三
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「……ふーん、それで?」
「ラミーナ、怖い」
「ラミーナさん、流石に僕も可哀相だと想います」
「女って怖ぇ……」
「いやぁ、田舎の母ちゃんはもっと強ぇなー」
鬼の形相のラミーナを、四人はひっそりと見守っている。いや、口を滑らしてしまった時点で、四人ともまずかったのだ。
「何か言った……?」
「いえ、何にも」
普段優しいだけに怒ると怖い。それはウエーバーにもあてはまるのだが、どちらかと言うとラミーナの場合は熱い。ウエーバーが静かに怒るのに対して、ラミーナは烈火のように、息を荒くして怒鳴られる。どちらが真に怖い、などと聞かれればウエーバーなのだが、ラミーナもそれはそれで怖い。
今、ラミーナの前には顔面を強打され青痣だらけの二人の男が、深々と土下座していた。
「女の肌に傷をつけるってどういう事かしらね。根性もない癖にこんな事してんじゃないわよ!!」
「ひぃぃいい!! す、すみませんでしたぁあぁ!!」
男達はすっかりお灸を据えられ、竦みあがっている。さっきまで強気だった痩せ男でさえも、目尻に薄っすらと涙が浮かんでいた。
「大体ねぇ、ふざけるのも大概にしなさいよ!! 聖玉の封印が解けても不幸にはならない? 何バッカな事言ってんの!? 聖玉が解放された世界は滅ぶの!! 二千年前からそうやって世界は成り立ってんの!! 大人なら知ってるでしょ!?」
物凄い剣幕で怒鳴られ、シエラ達も思わず驚いてしまう。男達は更に深々と頭を地面に擦りつけ、「どうかお助けをぉぉお!!」と泣く始末だ。
流石に見ているこちらが不憫だと想ってしまう。ウエーバーとクラウドの二人に至っては開いた口が塞がらないのか、口角を痙攣させてラミーナを見ている。
シエラは苦笑いを浮かべて事の成り行きを見守っている。一番の被害者であることが、逆にこの状況を冷静に見せてくれているのかもしれない。
バイソンに至っては表情を崩すどころか、微動だにしない。先ほどの言葉から察するに、故郷ではよほど母親が強かったのだろう。
「それじゃ、アークの事を話してもらいましょうか」
にやりとあくどい笑みを浮かべると、ラミーナは男達に一歩近づく。まるで拷問官だな、とシエラはつくづく想う。
「……ア、アークは、突然俺たちの村にやってきました。そして、『この原因は全て聖玉であり、この状況を変えることは非常に難しい。もし万が一の事があれば、皆は飢餓に苦しみ、災厄の中で絶えるであろう』と言ってきたんです」
なるほど、確かにこの状況でそんな事を言われてしまえば揺らぐのは仕方ない。大国ではない小国の、しかも地方ならば尚更だ。
「集落での貯蓄も、聖玉の影響で今にも無くなりそうで……。アークは『死にたくなければ、平穏と安寧を求めるならば、絆を求めよ。自らの縁を信じよ。今の伴侶を重んじ、自分の絆に感謝せよ。まだ見ぬ運命の絆を求めるならば、我らの秘術で教えよう』と」
「悪徳ですね」
ウエーバーの呟きに、シエラも思わず頷いた。これほど言葉巧みに言われてしまえば、誰だってその手を掴みたくなる。それにこの男がアークの言葉を覚えているということは、相当鮮烈に記憶に刻み込まれたという事だ。
「それで、ちょっと怪しい婆さんたちが現れて、恋人や未婚者を集めて占いを始めたんです。それで、俺も占ってもらって、そこのお嬢さんが……」
「占いで出たってわけね。よぉく分かったわ」
やっとラミーナの怒りも静まったのか、声音が穏やかで落ち着いたものになっていた。男達も漸く終わったのだ、と安堵の表情を浮かべている。しかし、これで終わりではなかった。
「でも、まだ反省の言葉を貰ってないわ」
「へ……?」
反省の言葉。その単語にシエラ達も首を傾げる。すると、ラミーナはおもむろに鞄から何かを取り出すと、男達の目の前に放った。
「『もう二度とこんな事はしません』って、それに向かっていいなさい」
「は、はぁ……」
目の前には白銀の小さな筒だ。掌にすっぽりと収まるそれを握り締めると、男は言われた通りにした。
男が言い終わると、いきなり筒から赤い液体が滴り始める。男は驚きのあまり筒を放り投げてしまったが、液体は男の手にしっかりと付着している。それが段々形を為していく。男の手の甲に、赤く大きな十字架が刻まれた。しかし、一瞬にしてそれは肌の色と同化してしまい、男は驚きで言葉さえ出てこない。
「それで、あんたはもう二度と同じことは出来ないわ。悪いけど、これ以上アークに関われないわよ。もう一度あんたがアークに関われば、激痛があんたの身体に迸るでしょうね」
「そ、そんな……!!」
「それぐらいのことを、あんたはしたのよ」
ラミーナの突き放すような一言に、男は絶望に打ちひしがれたような、諦めたような顔をした。流石にやりすぎじゃないのか、とシエラも思ったけれど、ここで余計な口は挟めない。
「あんたたちのこと、死なせたりしないから」
「え?」
ラミーナはそれだけ言うと、踵を返してシエラ達の下へと戻ってきた。その横顔がほんの少しだけ寂しそうだったのは、全員気づいていたが、誰も何も言わなかった。それよりも、こんな事が世界各地で起きているのだとしたら、それこそ大問題だ。
一刻も早く、適合者が全員揃う必要がある。それこそ、アークの言うように自分の“縁”を信じて、前に進むしかない。
「……行きましょう」
「そうだな」
「えぇ、一刻も早く」
「マフィオってどんな町だろうなー」
それぞれが胸中に抱える思いを仕舞いこみながら、シエラたちは次の街、マフィオに向かって歩き出した。




