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リディア―世界の中で―  作者: 知佳
第四章:然
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****


 ツヴァイは今日も祈る。いや、これは祈りというよりも呪いに近い。

 夜半、アークの本拠地ともいえるこの純白の外壁をしている巨塔にて、ツヴァイは純白の彫像に向き合っている。いつもなら、ツヴァイの身体は頼りなく揺らめいている。しかし、今日は違う。

「……なんだ、来ていたのか」

 低く渋みのある声が、静寂の中に響く。ツヴァイは純白のドレスに身を包み、ただ只管に気持ちを込めている。老人――アハトはツヴァイの背後に立つと、彼女が見つめている彫像に目を向けた。

「毎日毎日、よくも飽きないな」

「当たり前じゃない。……これはね、私の為でもあるの」

「ほう。この双子の神に、想うところでも?」

 アハトは彫像から視線を逸らさない。純白の石で出来た彫像たち。その中に、中央に鎮座されている顔のよく似た二つの像がある。それはこの世界に最も関わりを持つ神でもあり、ツヴァイが羨み疎む存在でもあった。

「アハトも知っているでしょう。右のアールフィルトに、左のローディラルト」

「勿論だとも。この世界の創造主にして、破壊者。再生と破壊を繰り返し、死を迎えても、その魂は現にある」

 これほどまでに世界に影響を及ぼしたものがいるだろうか。あのリディア以上に、この二人の存在は強大だ。そして、それ故に表には中々出てこない。隠された真実と、古の事実は、この世界の歴史の裏でひっそりと生き続けているのだ。

 ツヴァイがそっと立ち上がり歩き出すと、硬質な床に足音が響いた。

「ねぇアハト。この二人の力が手に入れば、私たちは完璧になれるわよね」

 恍惚とした表情で彫像を見つめているツヴァイ。しかし、アハトは彼女の問いかけには答えない。

 ツヴァイはアハトを見る事無く、ただ淡々と語り出した。

「私はね、物足りないの。現状に満足なんて出来ないわ。いつでも前に進んでいたいの。だってそれって当然でしょう? 魔法では解決できない事が、今では世界に溢れてしまっているんだから。生きるためには進歩って必要じゃない。こんな鬱屈とした現実なんて、ぶち壊したくてたまらないわ」

 ツヴァイの危険とも取れる言葉に、アハトは無言を貫き通す。アハトはツヴァイの背中を目を細めて見ている。

 儚いようでいて、力強く、しかし今にも消えてしまいそうな危うさを持っている。目的の為ならばどれほどの犠牲も厭わず、邪魔なものにはどこまでも冷淡になれる。

 そんなツヴァイの精神力を、アハトは買っているのだ。だからこそ、時々不安になってしまう。

「ぶち壊すには、まずこの世界を縛る聖玉が邪魔よね。あ、勿論アハトの目的を達成した後でよ? 

本当なら、私が適合者になるはずだったのにね。そうしたらもっと上手く事が運んでいたはずだったのに」

「そうでしょう、アハト?」ツヴァイの冷静で狂気的な声に、アハトは今度は口を開いた。

「案ずる事はない。作戦は順調だ。世界各地で我らに加担するものも増えている」

 先日から小国を中心として始めた活動は、思いのほか上手く行っている。完全にとは言い難いが、順調といえば順調だ。今まで魂や運命といったものは、言葉こそ知られているが、思想としてはまだまだ認知されていない。だからこそ、この活動は順調なのだ。混乱と不安が人々の心に押し寄せている今、新たな救済を提示することで人心は一気にこちらに集まる。

 今日のロディーラでは宗教的活動そのものが珍しい。神や魔物などを崇める団体も少ないとはいえ実際にある。しかし、神や魔物を疎んじる輩は沢山いる。人が未知の出来事や存在と直面したとき、縋るべきは何か。それは自分である。それこそがアハトの狙いであり目的だ。

「アハトの思い通りね。でも、信じさせる対象を直接“自分”とはせずに、自分の“絆”や“縁”にするなんて……。予想外だったかな」

「あくまで縋るという気持ちを利用するのだからな。……しかし、物事とは複雑であり単純だ。見方を変えればすぐに新しい物は出来上がる」

 アハトの言葉にツヴァイは愉快そうに口を歪める。

 このアハトの斬新で奇抜かつ合理的な考えと、自分の持つ思想さえ合わされば、何ものにも劣らない。

 そんな自信が、ツヴァイの中で渦巻いていた。アハトの目的の完遂こそがツヴァイの目的であり、その先に待つ世界こそが理想だ。

「……そういえば、例の本はどうしたの?」

「あぁ。もう暫く掛かるそうだ。何せ厳重に保管されているからな。……しかし、あれさえあればもっと作戦も飛躍的に進むというものだが」

「フランズだったっけ? でも、反逆には手厳しい女王様と、その犬の巣窟じゃない。三下くんには厳しいと想うけど?」

 ツヴァイはドレスの裾のふんだんにあしらわれたレースを靡かせながら、軽やかな歩調で歩き出す。円形の部屋を大きく歩き回っていると、段々とツヴァイの身体が透けてきた。

「あぁ、もうこんな時間。私、そろそろ戻らないと」

「明日も学校か」

「えぇ。明日はランティア先輩、それからノインとエルフと一緒に来るわ」

 嬉々と言うツヴァイに、アハトは何の表情の変化も見せず、小さな声で「ランティアは、何を考えているんだ」と呟いた。

 けれどツヴァイは気にした様子もなく、足元に大きく魔法陣を出現させる。

「先輩は先輩よ。何も心配することなんてないわ」

「……そうだと、いいがな」

「変なアハト」

 足元の魔法陣は徐々に上昇していき、ツヴァイの身体をすっぽりと包み込んでいく。そして腹部まで魔法陣が上昇したとき、ツヴァイはアハトに向かって魔法陣を指差しながら話しかける。

「この空間式、もっと早く移動できるように組み替えられない?」

「仕方なかろう。政府や部外者からの進入をシャットダウンする特別製だ。それを作るのに何年掛かったことか」

「あっそう。これ、移動するのに時間掛かりすぎなのよ」

 ツヴァイは不満そうな顔でアハトに視線を向けている。

 しかし、こればかりはどうにもできない。魔法陣というのは一般的に式の羅列が決まっている。基本的ベースに則り、そこから更に改良していくものだ。故に、魔法陣もそうだがオリジナルの魔法の開発には相当な年月がかかる。

「そんなに嫌なら自分で組み替えろ」

「……そうね、そうするわ」

 不敵に微笑んだツヴァイは、すっぽりと上昇した魔法陣に覆われ、魔法陣も収縮を始め、光の粒子となって消えた。

 白き巨塔には、アハトだけが佇んでいた。





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