二
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「ぎゃぁぁああぁぁぁ!!!!」
「てんめぇ! コラ待ちやがれ――!!」
草原の中、鬼の形相でシエラを追いかけているクラウドを見つめながら、ラミーナは木陰でのんびりと水を飲んでいる。
「元気ねぇ」
「いやぁ、あれ元気っつーか、怒りの底力ってやつじゃねぇの?」
そんなラミーナにバイソンは苦笑いを漏らす。しかし彼も止める気はさらさらないようで、幹に凭れかかったまま動かない。
「……まさか、あんな事になるなんて思いませんでした」
「あれはある意味で才能だな」
ウエーバーとユファはしみじみとそんな事を呟いている。勿論、二人もバイソン同様止める気はないらしく、木陰で寛いでいる。
遡る事数十分。マフィオを出発した適合者一行は、フランズに向けて歩き出していた。ここはその途中で差し掛かった草原である。丁度いい日陰もあり、ここで休憩となった。シエラはウエーバーとラミーナに頼んで、魔力の扱いと低級魔法を教えてもらっている真っ最中だった。クラウドは木陰で剣の手入れをしており、バイソンとユファは木陰で涼んでいた。
静かで穏やかな時間、だった。
「うわぁあぁぁ!!」
シエラの悲鳴が聞こえるまでは。
「ちょ、何やってんのよ!」
「シ、シエラ!? ど、どうしましょうラミーナさん!」
「と、とにかく止めるわよ!」
だだっ広い草原の真ん中で慌てふためくラミーナとウエーバーに、クラウドは手を止めた。
「何やってんだあいつ……」
どうやらシエラが魔法で何かやらかしたらしい。彼女の手からはとんでもない水量の巨大な玉が出現していた。
「どどどどどうしよう!! ウエーバー、ラミーナ助けて!」
魔法を発動させた本人は焦り過ぎてもうどうしていいか分からないらしい。
何とかしてやりたいのは山々だが、あんなただの水だと逆にどうするか迷ってしまう。止めようと意気込んだはいいが、ウエーバーもラミーナも戸惑っていた。
「あ、これやばい!! ぶつかる――ッ!!」
シエラがそう叫んだのとほぼ同時に、水の玉は水柱に姿を変えて辺りに飛び散った。それはもう、恐ろしいほどのスピードを伴って。
ザバァァァアァ。
シエラの発動させた水の玉もとい水柱は辺り一面をびしょ濡れにした。幸いな事にウエーバー、ラミーナ、バイソン、ユファは軽く濡れただけで済んだ。
しかし、クラウドだけは違った。全身ずぶ濡れでぽたぽたと水が滴っている。先ほどまで彼が手入れしていた剣も例外ではない。
「……うっそーん」
シエラの呟きが穏やかな草原を賑やかにした。クラウドの身体がゆらりと揺れると、シエラの肩は思い切り跳ねた。クラウドから伝わってくるのは、それはそれは恐ろしい怒気だった。
――そして、今現在に至るのだ。
シエラは涙目になりながら、剣を振り翳したクラウドに追い掛け回され、捕まらないようにするのに必死である。
「ごめんってば! わざじゃないの!! わざとじゃないから許してくださ――――いッ!!」
「寧ろわざとだったら褒めてやらぁあぁあぁぁ!!」
騒がしく草原を駆けている二人を尻目に、ラミーナは優しく吹き抜ける風を感じていた。
「……ていうか、クラウドってあんなキャラだっけ?」
「あれだろー、やっと“クラウドらしさ”を見せてくれてんだよ」
「そんなもん?」
「そんなもんだろー」
ケラケラと笑うバイソンにラミーナは怪訝そうな視線を向けている。しかし、バイソンはシエラとクラウドを穏やかに見つめているだけで、それ以上何も言わない。
ラミーナはもう一度視線をクラウドに戻す。どうにも今の彼と今までの彼のイメージは違う。クラウドは冷静で、よほどの事がないと心を乱さないと思っていた。
しかしその彼は今現在、水をぶっ掛けられ、シエラを追い掛け回している。
――ま、やっと年齢相応な事やってるって感じね。
たまにはこんな穏やかな時間もありか、とラミーナは結論付け、二人の追いかけっこを見守った。結局、シエラはクラウドに捕まり、お説教と数発の拳骨を貰う破目になってしまった。そしてシエラはクラウドにこってりと絞られ、碌に休憩できなかった。
今は先ほどの草原を抜け、街道に沿って歩いている。民家がぽつぽつと建っており、小さな子供たちが楽しげにはしゃいでいる。
「……くっそぅ、クラウドのばー」
「あ、そういえば忘れてました!」
「……え、このパターン何回目?」
シエラは内心でウエーバーに文句を言いながらも、彼の言葉の続きを待つ。
「まだ先の話しなんですが、フランズに着いたら登城するよう言われてたんです」
「あら、それって女王様直々かしら?」
「……はい、一応」
その言葉に、ラミーナとクラウドが同時に重たい溜め息を吐いた。バイソンとユファも何だか複雑そうな表情をしている。
「謁見、か」
クラウドの一言に、シエラもようやく合点がいく。つまりはディアナ女王に会わなければいけないのだ。正直言ってしまえばそれは相当面倒臭い事であり、何より精神的に疲れることでもある。
「でもよ、ちょっと楽しみじゃねぇか?」
「は……?」
思いも寄らなかったバイソンの発言に、シエラ達は目を剥き疑問の呟きを声を揃えて彼に放った。
しかしバイソンは無邪気な笑みを浮かべたまま「だって他国の城になんて滅多に入れねぇじゃん」と言ったのだ。
「……うーん、それは確かにそうだよね」
シエラも王城に入ったのは適合者になっての、二回だけだ。あの時はただ呆然とするばかりで、碌に内装なども見れていない。
バイソンのポジティブな言葉に、シエラは少しだけディアナの王城が楽しみになった。しかし、ウエーバーの表情は先ほどから沈んだままだ。
「ウエーバー、どうしたの? お城嫌なの?」
「い、いえ。嫌とかそういうわけじゃなくて……。ただ、最後の適合者はそんな簡単に見つかるのか、考えてたんです」
小首を傾げたシエラに、ウエーバーは苦笑いを浮かべそう答えた。確かに最もな心配だと思うが、まだフランズにさえ着いていない。今心配しても仕方ない――シエラはそう口にしようと思った。
「それ、今言っても仕方ないんじゃない?」
けれどラミーナが代わりに言ってくれたお陰で、少しウエーバーの表情も軽くなる。
「そうですね」
にっこりと笑うウエーバー。やはり彼には笑顔が似合う。ウエーバーの笑顔には華があるし、何より人を落ち着かせる力がある。
「ん、やっぱりあんたは笑ってるのが一番ね。可愛いし」
ラミーナとシエラは互いに顔を見合わせて笑った。ウエーバーは頬を紅く染め小さな声で「可愛いは余計ですよ……」と言ったが、ラミーナはそれを無視して「可愛いわねぇ、ほんと」とからかう様に連呼する。
「……楽しそうだな」
「はは、弟みたいなもんだしな」
その様子を見ながら、ユファとバイソンは微笑んでいる。クラウドの表情も心なしか緩まっている。
――たまには、こういうのもありだよね。
大変な旅ではあるけれど、こういう小さな安らぎがとても幸せだ。魔法学校にいた時にはない心安らぐ、気負わないでいられる場所。だからつい思ってしまうのだ。旅が終わらなければいい、そんな風に。
――まだ始まったばかりなのに、馬鹿だなぁ私。
じゃれあっているラミーナとウエーバーを、シエラは目を細めて見つめた。まだ最後の適合者も見つかっていない、フランズにもついていない、試練も受けていない。まだまだ過酷な旅が続くというのに、もうこんなにもいとおしい。
――これが“絆”ってやつなのかな。
そう思っていると、まるでシエラの考えが分かったかのようにタイミング良く、イヴが「きゅーん」と鳴いた。シエラの足元をとてとてと歩いているイヴは、嬉しそうにシエラの事を見上げている。
「イヴ、乗る?」
シエラが屈みながら自身の右肩を軽く叩くと、イヴは嬉しそうに鳴き声を上げ、ぴょんっと一跳ねで肩に乗ってくる。
「相変わらず凄いバネだな、イヴのやつ」
「そうだね。足も速いし」
バイソンがシエラの肩に乗っているイヴの頭を撫でてやると、イヴはその手に自ら頭を摺り寄せてる。イヴは、本当に見ていて癒される。シエラもバイソンも、ユファも目尻が下がっていた。
「……って、クラウドどこ行った?」
何時の間に姿が見えなくなっていたクラウドを見つけようと、シエラは辺りを見回す。いつもは大体、シエラの隣か列の最後尾を歩いている彼だが、今はどこにも姿が見えない。
「あっ!」
ユファは声を上げると、何かを見つけたように今来た道を走り出す。それにシエラ達も続くと、前方に深緑色の髪と、蒼いコートのコントラストが見えた。
「しっかりしろ!」
ユファがクラウドの身体を揺するが、反応は一切無い。それどころか呼吸も荒く、意識も朦朧としているようだ。
「ちょ、ちょっとどうしたのよ!?」
「とにかく、どこかで休ませてもらいましょう」
駆けつけたラミーナとウエーバーはぎょっとしながらも周りを見回し、小さな民家から出てきた男性の元へと向かった。シエラはバイソンとユファと共にクラウドの体をゆっくりと起こす。触れた箇所から熱が伝わり、シエラは彼の額に手を当てた。
「凄い熱……! 早く運ばないと」
バイソンがクラウドを慎重に背負うと、ウエーバーとラミーナが戻ってきた。
「あちらにあるあばら家を貸して頂けるそうです。……クラウドさん、本当にどうしたんでしょうか」
「熱がある。水被って身体冷えちまったんじゃねぇ?」
バイソンはそう笑いながら言うと、ウエーバーが指差したあばら家へと向かう。あばら家はぽつぽつとあった民家から更に離れた人気のない所に立っており、そこだけ作りが石ではなく屋根に藁が使われていた。
「……貴重なあばら家だな」
ユファは感慨深そうにそれだけ言うと、一歩家の中へと踏み込む。随分長い間人から放置されていたのか、壁や床には穴が開き、そして埃まみれだった。
「これじゃ衛生的に問題あり、ね」
ラミーナは顔を顰め「仕方ないわねぇ」と魔力を込めた指で円陣を描く。青白く光るそれにシエラは視線が釘付けになる。
「ちょーっと強めでいくわよ。……ハッ!」
勢い良くラミーナが円陣を放つと、そこから風が逆巻き埃や部屋の汚れがみるみるうちに消えていく。
そして気づけばあばら家は、穴が空いている箇所以外は普通に生活が出来そうなレベルまで綺麗になっていた。
「家庭用魔法心得その五。お掃除円陣っと。あー、まさかこんなところで使うなんて」
「……こんなの始めてみた」
目を瞠ったままシエラが呟くと「そりゃそうよ。だって普通掃除に魔法なんて使わないもの」ラミーナは真顔で綺麗になった部屋へと踏み込む。シエラは慌てて鞄から布を取り出すと、持っていた水でそれを濡らす。それを横に寝かせたクラウドの額に乗せる。
ウエーバーが借りてきた布団を被せ、ユファがくれた解熱剤を飲ませる。とりあえずは安静にしているものの、早めに医者に見せた方がいい。しかし残念な事にここは本当に少数の人が住んでいるだけで、医者のいる町まで片道六時間はかかるという。
「もう少し様子を見てからじゃないと無理ね」
「でも、クラウドさんが熱なんて……」
「あー、馬鹿は風邪ひかねぇって言うけどな」
心配そうにクラウドの事を見つめているラミーナとウエーバーにバイソンが茶々を入れる。するとラミーナが呆れたように「安心しなさい。あんたは大丈夫だから」と言うと、シエラとユファから笑いが漏れた。
「ま、そのうち良くなるだろうよ」
バイソンのその言葉に、シエラ達もそうあって欲しいと願いつつ、そうであろうと高を括った。しかし結局、クラウドの熱は二日経っても下がることはなく、寧ろ容体は悪化していた。
「……どうすりゃいいのさ」
タオルを取り替えながらシエラは溜め息を吐いた。熱が下がらなければ移動もままならない。無理をして医者の元まで連れて行く事も出来るが、それでは何かあったときに対処できない。シエラ達は何も出来ない時間をただ過ごしていた。
「……きゅーん」
「イヴも心配なんですかね」
ウエーバーはクラウドを見つめて鳴いたイヴを撫でながら、視線を彷徨わせる。頼りなく揺らめいては、細められたその双眸は虚空をただ見ているだけだった。クラウドが伏せてからというもの、何処となく皆様子がおかしい。それはシエラ以外の適合者全員にあてはまることで、シエラは違和感を感じていた。
「きゅーん、きゅーん!」
すると、突然イヴが部屋の中を駆け回り出す。
「ど、どうしたんだよイヴのやつ」
ぎょっとしたのはバイソンだけではない。ラミーナとユファも訝しげな視線をイヴに注いでいる。駆け回っているイヴの身体は何時の間にか青白い光を帯びており、それは一瞬にして霧散した。どくん、と、シエラは自分の宝玉が波打つのを感じる。しかしそれを感じると共に、シエラは倒れていく仲間を霞む視界で捉え、意識がなくなった。
そして浮かんでいる、そう認識するのにさほど時間はかからなかった。重たい頭で思考を巡らせてみるが、ここがどこなのかさっぱり分からない。
真っ白な空間に、ただ一人ぽつんと浮かんでいる。
「……ここどこだし」
シエラの呟きは静寂に飲み込まれる。不思議とこの空間に嫌悪感は抱かないが、それでも胸の奥がざわついて落ち着かない。なんだか見たくない、見る必要のないものを見てしまいそうで、シエラは気づけば舌打ちしていた。
「あぁ、もう嫌になるなぁ。……クラウド、ウエーバー、ラミーナ、バイソン、ユファ!」
仕方なしに仲間の名前を呼んでみるが返事はない。それどころか声が上手く響かない。
「困ったなぁー」
ふと視線を上に持ち上げてみると、そこにはこの空間に似つかわしくない、漆黒の扉が堂々と聳えていた。
「なにあれ」
シエラが手をばたつかせると、少しだけ体が動き出す。今度は大きく腕を回してみる。すると、今度は大きく前に進めた。シエラは水中を泳ぐように空間を移動する。扉まであと少し、そう思ったとき、何処からともなく声が聞こえた。
「そなたが望めば、我は応えよう。ロベルティーナよ、そなたは何を望む……?」
それはこの間、懐かしさを感じた声と同じだった。唐突に訊ねれたシエラは僅かに戸惑ったが、言葉を発しようと口を開ける。けれど、声が出なかった。まるで凍り付いてしまったみたいに固まって、それなのに喉の奥は乾いて張り付いている。
――苦しい……ッ!!
次第に呼吸もままならなくなり、シエラの意識は霞み出す。おぼろげな意識の中で、儚い温もりに包まれ、シエラは身体の力を抜いて目を閉じた。
「待っておる。そなたが真に我に気づくときを。また……逢おう」
「ッ!!」
シエラは弾かれたように目を開く。しかしそこはもう真っ白な空間ではなく、元いたあばら家だった。
「……起きたみたいね」
「え?」
緊迫した空気と、強張ったラミーナの声にシエラは辺りを見回す。ウエーバー、バイソン、ユファ、そして眠っているクラウド。何もおかしいところなど無い――そう思ったシエラは、部屋の中央に佇む女性を見つけた瞬間、息を呑んだ。
「お久しぶり、ですね」
にこりと微笑んだ女性の、その美しい銀髪に魅入ってしまう。しかしすぐに我に返るとシエラは思わず女性を指差していた。そして上手く動かない口で、上擦った声のまま女性に何故、と零した。すると彼女は哀しそうに眉根を下げ、
「ナルダンの適合者様を、死なすわけにはいきませんから」
真剣な顔でそう告げた。その言葉にシエラも、他のウエーバー達も目を見開いた。シエラの声帯はやっと氷が解凍されたかのように、昂った感情をぶちまけた。
「それってどういう事!? クラウドが死ぬ!? 高熱だから!?」
「シエラ、落ち着けって」
荒い息を吐きながら叫んだシエラを抑えこみながら、バイソンは神の使いである女性に視線を向ける。
「あんたが、神の使いって奴か。……それで、なんでクラウドが死ぬって言えるんだ?」
バイソンの視線は普段にはない殺気に近い感情が込められていた。しかし女性はその視線をものともせず、ただ哀しげに顔を歪めている。
「……ロベルティーナの適合者様は、気づいているのではありませんか? 何かが、違うと」
「は? え、私? ……それってどういう意味?」
シエラが怪訝そうな顔をすると、女性はシエラを、正確にはシエラの胸を指差した。
「あなた様の宝玉です。あなた様は一度、アン=ローゼンによって宝玉との適合率を下げられてしまっている」
シエラがまだクラウドとウエーバーと出会って間もなくの時、確かにアン達に襲撃され宝玉を抜かれかけた。しかしその後も問題なく宝玉はシエラの身の内にあったし、共鳴もした。
「……でも、宝玉は私から離れてるって事?」
「はい。半分ほどあなた様から離れています」
「けど、それとこれと何の関係が……?」
シエラが首を傾げると、女性は一度周囲を見回す。そして手を翳した瞬間、シエラ達の宝玉が僅かに共鳴した。
「……何か、他の適合者様も気づきませんか?」
女性の質問に、ウエーバー達は呆然とした表情で汗を掻いていた。ユファはカタカタと小刻みに肩を震わしている。ラミーナは苦しそうに荒く息を吐いている。バイソンは珍しく顔を俯かせており、何も変化がないのはシエラだけだった。
「……シエラは、なんともないんですか?」
「う、うん。ウエーバーは、何か感じたの?」
苦しそうなウエーバーに、シエラは戸惑いつつも頷くと「そう、ですか」と呻き声と共にそう言われた。
一体どうしたというのだろうか。それとも、宝玉が半分出ているからなのだろうか。そう考えた瞬間、シエラは女性の顔を凝視していた。
「まさか……私の宝玉が?」
「……その通りです。あなた様方は宝玉により集い、言うなれば絆の象徴が宝玉なのです。それにロベルティーナの適合者様は、宝玉の事を一番知っている筈です」
シエラは全身に悪寒が走るのを感じ、自分の身体を強く抱き締めた。確かにシエラは知っている。魔法では為し得ない生への干渉という大きな壁を、宝玉がいとも容易く乗り越えてしまう事を。
「そして絆の架け橋である宝玉に、一つでも綻びが出来ればその均衡は崩れます」
「……どうすればいい、の?」
「あなた様が宝玉と完全に共鳴する必要があります。身の内の宝玉との対面は、もうすでに経験しているはず」
シエラが宝玉と再び適合しなければ、クラウドの熱は下がらないし、ウエーバー達も苦しみを味わい続けるという事だ。シエラは額に浮かんだ汗を拭いながら、口の端を吊り上げた。
「やってやろーじゃん」
そう言うと、女性は目を見開く。しかしそれはすぐに淡い微笑みに変わり、銀髪がさらさらと靡いた。
「ご武運を」
女性の身体が淡い光に包まれ、どこか遠くでイヴの鳴き声が聞こえた。そしてふっと一瞬で光が消えると、それと同時にあばら家にイヴが入ってきた。
「……私、頑張るよ」
方法なんて知らないけれど、宝玉は応えてくれるはずだ。先ほどの声は、もしかしたら宝玉そのものだったのかもしれない。シエラはイヴの柔らかい毛並みを撫でながら、そっと目を閉じた。神経を集中させ、そして心の中で宝玉に呼びかけた。すると不思議な事に、宝玉はすんなりとシエラを先ほどの真っ白な空間へと誘った。
「……ロベルティーナ」
懐かしい声をシエラは仰ぎ見る。
「そなたは、何を望む?」
「あなたとの完全な共鳴、それだけだよ」
シエラの言葉と共に、辺りの空間が歪み出す。真っ白な空間にはいつの間にか花が咲き、滝が流れ落ちている。石畳の先には眩い光を放つ、翡翠の玉が浮かんでいた。
「宝玉」
シエラはゆっくりと近づき、手を伸ばす。最初に見た時はなんてことはない、ただの白い玉だった。けれど今は違う。美しい翡翠に吸い込まれそうになる。
「私と、もう一度共鳴して」
しっかりと、シエラは両手で宝玉を掴む。一層眩い光がシエラを、空間全てを覆い尽くす。身体の奥に、自分とは違う鼓動を感じた。戻ってきた、という表現がしっくりくるような感覚を覚えながら、シエラはそっと目を開ける。
「……そなたが望むのなら、我はどんな願いでも叶えよう」
降って来た声に、シエラは思わず笑った。どんな願いでも。たとえ宝玉が聖玉を制御できる唯一の存在であろうと、生に干渉できようと、流石にそれは大袈裟だろう。何しろ万能だと思われていた魔法ですらそうではないのだから。
「でも、ありがと」
それでも、こんな落ち零れの自分にそう言ってくれるという事実が嬉しかった。たとえそれが人でない、宝玉という謎の、生物ですらない存在であったとしても。シエラは胸に手を当て鼓動を感じる。
「……そうか、他の者が気になるのだな」
「他の者……。そうだね、クラウド達のことは心配だから」
「ならばもうその心配は無用だ。……行くのか?」
「うん」
懐かしい声に頷くと、シエラはゆっくりと目を閉じる。瞼の裏に見えたのは、やはりクラウドやウエーバー、適合者の仲間だった。
「……忘れるな。そなたが望めば、我は応える」
温もりを感じながら、シエラは意識を失う。目を開けると、今度はやはりあばら家だった。眠っているクラウドの様子は先ほどよりも苦しそうではなく、シエラはほっと胸を撫で下ろす。ゆっくりと他の仲間の元に近づき、顔を覗きこむ。クラウドと同じように、先ほどまでの苦悶の色は消えており、今は穏やかに眠っている。
「……良かった」
自然と漏れた言葉と共に、シエラは全身の力が抜けるのを感じた。はっきり言って、実感はない。けれど助ける事が出来たのだという安堵感が全身を包み、シエラはそのまま床に身を投げ出した。優しく波打つ鼓動を感じながら、シエラはもう一度目を閉じた。




