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【第一章 ミネコ博士とジェリー氏】⑦

「どうしてアンタが?」

マーガレットは足元にうつぶせに倒れているロッソの様子を伺いながら突然現れたアーチィを睨んだ。しかし、困惑で、目に力は入らない。きっとその効果はほとんどなかっただろう。アーチィは無表情でデッキへの黒い扉に背中を預けている。そして、シガレロに火を点けて、煙を吐く。「……コレはなんだ?」

「……え、ピストル?」

 アーチィはピストルの銃身を握っていた。マーガレットがあまり驚かなかった主な理由は、アーチィが銃のコレクタであることを知っているからだった。そしてそれを器用に一回転させてマーガレットを標的にした。驚かない。マーガレットはアーチィのアイドルだということを知っているからだ。「この警官のピストルだ、こうやってメグの心臓を狙っていたんだ、だから俺は」

「ちょ、ちょっと、メグって呼ばないでよ、」マーガレットの剣幕は一瞬凄まじかった。「私のことをメグって呼んでいいのは女の子だけ」

 アーチィは頷き、ピストルを懐に仕舞ってマーガレットの隣にやってきた。マーガレットは身構えるが、拳三つ分離れた適度な位置にアーチィ安定した。マーガレットは緊張と解いて、息を吐いた。緊張したのはきっと、アーチィの背が最後に会った、あの日よりもずっと高くなっていたからだ。

 アーチィは短くなったシガレロを線路に投げ捨てた。「……久しぶりじゃないか、何年ぶりだ?」

「さあ、」マーガレットはアーチィと反対の方向を見る。「ねぇ、それより、大丈夫なの、ロッソは?」

「魔法を編んだだけだ、あと十三時間もすれば魔法が解けて目を覚ますよ」

「十三時間もこの体勢だったら、首がおかしくなっちゃうじゃない、」マーガレットはロッソの横に跪いて壁を背に座らせた。「コレで安心かな、ごめんね、ロッソ」

「おいおい、そいつはメグを狙っていたんだぞ」

「そうね、でも、」マーガレットは上目でアーチィを見る。「ロッソの意志じゃないでしょ? 私を殺そうとしているのは」

アーチィは僅かに目を大きくして息を吐いた。「分かっていたんだな」

「それにアーチィが魔法を使わなくても、」マーガレットの表情は自信に満ちている。「今日は殺人なんて起こってない、例え、両手が塞がっていたって、魔法が編めなくたって、耳と目と足があれば、殺人なんて起こらないわ、……アーチィはなんでココにいるの?」

「シガレロを吸いに来たんだ」

「そういうことを聞いているんじゃないわ」

「……お嬢様が」

「お嬢様!?」マーガレットは思わず吹き出した。アーチィの口からそんな優しい単語が出てくると思わなかったからだ。「お嬢様って、なぁに、そういえば、今、何の仕事をしているの?」

アーチィは顔を背けて言う。恥ずかしいのかもしれない。「俺は今、アームストロング家の執事だ」

「あはははははっ、」マーガレットは盛大に笑い出した。「執事? アンタが、おかしいっ、あはははっ」

 アーチィはマーガレットを一度睨んでからシガレロに火を点けた。「……笑ってんじゃねぇよ」

「それでなに、アームストロング家のお嬢様と旅行中?」マーガレットはアーチィに顔を近づけて言う。「羨ましいわね」

「違う、」アーチィは煙を吐いて、首を振った。「お嬢様を探しに行くんだよ、インヴァテスに」

「え、どういうこと?」マーガレットは首を傾げた。「家出? 誘拐?」

「よく分からないんだが、そういう感じなんだ」

「どういう感じよ」

「よく分からないんだよ、……そっちは、どういう感じなんだ?」

「さあね、分かんないわ、でも、安定してたわよ、あの頃に比べたら、」マーガレットは目を瞑った。「私はアイス屋さんを始めたの、エミィと一緒に、ケーキも作るわ、近所じゃ評判よ、シティ・リンクのガイドブックには載らないけど、知る人ぞ知るっていうか」

「……その、エミィっていうのは、恋人か?」

「何言ってんの、友達よ、と・も・だ・ち、」マーガレットは大きく息を吐いた。「……あれから、恋人なんて作りたくても作れない、私は宮殿を追放された悪い王女様だから」

「信じられないな、大人じゃないか」

「大人じゃないわよ、必死でセーブしてるのよ、唇にはキスしないって決めたの、」マーガレットは語気強く発言する。「……頬っぺたにはするけど」

「それくらいなら、……いや、ダメだろ?」

 ここで五秒間の沈黙があった。

「……アーチィは知ってる?」

「ソフティがなぜマーガレットを殺そうとしているのか」

「魔法なんて編んじゃって、いやらしい、殺すなら、正々堂々、殺しにかかってくればいいじゃない、どうせこの列車はインヴァテスに行くんだから」

「ソフティの命令なのか?」

「私は何にも悪いことなんてしてないわ、ソフティはインヴァテスで待ってる、きっと普通に呼び出しても来ないって分かってるから、指名手配なんてお金のかかる真似をしたんだわ」

「つまり、まだ戦争中なの?」

「条約は結ばれていませんから」

「何もピストルで狙わなくてもいいと思うんだ、本当に戦争みたいだ」

マーガレットは額に手を押し付けて首を振る。「アーチィ、コレは戦争なの、今まで休戦状態だっただけ、戴冠式の前に邪魔な私を消したいんじゃないかしら、ああ、でも、ほんと、いやらしい」

「まあまあ、って俺が宥めるのも変な話だけど、マーガレットとソフティは姉妹だろ? いい加減、仲直りしろよ、ソフティだって、マーガレットだって、昔はあんなに仲が良かったじゃないか、二人とも頭に血が昇ってるんだ、ソフティは優しかった、少し変わってるけど、でも、マーガレットが謝ったら」

「アーチィ、」マーガレットはアーチィを睨んだ。「ソフティは私を殺そうとしたのよ、指名手配をして列車に乗せて手錠をしてエミィも捕まえて、何もかも不自由な私を殺そうとしたのよ、私はね、アーチィ、ソフティに会いたくない、怒ってるのよ、私は宮殿に戻れなくたって恋人が作れなくたって、エミィと一緒にアイス屋さんでいられたら幸せだったの、ソフティは私の幸せを奪ったの、ソフティに謝る? そんなこと出来るわけないじゃない!」

アーチィは困惑していた。「……ごめん」

「アーチィは謝らなくていい、」マーガレットは青い瞳を空に向けて、深呼吸をした。「とにかく、ねぇ、アーチィ、同じ列車に乗り合わせたのも、運命だと思う」

「……なんだ、可愛い顔して、」アーチィは困惑しながらも微笑んでいる。「なぁ、マーガレット、やっぱり俺は君が、」

「一緒に逃げてよ、アーチィ」マーガレットはアーチィの手に自分の指を絡めた。

「冷たいな、」アーチィは遅れて顔を逸らす。「……逃げるって、どうやってだ?」

「この手錠を、なんとか出来ないかな?」

アーチィは手錠を確認して即答した。「無理だ」

「役立たず、」マーガレットはぞんざいに手を離して紫色の舌を出した。「……アーチィ、私のために魔法を編んでよ、例えば運転手に催眠をかけて」

「列車を止めるのか?」

「ええ」

「断るよ」

「え、どうして?」

「さっき話しただろ? 俺はお嬢様を探さなきゃいけない」

「私よりもお嬢様の方が大事だっていうの?」

「そうだな、今は」

「役立たず、」マーガレットは舌打ちをした。イライラしていた。きっと従順だったアーチィではなくなっていたからだ。あの頃のアーチィは犬みたいになんでも言うことを聞いたのに。アーチィはただの犬でいいのに。ああ、いけない。気持ちが、あの頃に戻ってしまう。マーガレットは唇を噛んで、首を振った。「アームストロング家のお嬢様は、可愛いのかしら?」

「守る価値のある人だ」

「ぜひ私のアイスキャンディを食べてもらいたい」

「ソフティと会って、よく話すんだ」

「泣き虫アーチィの癖に、」マーガレットは頭に血が昇って、アーチィを睨んだ。「生意気」

「変わってないな、」アーチィは再々度シガレロに火を点ける。「ヒステリックで、とても魅力的だ」

 マーガレットは自分の冷たい右手がアーチィの頬を叩くのを止めることが出来なかった。マーガレットの口はアーチィを罵倒している。アーチィは余裕の表情で、叩かれた頬を触ろうともしない。マーガレットはアーチィを睨んだ。イライラしていた。あの頃と変わっていない自分にイライラしているのだ。「私は変わったの、私は変わったんだ!」

 アーチィは煙を吐いた。「……いいんじゃないか、メグはメグのままで」

「メグって呼ばないで」

「百人の魔女たちは皆、メグのことが好きだったんだ、だからそれは、なんだ、素晴らしいことだったんじゃないか? きっとメグは考え過ぎてるんだ、百人の魔女たちは幸せだったんだよ、だから何も考える必要はない、無理に変わる必要なんて、君は君でいい」

「アーチィの癖に、」マーガレットは体重を乗せたキックをアーチィの左足に放った。「私のことを分析しないでよ!」

 マーガレットはそのままデッキから列車の中へ移動した。扉の向こうに消えるマーガレットを確認してから、無表情だったアーチィの顔は苦痛で歪んだ。そしてそのまま腰を降ろした。蹴られた左足に力が入らないのだ。骨まで悲鳴を上げている。一時的なものだろうが立っていられなかった。アーチィはシガレロを吸ってその痛みを誤魔化す。しかし、頬の痛みは誤魔化しが追い付かない。心臓を侵食していく。

「……くそっ、」アーチィは空を見て、なぜか全てが思い通りにならない今日を恨んだ。すぐに気付く。違う。昨日までは全部思い通りになる、つまらない日々だったんだ。ジェリーに笑われて、マーガレットに蹴られて、今は、とても。「……楽しいわけがないっ」

 しかし、アーチィはシガレロを咥えて笑っていた。


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