二
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「――はぁ、はぁ」
ウエーバーとクラウドは肩で息をしながら、目の前の男は強く睨みつける。
突然の事ではあったが、突然現れた漆黒のマントを身につけた男は、アン=ローゼンからシエラを助け、そして自分達の逃走を協力したのだ。
「……あなたは、一体何者ですか?」
警戒を緩めず、ウエーバーは男を睨む。男の脇にはシエラが抱えられており、迂闊に動けないのだ。
「……そんなに、警戒しないでもらえるかな」
目元以外は全て漆黒の衣に包まれている。それをゆっくりと外しながら、男は二人に微笑んだ。
「僕はガイバーの国家諜報魔術師。このバッチが証明だ」
男の胸元に光る金色の鷲をモチーフにしたバッチ。確かにそれは八大国ガイバーの国家諜報魔術師の証であり、ウエーバーも見覚えがある。
「……助けてくれたことには礼を言います。けれど、何故ガイバーの諜報魔術師が?」
「僕は国からの命令により、ガイバーの適合者と合流するまでの間、君たちの護衛を任されている」
男の言葉に、クラウドとウエーバーは眉間に皺を寄せる。納得がいかない、そんな表情で男を見つめると、心を落ち着けるようにゆるゆると息を吐き出す。
「ちょっと待て。護衛ってどういうことだ。俺はそんな話し一言も聞いていない」
「僕もです。それに、ガイバーの適合者はどうしたんですか?」
助けてくれたことはありがたい。しかし、この男は胡散臭い。二人の直感は同じように感じたのか、漂う雰囲気は緊迫している。
「ガイバーの適合者は、今こちらに向かいながら任務をこなしているんでね。悪いが、それまで君たちに死なれても困るんだ」
「……てめぇ、喧嘩売ってんのか!!?」
「クラウドさん!!」
男に掴みかかりそうになったクラウドを、ウエーバーは懸命に押さえ込む。先ほどのこともあり、クラウドも気が立っているのだ。
「……でも、事実だろう? とりあえず、落ち着いて話しをしよう」
「こっちだよ」そう言って男はシエラを抱えたまま歩き出す。仕方なく二人も男の後を追う。
「……あぁ、そうだ。僕はチェイド、と。そう呼んでくれ」
男――チェイドは不敵に微笑むと、再び背を向けて歩き出した。辿り着いた一軒の古びた小屋。そこにチェイドは腰を下ろすと、ゆっくりとシエラを寝かせる。未だにシエラの呼吸は荒く、魔力も安定していない。それは極めて危険な状態であり、シエラがどれほどの苦痛に抗っていたかが分かる。
「……それで、話しを聞こうか」
移動中に頭が冷えたのか、クラウドは落ち着き払った声音でチェイドを見据える。
「先ほども言ったとおり、ガイバーの適合者が君たちに合流するまでは、僕が君らを護衛することになっている」
「……国は極力この旅に介入するな。そうルダロッタからの勅命を受けてると聞いたが?」
旅は試練に打ち勝つための、聖玉の封印を成し遂げるための“絆”をつくるためのもの。そのために、国は世界的危機のこの状況でも手をこまねくしか出来ないのが現状だ。
「そうだな……その辺りも含め、この子が目を覚ましてから話そう」
チェイドがにっこりと笑みを浮かべるが、クラウドもウエーバーも警戒は怠らない。困った風に肩を竦められたが、それでも今は襲撃された直後という事もあり気が抜けない。
「……クラウドさん。とりあえず、シエラが起きるのを待ちませんか?」
「……こいつはどうすんだよ」
「こちら側も、それなりに情報が必要です。フランズで仲間を揃えるためにも……」
ウエーバーの言葉にクラウドも渋々頷き、そしてゆっくりとチェイドに視線を戻す。
「……妙な事したらその首。俺が斬り落とすからな」
クラウドがそう低く呟くと、チェイドはにっこりと笑みを浮かべた。
――それにしても、本当に宝玉を奪おうとするなんて。
ウエーバーは横目でチェイドの事を監視しながらも、思考を働かせる。アールフィルトと呼ばれたあの少女も気になる。原初の神を意味するそれに、一体何の意味があるのか。彼女がアールフィルトそのものだとでもいうのか。
そこまで考えて馬鹿馬鹿しくなった。何故神が自分たちの邪魔をするのか、利点なんてどこにもない――はずだ。今思いつく限りのことを考えてみるが、この状況では疑念を抱くばかりで解決策など見つからない。ウエーバーは少し情けない気持ちになる。
「……君たちも、少し休んだ方がいい」
相変わらず笑っていたチェイドはクラウドとウエーバーに向かって呟くと、すっと立ち上がった。クラウドはすかさず剣を握るが、彼はそのまま小屋を出て行こうとする。
「僕は辺りを見てくる。それなら休めるだろう」
クラウドは強い視線を向けたままだが、チェイドが本当に出て行き、しかも気配が離れていったのを感じて手を離した。
「……クラウドさん、どう思いますか?」
「信用ならねぇな。大体、ガイバーの諜報がそう簡単に動くと想うか?」
「そうですね。……一刻も早く、ガイバーの適合者と合流すべき、でしょう」
突然現れたときは本当に何者かと想った。敵と対峙した彼の瞳はどこまでも冷たく、見るものを震え上がらせる。しかしこれ以上は考えても仕方ない。分からないことが多すぎるのだ、敵のことも、こちらのことも。
そのまま二人は黙り込むと、穏やかな寝息を立てた。
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「――それで、貴様はまんまと潜入したわけだ」
「棘があるなぁ。仕方ないだろ、計画に変更があったんだ」
水晶を通してアンの平坦な声が聞こえる。それに相対している男は黒いフードを被り顔を見えないようにしている。
「……それで、グレイ。駒の布陣は万全か?」
「あぁ、アレンに中継してもらってるし、大丈夫だよ」
「あの小僧のせいなんだろう。そんなに優秀とは思えないが」
「まぁ、ね。それに僕が評価しているのは彼の忠誠心だよ」
チェイドと全く同じ顔をした男――グレイは不敵に笑うと、水晶のアンに向かって魔術式で書かれたカードを見せる。そこにはアンの部下たちのデータが事細かに記載されていた。
「エリーザと似たようなものだよ。忠誠心っていうのは無償の信頼に近しいからね」
「ふん、相変わらずの下種だな。それにエリーザは小僧と違って優秀だぞ」
普段あまり表情を見せないアンが、グレイを馬鹿にしたように笑った。それを見たグレイは僅かに目を見開くが、しかし想わぬ誤算に恍惚としたものに変わる。
「……まぁ、人を成長するから」
君もね。と言外に呟く。
前々から適合者に僅かながら興味を示していたアンに接触させたのはやはり正解だ。そう心の中で喜びながら、グレイは水晶に触れる。
「とにかく、君はフランズで狩ってくれればいいよ」
「それまでは手を出すな、と?」
「うん。頑張って君の従者を説得しといてね。じゃ」
グレイは言いたいことだけ言うと、唐突に通信を切った。しかしアンは顔色一つ変えずに水晶をしまうと、そのまま踵を返して歩き出す。
昨日から、どうしても適合者の顔が忘れられない。力がない脆弱な存在であるにも関わらず、アールフィルトの力に抗った女。
――分からぬ、な。
はっきりしない思考に、アンは戸惑いを覚えた。
がちゃりと扉を開けると、薄暗い部屋にアンの従者たちは佇んでいた。各々好き勝手していたが、アンが戻るとエリーザがすっと近寄ってくる。
「アールフィルト、如何でしたか?」
「暫し待てとの達しだ。フランズにて相対せと」
その言葉に、ジルが反応した。明らかに不機嫌そうなのだが、誰も何も言わない。アンが無視して歩き出すと、喉元にそのナイフを鋭く突きつける。
「……おい、それは本当に上の意向か? 大体、何故作戦を変更した。てめぇ……」
「止めなさい、セイスタン」
「そうよぉジルちゃん。いいじゃない、まだ三人なんだし」
エリーザとビルダが牽制するも、ジルは舌打ちしそのままアンを睨みつけた。適合者の剣士クラウドと決着が着かずに撤収したことが原因なのだが、それを知る者はいない。
「俺はあの剣士とやりてぇんだ。邪魔すんな」
「……犬は犬らしくしていろ」
アンはジルを一瞥するとそのまま別室に入った。それを慌ててエリーザが追いかけると、途端に辺りから緊張感が解けた。
「……アン様」
「エリーザ。私には分からぬ」
二人っきりの空間で、アンは幼子のように呟いた。表情はいつも通り人形染みているのに、その瞳の輝きは揺らいでいる。
「何故、あの女は抗ったのだ? 人とは、あぁいうものなのか?」
エリーザは瞠目した。頬杖をつき思案するアンはいつもと明らかに違う。こんなことを言い出したのは初めてだった。なんと答えるべきか逡巡し、そして優しい微笑を浮かべた。
「……それは、あの者にしか分からないでしょう。我々に宝玉を渡せない、そう強く想ったのかもしれません」
「分からぬな。エリーザ。エリーザならどうするのだ?」
「私は……そうですね。譲れぬもののためならば、抗います」
「……そうか」
アンは短く呟くと、心の中でその言葉を反芻した。分からないけれど、知りたいと想う。純粋に興味があるのだ、適合者という存在に。
「アン様は、どうしますか?」
「私……?」
「もし、アン様があの者と同じ状況に陥れば、如何致しますか?」
エリーザは母親のように慈愛に満ちた瞳で、アンのことを見つめている。そして、ゆっくりと考え込むアンの髪を撫でた。
「……私は、そもそもそのような状況に陥らない」
「そうでしたね」
実にアンらしい返答に、思わずエリーザは笑みを漏らしてしまう。
そしてそっと寄り添ってきたアンをぎゅっと抱きしめると、幼子をあやすように優しい手つきで背中を擦る。
「エリーザ、私はアールフィルトだ」
「はい。原初の神、それがあなたの力です」
遙か彼方、時空の初めに生まれた力。この世界で最も初めに生を受けたもの。神という存在の中でもまた別格であり、絶対的存在。アンはそっと額に刻まれている紋章に触れる。これは自分がアールフィルトである証だ。
「アン様。きっと疲れているのでしょう。お休み下さいませ」
「……あぁ」
深い闇に沈み込む感覚は嫌いではない。アンはそのまま目を閉じ身体の力を抜いた。椅子がゆりかごのように、ほんの少しだけ動く。
「眠れ、眠れ、蒼き空に包まれて。眠れ、眠れ、深き緑に抱かれて……」
遠くでエリーザの優しい子守歌を聞きながら、アンの意識は闇に溶けた。




