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リディア―世界の中で―  作者: 知佳
第一章:始
2/159

 ――暇、暇、暇、暇……。


 シエラ=ロベラッティは心の中で、その言葉を呪文の様に繰り返す。

 今は授業中だ。その事は本人も自覚している。しかし、やる気というものは皆無であった。


 ――早く授業終わんないかなぁ。


 シエラの右上で一つに束ねた茶髪が揺れる。

 欠伸を噛み殺し、必死に授業が終わるまで耐えようとする。しかし、そう簡単に時間が進むわけがなかった。


「――シエラ! シエラッ!」

「なに……?」


 右隣の席に座っている少女が、必死の形相でシエラに声をかけてきた。

 彼女はツヴァイ。

 シエラの幼馴染であり、ツインテールにした水色の透き通るような髪が印象的だ。

 シエラはツヴァイの様子に首を傾げながら、また欠伸を噛み殺す。重い瞼を気力で持ち上げると、視線を上に向ける。


「お前なぁ……そんなに俺の授業はつまらんかっ!?」


 目の前には眉を吊り上げ、口角を痙攣させた教師が立っていた。ガツン、と凄まじい音が教室に響く。


「いったぁあ!!」

「痛いのは俺の心だ! 全く、お前という奴は何度言われれば気が済むんだ!! 実技も駄目、態度も駄目。お前学校に何しに来てるんだ!!」


 殴られた頭部を押さえながら、シエラは涙目で教師を睨む。

 今の一撃で眠気など空の彼方へと吹っ飛んでしまった。

 教室のあちらこちらから笑いが聞こえたが、それは全く気にしない。それどころかシエラは教師に噛み付いた。


「それとこれは別ですけど! 暴力反対! あと学校には魔法を習いに来てますけど!」


 その言葉に教師は呆れたように重い溜め息を吐くと、ゆっくりと教壇に戻って行った。教卓に教科書を置くと、深く息を吸い込む。


「シエラ=ロベラッティ!!」


 そして大声でシエラの名前を呼ぶと、鋭い目つきでシエラを見てきた。


「今さっき俺が読んでたとこ、もう一度読んでみろ」


 おぉ、これは困った。

 シエラは教科書に目を落とすが、さっぱり分からない。

 隣にいるツヴァイに視線を向けると、仕方ないと言った風に教科書の一部分を指差してくれた。 

 シエラは気だるそうに立ち上がり、教科書を読み始める。


「このロディーラは、聖玉と呼ばれる存在によって守られている。世界の平和、秩序、均衡は聖玉の力により保たれ、災害も抑制されている。聖玉は常に封印されており、聖玉を唯一制御できるのは宝玉である」


 ちらりと教師を盗み見る。まだ終わりのサインは出してくれない。

 シエラは内心で舌打ちをしつつ、続きに目を通す。


「また、その宝玉を扱う事が出来るのは、宝玉と共鳴した者だけである。宝玉と共鳴できたものを適合者と呼び、世界を救える唯一の存在である。

八大国を建国したかつての英雄たちも、適合者であり、このロディーラの目覚しい発展への貢献は測り知れない。宝玉は七つあり、現在はロベルティーナ、ナルダン、ディアナ、ガイバー、ユクマニロ、ダリアミ、ナールの七大国が保有している」


「よし、いいだろう」


 シエラは教師の頷きを見ると、そのまま大人しく席に着く。もう一度呆けようかと想ったが、流石にまた同じ事をするのは馬鹿げている。そう判断し、授業に参加することにした。


「俺たちが住んでいるこのロベルティーナは誰が創ったんだ? はい、ツヴァイ」


「リディア=ロベルティーナです」


「そうだな。それじゃ、ツヴァイに続きを読んでもらうか」


「はい」


 さらりとツヴァイの長いツインテールが靡く。それを横目で眺めてから、シエラは教科書に目を落とした。


「聖玉による均衡は、今から約二千年前に始まった。神たちから世界を救って欲しいと懇願されたリディア=ロベルティーナは、従者の七人に宝玉を与え、共に世界を旅した。そして聖玉を創造し、世界に平和が訪れた」


 シエラはツヴァイの声を聞きながら、教科書を睨みつけていた。シエラはこの話しに僅かに嫌悪感を抱いていた。何故こんな御伽噺のような事を載せるのか、理解できなかった。


 リディアの話はロディーラに住む者ならば誰もが知っている。しかし、当時世界に何が起きていたのか、世界がどんな危機に瀕していたのか、それらの事は一切記述されていない。聖玉も、宝玉も、適合者も、リディアも、実際には存在していなかったのではないか。最近ではそう想うようになっている。


 この世界はロディーラと呼ばれ、人々は魔法を中心に生活している。勿論、自然豊かな恵まれた土地もあれば、環境の悪い恵まれない土地もある。


 その中で世界の面積の約半分を占めるのは、八大国と呼ばれる八つの国。 国という存在が出来た時、最初に生まれた国がこの八大国である。この八大国建国を基準として、それ以前は紀元前、それ以降は「魔法歴」という暦を使っている。


 ロベルティーナ、ナルダン、ディアナ、ユクマニロ、ガイバー、ダリアミ、ナール、ブラドワール。この八つの国は、約二千年前に世界を救った八人が創った国でもある。


 適合者。そう呼ばれる七人のものたちと、“神”に選ばれた少女。彼ら八人は、今から二千年前に世界を救った――とされている。

 真偽の程は定かではなく、シエラ達にとっては御伽噺同然であり神話のようなものになりつつある。

 またこの世界には人間のほかに、大まかに二つの生物が国を持っている。それが神と魔物だ。


 神。それは人と似た姿でありながら、全く異なる存在。ロディーラに最初に生まれた種とされており、魔法以外の特別な力を使える種族である。


 魔物。それは醜い姿をし、迫害を受けてきた種。元来魔法は魔物が使っていたものであり、魔物は生まれながらに魔法が使える種族である。


 そして人。それは魔物とほぼ同時に生まれた種であり、魔法を使う種族。しかし、中には魔法を使う上で必要な魔力が無い者も居る。


「リディアは従者七人と共に国を創り、現在の八大国の基盤が出来た。誰もが永久の平和を願い、リディアたちもロディーラの発展に努めた。しかし、それは長くは続かなかった。八大国建国より約三年後、戦争が起きる。村同士の些細な衝突は、八大国の一つブラドワールまでも巻き込み、いつしか大規模なものへと激化していった。リディアは深く哀しみ、世界は闇に覆われる。かつての従者六人は、封印されていた聖玉を再び解放し、世界を闇から守り抜いた。再び世界は平和に包まれ、現在までの二千年、聖玉の封印は一度も解けていない」


 流石に長文を読むのは疲れるのか、ツヴァイはふぅと小さく息を漏らす。

 そしてシエラは教科書の続きに目を通した。この後、教科書にはこう書かれている。


『戦争により、八大国間には少なからず亀裂が生じた。敵国となり戦争を激化させたブラドワールとの国交は今も尚悪化の一途を辿っている。

今後の国際問題は、八大国間に置ける軋轢を失くすと共に、更なる発展のために世界が協力することである』


 何が少なからずの亀裂だ、とシエラは眉間に皺を寄せる。シエラはこのちっぽけな自分の世界が嫌いだ。空虚で退屈で仕方ない。 

 そんな心の靄を振り払おうと、窓の外を眺める。すると突然視界が、世界全てが大きくぶれた。


「!?」


 シエラだけではない。机や椅子、ツヴァイを含めた他の生徒たちも、何もかもが大きく揺れていた。初めての経験で、シエラはどうすればいいのか分からない。


「全員机の下に隠れろ!!」


 生徒全員が戸惑っていると、教師の厳しい声音が耳朶に響く。


 ――これが噂の地震ってやつ……!?


 ロディーラでは自然災害そのものが珍しい。特例以外、聖玉により災害は起きない。

 人生初の体験にシエラは戸惑うばかりで、冷静になれずにいる。それどころか内心焦りまくりだ。

 シエラが頭を抱えている間に、気がつけば振動は止んでいた。そっと机の下から顔を覗かせると、教室はしんと静まりかえっている。すると突然、教室に設置されているベルがけたたましく鳴りはじめる。


「お前達、急いで講堂に移動するぞ!!」


 教師のその言葉に、誰も反応できずにいる。しかし、悠長に待っていられる時間もない。教師は今度は声を荒げて叫んだ。

 そうしてやっと、シエラもツヴァイも我に返る。皆急いで教室を飛び出して講堂に向かって廊下を走り出す。幸い、廊下や壁に損傷はなく何処も瓦解していない。


 恐怖心がないわけではないが、それでも今は幾分か和らいでいる。それなのに、シエラには先ほどから警鐘が鳴り響いている。嫌な事が、良くない事が、起きる。そう直感が訴え掛けていた。

 講堂に着くと、既に大半の生徒が不安そうな顔で座っていた。教師たちも神妙な顔つきで、何かを話している。


「……シエラ……なんか、嫌な感じしない?」


 隣でツヴァイが呟くが、シエラは曖昧に頷くことしかできない。シエラのクラスが最後だったらしく、全員が座ると話が始まった。


「……ついさっき起きた地震ですが……おそらく、これからも頻繁に起こる可能性があります。皆さん、十分に注意し、もしもの時は先生方や保護者の指示に従ってください」


 壇上の教師の言葉に、生徒たちは大きく動揺した。ひそひそという小声での会話が講堂に響く。


「静かに! 詳細は校長先生の方から……」


 その言葉と共に壇上を入れ替わりに、学校長が上がってきた。遠くから見ても分かるほど、びっしょりと額に汗をかいていた。


「皆さん。恐らく、地震は初体験でしょう。地震は、聖玉の力が漏れ出たときしか起こらないというのは知ってますね」


 そう、聖玉の均衡は自然災害までも支配するのだ。幸か不幸か、それは人間に一定の安寧を供給してくれる。

 シエラたち生徒は勿論、恐らく教師も災害は初体験者が多いだろう。


「……八大国は、封印に異変が起こり始めていたのに気づき始めていました。そして、今日恐れていた事が発生したのです」


 学校長の声は、僅かに震えていた。

 突然、本当に突然のことだった。しかも八大国は聖玉の異変が分かっていたという。それならば何故もっと早く動かない。そんな憤りに似た疑問がシエラの中で沸き起こる。

 シエラはそんな思いを抱きつつも、ただ驚くばかりで、自分の感情さえも掴みかねている。今自分は夢でも見ているのだろうか。もしそうだとしたら、何て嫌な夢なのだろう。


「七大国は早急に適合者を選出するでしょう」


 その言葉に、どよめきは大きくなった。どよめきというよりは、悲鳴に近い。

 ロベルティーナ、ナルダン、ディアナ、ガイバー、ユクマニロ、ダリアミ、ナール。この七大国が動くとなると、本当に大事件だ。いや、世界の均衡が係っているのだから大事件には違いない。


「適合者って……共鳴できた人だけでしょ? やっぱ、魔法が得意な人かなぁ」


 ツヴァイのか細い声で呟いた。確かに、それは一体どうなんだろうか。シエラは少し唸ってから相槌を打つ。


「まぁ、そうじゃない? 寧ろ、それはありがたい」

「……苦手だもんね、シエラ」

「えっへん」


 威張れる事でも、自慢することでもないが、はっきり言って魔法は苦手だ。魔法学校にはとりあえず通っている、という感じで決して自主的に魔法が上手くなりたいと思ったわけではない。


「でも、魔力は学校一だよね」

「……うっさい」


 ツヴァイの言葉に、シエラは唇を尖らせ眉間に皺を寄せた。

 魔力は長所であり短所でもある。魔法が苦手なのに、魔力だけはバカみたいに持っている。前に、宝の持ち腐れだと言われたことがあった。

 魔力というのは、魔法を使う上で必要不可欠なものであり、魔力という媒体により人々は万象に語りかけ、魔法として使役する。より強い魔法の発動には、それなりに魔力が必要なのだ。


「……こほん。それで……本来は明日やるつもりだった事を、今やろうと思います」

 その言葉に、シエラとツヴァイは壇上に視線を戻す。学校長はポケットから小石のようなものを取り出し、全員に見せた。


「これは宝玉の欠片の様なものです。これに触り、共鳴できれば、適合者候補という事になります」


 候補。どういう意味だろうか。シエラは首を傾げた。


「七大国全ての学校で同じことが行われます。あくまで、欠片。ですから、共鳴できるものが数人出てきてしまうのです」


 説明で、なんとなく分かってきた気がする。しかし、シエラには嫌な予感しかしない。


「その数名は城に出向き、宝玉本体に触れ、本物の適合者を決めます」


 そこまで言うと、講堂は静まり返った。

 誰も現実だと思っていないのだろう。伝説が、今自分に降りかかっているのだから。

 シエラは心の中で溜め息を吐いた。どうせ自分には関係ないのだ。さっさと終わらせて欲しい。


「欠片は八つあります。それぞれ、学年に二つです。五秒握って何の反応も無ければ、次に回してください」


 そういうと、学校長は壇上からおり、それぞれ欠片が回ってきた。

 シエラ達のクラスは二年の最後なので、回ってくるのは後の方だ。

 シエラ達の通うキルデレット魔法学校は、ロベルティーナの首都アレンダにあり、生徒数が一番多い魔法学校だ。

 魔法学校は普通四学年まであり、ロベルティーナのお国柄、魔法学校への進学率は高い。

 ロディーラでは、普通学校を四歳から十四歳までの十年間通う。ここは日常で絶対に必要な勉強をするための学校なので、絶対に通わなければならない。


 一方、魔法学校は魔法を中心に教えるため、通うか通わないかは個人の自由である。魔法学校への進学率は国によって異なる。剣士の輩出が多いナルダン、格闘家の輩出が多いユクマニロなどの国は、他の国よりも多少進学率は低い。

 シエラはぼーっとして、順番を待っていると、三年生の方から歓声が上がった。


「な、なに!?」


 ツヴァイは興味津々に三年生のほうを見る。どうやら、共鳴した者がいたようだ。

 シエラはさして興味無さそうに俯いていたが、興奮したツヴァイに体を揺すられた。


「なんか、学年トップのランティア先輩みたい」

「……あぁ、あの陰険メガネか」


 シエラは眉間に皺を寄せ、眼鏡に潜む鋭い目を思い出した。シエラは前に実習で魔法を失敗し、ランティアにぶつけてしまったのだ。それを根に持たれ、すれ違う度に睨まれる。悪気はなかったので、シエラとしては迷惑極まりない。


「陰険じゃないもん」


 ツヴァイは頬を膨らせ、シエラをじっと睨んだ。 ツヴァイはランティアを尊敬の目で見ている。いや、尊敬というよりも恋慕に近い。


「……ツヴァイは適合者になりたい?」


 何となく、聞いてみた。

 すると、ツヴァイは案の定一瞬驚いたような顔をした。そして少しばかり考えるように俯く。


「……別にそんな事」


 ないよ。

 そう言って苦笑いを浮かべているが、こういう時は羨ましがっているのだ。長年付き合ってきたシエラには分かる。


「まぁ、ツヴァイなら大丈夫だよ」


 そう言うと、照れ臭そうに「そうかな」なんて言った。満更でもないようで、シエラはまた適当に相槌を打っておく。

 しかし、先刻から嫌な予感は治まらない。すると、四年生と一年生からも歓声があがった。これで未だに候補者が現れないのは二年生だけ。全学年から候補者が上がるとは想っていないが、少しだけ癪だった。


 とりあえずは欠片に僅かでも反応があれば、候補者という事になる。候補者三人に共通する事は、欠片が光った事、学年トップクラスの魔法使いだという事。

 そして、いよいよシエラのクラスに欠片が回ってきた。段々とツヴァイの瞳の色が変わっていく。しかし、シエラは口を閉ざし、何も言わなかった。気づけばツヴァイの順番が回ってきた。恐る恐る手を伸ばし、力強く握る。


「え!? え!?」


 ツヴァイが握ると、欠片は光り明滅を繰り返し始めた。

 二年生から歓声が上がる。

 ツヴァイは満足そうに笑いながら、欠片をシエラに渡した。

 しかし、シエラが触れた瞬間、


「っ!?」


光った、程度ではなかった。講堂全体を光が覆いつくし、全てが白に染まった。

 目を開けると、シエラの掌には、しっかりと欠片が握られていた。突然の事に、生徒だけでなく教師も驚いている。

 シエラは苦笑いを浮かべ、そそくさと欠片を次にまわしてしまった。

 ありえない。何かの間違いだ。そう想いながら暫く俯いていると、いつの間にか集会は終わっていた。

 集会が終わると、候補者五人は教師に集められた。


「この五人が、一応候補者となったわけだ」


 シエラは他の四人を盗み見る。シエラ以外は学年トップクラスの人間で、自分がとても場違いに思えた。心なしか、教師達の目もシエラを除いた彼らに集まっているような気がする。


「君たち五人は、明後日の午前十時に城に集まること。いいな」


 教師から指示を受け、今日はそれ以外何も無かった。生徒全員、速やかに下校になり、シエラも帰路につく。

 シエラはツヴァイと家が近いため、途中まで一緒に帰ることになった。しかし、妙に空気が重たい。


「……ツヴァイ。候補者になれてよかったね」


 シエラは何とか声をかけてみるが、ツヴァイから返事は無い。こういう時のツヴァイは機嫌が悪い。何か気に喰わない事があると、すぐにこうなる。

 シエラは内心、苛立っていた。秀才の中、自分だけが異物として交じってしまった。こんなに惨めで嫌味な出来事は人生初かもしれない。そして、ツヴァイの態度にも苛立っていた。

 無言のまま、シエラは家につき、ツヴァイと別れ家に入った。


「ただいまー」

「おかえり! 無事でよかったぁ……」


 玄関の扉を開けるなり、母であるリアンに抱きつかれた。少し子供っぽい部分のある母だ。

 けれどシエラも今はリアンと同じように安堵の気持ちに満たされている。

 シエラもリアンを抱き返す。

 普段ならば、ここで「もう子供じゃないんだから、抱きつかないで!」と一言文句でも出ていただろう。


 それを言えなかったのは、現状があまりにも非現実的だからかもしれない。何より、いつも明るいリアンの表情が、今は心なしか暗い。


「……ねぇ、シエラ? 学校で、何かあったわよねぇ」


 リアンの声色ががらりと変わる。こういう時は、あまり良い事が起こらない。

 シエラは面倒そうに溜め息を吐く。


「……地震の事。適合者の選出について。集会はあったけど」


 短く答えると、抱きしめる力を強められた。僅かにリアンの肩が震えている。


「どうしたの?」


 首を傾げて訊ねるが、返事が無い。暫く沈黙が続き、重たい口をリアンは開く。


「……新聞で読んだわ。学校で、候補者選出したんでしょう?」


 その話か。シエラは嫌悪感を露わにした。ひどく心がささくれる。あれは悪い夢だ。何かの勘違いだ。自分が候補者であるはずがない。シエラはリアンの存在を無視し、呪詛を吐き続ける。

 一方リアンは沈黙を肯定と受け取り、話を続ける。


「シエラ、選ばれたでしょう」

「……そんなわけないじゃん」


 いつもどうりの口調で言うが、リアンはどうやら信じていないようだ。

 何故嘘を言ったのか自分でも分からないが、母であるリアンに心配を掛けたくなかった。それよりも、何故リアンがこんな事を言うのかが理解できない。


「嘘は駄目。本当の事を言って」


 しかもシエラの言葉が嘘だと見抜いた。普段のリアンからは想像も出来ないほど真剣な表情に、シエラは観念したように口を開く。


「……候補者にはなった」


 リアンは小さな声で、そう、と言ったきり再び黙り込む。


「お母さん、今日変じゃない? 体調悪いなら寝てなよ」


 そう言うと、リアンはゆっくり身体を離し、リビングに行ってしまった。

 不思議に思いながら、シエラは自分の部屋に向かった。階段を上り、扉を開ける。制服のネクタイを外し、ブレザーも、スカートも脱ぎ、楽なシャツと短パンに着替えた。


「……はぁ」


 そのままベッドに倒れこむと、スプリングが軋んだ。枕に顔を埋め、考える。適合者には、きっと優秀な人がなる。


 ――第一、私が適合者になるなんてありえない。それこそ封印なんてする前に、とんでもない事になっちゃうだろうし。


 自分では無い事を切に祈りつつ、目を閉じる。思考を停止すると、不安も、苛立ちも、自然と消えていった。



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