無色から黒へ
その後、村上は台所で茂野家の女中達に囲まれていた。
茂野家の女中は総勢五名。村上からすればそれだけで侍従位の屋敷と同規模であると思うがここ豊山では違うようで、広い台所で昼餉の支度が始まる。
きのことぎんなんをせいろで蒸したもの。
揚げ出し豆腐がそっと切り分けられる。
冷える季節に負けぬように、片栗でとろみを出しただし汁をかけてある。
色の濃い出汁は舌にあわず未だに村上の心の隅を引っ張るが、食べ物を粗末にできる身の上でもない。
「こんな小汚い下男をとらなくとも、もっと才知ある弟子を置かれてもいいでしょうに」
「久照様からの仰せだそうよ。あぁ黒い黒い。煤のような下男ね」
「お前、台所の手伝いの前に風呂に入りなさいな」
ひょいと衿を捕まれて風呂というより水場に放り込まれる。びしょ濡れになって首を振り水しぶき飛ばしたところで、たわしを手にした女中ふたりが村上を見下ろしてつかみかかった。
玩具をみつけたとばかりに、たわしで丸洗い。お湯をかけて仕上げして欲しいところを、水をかけられて泡と別れる。
その間に古着を洗濯してくれたのか、美津が竈の上に這わせた蔦に着物をかけて乾かしてくれた。
まるで一寸法師かのように、たらいの中で丸くなる村上を見て、女中らは鈴が鳴るようにそぞろ笑ってみせた。せっかく泥が拭えたというのに、誹り笑いが身をくるむ。
「ほらほら、ぼさっとしてないで手を動かしなさい」
美津は泥のついた山芋を桶ごと渡してくる。
のけぞりながら受け取ると、左右を挟む女中らは小さな村上を撫でてから小刀を手渡した。
村上は黙って山芋を洗い、皮を剥きながら頭上に飛び交うおなごの話に耳をそばだてる。
「あのぅ」
「なぁに。指には気をつけなさいね」
「茂野様は、家中の皆様にも人気なのでございますね」
「当然でしょ。茂野一門の惣領になられる御方よ」
「ご立派なお立場なのですか」
「お前なんかが百年生きてもなれないお立場よ」
「全くお側について回って居るのに何も知らないのね。元服したばかりでまだ婚約相手はおられないけれど、すぐ同じ名門のお嬢さまを嫁にもらうと思うわ、一門安泰。いいことだわ」
「そうよねぇ。本当はもう決まっててもおかしくはないんだけど、そういうの後回しにしているところあるわよね」
「しょうがないわよ、いきなり『葵山』の世話に回されたら昼も夜もなく大忙しで話整える暇もないじゃない」
「じゃあ、手短なところで、あたしなんか、どうかしら?」
「お満は無理ね。まこと心優しいおなごでなければ相手にされはしないわ。山芋ひとつ綺麗に剥けないし遅いし」
「ひどい美津って嫌なおなごよね、お部屋掃除が近いからちょっと雑用をお言付けされてるくらいで一歩先を言ったような口を聞いて」
村上は姉御たちの妄想のやり取りを頭上に置いたまま、淡々と芋をむき竹ざるへ移した。
村上が茂野の身辺を探ったのは、日頃目にする角度以外での茂野の人柄を知りたかったからだ。
こうして聞いてみると、家中の女中たちには人気のようだった。
自分で話題を撒いておいて申し訳ないが、騒がしいおなごの黄色い声を背景音楽にしながら芋を剥いていると、勝手口から男が顔を出し、鰻を置いていった。
お美津たちはわいわい話をしながら鰻を裁くと、交代しながら炭火と向かい合って焼きあげていく。その熱のおかげで着物は乾いたが鰻の匂いがついてなんとも空腹に染みる。
腹を空かせながら着物に袖を通していると、お満が手招きした。
茂野の言付け通り、食事を分けてくれるようだ。松緒から下賜された大根は、美しいふろふき大根になって、村上の青い目をつやりと映していた。
帰り道、台所女中たちとすっかり馴染み、筍の皮に包まれた味噌と大根の残りを手渡された。
「高菜の漬け物を添えておいたわ」と言われ、尾をぴんと立たせ歓喜してみせる。
芯まで清水でほっくりと茹でた大根は、それだけでごちそうだ。味噌の深い味わいを素朴で汁気のある実が引き立てる。
高菜の漬け物は仲間から麦飯を一握り分けてもらえば炊きたての米にのせて味わえる最高の贅沢。
思わず唾液がたまった。仲間に気取られないようにひっそりと食事をせねばなるまい。
もう茂野邸からは離れたのに、村上の背から茂野が「意地汚い」と言う声が聞こえた気がした。




