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青い嘘  作者: しいな けい
【玖】
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桜舞う混色の空で

 万が一。

 万が一ではあったが、茂野が侍従達の記憶を継承し、咲夜の行いを『豊山』や総本山に密告するような心の動きを見せたのなら、村上はここで師を斬り殺すつもりでいた。

 時雨のために。そして『紅葉山』のために。

「大丈夫です。茂野様は──大丈夫です村上」

 松緒が村上の腰に据えられた、『呉山二ノ島』剱に手を置いた。

 咲夜と松緒を交互に見つめると、剣を鞘ごと身から離して己の前に置き、村上は茂野の背を見つめた。

 両刃の白刃、見事な螺鈿の細工のされた飾剱『葵山上千咲』。

 武具の類とはまったく縁のない、たおやかな咲夜がその刃を手にして立つ姿は、廃山と化した葵山にあっても神々しく美しい桜のようだった。

 『葵山上千咲』が茂野を貫き、一間を与えることなく咲夜は双剱の片割れ『葵山中千咲』の鞘を払い白刃を茂野へ突き立てた。

 茂野の腹を破り、白刃の切っ先が村上の目に映っているのが物理的な正解であるのだが、血しぶきなく白刃の切っ先は茂野に埋もれたまま。淡い光を伴って茂野の中へと溶けていく。

 松緒は両手を組み下唇を噛みながらその厳かな儀式の様を見つめていた。

 この景色を二度も見ることがになるとはどれだけ長く生きたとしてもないと思っていた。兄櫻花・吉水が侍従を賜った時と同じ淡く白い清廉な空間が広がり、この周辺だけ時の流れが倦怠と化す。花の香りも、夏の暑さも、風が吹き流す音も、冬の寒さも消える世界。

 息を飲むことに一時間以上を要するような、緊張の瞬間だった。

 最後の脇差『葵山下千咲』は咲夜の手の中でゆっくりと白刃を露わにする。

 白く磨かれた鏡のような頭身に、美しい桜の細工がされていた。

 咲夜はそっと最後の一振りをまるで茂野と心中でもするかのように、抱きしめながら茂野へ託した。

 村上にも松緒にも茂野の表情は見えなかった。

 顔を付き合わせる場所にいたとしても茂野と咲夜の間から生まれるほとばしる光の渦に目が眩み確認することはできなかっただろう。

 三振の奉納剱を飲み込むまで、茂野には痛みに似た痺れが支配し外界からの刺激を全て受け付けない状態だった。

 五感を切り取られて白昼夢の中に浮いているような感覚でありながら、滝がなだれ込むかのような勢いで茂野を支配してくるものがある。

 櫻花・吉水が侍従として生きてきた全て、山の繋がり全てが溶け込んでくる。

 望まずともなだれ込み自我を押しつぶしてしまうような怒濤の追体験に、頭が割れるほどの痛みを伴う。


 ──『大紅葉山』、あなた様に咲夜様を委ねる我らの力不足を恥じます──

 

 あの櫻花が目に涙を溜めて『紅葉山』に請うていた。

 茂野の中で、辻褄が合わないと感じていた全てが開かれていく。

 

 ──我らには、咲夜様と『みかど』の子を生かす術がない──


 時雨を宿し、『みかど』を失い呆然とする咲夜を前にどうにか咲夜を救おうと策を編み続けた二柱の姿。


 ──「私が咲夜を先に嫁に迎えたということにすればいい」──


 憎し悪狐『紅葉山』と呪詛の限りを溜めた相手が、憐憫を込めた儚い笑みでこちらを──櫻花と吉水を見ていた。


 紅葉の錦紅葉山の社殿であるのは、山を駆け上がった茂野は覚えていた。

 長く美しい金の髪に赤い目。

 かつての主『豊山』と酷似した姿は厳しい眼差しでこちらを見つめていた。


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