六
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シエラ達と別れたラミーナは、人気のない細い路地裏に入った。そこには黒い仮面をした怪しい男が佇んでいる。
「……こんな時間に珍しいわね」
「至急との事だったからな。……これを」
ラミーナは男から魔術式で書かれた伝書を受け取る。伝書の文字を追いながら、ラミーナは深い溜め息を吐く。本当にいい加減にして欲しい、そう心から思う。
「お父様がこんな状態になるまで、お母様は何をしていたの?」
「……あまり、責めるような事を言ってやるな」
男は険しい声でそう言うと、視線をラミーナの奥――シエラ達のいる大通り――に向けた。
「あれが、各国の適合者か。お前、ちゃんと馴染めてるのか?」
「問題ないわ。それにあんたに心配されるほど、もう子供じゃないのよ」
拗ねたように反論するラミーナに、男は喉の奥で笑って「そうだな」と呟いた。そしてラミーナに渡した伝書に視線を戻すと、声のトーンを落とす。
「……覚悟は、出来ているな?」
「えぇ、とっくの昔にね。……あたしがやらないで、誰がやるっていうのよ」
毅然とした態度ではあるが、その態度を本人を前にしたときに保てるのか。男はそれを心配していたが、今のラミーナの瞳には迷いがない。
「あの女がした事は重罪よ。許される事じゃない……。それはあんたも知っているでしょう」
男は無言で頷く。あまり無駄口を叩いて彼女の傷口を抉るような真似はしたくない。ラミーナは銀の十字架のペンダントをぎゅっと握り締める。
「……悪かったわね、こんな遠方まで」
「いや、大丈夫だ。たまには遠出するのも悪くないしな。お陰で久々にお前とも逢えたわけだし」
ラミーナは肩を竦めた。全く、この男は昔から口だけは達者なのだから困ったものだ。男はそんなラミーナの心情が分かったのか、再び喉の奥で笑う。
「安心しろ。別に誰にでも言っているわけじゃない」
「まぁ、その内女の子に刺されてもあんたは文句言えないけどね」
ラミーナが冗談めかして言った台詞に、男は僅かにだが肩を揺らした。どうやら、思い当たる節があるらしい。やはり困った男だ。
「……ま、元気そうで良かったわ」
「お前もな」
仮面で男の表情は分からないが、声は柔らかい。もしかしたら笑っているのかもしれない。ラミーナは受け取った伝書を燃やすと、代わりに鞄から一枚の白いカードを取り出す。
「ちょっと待ってて。今、お父様に書くから」
ラミーナはカードに魔力を込める。するとカードは途端に真っ黒に染まり、魔術式が浮かび上がった。そして素早くラミーナは魔術式で文章を組み立てると、男に手渡した。
「お父様と、それからこっちは陛下に」
男が受け取ったのは黒のカードと、それから小さな封筒だった。男は僅かに首を傾げる。
「おいおい、なんだ陛下にって」
「必ず届けて。頼んだわよ」
しかしラミーナの真剣な眼差しと声から何かを感じたのか、すぐに頷き内ポケットに仕舞いこむ。
「……それじゃ、俺はこれで行く。武運を祈るぞ」
「ありがとう」
ラミーナは男から数歩離れる。男の足元には魔法陣が浮かび上がり、次の瞬間男は炎に包まれ消えていた。ラミーナも路地裏を出ようと踵を返し、足を進めた瞬間。
「きゃぁああぁあぁぁあぁ!!!!」
何処からとも無く悲鳴が聞こえた。慌てて大通りに出ようと駆けたものの、そこはもう群集で埋め尽くされていた。
――ちょっと、何が起きたのよ!?
出しかけていた体を路地裏に引っ込め、ラミーナは壁伝いに空を飛ぶと、建物の屋上から様子を窺う。これといって目立つものはない。人の流れてくる方向に目を凝らしてみると、微かにだが魔力を感じる。
「……困ったわね」
シエラ達は今どこにいるのか。出来れば合流したいが、下は人でひしめき合っている。迂闊に降りれば合流することは困難になるだろう。
――ま、クラウドあたりが勇んでそうだけど……。
そのラミーナの予想は当たっているのだが、それを彼女が知る術は無い。すると、ラミーナの視界に誰かが入ってきた。
「ウエーバー……?」
良かった。ラミーナは胸を撫で下ろす。恐らく今出てきた路地にシエラ達もいるのだろう。そう思い近寄ろうとした。しかし、ウエーバーが一人で先の方へと行ってしまった。ラミーナは様子を見る事にし、その場で姿勢を低くする。ウエーバーは何かを見つけたのか、その手に魔力を集中させている。
――ちょっと、街の中でぶっ放すなんて事しないわよね……?
ラミーナは危惧しているが、案の定低級魔法だった。しかし安心したのも束の間、一陣の光がウエーバーに向けて放たれた。あまりにも一瞬の事に、ラミーナは言葉が出ない。
「……ウエーバー!」
思い余ってウエーバーに飛んで行ったラミーナだったが、途中ではっとした。今下には敵がいるかもしれないのだ。そこに自分が迂闊に姿を見せれば……。
――マズいわね……。
ラミーナは辺りをきょろきょろ見回す。居た。シエラ達だ。やはり路地裏に隠れていた。
ラミーナはウエーバーの背中を一瞥すると、そのままシエラ達の元に下降していった。とにかく、ウエーバー一人に戦わせるのは非常に危険だ。前回魔物と戦闘になったときの情緒不安定ぶりは、何か引っ掛かるものを感じる。ラミーナがゆっくりと降りていくと、視線を上に向けたシエラが気づき声を上げた。




