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【第一章 ミネコ博士とジェリー氏】②

 ルミはジェリーに相談した後、アームストロング邸に戻り、インヴァテスへ行くための支度を十分で終わらせた。そしてパンパンに膨れたリュックを背負って、アームストロング家の執事であるアーチィの部屋へ向かった。彼は二十歳になったばかりだが、アームストロング家の使用人たちを束ねるリーダでもある。アーチィは上流階級出身。銃と女の子が大好きなせいで何かの事件に巻き込まれ、アーチィは執事という身分になったとルミは聞いている。しかし、アーチィは非常に頭の回転が早い。そしてとても冷静だった。執事に求められるべき資質を全て兼ね備えていた。だからご主人様にすぐに気に入られて、アーチィはリーダになり、広い部屋に住んで、銃をコレクションしながら、街の女の子たちを部屋に連れ込んでは最低な遊びをしている。

 ルミはアーチィのことをあまり知らないけれど、嫌いだった。

 ルミはアーチィの部屋のドアをノックする。

 すぐにドアが内側に開いた。上から声がした。

「どうした?」

 アーチィは背が高い。ストライプの細身のスーツを着ているせいで余計、背が高く見える。女性のように整った顔立ちがルミを見下ろしている。その顔はファーファルタウで評判の顔である。彼が女の子と仲良くしても何も咎められないのはその顔が理由である。しかし、スマイルのかけらもないから、ルミはなんとなく威圧されているような感じを受ける。気のせいだろうが、口の中が渇く。

「なんだ?」アーチィはルミの全身をその青い瞳を動かして観察している。「辞めるのか?」

「え?」ルミはどうしてそんなことを言われたのか理解するのに時間がかかった。「……あああ、いえ、そんな、違いますよ」

「メイド服は置いていけよ、それはグリフォンの羽根で織られた最高級品なんだから」

「え、この服、グリフォンなんですか?」

「冗談だよ」アーチィは微笑んだ。

ルミはどんな表情をしたらいいか分からなくなって、とりあえず首を傾けて微笑んだ。別に可愛い子ぶっているわけではないけれど。「……ええっと、その、辞めるわけではありません、実はお嬢様が悪い魔女に誘われて、家出と言いますか、昨日から屋敷にお帰りにならないので、ええ、これからお嬢様を探しに行ってまいりたいと思いまして」

アーチィの表情は固まった。「…………お嬢様が?」

「はい、お嬢様が」言いながらルミは一歩後ずさった。表情に影が見えたからだ。

「……どういうことだ?」

「その、昨日、お嬢様はニッキィとバルーン・フェスティバルへ行ったらしいんです、でも、朝になってもお嬢様は帰って来なくてそれで、私はニッキィの住むマンションへ行ったんです、でも、お嬢様はそこにいなくて、ニッキィも、それで、」

「ああ、なんてことをしてくれたんだっ、」突然アーチィは声を荒げた。「お嬢様を担当しているメイドはお前だ、もしお嬢様に何かあったらどうするんだ! お嬢様の全てを把握するのがお前の仕事だろう? お嬢様の未来のために犠牲になるのがお前だ、ほんと、なんてことをっ」

 大げさに、悩ましげに、わざとらしく首を振るから、気の強いルミは反抗的な目になった。「話を最後まで聞いてくださいよ」

「ああ、聞いてやろうじゃないか、言い訳を」アーチィは怖い目をする。

「言い訳? なんのですかっ、」思わず頭に血が昇ってしまった。「仕事に不備があったとは私は思ってません、私だってお嬢様がお許しになるなら、全てのことを把握することなんて簡単に出来ます、ええ、しかし、お嬢様はそれを望んでいません、だから、私は一歩引いて、お嬢様のことをお世話しているんです、とても辛いですよ、お嬢様に拒絶されて、それでも、毎日毎日、お嬢様に嫌われるようなことを言わなければいけないのは、でも、お嬢様の未来のための犠牲ならって思って、頑張っているんです、リーダにとやかく言われる筋合いはありません、全部ニッキィのせいなんですから、私は悪くないんですよ、全部ニッキィのせいなんですから! 彼女は悪い魔女です」

 ルミの剣幕にアーチィは僅かに慄いていた。「……ああ、分かった、すまない、でも、その、お嬢様はニッキィというやつのせいで」

「ええ、物分かりがよくて助かります、」ルミは深呼吸をした。「そうなんです、ニッキィがお嬢様をそそのかして、インヴァテスへ連れて行ったんです」

「……インヴァテスに?」

「きっと」

「……遠いな、」アーチィは顎に手を当てた。「……そこに何かあるのか? その、ニッキィというやつの目的は?」

「いいえ、」ルミは首を横に振る。「検討もつきませんが、とにかく魔法で、街で有名なジェリーの魔法で、お嬢様を探してもらったんです、そしたらインヴァテスにいると」

「ああ、……分かった」アーチィは首を上下動させてルミに背を向け部屋の奥へ歩く。

「それじゃあ、」ルミは礼儀正しく頭を下げた。「行って参ります」

「待て」

 ルミは顔を上げた。すると、アーチィはピストルを持っていた。「武器が必要になるかもしれない、ニッキィは悪い魔女なんだろ?」

「ええ、」ルミはアーチィの表情とピストルの光沢を交互に確かめながら、ピストルを手にした。「ありがとう、ございます」

 ピストルを手にするのは初めての経験だった。それをどうしたらいいか分からなくなって、しばらく呆然として、ピストルを見つめていた。

「綺麗だろ?」

 そうアーチィが言うから、評価しなければいけない気がして、でも、ルミにはピストルを評価できるほど武器に触れたことがなかった。庭に並ぶアームストロング砲の手入れを何回かしたことはあったが、アレはすでにオブジェのようなものだ。武器の匂いを嗅ぐのは、きっと、コレが初めて。

 ピストルの銀の光沢は、綺麗と言うには、少し、鈍い気がする。

「それじゃあ、行こうか」

「え?」アーチィの声にルミはピストルから視線を上げた。アーチィは巨大なスーツケースを持ち上げていた。「……行くって?」

「お嬢様を探しに行くんだろ、」アーチィは部屋から出て鍵を閉めた。「俺はお嬢様を気に入っているからな」

 それを聞いてルミは、とても嫌な感じがした。アーチィをお嬢様の近くに行かせてはいけないと思った。アーチィはお嬢様を探すために歩いて行く。屋敷の長い廊下の上を。その歩みを止めないといけないと思った。ルミは早足でアーチィの横に並んで言う。

「そんな、リーダ、いいですよ、私一人で、それにリーダが屋敷にいなかったら駄目ですって」

「俺がいなくたって、レイラがいるだろ?」

 レイラと言うのはリーダ代理で、メイドの長でもある。「そうですけど、でも」

「インヴァテス行きの列車は何時だ?」

「正午です、丁度に出ます」ルミは息を吐きながら答えた。早くもアーチィを引き留めることを諦めたのだ。

アーチィは懐中時計を見ながら言う。「十分時間があるな」

「ええ、時間に余裕のある、理想的なスケジュールです、あの、一つ言わせてください」

 ルミはアーチィの前に立って、真剣な目をした。

「なんだ?」アーチィは不思議そうにルミを見る。

「私の方がお嬢様を気に入っています」

 しばらく沈黙があって。

 そして。

 アーチィはしゃがれた声で、とても愉快そうに笑った。

「何が可笑しいんですか?」ルミは顔を殴ってやろうかと思った。

「いや、なぁに」

 と急に真面目な顔になる。

 ルミは一歩後ずさる。やっぱり、苦手だと思う。アーチィは相手を委縮させる術を知っているのだ。頼もしいと言えるが、しかし、ルミは、この男に頼りたくはない。頼るなら、ピストルの方がいい。

「どっちが先に気に入られるかだな」

「え?」

「気に入られた方が勝ちだ、分かりやすいだろ?」

 アーチィは目を細めて言って歩き出した。ルミは道を譲る。ルミは道を譲った自分が許せない。強くならなきゃと思う。お嬢様に気に入られるように、強く。間違っているかもしれないけれど、でも、真逆ではないはずだ。

「……え、ええぇ、」再びルミはアーチィと肩を並べて歩き出す。「望むところです、絶対に負けませんからっ」

 ルミとアーチィは馬車に乗り、ビクトリア駅に向かった。



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