一
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「……あ、あぁぁああぁあぁぁあぁぁ!!!!」
シエラの絶叫と共に発生した光は強く眩く、視界は全て白く塗りつぶされた。そして光が収まった時、適合者たちは違和感を感じていた。今の感覚は間違いなく共鳴。しかし、気配が一つ多かったのだ。
「……シエラ、クラウド、ウエーバー、ラミーナ、んで俺だろ。あと一つって……」
バイソンの戸惑った声にあわせ、クラウド達の視線は少女に吸い寄せられる。少女も戸惑ったようにクラウド達を見ており、そして小さく声を上げた。
「シエラ!?」
ウエーバーは慌てて手を伸ばし、崩れたシエラの身体を支える。シエラはぐったりとしており意識も失っている。
「……ちょっと、どういう事よ」
ラミーナは鼓動を感じながら、ゆっくりと少女に手を伸ばす。すると、一際鼓動は高く波打つ。どうやら六人目の適合者は目の前にいる少女らしい。
「とにかく、宿に戻りましょう。……あなたも、一緒に来て下さい」
少女はウエーバーの言葉に深く頷き、シエラはバイソンに抱えられて宿へと戻った。突然の事に皆気が動転しているのか、宿についてからも空気が重い。シエラをベッドに横たわらせると、バイソンは手際よくタオルや水を用意する。
「……多分、一時的なものだとは想いますが」
前にも宝玉のせいでシエラが意識を失った事があった。あの時シエラは翌日には目を覚ましていた。だがしかし油断は出来ない。
「それにしても、あんたが適合者だったとは……」
クラウドの視線の先には少女がいる。彼女は俯いたまま先ほどから顔を上げようとしない。見かねたラミーナが溜め息を吐き、壁に凭れかかったまま少女を見据えた。
「大丈夫よ。とって食べたりしないから。……それより、名前を教えてくれない?」
これから仲間となる者の名前も知らないのでは話にならない。少女は僅かに身じろぎしてから、ゆっくりと息を吐き出した。
「……ユファ。私は、ユファ=アルバナルドだ」
「そう、ユファ。これからよろしくね」
すっとラミーナが差し出した右手を凝視していから、ユファはおずおずとその手を握り返した。未だに宝玉はその存在を互いの身体に知らしめている。繋いだ手からは僅かにだが鼓動を感じる。
「さて、それじゃこっちも自己紹介するわ。あたしはラミーナ=ドロウッド。ガイバーの適合者よ」
「俺はマイリヴァ=バイソンだ! 宜しくなユファ。あ、俺はバイソンがファーストネームだからな。気軽にバイソンって呼んでくれ!」
バイソンの豪快で人懐っこい笑みに、やっとユファは肩の力を抜く。やはりバイソンには人を安心させる力というものがあるらしい。
「僕はウエーバー=ジャシュウオと申します。これから宜しくお願いします、ユファさん」
「あぁ、宜しく」
にこやかな表情で律儀に一礼したウエーバーに、ユファも、僅かに引きつってはいたものの、笑顔で答礼する。
「……」
しかし、クラウドは腕を組んで目を閉じたまま壁に凭れかかっているだけで、一向に口を開こうとしない。
「ちょっとクラウド」
ラミーナが咎めるように名を呼ぶが、それでも反応がない。見かねたウエーバーが苦笑いを漏らし、代わりに口を開く。
「彼はクラウド=ディワーディスさんです。彼がナルダンの適合者です。……見ての通り、愛想がないんですけどね」
「愛想が適合者に関係あるか」
ウエーバーが最後に言った皮肉に、クラウドは閉じていた目を吊り上げて反論した。そしてゆっくりと壁から身体を離すと、眉間に皺を寄せてシエラへと視線を向ける。
「……妙だとは想わないのか?」
「何がだよ。あ、霊獣のことか?」
「それもある、が……」
「……私の事だろう?」
言い淀んだクラウドの代わりに続けたのは、ユファだった。クラウドは僅かに目を見開いたものの、すぐにいつもの険しさを取り戻す。
「疑ってるって訳じゃない。ただ、こんな簡単に六人目が見つかるとはな。……そう想っただけだ」
「いや、それは私自身思った事だ。寧ろ当然だと想う」
クラウドの言葉にユファはただ淡々と頷く。確かに誰もが驚いたが、それ以上に六人目が見つかった事は喜ばしい。同時に、幾許かの疑念も抱いたが。
「……ねぇ、もしかしてユファ。あんた誰かに言われてここにきたんじゃない?」
ラミーナの指摘にユファは冷静な表情を崩す事なく、一つ頷いてみせた。
「神の遣いと名乗る者からな」
「やっぱり」
「そういえば、ラミーナさんもそうでしたね」
「えぇ。そういえば、あんた達もだったわね」
シエラとクラウド、そしてウエーバーが最初に出会った時に現れた、神の使いだと言った銀髪の女性。シエラ達にイヴを託し、フランズへ向かうよう言ってきた。
「え、なんだお前ら、そうだったのか!!」
「あれ、バイソンさんは会わなかったんですか?」
「おう、会ってないぜそんな奴」
つまりあのライラの街で出会えたのはある意味強運だったという事だ。ウエーバーはそういえば、と思い出したように辺りを見回す。
「何してんのよ」
「いえ、その。……イヴちゃんがいないなと想いまして」
「そういえばイヴの奴、なーんか突然いなくなるよな」
皆部屋の中をきょろきょろ見回していると、シエラのベッドの掛け布団に新たに膨らみができる。そして隙間からひょっこりと顔を出したのは、探していたイヴだった。
「きゅーん!」
「なんだ、そんな所にいたんですか」
イヴはベッドから飛び出すと、ウエーバーの足元に擦り寄る。シエラの肩か足元にいるのが常だからか、イヴのその行動を何だか新鮮な感じがしていた。
「そいつは……?」
ユファがイヴの事を興味深げに覗きこむ。
さらさらと流れるイヴの銀の毛並みに、深く大きな蒼い双眸、ピンと立った耳に、感情を示す立派な尻尾。ロディーラではペットとして犬や猫が、一部の上層階級の人間に飼われている。どちらかと言われれば、イヴは犬に似ているが少し違う。ユファは暫しの間イヴを観察すると、なるほど、と呟きを漏らした。
「何がなるほどなの?」
「イヴ、と言ったか。この子は今から三千年ほど前に滅んだフォックス、或いはそれに類する動物のようだ」
「……何故そんな事が分かるんだ?」
流石にこれにはクラウドも驚きを露わにした。たった数十秒観察した程度で、どこをどう見たらそんな事が言えるのだろうか。驚いている面々に、ユファはイヴの尻尾を触りながら答える。
「種類によって少し違うが、フォックスの特徴は尻尾の先端が極端に白いか、もしくは青み掛かっている事なんだ。この子は先端が青み掛かっているだろう」
確かに言われてみればそうだ。今まで――こんな事を言っては失礼ではあるが――イヴの事をそこまで見た事がなかった。いつもシエラにくっついている、神の国へ向かうための道しるべ。その程度にしか想っていなかったのが事実である。
「それにこの深い蒼の瞳。これはフォックス特有なんだ。……と、言っても実際に見たのは私も初めてだがな」
「へぇ、ユファさんって物知りなんですね」
「……そ、そんな事はない」
ウエーバーの褒め言葉に照れたのか、ユファはマフラーに顔を埋めた。しかしクラウドの険を孕んだ空気に気がついたのか、はっと顔を上げる。
「……すまない、話しを脱線させた」
クラウドはそうとも知らず、自分に対する突然の謝罪に眉間に皺を寄せた。彼自身は感心してユファの話を聞いていたし、イヴの事を軽んじていたと自らを恥じていたほどだ。ただ、その自らの戒めがまさか表に出ていたとは気づいておらず、クラウドは眉間に皺を寄せ、また更に誤解されてしまったのだが。
「……何よこの微妙な空気は」
「ラ、ラミーナさん! 今はまだ馴染めてないだけですよ、お互いに!」
ラミーナの漏らした呟きにウエーバーは苦笑いで答える。それに、またここで彼女まで加わったら余計にややこしくなってしまう。
「んもう、じれったいわねぇ! クラウド!! あんたも男なら潔さを見せな……もごっ!?」
しかしそんなウエーバーの想いはラミーナに届かず、クラウドに油を注ごうとした。ウエーバーとバイソンは慌てて彼女の口を塞ぐ。
「しー、しー! ラミーナさん、落ち着いて下さい」
「気持ちは分かるぜ。分かるけどここは、な?」
「ふがぁ!! もがもごがぁぁあ!!」
最早何を言っているのか全く分からない。しかも声が大きいから筒抜けである。今のでこの部屋の空気は更に微妙なものとなってしまった。
「…………あー、うるさいなぁ」
そこに救いの御手が差し伸べられた。シエラが目覚めたのだ。突然の事に皆口を開けて呆けている。
「なに? 何が起きたの? ていうか、ラミーナうるさい。折角気持ち良く寝てたのに……。って、皆どうしたの?」
やっとその場の空気に気づいたのか、シエラは目を擦っていていた手を止めて首を傾げた。
「おはようございますシエラ!! あぁー、良かった!」
ウエーバーはラミーナからばっと物凄い勢いで離れると、シエラの元へとやってきた。ウエーバーには、顔いっぱいに安堵の色が広がっている。それはクラウドやバイソン、それに騒いでいたラミーナと、新参のユファにも共通していた。
「え、ちょ、ウエーバー……?」
勢いが余ってシエラに抱きついてきたウエーバーに戸惑いつつも、クラウド達の顔を眺める。
「ったく、心配させやがって」
「でも、意外に早く目覚めたな」
「はは、ラミーナがうるさくしてくれたおか……いったぁ!!」
シエラの言葉と共に見事に拳骨がキマった。勿論、キメたのはラミーナである。
「え、何この寝起きからの破壊力……ッ!?」
涙目になりながらシエラはラミーナを見上げる。心なしか、シエラに抱きついているウエーバーも震えているようだ。
「心配してたこっちの身にもなりなさいよ! ていうか、起きた時の一言が“うるさい”って何ようるさいって」
「え、ツッコむとこそこなのかよ」
と言ったバイソンはラミーナに鋭く睨まれてしまい、苦笑いを浮かべて黙り込む。
「ご、ごめん……。でも、こんなに早く起きれたのは、ラミーナのお陰かも」
「あ、あらそう。……ま、無事に起きたから良しとするわ」
想わぬシエラの一言に、ラミーナは少し照れ臭そうにドキマギしながらも笑顔を作る。
「えーっと、それで……」
シエラはラミーナの後ろに立っているユファへと視線を向ける。まだシエラはきちんと彼女と面と向かって挨拶をしていない。ユファもラミーナの前に出てくると、右手を差し出す。
「ダリアミの適合者、ユファ=アルバナルドだ。……これから、その、宜しく頼む」
「私はシエラ=ロベラッティ。宜しくね、ユファ」
シエラはユファの手を握り返す。もうシエラにとっては五度目だからだろうか、随分とすんなり受け入れる事が出来た。
「それじゃ、こいつも起きた事だし、詳しい話を始めるか」
「えー、起きて早々小難しい話するのー? ……あ、ごめんなさいなんでもないですだから睨まないで!」
シエラはクラウドに鋭く射抜かれ身を縮こまらせながら自分の言葉を撤回する。
迂闊に文句を言おうものならば、あの鋭い視線が飛んでくる。それはクラウドの、シエラに対する効果覿面の対処法になりつつあった。
そしてクラウドやウエーバー、ラミーナがユファに今までのシエラ達の旅を話し始めた。
謎の刺客の事、グレイの事、アークの事。今まで自分達の身に起きた事を伝え、そしてこれから起こるであろう事を予測する。
話の内容は今までの結果と予測、大まかにこの二つに分かれていた。シエラはその難しい話を聞き流しながら、ちらとユファを盗み見る。右目の眼帯や、顔を異常に隠そうとしているマフラーと不釣合いなキャスケット。
――なんだかなぁ……。
疑う、というよりも何故なんだろう、という気持ちが強い。どうして、と一言聞ければ良かったのだが、何だかそれも憚られる。これは自分でもよくない兆候だと分かっている。詮索するのはらしくない。それでも、最近はつい何でもかんでも気になってしまうのだ。
「……おい、どうしたんだ?」
「えっ?」
慌てて顔を上げると、そこには心配そうにこちらを覗きこんでいるバイソンがいた。
「まだ気分悪かったりするのか? あ、何か食うもんでも……」
「ううん、平気。ちょっと考え事してただけだから」
「ならいいけどよ。……でも、お前が考え事なんて似合わねぇぜ?」
「……ん、それは私を馬鹿にしてるのかな?」
「ははっ、違ぇよ。ま、その調子なら大丈夫だろ」
何だかからかわれただけの様だ。バイソンはぽんぽんと優しくシエラの頭に手を乗せ、いつもの様に豪快にニッと笑ってみせる。
「なんか、バイソンには敵わないなー」
「ん?」
「何でもないよー」
シエラは布団を剥ぎ取ると、腕に力を込めて脇を閉める。そして拳を固めるとバイソンに向けて放つ。
「おっと」
しかし軽々と受け止められてしまう。シエラが頬を膨らまして拗ねたような仕草を見せると、バイソンは困ったように眉根を寄せる。
「どうしたんだよ、急に」
「ねぇバイソン。やっぱり拳の戦いって“重い”?」
シエラの呟きに、バイソンは受け止めていた拳を離してから、考え込む仕草を見せる。
「拳だけじゃないと思うぜ。剣だろうが、魔法だろうが、戦いってのは重いんだろうよ。ただ、手段が違うだけでな」
「……そっか。ねぇ、私のパンチどうだった?」
「お前のパンチ? ははっ、軽い軽い! ……ま、お前は女の子だし、それぐらいでいいんだよ」
シエラは自分の拳を恨めしそうに見つめる。しかしバイソンは自分の手でその拳を包み込むようにすると、シエラの拳を開かせた。その手は包帯に覆われているものの、やはりゴツゴツしており筋肉がはっきりと分かる。
「やっぱりさ、シエラはこれぐらいでいいんだよ」
バイソンはもう一度そう言うと、シエラの手を離しくるりと背を向けてしまった。そしてクラウドたちに向かって「まだ終わらねぇの?」と呑気に笑いかけている。
『これぐらいでいいんだよ』
一体それはどういう意味だろうか。自分で聞いておきながら言うのもおかしな話ではあるが、シエラ自身“拳の重さ”というものを理解できていない。
――でも、それでも、私は戦いたい。
同じ適合者なのだから、同じように戦いたい。それはこのマフィオについてからずっと思っている事だった。迷惑をかけない程度でもいいから、強く、戦えるようになりたい。
「……そなたが望めば、我は応えよう」
「え?」
「シエラ、どうしたんですか?」
「今、何か……。ううん、なんでもない」
シエラが頭を振ってみせると、ウエーバーはきょとんとしたものの、すぐに話の輪へと戻った。今、確かに声が聞こえた。透き通った、けれどよく響く低い声だった。
――何だったんだろう……?
一度も聞いた事のない声だったが、どこか懐かしさを覚えるような、そんな気がした。しかもその懐かしさは、前にクラウドの横顔を見た時に感じたものと良く似ており、胸の奥が切なくなっていく。
――分からない、けど。……あぁ、らしくないなぁ。
途中まで考えて、シエラは思考を止めた。これ以上考えたところで結論は出ない。それならば今悩んでも仕方ないのだ。
ユファへの話が一通り終わったところで、今度はクラウドがユファに対して質問をぶつけた。
「……あの霊獣は、一体なんだったんだ」
するとユファは顔を俯かせ、マフラーで口元を隠す。その表情は見事に曇ってしまった。ウエーバーやラミーナが助け舟を出そうと口を開いたが、ユファはそれを手で制した。
「遺跡を守るための存在だ。ただし、歪んでしまっていた。だから私は、あれを眠らせる事にした」
「眠らせるって……。でも、消えたんでしょ?」
口を挿んだラミーナに、ユファは小さく頭を振ると「消えたのではなく、消したんだ」と呟いた。
「今は霊獣は遺跡と一体化した状態だ。それは本来のあるべき形であり、それが最もあれにとっての最善の対応だった」
それは果てのない寂しさを感じさせない為でもあり、この街の人の為でもある。すると黙っていたバイソンが感心したように声を上げた。
「にしても、ユファってすげぇな! なんでそんなに知ってるし、できちまうんだ?」
バイソンの最もな質問に、視線がユファに集中する。彼女は少し頬を赤らめる。
「これでも、考古学者……だからな」
思わぬ告白に皆驚きに目を瞠り声を漏らす。そしてそれはすぐに納得の反応へと変わった。シエラも同じで、寧ろ感心している。
「そうだったんですか! 流石は歴史の国と名高いダリアミですね……」
「それじゃぁ、他国のガイドなんて目じゃないわよねぇ。貴重な人材が仲間になってくれて嬉しいわ」
ウエーバーとラミーナは目を輝かせながらユファに顔を近づける。二人は何故だかこういうところは似ている。思わずシエラとバイソンは笑みを零していた。
「……しかし、どうしてまたあんな事になったんだろうな」
和やかな空気の中、どこか遠いところを見つめているクラウドが小さく言葉を漏らす。ユファもそれには「それは分からない。ただ、あれは寂しかったのだろう」と、かぼそい返事をした。重苦しい沈黙が訪れかけたが、それはバイソンの明るい声で掻き消える。
「んー、そういえばよぉ。霊獣ってそもそもなんなんだよ?」
「あ、そうそう! 私も知りたい」
それにシエラも便乗する。ラミーナに訊ねたが、走りながらだった為面倒くさいと一蹴されてしまったままだった。
ラミーナも思い出したようで、苦笑いを浮かべている。
ユファは鞄からペンと紙を取り出すと、何かを書き始めた。そしてすぐに顔を上げて、シエラとバイソンにそれを差し出す。
「……えーっと、これは何?」
「それをそのまま持っていてくれ。……ヴァヴ、ヘット、ザイン」
ユファがそう言うと共に、紙に描かれていた奇妙な紋様が浮き上がる。そしていきなり炎が発生すると、紙の上に灰が積もる。次に何が起こるのかと目を凝らしていると、いきなり紙から魔物が四体飛び出してきた。
「うお、すげぇ!!」
大きさは十センチほどではあるが、本物そっくりである。
魔物に関して知識のあまりないシエラではあるが、教科書で一度目にした事がある魔物が、一番右に立っていた。
「それは右から順に、下級、中級、上級、貴族の魔物だ。その四体は代表的な種族だ。霊獣の説明の前に、まずは魔物の基本的な事から説明しよう」
「なるほどー」
シエラとバイソンは二人揃って感嘆の声を上げている。そしてユファは下級魔物を指差す。
「こいつはアルファ。下級の代表的タイプの魔物で、戦闘能力も知能も低いが、稀に言葉を話せる奴もいる」
「……お前を襲った魔物は、そのアルファだ」
「え!?」
シエラは驚きのあまりクラウドに視線を向ける。彼はいつも通りの冷静な表情だが、僅かに眉間に皺を寄せていた。最初にシエラがクラウドと出逢った時に対峙した、あの哀しい魔物。最後は召還鏡によってマヨクワードゥに戻ったが、今でもあのときの恐怖と哀しみは覚えている。
「そしてこれがベータ。中級の代表的タイプだ。こっちの上級はガンマ。下級に比べ戦闘能力も知能も、そして何より魔力値が桁違いだ」
とりあえずここまでの事をシエラなりにまとめてみる事にした。
魔物は下級、中級、上級、貴族の四つの階級に分かれており、またその中に種類がある。その代表例が、アルファ、ベータ、ガンマ、という事だろうか。
「魔物は階級で大まかに区分されている。そしてその区分の中でも、種類や血統などで、ガンマなどに分けられているんだ」
「難しいなぁ……」
何故こんなややこしいのか。もっと簡単に、分かりやすくして欲しい。
シエラはつくづくそう思ったが、今更文句を言ってどうにかなる問題でもないので、必死にユファの説明を咀嚼する。
「そしてこの貴族クラス。こいつはデルタと言って、霊獣以外の全ての貴族クラスはこれだ」
「はいはい質問ー!」
そこでばっとシエラは手を挙げる。視線はラミーナに向いている。
「前にラミーナが“消えた”って言ってた貴族魔物もこれになるの?」
「えぇそうよ。デルタは魔物の中でも特別でね。人の姿をとったり、或いは元から人の姿に似ていたりするの」
シエラは実際に会っていないものの、前にクラウドとウエーバーが対峙した貴族クラスの魔物がいい例である。基本的には人間に近いが、大きな角など、一部分は色濃く魔物なところが表れる。
「ま、貴族クラスはデルタか霊獣の二つしかないから、デルタは一般的には貴族種って呼ばれてるのよ」
「霊獣もデルタも全てひっくるめて、貴族種なんて言ったりもするがな」
ラミーナにクラウドが付け足すと、シエラはやっと魔物について分かった気がした。そして本題はここからである。霊獣について、ユファは説明を始めた。
「問題の霊獣だがな。魔物の中でも霊獣はまた別格だ。ある程度の魔力を持っていなければその姿を見る事はできない。その霊獣が強ければ強いほど、目撃する事さえ難しくなる」
「あー、だからあのガイドのおばさん見えなかったんだ」
つまり彼女は魔力を殆ど持っていないと言う事になる。シエラとは真逆であり、それはそれでまた、この世界では辛いことだ。
「デルタが人に近い姿をしているのに比べ、霊獣はその名の通り、獣の姿をしている。稀に人型の霊獣もいるがな」
「ていうか、魔物ってこんな複雑だったんだ」
「俺も初めて知ったぜ」
シエラとバイソンは互いに顔を見合わせて深く頷きあっている。前にウエーバーが魔物に関する事は情報が規制されていると言ったいた。しかしここまで複雑で、しかも種類が雑多ならば、情報規制はある意味で正しいかもしれない。
「ただし、一つ注意してほしいのはデルタだ。あれは人の姿に近いといっても、能力値は人間とは比べ物にならない。それに、魔物本来の姿に変身もする。……十分に注意する必要がある」
「ま、遭遇したらぶっ飛ばすだけだ!」
「うっわ流石バイソン。私は逃げるね、即行で」
ユファの注意を軽く流してしまった二人だが、他の三人の表情は硬い。やはり実際にその恐ろしさを知っているからだろう。
「そういえばユファ。あなた二千年前の事とか、知ってたりする?」
この街にきたのは適合者や二千年前の事を知る為だ。その目的を果たそうと、ラミーナは話題を変えた。
しかし、ユファから返ってきた言葉は、あまり芳しいものではなかった。
「……すまない。二千年前の事は、本当に極一部しか知らないんだ。適合者の事はおろか、その当時の文化などもな」
恐らく一般人に知られないようにするためだとは思うが、考古学者ですら知らないとは。何か大きな幕に、全て隠されてしまっているような、そんな感じさえする。知りたいと強く思うのに、中々上手くはいかない。
――もどかしいって、こういう事なのかな。
シエラが膝を抱えて俯いていると、ラミーナが勢い良く立ち上がった。なんだか良く分からないが、ラミーナの身体は僅かに震えている。
「やってやろうじゃない!!」
そして拳を上に突き上げる。その目はらんらんと輝いており、やる気に満ち溢れている。
「ど、どうしたんだ?」
心配そうにラミーナを見上げているバイソンの言葉に、シエラ達も同調するように頷く。一方、ラミーナ本人はそんな周りの反応は、然して気にしていない様子で、強気な姿勢を崩さない。
「バッカねぇ。相手が手強いならやる気も出るってもんじゃない! ガイバーの情報収集、見くびってもらっちゃ困るのよ!!」
「……と、言いますと?」
「さっさとフランズに行くわよ! あそこの国立図書館なら、きっとあるはずよ。……あたし達が求める情報が」
こういう時は、ラミーナの強さに救われる。暗くなっていては、諦めてしまっては、前に進めない旅なのだ。そんなラミーナに、イヴも嬉しそうに鳴き声を上げて部屋を駆け回っている。
「んじゃ、行くか?」
「いや、もう日も暮れてきている。明日の朝出発した方が無難だろう」
「善は急げ、思い立ったら吉日って言うじゃないの!! 行きましょうよ!!」
元気になったラミーナに、シエラ達は苦笑いを漏らす。
結局、明日の朝、このマフィオを出発する事になった。ユファは別に宿をとっていた為、明日の朝にまた合流する手はずだ。
「燃えてきたわ!」
熱意溢れるラミーナに引きずられ、シエラはまた渋々この宿の混浴風呂に浸かるのだった。




