無色から黒へ
季節の山菜の揚げ物が特に口に合った。
秋の草だというのに柔らかい筋に染みる山の味が頬を緩ませる。
慣れた味とは違うがこれはこれで美味である。
甘露煮は緩めた頬を溶かすようで、村上は頬が落ちてしまわぬように手で押さえながら食事をした。
会話なく黙々と口に運ぶ茂野を余所に、村上はやけに大袈裟な手振りで自然薯のとろろをかき回して麦飯を覆い次々と胃袋へ流し込んでいく。
味噌汁を五度に分けて茂野が口にする一方、村上は一飲みしてこうじ粒を残す様子もない。
食器をがたつかせるなどの作法が悪いわけではないのだが、粗野が目立った。
「どなたかの侍従を目指しているつもりなら、作法も学んでおくべきだ」
村上は茂野の言葉を受けて少し意外そうに耳を立ててから、思いもよらなかったとばかりに神妙に頷いた。
「しかし主と膳を並べることはないのでは?」
「主と膳を並べることがないから所作が見苦しくてもいいという法はない。行いが全て主の品格と結びつくのが侍従というものだ」
「なるほど、では守夏様はやはり大変優れた侍従であったということですね」
「お前は守夏様に憧れているのか」
村上は、つんと口角を上げて笑みの形を作ってみせる。
口に出しての返答はせずに話を変えた。
「それより『葵山』は健やかにおられますか。『紅葉山』においては心労に顔色が優れぬ日々でおられました」
「あの山に捕らわれていた頃よりはよいに決まっているだろう。ただ──」
「ただ?」
「『葵山』は傷ついておられる。無理をすることはできない。『大豊山』もそれは分かっておられるはずだが」
「勧請の儀式を急いておられるのですか。お心広き『大豊山』らしくない」
「お心内を私などが計ることはできないが、どこかいつもと違うのは誰もが思っているだろうな。しかし守夏様が『豊山一ノ輪麓』に就かれた。これで『豊山』も安心だ」
その言葉に、村上は手にした茶碗をぎゅっと握り締めた。
茶碗があと少し脆ければひびが入りかねない力だったが、茂野はそれには気づかなかった。
「そうですか、守夏様が『豊山一ノ輪麓』に」
「英雄が後任というのは誇らしい」
「左様でございますね」
村上は少し引きつる頬を誤魔化すために、菜の花の付け合わせを口に運んで咀嚼する。
「ですが、私は茂野様こそ侍従たる器の持ち主であると推察いたします」
才覚は顔に表れるという。
まさしく茂野にはその輝きがあるように村上は思う。
もし茂野が『紅葉山』にいてくれたら世の動きはもう少し変わったのではないか。そんな事すら思い浮かべてしまう。
「改めて、私を弟子にして頂く件をお考え頂けないでしょうか。私は野山で朽ちるために生きておるわけではないのです。ちりぢりとなった『紅葉山』の山の狐たちの為にも、生き抜く示しを掲げて参りたいのです」
「生き抜く──示し?」
「左様でございます。守夏様が『豊山一ノ輪麓』を受け入れ再び立ち標となったように、生き抜く意地を仲間に示したいのでございます」
村上の目の中の光には、嘘はなかった。
慣れた自宅の食膳の間の淡い光を受けて輝くものとは違う、村上の中にある光が溢れて見せる輝きだった。
どこか諦めにも似たため息を打ち、茂野は箸を置いた。
「そなたはまだ酒も飲めぬ年であったな」
「は──まぁ」
「酒が飲める年になるまでは、陰陽術を学ぶ前に別のところを学ぶ必要がある。『紅葉山』の不完全な習慣を捨て、正しい作法を知ること。そなたの武芸は型がなっておらん。正しき筋を会得する必要がある。それら一定の水準を得るころには、髪も結い酒を口にする年になっているだろう」
「では髪を結う時には、教えを受けても」
身を乗り出す村上を、茂野の手が止めた。
「そなたのその厚かましさ──いや執念が、髪を結うその時まで継続していればだ。研鑽を怠った時は髪を結う年になろうと、一切陰陽術の手ほどきはしないし、門戸を叩くことも許さない」
「手ほどきを受けられるように、努めて参りますが」
「が?」
「多少の緩みはご容赦下さい。これは生来持ち合わせた怠け癖でございます」
颯爽と抜け道を提示する村上に、茂野は思いきりげんこつを食らわして家から放り出した。




