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青い嘘  作者: しいな けい
【捌】
60/68

榛色から桜色へ

「かわいいよな咲夜は」

 吉水は真面目に正座をするのに疲れたのかあぐらをかいて肩を竦めた。

 少し垂れた目尻の横に、ちょんとついた泣きぼくろがよく似合っている。

 意識しておなごを呼び止めれば難なく攻略してしまいそうな色男だと再認識させられる。

「俺たちのことで、今も悩んで泣いたり苦しんだりしているんだろう? 侍従という繋がりがなくたって、手に取るように分かる。俺は咲夜を愛しているからなぁ。侍従の繋がりなんぞなくとも、何で愁い何で喜ぶかくらい得てるさ」

 吉水はそこまで言うと「詮無きこと」と一言自嘲する。

「だから──もう俺らで咲夜にしてやれることもないことだって、分かってるんだよ茂野」

「生きて側におられるだけで、『葵山』はどれだけ救われるか」

 茂野の訴えに櫻花と吉水は顔を合わせ、なぜか笑いながら松緒の肩を軽く叩いた。

「……あぁ、よい目だ。大丈夫だろうな」

「そうだろう。真面目で俺に良く似てるだろう? どの三朱が咲夜のところへ来ても大丈夫そうだ、なぁ兄者」

「ぬしは真面目ではないがな」

 その口ぶりが冗談であると松緒は分かっているが、笑う気にはならない。

「松緒は、ひとりでこの先咲夜様と山を守れるでしょうか」

「ひとりではないだろ」

 吉水はそれを遮った。

「豊山の山ノ狐でありながら、俺らの魂と同じ思いを持って居る。そんな都合のよいものがあるものかと思ったが──いるものだ。こればかりはさすが豊山、人材の豊富さは天下一というところだな」

 けらけらと笑う吉水は、懐から扇を抜いて茂野へ突き出した。

「くれてやる。本当ならば侍従位の継承を俺からしてやりたかったが、剱は咲夜のところだからな。咲夜に認めてもらって侍従になれ。これは代わりだ」

 使い込まれた扇を押しつけられると、有無を言わせぬまま吉水は立ち上がった。

 断髪を済ませた短い髪を振り、さっと部屋を出て行く。

 今生の別れにしてはあまりにも明朗すぎる。

 哀しみも憐憫さえも吹き飛ばし、影は遠ざかっていく。

 櫻花はその後ろ姿をたっぷりの笑顔で見守っていた。

「咲夜様の為に剣を封じたが、その末に咲夜様を守ることができなかった。だがその弱さを受け入れ、その上で守り通すことができるものもあると悟ってから吉水はあのように明朗だ」

「でも内心は多くの未練を持っておられるのでしょう?」

 松緒の言葉に櫻花は口角を上げた。

「私より吉水の方が復権にかける思いの丈は強烈なのだ、未練があったとしてもそれこそが吉水よな」

 茂野には理解のできない、あまりに落ち着いた別れの様だった。

「悪いが私は侍従位返上と共に、身の回りのもの全てを『大豊山』によって没収されて着るものだけしか私財はない」

 唯一残されているもの。そして何よりも大切なもの。

「私と吉水二柱が咲夜様へ寄せる思いの丈を、ぬしにやるとしよう」

 これから先を与えると言っているのと同じだった。

 茂野は思わず下唇を噛んだ。

 にこりと笑みを浮かべると、櫻花は松緒に寄り、力一杯妹を抱きしめた。

「この場合残される方が多くを苦労するだろう。我らの姫様を頼むぞ」

 櫻花は松緒を離すと、茂野へ向き直った。

「悪いな義弟よ。できることならば将棋を指すなり、詩などを詠みながら互いをより深く知りたかった。だが多くを語るより『葵山』侍従位を継ぐことで侍従としての魂を継いでもらいたい。そして葵山に根付き今生を咲夜様に捧げて欲しい」

 茂野は言葉での返答をせずに、咲夜が信じ涙するほどに愛した侍従二柱へ心からの敬意を払い、深く表を下げた。


 元『葵山』侍従の処断は総本山侍従の見守る中、『豊山』『大江山』の臨席の下で行われた。

 夏が終わり、秋冬を挟み春を迎えようとする初春の頃。

 その季節を選んだのは、『豊山』なりに最後に己の愛する桜の中で散らせてやろうとの配慮だったのか、櫻花と吉水が最後にそれを望んだのかは分からない。

 どんな顔をして逝ったかも誰もしらない。

 

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