上心、ビルダちゃんは好きよぉ。ジルちゃんが強くなるの、ビルダ大賛成~」

 うっとりとジルの事を見つめたビルダをショコラがいつものように「気持ちわりぃ」と一蹴する。しかし既にそんなやり取りはジルの耳には届いておらず、次にクラウドと逢った時にどういたぶるか、その事のみが脳内を占めていた。

 ――あいつは間違いなく……強ぇ。

 二度手合わせしただけだが、それでもジルには分かる。クラウドは自分と同等、或いはそれ以上の実力を持っている。ジルにとってこれほど喜ばしい事はない。ただ切り伏せるだけではなく、自分の欲求も満たせるのだ。ジルが一人でそんな事を考えていると、突然談話室の扉が大きな音を立てて開け放たれた。そして現れたのは、珍しく眉間に皺を刻んだグラベボだった。

「エリーザさん、アールフィルトはどこですか?」

 不機嫌そうな声であからさまにエリーザの事を睨みつけていた。その右手からは血が滴っており、しかし本人はそんな事おかまいなしに鋭い視線だけを注いでいる。

「ア、アールフィルト? お部屋にいらっしゃるはずだけど……」

「それがいないからここに来たんですよ!」

 グラベボは怒りをぶつけるようにエリーザにそう言ったが、その一言で逆に焦ったのはエリーザの方だった。何しろアンは普段自室に篭りきりで、必要のある時しかこの談話室にも顔を見せない。そんな彼女が自室にいないとなると、何かあったと考えてしまう。エリーザはグラベボに食ってかかる勢いで立ち上がり、そして一瞬にして談話室から姿を消した。

「……で、お前は何してたんだよ」

 ジルは気だるそうにグラベボに視線を向ける。大方、例の如く実験をしていたのだろう。しかし何故それでアンが絡むのかが分からない。

「先日、アールフィルトから魔物を拝借したでしょう。あの魔物、どうやら召還鏡で召還していたのを無理矢理捕縛したようなんです。……まさかあんな事になるとは僕も思いませんでしたよ」

 あんな事。出来ればあまり聞きたくない。グラベボが焦り怒りを露わにするほどなのだ。きっと本当によくない事なのだろう。

「全く。先に言っておいてくれれば術式でどうにでもしたものを……」

 ぶつぶつと小言を漏らしながら、相変わらず右手から血を滴らせている。別にジルとしては見ていて不快にはならないし、寧ろ戦闘での高揚感を思い出せて嬉しいのだが、ビルダが口を挟んだ。 

「ちょっとグラベボォ、カーペット汚れるじゃない。怪我の手当てぐらいしたらぁ?」

 余計なことを。そう思い舌打ちしかけたが、ぐっと堪える。どうせ汚したら汚したで後でエリーザに叱られるのだ。グラベボは冷めた目で自分の右手を見やると、軽く溜め息を吐いて胸元から小瓶を取り出す。瓶の蓋を取り数滴傷口にかける。すると、みるみる内に傷口が塞がって言った。

「……ったく、てめぇも相変わらずだな」

 ショコラがジルとグラベボの事を交互に見ると、グラベボは「ショコラに言われたくありません」と皮肉めいた口調で返す。

「でも、アールフィルトに文句言おうなんてぇ、グラベボも子供ねぇ」

 ケラケラと呑気に笑い声を上げたのはビルダだ。愉快そうに歪められた口元に、何となくだがジルは苛ついた。それは他の二人も同じだったようで、気づけば口を揃えて「気持ち悪い」と呟いていた。

「……こういう時だけは息があいますね」

「全くだな」

「こんのカマ野郎……」

 三人がビルダにそれぞれ反論すると、彼は顔をひきつらせながら「あんたたちねぇ……!!」と一人で文句を垂れている。ジルはふと談話室の天井を見つめながら、そういえばフォーワードがいないな、と気配を探った。いつも彼は影か何かのようにグラベボの後ろに突っ立っている。しかし今は姿が見えない。気配も探ってみたがどうやら談話室周辺にはいないらしい。

「お」

 気配を探っていたジルは先ほど部屋を出て行ったエリーザの気配を感じて声を上げた。全員の視線が一点に、談話室の扉に集中する。

「はぁ、はぁ……!」

 そして荒い息遣いのエリーザが姿を見せ、グラベボの元へと歩み寄る。

「アールフィルトは……今、上層部(うえ)と通信してるわ」

「そうですか。仕方ありませんね。……ビルダ、代わりに一発殴らせて下さい」

「なんでビルダちゃんなのよぉ! 血の気の多いジルちゃんにしたらぁ!?」

 エリーザの言葉に不服そうなグラベボだったが、視線を先ほどまでいじけていた陽気なオカマへと向け、怒りを抑えて変わりに笑顔を見せた。しかしその発言にまたビルダはいじけ出し、横にいるショコラにまた棘のある一言を浴びせられている。

「あー、なんだかんだでいつも通りじゃねぇか」

 ジルはがっくりと肩を落としながら深々とソファに身を預ける。エリーザが上層部の連中と揉めたという情報を得て、これから何か動きがあると期待していたのだが、結局は普段と変わらない雰囲気になってしまった。ジルとしては不本意な展開だ。

「そんなに逸っては、いざという時に動けないわよ」

 本心を見透かされたように掛けられたエリーザの言葉にジルは口の端を吊り上げる。そんな大チャンスをものに出来ないほど自分は愚かではない。いや、歓喜に震え数秒程度は動けないかもしれないが、それでも足が竦む事はない。ジルはそうだ、と思いついたようにソファから立ち上がるとニヒルな笑いを浮かべた。

「折角だしよぉ、久々にあれやらねぇか」

「ダメよ」

「……なんでだよ」

 しかしすぐにエリーザに釘を刺されてしまい、ジルは不機嫌そうに彼女を睨みつける。ジルの言ったあれとは、カードにかかれた体の箇所を攻撃するという、シンプルなルールの、とても残酷なゲームだ。カードに書かれた箇所が急所ならば死んでしまう事もあるし、本当に危険なゲームなのだ。かつてこのゲームはジルの周りで大いに流行り、そして多くの犠牲者を出した。

「この時期に味方を減らすつもり? この面子では決着もつかないでしょうに。……それとも、殺してほしかった?」

 エリーザの挑発的な言葉に、ジルは舌なめずりする。その瞳の奥は怪しくぎらついた光を放っており、エリーザは冷めた表情で対峙している。

「ちょっとぉ、止めなさいよぉ。ジルちゃんも、今回はおいたが過ぎてるわよー」

 そう言ってビルダが動く。その動きは決して捉えられないものではない。しかし、ジルは動くことができなかった。そのまま床に押さえつけられ、目の前にはビルダの拳がある。腕は足で押さえ込まれ、腹部に跨られているせいで下半身も上手く動かない。

「……ちぃ」

 憎らしそうにジルが舌打ちすると、ビルダは冷え切った双眸を閉じる。そしてゆっくりと身体を離すと、そのままいつも通りの笑みを浮かべた。

「分かればいいのよぉ」

 普段おちゃらけているものの、やはり体術となるとジルでもビルダには敵わない。ジルは床から起き上がると、そのまま胡坐をかいて座り込んだまま動きを見せなくなった。

「なんだよリーダー、凹んでんのか?」

「ちげぇよ。……なーんか、物足りねぇんだよ」

「……ほう、ならば任務をやろう」

 ジルが呟きを漏らした瞬間、何時の間にそこにいたのか、談話室に扉のすぐ傍にアンが相変わらずの無表情で佇んでいた。エリーザも気づかなかったようで、驚きの色を隠せずにいる。

「アン様、通信は終えられたのですか」

「あぁ、先ほどな。……文句があるなら私ではなくナルダンの適合者に言うんだな、グラベボ」

「あぁ、分かってましたか」

 アンは視線をエリーザ、そしてグラベボへと移し、床に座っているジルの元へとゆっくり近づく。ジルは鋭い視線をアンへと注いでおり、そして彼女の顔を眺めながら内心で舌打ちしていた。

 ――胸糞わりぃ。……表情筋ねぇのかよ。

 本当に、滅多な事では表情らしい表情を見せる事がないアンを、ジルは激しく嫌悪していた。相手の苦痛に歪む表情が好きなジルとしては、アンをいたぶる意味も無ければ、忠実に従う理由もない。ただ仕方なく命令に従っているだけだ。そしてそんなアンからの任務。前回の召喚の魔法陣のように少しでも何か収穫があればいいが、そう何度も期待はできないだろう。

「……で、何だよ任務って」

「ちょっとした雑草刈り、だな」

「はぁ……?」

 アンの一言にその場にいた全員が首を傾げた。雑草狩り。この屋敷に庭なんてものはないし植物も精々観葉植物が少しある程度だ。するとアンが重い溜め息を吐く。

「本当に雑草を刈るのではない。……箱舟十字教団、という秘密結社を知っているか?」

 その時、何処か遠い場所でなにかが軋む音を、ジルの本能は感じていた。



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