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【第一章 ミネコ博士とジェリー氏】⑩

 ルミはムウミンが、その人を、マーガレット連れてきたことに、一体どんな魔法を編んだんだと思った。そうだ、一体どんな魔法を編んだんだろう?

 マーガレットは口にした。「ムウミンの複製技術はとっても素晴らしいわ!」

 複製技術とは、なんだろう?

 しかし、それよりも、ムウミンがどうして彼女をココに連れてきたのか謎である。そしてもう一つ謎。「……リーダ、足を擦って、どうしたんですか?」

「……転んだんだ」アーチィの顔は僅かに青ざめていた。

「泣き虫アーチィ、」マーガレットは興奮しているようだった。それは、ソウロン警部と違う個室にいるからだろうか。「別に泣いたっていいのよ」

「……ああ、やりにくいなぁ」アーチィは額を押さえて、弱気に言った。こんなアーチィを見るのは本日二度目だが、非常に珍しいことでもあり、非常に清々することでもある。

「お二人はお知合いだったんですか?」マーガレットとアーチィのやり取りを窺いながらミネコはマーガレットに向かって右手を差し出していた。「マーガレット王女、ミネコ・ダテです、お久しぶりです、といっても覚えていないと思いますが」

「ええ、アーチィと私は、そうね、知り合いよ、」マーガレットは握手に応じて、しばらく思い出すそぶりをしてから首を横に振って首を竦めた。「ごめんなさい、あなたのことは覚えてないわ」

「四年前、ポーシヤルの博覧会で、父と一緒に」

「……ああ、思い出したわ、……その着物、覚えているわ、日本人の、ええ、よく覚えているわ、その……、とても、とても変わったわね、」マーガレットははにかんで下唇を舐めた。「どうして髪を切ったの?」

「ファーファルタウで生まれ変わろうと思ったんです、」ミネコは手でハサミを作って髪を切るジェスチャをして、ニンマリと微笑む。「ファーファルタウに住む様になってから、食べ物も、すっかり変わって」

「こっちの食べ物は日本人のあなたにはおいしくないでしょ?」

「創意工夫が足りませんね、ファーファルタウの魔女たちはとても精緻な魔法を使うのに、なぜでしょうか?」

「シェフと魔女は違うわ、とっても違う、まだ大学にいるの?」

「今では周りから博士と呼ばれています、今はロケッタの研究を」

「凄い、でも、全然知らなかった」

「学問の世界は日本もここも蛸壺のようなのは変わりません、むしろ私はそれでいいと思います、持論です、批判なさってください」

マーガレットは楽しそうに首を振った。「いいわ、ディスカッションであなたに勝てないのは知っているから、……それよりも、あなたがルミちゃん?」

「は、はい」ルミの声は震えていた。相手が王女様だという事実が、身分の低いルミの体を緊張させていた。口の中はすっかり乾燥していた。飲む唾もないくらいだった。きっとマーガレットにそのつもりはないのだろうが、そういうオーラが全身から出ているのだ。対面に同じように座っているのが、とても不思議だった。メイドの私は三等車にいるべきではないかという余計な心配もする。膝の上のムウミンの体を抱き締める。

「ルミちゃんが気付いてくれたの?」

「へ、え?」ルミの口から調律の狂ったピアノの音がこぼれた。

「あらやだ、緊張してるのね、」マーガレットは楽しそうにルミの手に触ろうと細くて長い指の揃った手を伸ばす。「いいのよ、そんなの、私はもう、ただの街のアイス屋さんなんだから」

 この時の精神状態はきっと分析出来ない種類のものだと思う。ただ言えるのは、ルミはこのときすでに、マーガレットのことを反射的に、発作的に、本能的に、敵であると判断していたらしい。

 ルミはマーガレットの手を払った。足元に近づく蛇を追い払うかごとく。

マーガレットは唖然としていた。が、すぐに余裕のある表情をしてくれた。「……ご、ごめんね、お、驚いただけ、なんだよね?」

「すいません、」ルミは頭の中が真っ白になった。「あ、あの、よく分かりません」

「……驚いたのよ、」マーガレットは必死で隠そうとしていたが、悲しそうだった。「……ね?」

「よく分かりません」ルミは首を横に振り続けた。

「う、うん、いいのよ、そんな顔しないで、」マーガレットは無理に笑みを作って言う。「……それより、そうよ、ルミちゃんが私を助けるように言ってくれたんでしょ? ありがとう、実はね、話せば長くなるんだけれど」

「……え?」ルミは息を大きく吸って吐いて、落ち着くように努力した。「……いえ、違います、助けるって言い出したのは、ジェリーです、私は助けようだなんて、一言も、……あ、いえ、助けたいと、ああ、言ったんです、私、そうでした、助けたいって言ったんです」

 ルミが正直すぎたせいだと思う。マーガレットは視線を左右に動かしてから、気持ちをごまかすようように微笑んだ。「いいの、いいのよ、それで、その、……ジェリーっていうのは?」

「はい、ジェリーです、」ルミはムウミンの体を抱き締めて、ジェリーはムウミンのもう一つの人格であることを説明して、二重人格について解説をした。その解説にミネコはさらに専門的な解説を加えた。マーガレットはそれについての質問を二つ三つした後、そうじゃないと首を横に振ってから、ルミにムウミンがマーガレットをココに連れてきた理由を簡潔に述べるように要求した。「……多分、ジェリーは私のざわついた心を静かにさせようと思って、ムウミンを起こして、マーガレット様を助けたんです、私はマーガレット様が叫ばれているのを見て、誘拐かもしれないと思いました、それがお嬢様のことと重なって、そのファーストインプレッションが気がかりだったから私はジェリーに相談したんです、マーガレットさんとお嬢様のことが重なって、私はマーガレット様を助けたいと確か、言ったんです、だからジェリーはきっと、……お嬢様に会わなきゃ、心が静かにならないのは明白なんですけど」

「ジェリーは相談事を解決するためにあらゆることをするんだよ、」ミネコは補足説明を開始した。「的外れのことだってする、膨大な時間やお金がかかることだってする、相談者が望んでいないことだってするんだ」

「そうです、」ルミは頷いて続けた。「私はマーガレット様を助けたいと思いました、でも、望んでなんていません、違うんです、私が助けたいのは、お嬢様、ただ一人だけなんです」

「でも、ジェリーには感謝してね、多分、ルミちゃんの心を少しでも静かにするためにやったことだと思うんだ、」ミネコはクスリと笑った。「……まぁ、半分は退屈しのぎだったと思うんだけど」

「はい、ありがとう、」ルミはムウミンを強く抱いて言った。「ジェリー」

「わ、私はムウミン」

 ムウミンのささやかな自己主張はとても可愛かった。

 その前で。

「……それじゃあ、なぁに、」マーガレットの表情はパーティ仕様の作られた笑顔だったが、その笑顔にはかなりの亀裂が走っていた。「私が助けられたのは偶然だったっていうこと? 誰も私のことが心配だったわけじゃないっていうの?」

 そこでアーチィは手を挙げた。「俺は心配したじゃないか」

「男子は黙っていて!」マーガレットはなぜか必死だった。「女子の意見が聞きたいの、ねぇ、ミネコ、ムウミン、ルミちゃん、私のこと心配だったんでしょ!? だから助けてくれたんだよねぇ!?」

 ミネコは首を傾けて微笑んだ。ムウミンは「……チョコ」と呟いた。ルミはレベッカのことを考えていた。だから、マーガレットは拗ねるように親指の爪を噛んだ。手錠がとても煩わしそうだった。「……ねぇ、アーチィ、この手錠をなんとかしてよ」

「無理だって、さっきも言った」

マーガレットはすがる目でミネコを見た。

「魔法を解く手錠だね、とても精巧な造り、塗りも完璧だね、きっと日本製だ、どこのメーカは分からないけど、」ミネコは手錠を触って確かめてから、首を横に振った。「残念だけど、コレをどうにかするには、特殊な機械か、あるいは特殊な魔法か、あるいは特殊なインクで黒く染めるしかない」

 マーガレットはムウミンを見つめる。ムウミンのレパートリに期待しているのだ。しかし代わりにミネコが首を振った。「ジェリーも、ムウミンも、イレギュラだけれど、さすがにその手錠をどうにかする魔法は持ってないよ」

 そしてマーガレットはルミを一瞥。大きなため息をついた。それが何を意味するのか、ルミにとっては謎なこと極まりない。

「……ねぇ、アーチィ、この列車を」

「さっきも言った、」アーチィは変わり映えのしない田園風景を見ている。「俺たちはお嬢様を探しに行くんだ」

「……どこまで?」

「講和条約が結ばれる記念すべき土地」

「戦争が終わるとでも」

「終わらせようと思わなきゃ終わらないよ」

 どこの国の話をしているんだろうと思いながらルミは大きな欠伸をして、ムウミンが暖かいから、そのまま眠ってしまった。

 列車は静かなノイズを立てて、インヴァテスまで予定通りに走り続ける。




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