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リディア―世界の中で―  作者: 知佳
第二章:対
13/159

幕間

****

 ツヴァイは屋上に続く階段をゆっくりと上っていた。放課後のこの時間、生徒が校舎にいるのは珍しい。夕陽が窓から差しこみ、全てを橙色に染め上げている。

「やっぱり、ここにいたんですね」

 屋上の扉を開くと、そこには見慣れた背中があった。ツヴァイは空を仰いでいる彼に近づく。

「ツヴァイか」

「ご迷惑でしたか?」

 いや、別に。そう答えたランティアの表情は何を考えているのか読み取れない。ツヴァイは柵に身を乗り出し、同じように空を仰ぐ。

「アハトが言ってたんです。先輩、最近なんだかおかしいって」

「黙れ」

「だって、気になるんですもん」

「いいから黙れ」

 威圧的な物言いに、ツヴァイは肩を竦める。ランティアもいつもと違う。シエラのいう陰険眼鏡キャラではない、ただ静かで水のように穏やかだ。

「……ねぇ、先輩。先輩は、どうしてアークに入ったんですか?」

 微笑むツヴァイの瞳の奥には野心にも近い意志がある。ランティアはただ沈黙を続ける。

「私は、アハトの考えに共感したわけじゃないんですよ。彼の考えをもっと崇高で、確固たるものにしたいからなんです」

 ランティアが視線をツヴァイに向けると、そこにはにっこりと笑みをつくる少女が。その笑みはどこまでも純粋で、無垢な心から生まれるもののように思える。しかし、そうではない。ツヴァイのそれは純粋な邪心から生まれるものだ。

「……だから、利用できるものは利用する。あ、でも先輩は違います。だって、先輩はクズ共とは違いますから」

 深い怨嗟の念が言葉の隅々から伝わる。しかし、ランティアは相好を崩した。そしてツヴァイの顎を持ち上を向かせる。

「それで? その先に待つのは地獄か。それとも……」

 唇を耳元に近づける。

「お前の生む偽りの楽園か」

 囁かれた言葉にツヴァイは恍惚とした表情で目を閉じる。まるで甘美な夢でも見ているようだ。

「先輩が、望むのなら」

 傍から見れば恋人同士の戯れに見えるだろう。しかし、ツヴァイとランティアはこの時も腹の探りあいをしている。ゆっくりと近づいてくるツヴァイの唇に、ランティアは凍て付く視線を向ける。

「もっと喜んだらどうです?」

「お前こそ」

「私は十分喜んでますよ」

 ツヴァイの唇はランティアの頬を掠めると、弧を描き制止した。

「あーあ、つまんないなぁ」

 ツヴァイはランティアから身体を離すと、柵から身を乗り出す。下に見える景色はどれもこれも取るに足らないものであるかのように睥睨した。

「……お前、本当にいいのか?」

「何がですか?」

 ランティアは眼鏡をくいっと人差し指で持ち上げると、首を傾げているツヴァイを笑う。

「幼馴染のことだ」

「……あぁ」

 なんだそんな事か。ツヴァイは遠い目で呟く。思い出しただけでも胸糞悪い。幼馴染なんて腐れ縁さえなければあんな女早々にどうにかしている。ツヴァイは心の中で呪詛を吐きながら、口を開く。

「別にどうでもいいです。そもそもあの女はアーク自体を一切知らないでしょうし。あの女はそういう奴です。冷めてて、他人に、世界に無関心で。私の欲しいものを全部目の前から奪っていく……」

 奥歯が擦れる。ギリッという音と共にツヴァイは拳に力を込める。憎くて憎くて堪らない。一体何度殺してしまおうと想った事か。

「……それなら、別にいいんだが」

「心配してるんですか? 私を? それともシエラを? どっちにしても、先輩ってとっても優しいんですね。でも残念。どっちにしても、先輩はとっても残酷な人間ですよ」

 笑っている、そのはずなのにツヴァイは冷たい瞳をランティアに向けている。しかしランティアもまた、笑うだけだった。既にこの二人の間に流れる空気は正常ではない。

「……ふふ」

 愉快そうに笑みを零してから、ツヴァイは軽い足取りで屋上を歩き出す。段々とその足は地面から離れ宙を歩き出した。魔力を足に集中させることで為せる業だが、完全に使いこなせるようになるまで時間が掛かるため、中々難しい。ツヴァイはステップを踏みながら歌を口ずさむ。それは詩でありながらひっそりと歴史の裏側を写した鏡だ。

「玉を割りし狼は、暁の空に望み、それは咆哮となる。古の伝説は遙か彼方、あぁ真実は美しき満月のみぞ知る。八つの王、七人の従者、闇を祓う光よ。この世を謳歌するは誰ぞ……」

 ツヴァイの歌は空に響き、ランティアは耳を傾ける。

 歴史は誰かの都合によって書き換えられていることが間々ある。しかしこの歌はひっそりと、人から人に歌い継がれることによって、原型のまま二千年の時を歩いた。

「あぁ、我らアークに祝福を」

 ツヴァイの高笑いは虚空に木霊した。


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