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【第一章 ミネコ博士とジェリー氏】⑤

車窓は田園風景に変わっていた。マーガレットはエミリアの肩に頭を乗せて目を瞑っていた。列車の揺れに心地よさを感じていたわけじゃない。ずっと考えていたのだ。ソフティと自分の関係。マーガレットはソフティに会いたくなかった。

「……少し酔ったみたい、風に当たりたいわ、うん、体を冷やしたい」

 マーガレットは薄目を開けて、エミリアに囁くように言った。エミリアは瞑っていた目を開けて、困った顔をしていた。

「窓を開けましょう」ソウロン警部がゆっくりと反応して、窓に手を伸ばした。

「デッキで風を感じたい」

「我慢してください」ソウロン警部は窓を開けずに腕を組み直した。

「我慢できない、こんな手錠をされて、冷たい魔法を編めないのなら、なおさらっ」

 ソウロン警部とマーガレットは睨み合った。

 互いに譲らない表情。

 ソウロン警部はしかし、溜息を付いた。

「デッキは向こうです、」ソウロン警部は列車の進行方向とは逆の方向を指差して、個室のドアを開け、外で立っている警官の一人に指示する。「デッキまで同行してくれ」

「嫌、」マーガレットは声を上げた。「一人で行けるわよ」

「万が一って場合があるでしょう」

「万が一って、私が何かするとでも?」

「ええ、その可能性は十分考えられますね」

「バカバカしい、ココは列車の中、逃げ場なんてないじゃない」

「あなたは魔女です」

「この手錠はなんのため?」マーガレットは手錠で繋がれた両手を顔の前に持ち上げて言った。「ねぇ、なんのためなのっ?」

「万が一です、ええ、あなたは魔女ですから」

マーガレットは頬を膨らませてから手を降ろした。「……エミィがいるわ、バカなことはしない」

エミリアは声を出して笑った。

「そんな、」ソウロン警部も微笑む。「警察が人質なんて取りませんよ、そういう思想もありませんよ、図式がそう見えたとしてもそれは違います、まあ、とりあえず、ええ、同行のもと、頭を、いいえ、体を冷やして来てください」

「なんか腹立つ」マーガレットは舌を出してソウロン警部を睨んだ。そしてエミリアの頬にキスした。

「なぁに?」エミリアは困った顔をしている。「いきなり?」

「友情のキス」マーガレットはエミリアの耳元で小さく囁いて、それから勢いよく立ち上がって個室の外に出た。ソウロン警部は嫌なものを見たと言わんばかりに首を振っていた。それに反応せずに、マーガレットは早足でデッキの方向へ向かう。警官の一人は慌てて追ってきた。デッキは列車の最後尾にあることをマーガレットは知っていた。不自由な手で一等車の扉を五回開けた。一等車は三両あり、最後尾の一両だけにデッキがある。デッキには誰もいなかった。

 流れる風がマーガレットの白い髪の毛を揺らす。

 風が、気持ちよかった。

 冷たい鉄の手すりを触って、ファーファルタウまで続く線路を見る。

 枕木の列は、規則正しい。

 整然としていて、雄大。

 永久を見ているような錯覚に陥る。

「ああ、」マーガレットは振り返って手すりに腰を預けて発声する。「風が気持ちいいわね」

「気が済みましたか?」警官の表情は緊張している。マーガレットが何かするかもしれないと、警戒しているのだ。確かにマーガレットは僅かに考えていた。警官の頭を蹴り、膝でみぞおちを叩く。そういう難しいことを考えていたが、デッキは想像よりも狭かった。人が三人立てば不自由になる空間。手錠のせいで力のある蹴りも放てない。相手は警官である。中途半端な力が通じないのは明白だ。最近のマーガレットはエミリアと一緒に世間一般的に普通と言われる生活を送っているから、計画的な性格になっていた。昔はそうじゃなかった。反抗的に、何にだって噛みついていた。

「あなた、名前は?」マーガレットは警官と会話をしてみたくなった。顔を観察すると、歳はマーガレットとあまり変わらないのではないかと思う。実直で、まだ小さい世界しか知らない顔だ。ブーツの底で蹴っては可哀そうな顔だ。未来を大事にしたいと思える青年だ。

「……ロッソです」ロッソはまだ警戒している様子だが、素直に答えた。

「ロッソ、ロッソ君、うん、出身はどこ?」マーガレットは上目で、少し上品な声を作って聞く。

「ベルキャストです」今度はすぐに返ってきた。

「ベルキャストかぁ、好きな街よ、一度ミュージカルを見に行ったことがあるわ」

「シャベルですか?」それはベルキャスト四大喜劇の一つ。

 マーガレットは首を横に振った。「ノベルズを見たの」

「ああ、そうですか」ロッソは複雑な表情で頷いた。ノベルズはベルキャスト四大悲劇の一つ。しかし、その悲劇性は喜劇に近いと評価されている。

「うん、思えば、ソレが人生の転落の始まりだったかもしれないわ、私はノベルズに影響されちゃって、それで、違うわね、背中を押されたのよ、ノベルズの王子と自分が重なって、王子の猫を演じる女の子たちがとても魅力的だったから」

「はい、僕もそう思います」

「私は黒猫が好き」マーガレットは微笑んだ。

「僕もです」ロッソも微笑んだ。

 しばらく、意味もなく微笑み合って。

 ロッソは急に顔を引き締めた。「マーガレット様、そろそろ、よろしいですか?」

「……もう少しだけ」マーガレットは風に揺れる髪を押さえて、振り返ってまた線路に目を落とした。

 その瞬間。

私は何かを考えていたのだろうか?

一瞬を思い出せない。

 そういう分析の難しい僅かな時間の間に。

 後ろで何か騒がしい物音がして。

 振り返ると。「……アーチィ?」



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