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作者: A.L

「実ーみーこ,砂糖菓子あげるよ,ほら。」

そう言って亜ーあーた君が私に差し出したのは氷砂糖だった。私はすぐにでも手を伸ばして,口に頬張りたい衝動を抑えつつ,一方で抱いていた冷え冷えとした危惧を目の前の少年にぶつけた。

「ねぇ,亜ー汰君。それ誰から貰ったの?」

「そんなのいいだろ。・・・お前にやるからな。ん!」

そう言って氷砂糖を握り締めた手を私の胸へ強引に押し当てる。数箇月前に不意に自覚した女性としての成長に手が触れられ,その部分が熱くなるのを感じた。もっとも,それは少しの変化でしかなく,当然,彼は気づいていないだろう。気恥しさによる動揺から思わず,氷菓子を受け取ってしまった。

彼は頬の当たりを人差し指で擦り,すこし恥ずかしげに,そして大分満足した様子で駆け足で裏路地に駆けていった。私はと言えば,彼の素早い行動に口がついていかず,追求するタイミングを外されてしまった。手の中に収まった,少し汚れの付いた氷菓子は見かけ以上に重く感じた。


彼も私も星ゴミ街に住んでいる。一面が瓦礫の街だ。なんでも,この星の,もっとも低俗でゴミのようなモノたちが住む街という意味らしい。でも私はその呼び方に対して異論があった。ゴミのようなモノなんて言われる筋合いはない。現に外の世界でも悪い人も嫌な人もいる。それに,私たちをこんなところに押し込んでいる外の人たちこそ,私たちにとってはもっともわかりやすい嫌な人たちだ。

小さころはそれこそ,そんなこと考えずに,外の人たちが捨てるゴミの中のお宝にただただ目を輝かせていたものだ。外にはどんな世界が広がっているのだろう。キラキラと光るビー玉や,熊という動物のぬいぐるみ,ピンク色のスカートに銀色の食器。それらの断片から想像される「外の世界」は私にとって夢の世界だった。

でも私は知ってしまった。皮肉にも夢を見させてくれた「ゴミ溜め」の中から発見したものからだ。

それは外の人たちが使う勉強用の本だった。後ほど知ったが,その内容はその時の私よりも3年ほど小さい子供用の本だったらしい。

私は言葉を覚えた。

最初は楽しかった。家に置いてあったおとぎ話の絵本。今まで絵から想像するしかなかったストーリーは

明確な形で私の興味,興奮を刺激してくれた。でも,その反面,私は知ることになってしまった。「ゴミ溜め」の中で,いままで気に求めていなかった文字だけの本に何が書かれているのかを。

私は知ってしまった。外の世界の現実を。外の世界の人々を。自分の現在地を。そしてゴミという言葉の意味を。

そこから一年間は絶望して過ごした。次の一年は呪って過ごした。そして昨年からは諦めて過ごした。

変わることが無い現実を諦めた。おかげで,今は幾分か肩が軽くなった気がしていた。

ただ一点,幼い頃同じく本で文字を覚え,絵本を広げて寝転がっていた少年のことだけが,彼女の心を重くしていた。

私は彼に教えてしまった。難しい本に書かれた,星ゴミ街の位置づけのこと,外の街のこと,自分たちの不幸と外の世界の幸福を,恨みごとのように語って聞かせた。彼は興味深そうに何度も頷いていた。私の悪意の中で,彼の思想は成長していった。

「外の人間は悪,内の人間は正義。」

彼はそんなことを言いながら,仲間(と言っても10才〜15才くらいに子供だ)と共に喜々として旗を作成していた。彼曰く,正義の旗だそうだ。彼はアジトの歪なコンクリートの瓦礫の上で,拾ってきた絵の具で顔を汚しながら,幼い子供のように笑っていた。そして,子供のように笑いながらこう言っているのを私は聞いてしまった。

「今日は3人もやっつけたぜ。戦利品だって沢山だ。」

なにを意味しているのかは容易に理解できた。でもあの時も私は何も言うことができなかった。

だって,彼をそうしてしまったのは私だから。自分の絶望を都合良く押し付けて,ドス黒い絵の具で塗りつぶしたのは私だと分かっていたからだ。自分はと言えば,悟った感じですべてを受け入れて綺麗なままで居る。こういうのを罪悪感というのだろうか。ここ一年は以前ほど彼と話していない。

氷砂糖は貴重な品だ。星クズ街で外の食べものが出回ることはない。食べ物は生ゴミという区分けで分別され,こことは別の場所に捨てられるからだ。外の世界から種が持ち込まれて以来,畑に実もののみを食べて暮らしてきた(もっとも畑の面積は広くないので,十分な量ではなかったが。数十年前の大移動で移り住んだ事の土地はもともとコンクリートの灰色の街だったからだ。)

稀に食べ物意外のゴミの中に紛れ込んでいる腐らないお菓子,飴などが発見される。それは本当に稀で,少なくともみんなに配れるような量であるはずがなかった。

しかし,彼は仲間たちに何個かの氷菓子を分け与えていた。

出どころ容易に想像出来た。きっとまた,外の人をやっつけた際の戦利品だろう。

きっと最近,随分とよそよそしくなってしまった私へのプレゼントだったはずだ。戦利品は仲間間飲みでの分配が鉄則。それを曲げてまで私にくれたもの。

彼の気持ちも十分に分かっていた。でも私は彼を無視し続けた。自分のどす黒い感情の掃き溜めにしか見えなかったからだ。


その日私は大きな音で目を覚ました。瓦礫の隙間に作った家。入口の布を手で払いのけ,急いで家の外に出る。

広場に人が集まっていた。そしてその中心でうずくまる人影。

亜ー汰君だった。そしてゴツゴツとした灰色のまだら模様の服をきた大人が数人彼を取り囲んでいた。

手には銃が握られていた。人を殺す道具だ。男は銃を空に向けると発泡した。先程の音が銃声という

ものなのだと初めて知った。

一人,リーダーみたいな大人が太い声でこう叫んでいた。

「この子供は我々の仲間を傷つけ,殺してきた。よって私が裁く。見ているがいい。」

男の声だけが街に響いていた。そして,男はなんの迷いもなく手にもった銃を彼に近づける。

私は走り出していた。前にいた大人たちの押しのけ,大人たちの合間を縫って駆けていった。

そして,彼のに覆いかぶさった。


先ほど目を覚ました時に聞いた,乾いた音がした。

背中が痛かった。とても痛かった。でも,わたしは言った。言わなければならないと思った。

「すみませんでした。許してください。すみませんでした。」

銃を売った男の反応はわからなかった。振り返る気力もなかった。ただ,舌打ちと遠く行く足音が

聞こえた。

「なんで,だよ。なんで。」

ふと見ると,亜ー汰君が泣いていた。気がついたときには目の前に顔があった。きっともう,意識がとぎれとぎれなんだと思った。

彼の顔はやっぱり子供のようだった。涙と鼻水としわくちゃくなった黒く汚れた顔。でも,私にはそれがたまらなく愛おしく思えた。

だから,私は咄嗟に嘘をついた。

「亜ー汰君のことを愛していたの。好きだったから,助けたの。だからもう危ないことはだめだよ。」

たしかに私はそう言った。最後まで言えたと思う。

自分はきっと天国で怒られるだろうと思った。贖罪のために嘘をついたのだからあたりまえだ。

泣きながら愛をさけぶ彼の声を最後まで聞くことなく,私の意識は途切れた。

これは私が死ぬ間際に見た,私の話。







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