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青い嘘  作者: しいな けい
【参】
13/68

青から黒へ

 支倉もどうにか咲夜に気を止めてもらおうと、咲夜の父である『雪沙灘』の話などを振ってみせた。

「『雪沙灘』千里朱雀様は、千里どころか万も見渡すお力をお持ちであったと聞きます」

「えぇ、お父様は三朱の中でも特異なお力をお持ちだったと聞きます。妾は顔を思い出すこともできませんが……」

「お顔をご存じなのは、総本山並びに総本山侍従と三朱のみではないでしょうか。お力を引き継がれておられるのも『葵山』のみ。どの者にとっても『葵山』は大事な御方でございます」

「しかしこうも妾の器が足りぬとなれば、素質が受け継がれているかは分かりませんよ」

 咲夜は自分が父の忘れ形見だと強く意識させられるので、あまり支倉の話を長く聞いてはいたくなかったが、それもまた『豊山』による自覚をせよという叱りの一つなのだと理解して受け入れた。

 ここでは、咲夜としてより『葵山』として心を持たねばならない。

「茂野は妾の父である三朱『雪沙灘』のことを存じておりますか」

「まだこの世に生を受けてはおりませんので、お話でお伺いする程度でございます」

「そうでしたか。妾の口から評価するのもはばかりますが『雪沙灘』は三朱最強の稲荷。そして母上も、それを認め注視しておられました」

「まさか総本山を勝ると……」

 支倉は不謹慎だが興味をもって問うてみたが、茂野は話を掘り下げるつもりはない。

「それほどまでに、強い信仰を得て有るべき御方がなぜ、遠逝されてしまわれたのか。無念でなりません」

 茂野の言葉に咲夜はしゅっと白い手で折り紙を折り膝の上で規則に従って折り目をつけた。

「そうですね。でも……妾にはなんとなく分かるのです。父上は消えてはいません…」

「……?」

 茂野も支倉も咲夜の言葉の意味を理解できなかったが、その前に咲夜は完成した鞠を手に笑顔を浮かべて話を変えた。

「茂野、妾は時雨のいる三ノ輪まで下りることは許されておりません。これを渡してくれますか」

 直接手渡しされた紙の鞠に、茂野は自分が受け渡された訳でもないのに笑顔を作った。

 初めて信頼されたように思えて嬉しかったのだ。

 その笑顔に、咲夜は久しぶりに心が安まる気がした。

 自分が意図して叶えたつもりはなかったがこの若い山の狐の願いを、叶えたのかもしれない。

 支倉は当然気に入らない表情で茂野を見ていたが、すぐに耳を立て近づいてくる気配を悟った。

「『葵山』、『豊山』のおなりです」

 主が来るとなれば、警護の二柱は席を外すことになる。

 茂野も支倉に言われて気配に気づいて下がろうとした。

 だが気配は『豊山』一つだけではない。

 久しぶりに肌を刺すようにして伝わってくる『豊山一ノ輪麓』の気配がある。

 障子を開けて廊下で主を迎えると、白鷺の描かれた着物に、美しい金髪を揺らす『豊山』とその後ろに守夏の姿があった。

 左目に眼帯をして絹糸のような美しい白銀の髪を流して『豊山』の後ろについている。

 『紅葉山』からの客分であった守夏が纏う空気は、かつて茂野や支倉の主であった『豊山一ノ輪麓』浮冬と同格であった。

 すぐに二柱は理解する。守夏が後継となったのだと。

「下がってよい」

 『豊山』はいつも通りに威厳に満ちた所作で茂野と支倉を下げさせる。

 連日の不機嫌さは少し薄れているように思えた。

 咲夜も顔を合わせてすぐに守夏が『紅葉山』の名を捨てたことを理解した。

「守夏は『豊山一ノ輪麓』を預かったのですか」

「捨て朽ちるには惜しい素質だ。そなたに宛がおうかとも思ったのだが、あの山を思い起こすのも忍びない。なにより──」

 『豊山』はどこか勝ち誇ったように顎を上げると視線だけ背後の守夏へ投げてみせた。

「私が欲しいと思ったのだ。浮冬の代わりができるものがあるとしたら、守夏の他にはいない」

 守夏は黙って主の背から部屋に座る咲夜を見下ろしていた。

 隻眼が射貫く瞳の冷たさは『豊山』の持つ気配と同じ。

 だが咲夜には分かった。

 その冷たさには咲夜個人を恨めしいと思う感情が籠もっている。

 『豊山』が咲夜が目覚めた時に向けた空虚な感情とは違う。完全なる冷徹な感情。

 凍てついた氷のような情念は、咲夜を否定し侮蔑するものだ。

 完璧であったかつての主を、破滅に追い込んだ女狐と罵倒する意を感じずにはいられない。

 『豊山』の視線を受けて、守夏は儀礼的に頭を垂れて咲夜に声をかける。

「あれより体調が優れぬと伺いました。『紅葉山』で受けたあまたの傷、この『豊山』で癒し『葵山』へお戻り下さい」

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