桜舞う混色の空で
櫻花と吉水の辞世の句は、守夏から茂野に届けられた。
三ノ輪に咲く早咲きの桜の枝を手折り、枝に巻き付けて咲夜へ渡した。
咲夜が話をしてくれたことがあった。まだ総本山にいた頃熱を出し寝込んでいた時に、櫻花は部屋の外の木に詩を結びつけて見舞いをしたのだと。
茂野は何も言うことができずに、ただいち早く訪れた山の春の香りが、咲夜の心を少しでも労ってくれればと思う。
櫻花と吉水の思いが届けばと願うことしかできなかった。
上座の咲夜は「総本山からのお届け」という言葉に意を決していたのだろう。
桜の枝を両手で受け取ると、結びつけられた二巻きの和紙を瞬きもせずに眺めて、浅い息を意識的に切り替えて深く息を吸った。
その張り詰めた思いに茂野は廊下で控えるべきかと腰を浮かせたが、咲夜はそれを制した。
「そこにいて下さい茂野」
「──仰せの通りに」
「妾が泣かぬようにそこで見ていて」
茂野は何も言わずに、咲夜の動きをずっと見つめていた。
細い指が桜の枝から和紙を掬い上げ、広げた。
折り目を指の腹で撫で広げる。
いまはまだ徒花なれど年重ね 咲けまた巡る清明のころ 櫻花芳野西規
花弄じ衣に匂い満つたびに 常恋すれど散らまくさがに 吉水久富櫻宮
「もう櫻花と吉水はいないのですね」
「はい」
「妾は──妾なりに、櫻花と吉水を救うために嘆願続けたつもりでおりました」
「はい、そのお姿をずっと見て参りました」
「でもできませんでした」
「はい」
いつも静かな奥の院には、さらなる静寂が覆った。
咲夜は泣かなかった。
涙を堪えているわけでもなく、いつもの白磁のように白い肌を引きつらせる様子もなく心穏やかにあるように努めているように見える。
影の傾きが少し変わると、やっと咲夜は顔を上げた。
「大事な侍従たちの最期の言葉です。扇に仕立てを出してもらえますか」
「承りました。手配致します」
「色選びは松緒に任せます」
それは咲夜の優しさなのだろうと茂野は思う。松緒は兄達の最期の言葉を目にすることができる立場に今はいないのだ。
こうでもしなければ、最期の言葉を見る事ができるのは、何年先になるかも分からない。
「松緒とは仲睦まじくしておりますか」
「はい。手狭な一ノ輪の当家に押し込めるには申し訳のない御方です」
「……そうですね。三ノ輪の久照のところから、一ノ輪への移住を許されたのでしたね」
「松緒様は『葵山』の側におられます。ご安心下さい」
咲夜は深く頷き退室する茂野を見送り、ふたりの侍従が愛した己の山を瞼の裏へ浮かべた。
廃山のようになった山でまた桜を咲かせよう。
己を支えてくれるものたちが確かにいるのだから、これからの多くの嘘にきしむ心を保ち、耐えていける。
侍従達が示してくれたのは、これより辛いことなどないという示しだ。
それでもなお、愛情は変わらず在り続ける。
だから失った愛を支えに、耐えがたきを耐え生きていけと、そう咲夜に諭しているのに違いないのだ。
咲夜は顔を上げた。




