青から金へ
茂野は咲夜の表情から何かを感じたのか、補足をした。
「心配はいりません。私は強引に嫁にとは思いません。松緒様は本来姫君と呼ばれるべき方であるためにこうして『大豊山』と『葵山』に伺いたてましたが、お許しが頂けたのならば、次は松緒様のお許しが頂けるまで誠意尽くすまでのこと」
「そのようなことをせずとも、松緒も立場くらい分かっておるだろう。山ノ狐に下げ渡されても文句を言える立場にない」
「恐れながらそれでは、信頼なきまま『葵山』の侍従を命じられることと同じかと」
茂野はそこで意識的に『豊山』を責める口調を作った。
『豊山』が気分を悪くする前にすぐ言葉を織り続ける。
「傷つき心閉ざされた方へ忍耐強く接することができるのは『大豊山』の徳でございます。今こそ私もその徳を積む時であるかと。私は松緒様の真を得て、茂野の嫁に迎えます。その時こそ『葵山』の理解を得る足がかりを得られると思うのです」
『豊山』は納得しているようだ。
「よく言った。吉報を待つがあまりに松緒が主に似て頑固を貫く時は申せよ──状況を読まぬ我が侭を言うものには罰を与えなければならない」
にこりと笑み『豊山』は咲夜を見た。
その視線は咲夜にとっての罰が、櫻花と吉水の処断であることを示唆している。
『葵山』は茂野の行動の真が把握できず、口を閉ざす他になかった。
『豊山』が翌朝奥から本殿へ帰る際に、支倉は茂野が松緒を嫁にもらおうとしている話を守夏より耳にした。呆気にとられ開いた口がふさがらなかった。
「松緒様は総本山の一ノ侍従『不死見稲荷上ノ社』尾薄の子、雪沙灘の恩恵を受け『葵山』の乳姉妹として育った方。本来は『久里山』稲荷神を受ける格をお持ちの方です! 今は三ノ輪預かりで処断されるのを待たれている身の上だとしても山ノ狐に下げ渡されるならば、処断を与える方がずっと……!」
思わず守夏を引き留め、我慢ならぬという形相で訴えてしまった。
守夏も滾る支倉の気持ちを理解してか、足を止め開いた書院へ通した。
落ち着いた物腰は浮冬そのものだと思いながらも支倉は導かれるまま座敷についた。
「申し訳ありません。『大豊山』がお認めになったことに私風情が口を挟むことではないと思いながらも……」
「そなた、総本山に軟禁中の櫻花と吉水に会いに行く約束を取り付けていたな」
「はい──その『葵山』も元侍従の方々のことを気にかけておいででしたし、私自身櫻花様とは少なからず縁がある身ですので」
「この度の松緒の事……櫻花と吉水の耳に入れてくるといい」
支倉は守夏の言葉の意味を数秒探ったがすぐに思い至る。
どこか陰湿な笑みを浮かべ、支倉は深く頷いた。
「妹君が身を落とすことを示唆することで、侍従方から何かを聞き出すおつもりですか」
「櫻花も吉水も全て『大紅葉山』の暴挙だと言っている。だが二柱は稲荷にこの者と言われた名侍従だ。そう容易く『大紅葉山』に己の主を引き渡たす訳がないのだ。あの方が侍従らを上回る知略で『葵山』を強奪したにしろ、あの二柱は『大紅葉山』の思惑を掠め取っているはずなのだ」
「なるほど……」
「『葵山』だけでなく松緒が政に翻弄されて身を滅ぼすことになると感じれば、動きを見せるかもしれない」
守夏は『豊山』に言付けをしすぐに支倉を総本山へと旅立たせた。
咲夜の侍従は茂野に決まったようなものであるから、咲夜と支倉の距離を取らせるにもちょうどよい。
滝のように長く真っ直ぐの白銀の髪を風に流し、守夏は強い眼差しで遠く──紅葉山の方角を睨んだ。




