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【第一章 ミネコ博士とジェリー氏】⑨

 マーガレットはデッキから十歩歩いた通路で立ち止まった。しまった、と思ったのだ。ロッソをそのままにしてきてしまった。一人で戻っては、何かよからぬことをしたのではないかとソウロン警部に糾弾される。マーガレットは引き返して、再びデッキに出た。

「……あれ、どうした?」アーチィは膝から崩れていた。マーガレットはそのつもりで蹴ったのだから、何とも思っていないが、アーチィは照れ笑いをして左脚が痛くてたまらないことを隠そうとした。「……いや、これは、なんだ、そうだ、疲れたんだ」

「アーチィ、ロッソを起こして、」マーガレットはロッソの横に跪いた。「早くして」

「ああ、そうか、そうだな、」アーチィは頷いて、左手をロッソの方にかざして魔法を編もうとしたが、しかし、持ち上げた手を降ろして言う。「……すまない、メグ、起こせない」

「……え、なんで?」

「複雑に絡んでしまって、その、俺も咄嗟のことだったから慌てたんだ、慌てて魔法を編んだから、自然に解けるまで、解けない」

「言い訳するより先にもっと頑張りなさいな!」マーガレットは怒鳴った。

「無理なものは」

「もう、バカバカバカ、」マーガレットは畳みかけるように罵倒してからゆっくりと大きく息を吐いた。「……なんて言い訳しよう」

「なあ、さっきから気になっていたんだが、」アーチィの視線はマーガレットの後ろを捉えていた。「……その子は? あれ、ジェリーか?」

「え?」マーガレットはアーチィの視線に合わせて目を動かした。すると十歳くらいの女の子がマーガレットの背後にいて、マーガレットと同じようにしゃがんでいた。全然気が付かなかった。そして見惚れた。光を反射する鏡のような、長いシルバの髪の毛が素敵な女の子だった。顔の造形も人工物のように整っている。表情はしかし、寒さに凍えているかのように、あるいは銃声に怯えているかのように弱々しかった。視線はあっちにいったり、こっちにいったり安定しない。総括するなら、どんなことをしてでも手に入れたい種類の女の子。そう、昔のマーガレットだったら、どんなことをしてでも手に入れた女の子だ。そのシルバの女の子はマーガレットのワンピースの裾を掴んでいた。どういうことだろうかと、マーガレットは観察をしながら、欲望を押さえながら、悩む。きっと悩んでいても発展しないので、マーガレットはすでにアイスキャンディを食べさせてあげたいと考えていた、とても優しい声で聞いた。「……あなたは?」

「む、ムウミン」

 声はとても小さく、幼い。小動物の鳴き声を連想させた。「ムウミン? もしかして、迷子?」

 ムウミンはこれまた小動物のようにふるふると首を振った。完全なる否定。その態度は目的を持っていた。ムウミンのブルーの瞳は潤んでいた。それにははっきりとマーガレットが映っていた。マーガレットの全てが映し出されているような気がした。

「ディッド・プリチオン」そう唱えて、きっと、ムウミンは魔法を編んだ。

 ストロボ。

 最新の光の技術である。

 ストロボの光がマーガレットを包んだ。

 それにより産まれたのが、もう一人のマーガレットだった。同じ服を着て、同じ髪型をして、同じように手錠をされているマーガレットが、鏡を前にしているかのように、ソコにいる。初めて体験する魔法だった。初めてにマーガレットの口は開いたままになる。ムウミンはイレギュラな魔法を使ったのだ。まだ小さいのに。いや、大きさは魔法に関係ない。いや、成熟という評価の仕方はこの社会に存在しているけれども。いや、そんなことより、しかし、どうして?

「ジェリー?」アーチィが目を細めて言う。「一体、その髪の色はどうしたんだ? その魔法も、その雰囲気も、なんだか、妙だ、人が違うみたいに」

「ぴ、ピクチャが、代わりになってくれるから、」ムウミンはアーチィの発言を無視して言うと、もう一人のマーガレットはマーガレットがするように微笑んで見せてから、自分で扉を開けて、列車の通路を歩いて行った。まるで活動写真を見ているようだった。「だ、だから、一緒に来て」

 ムウミンはマーガレットの裾を引っ張る。マーガレットは困惑したが、しかし、頭はよく回転した。「……分かったわ、でも、お願い、ムウミン、この人の、その、ピクチャっていうの? 作ってくれないかな?」

ムウミンはロッソをチラッと見て首を横に振った。「……ピクチャレスクじゃない」

「……どういう意味かな?」

「……ふ、ふさわしくない」ムウミンは呟く。

「お願いよ、ムウミン、」マーガレットはムウミンの前で五指を組んだ。それでもムウミンは横を向いている。マーガレットは提案した。「あ、そうだ、ムウミン、アイスキャンディは好き?」

「……う、うん」ムウミンは横を向きながら頷いた。

「私ね、アイス屋さんなの」

 ムウミンはチラッとマーガレットを窺って言う。「……チョコがいい」

「ありがとう」

マーガレットはムウミンの頬にキスした。ムウミンはとても恥ずかしそうに上目でマーガレットを見た。そしてムウミンは魔法を編んでくれた。目が見えないと編めないというのでマーガレットはアーチィと二人でロッソの目をこじ開けた。ロッソの精巧な複製、ピクチャは、ムウミンの意志を酌んで列車の中へ移動した。

「ねぇ、ムウミン、一つだけ、確認させて」

 ムウミンは顔だけマーガレットに向けた。

「私を助けてくれるの?」

「……る、ルミちゃんが、助けたいって言ったから」

 ムウミンはマーガレットの手を強く握って、そしてある個室へ案内した。左足を引きずりながらも、なぜかアーチィも躊躇いなく個室までついてきた。その個室には二人の人がいた。

「み、ミネコ博士とルミちゃん」

 ムウミンはたったそれだけの紹介をしてルミの膝の上に座った。アーチィは酔いやすい体質だから窓際に座った。マーガレットはその隣の開いている席に座った。ルミちゃんとムウミンの前の座席である。

 座って、僅かに乱れていた呼吸を落ち着かせてから、マーガレットはまず、ムウミンのことを褒めた。「ムウミンの複製技術はとっても素晴らしいわ!」


「遅かったですね」

 嫌味がタップリと込めたソウロン警部の声で、エミリアはマーガレットが個室に戻ってきたのだと分かった。浅い眠りに入りかけていたエミリアは薄目を開けてマーガレットを確認する。

「寂しかった?」マーガレットはいつものように甘い声を出してエミリアの腕を触った。

「バカ、」エミリアは言って、マーガレットをよく見た。頭が冴えていたらきっとすぐ気付いていたんだと思う。「……あれ?」

 エミリアはしばらく観察していた。そして、目を伏せる。もう一度、チラッとマーガレットを見る。髪の色の色素に、ダイヤモンドダストに似た細やかな輝きに見えない。だからきっと。「……風は気持ちよかった?」

「とても」マーガレットはマーガレットがそうするように、冷たい舌を出した。

「ソウロン警部、」外に立つ警官の一人が顔を出して言う。「ロッソが戻りません」

ソウロン警部はそれに反応してから、マーガレットを睨むように見据えた。「……ロッソはどうしたんです?」

「すぐに戻ってくるでしょうに、」マーガレットは脚を組んで答え、そして悪戯に微笑んで見せた。エミリアは懐かしかった。その微笑は、三年前のものだ。「私が何かしたとでもいうの、ソウロン警部?」

 挑発的な目でエミリアを見る。それから下手なウインク。エミリアは思わず吹き出してしまった。

「……レイバン、デッキに」

 ソウロン警部が言ったところで、ロッソという警官は戻ってきたようだった。ロッソは平謝りして元の任に戻った。ソウロン警部は大きく息を吐いて、恥を隠すようにエミリアに微笑んだ。エミリアはそれを無視した。


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