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青い嘘  作者: しいな けい
【捌】
49/68

黒から桜色へ

 『豊山』が御前試合を許したのは、吉水をこの場で処断してしまう都合のよい機会かもしれない、と考えたからだった。

 櫻花はこちらの考えを読んだのかもしれない。

 臨席を望まず蟄居を続けるらしい。

 それにこちらの考えを総本山が読んだのか、目付に『大江山』鬼嶽をつけてきた。

 鬼嶽を懐柔し事故であったと処理をつけることもできるが、あとあと面倒になるのでこの場で吉水を処断させることは諦めるほかにない。

 それよりこちらの損失を考えておく必要もある。吉水と対峙する茂野も支倉、どちらもまだ若く、失敗すれば吉水に切り捨てられる可能性もある。

 守夏を対峙させれば間違いなく勝利できるが、引き出す名目がない。

 いっそ吉水が「咲夜に会わせろ」などと喚いて己の膝元で暴れてくれでもすればいいと思ったが、さすがに血気盛んな吉水でもそのような無礼を働くことはないだろう。

 機転の働く櫻花が事前に忠告しているはずだ。

「父上、今日は『葵山』のお姉様はご一緒しないのですか」

 思案の中にいた豊山を現実に引き上げたのは時雨だった。

 『豊山』の恩恵を受けられるようになると、成長は驚くほど。

 言葉を覚え二つ足で跋扈するようになり、誰それと区別もつくようになった。

 口ぶりはすでに大人であるがまだ幼さが残り背丈もこの山の稲荷神の中でもっとも小さく、村上と並ぶと兄弟のように見えた。

 『豊山』は時雨の頭を軽く撫でてやると「咲夜には毒であるからな」と断わり咲夜の名代として時雨を試合の観覧に呼ぶことにした。

 時雨はたしかに他稲荷兄弟より成長は遅く、目立った力を持ってはいないが咲夜が必死に時雨を守ったように、いざ心を開けばなんとも愛らしく構ってやりたくなる不思議な力を感じさせた。

「そなた久照に稽古をつけてもらっているのだろう。武芸を嗜むのならば試合を見るもよき経験になろう」

 時雨の武芸は守夏に見て貰おうと考えていた時もあったが、『紅葉山』分社である時雨と対峙するには守夏が不憫だと思い、引き続き三ノ輪に預けている。気ままな三ノ輪の暮らしは時雨にもよい影響を与えるだろう。

「『大江山』と吉水が到着致しました」

 守夏の報告に『豊山』は声を落とし目配せする。

「吉水に不審な動きはないな? 櫻花と朱秦の動きからも目を離すな」

 守夏は一度頷くと、黙って退室した。

 その後ろ姿を時雨は黙って見つめていた。

 青い目に映る守夏の姿は、なぜかいつも敵意を向けられているように感じる。特別に守夏から厳しい言葉を掛けられた覚えはないのだが、どうしてもそう感じるのだ。側においている村上によれば、守夏はいつでも神経質な気配を漂わせていると言っていたので、主を守るために常に気を張っているのだろうと考えるようにしているが、それでも居心地の悪さは拭えないものだ。

「さぁ行こうか時雨」

 手を繋いで本殿を出ると、白砂引き詰められた本殿前に見慣れぬ二柱が並び頭を垂れていた。

 『大江山』鬼嶽と吉水である。吉水は覚悟の白装束であった。

「吉水、久しいな」

「この度は児戯なる手合わせにご観覧を頂き恐れいります。──『大豊山』の推挙する侍従候補二柱を、弱り果てたこの身で受け止め勝ち星を挙げたら、褒美のひとつふたつ頂戴したきところ」

「考えておこうか」

「──まぁ、俺以上に『葵山』侍従を名乗って収まりのよいものなどいないということを、示して差し上げますよ」

「そういう事は、咲夜を私の元へ約束通りに嫁入りさせた上で言うのだな」

 『豊山』の言葉に吉水は肩を竦めた。総本山にいたころから『豊山』は吉水との相性が悪かった。

 属性の問題以上に性格が合わない。お互いそれが分かっているから距離を保ち互いの在り方を尊重していたが、それも恐らく本日までだろう。吉水もそれを感じてか遠慮する口ぶりはもうなかった。

「あれ、あれが時雨だよ。咲夜とあの方の分社は」

 隣にいた鬼嶽は相変わらず天女のように緩やかな着付けの袖を掲げるようにして『豊山』と揃って高殿の時雨を示唆した。

 吉水は時雨と視線が合うが、特に言葉をかけることはなかった。

「何か言ってやればいいのに。吉水の愛する咲夜の血を受けてるんだよ」

「毛ぇ(むし)っていいならな。──俺は認めない。あれの子だ」

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