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第4話 うらぶれた元騎士と落ちこぼれ魔王娘 3

 石窯と(かまど)を組んで火を熾すと、澄んだ小川から鍋で水を汲む。

 竈でくつくつと湯沸かししながら、黙々と調理を開始する。

 幾つかの料理の材料を革製の背嚢(バックパック)から取り出した。

 それをまじまじと見続けた魔王の娘は、興味本位で質問する。


「その白い丸いものはなんだ?」

「パンの素だ」

「パンの素とはなんだ?」

「小麦粉を水でこねたものだ」

「その白い丸いものは、ふっくらともっちりしていたぞ」

「ぶどう汁を混ぜて放置すると、何故か膨らむのだ」


 先日に作っておいて布に包み、休んでおいたとアルベルトはいう。

 その白い丸いものを簡易的な石窯に、平たい石台の上に乗せて焼き始める。


「そのような方法をどう知っていたのだ?」

「元々は騎士団の兵站部門でな、料理を担当していたんだ」


 それからアルベルトは、淡々と経緯を説明し始めた。

 若き頃は、騎士団の中核を目指す若手のホープを目指していたものだった。しかしいざ前線へと赴く直前に、魔王の手によって騎士団はおろか王国も滅ぼされてしまったという。


「殺し合いは鮮烈であり、怒りと悲しみは拭い切れない真実の姿だ」

「そうか。戦いとは、激情にして虚しいものなのだな……」


 真実を聞いた魔王の娘は、そう呟くと哀しくも寂しい顔をする。


「さて、できたぞ」


 茹で上がった赤褐色で棒状の物を、木の皿の上に乗せて手渡しする。

 湯気が立つとともに、複雑な肉汁の仄かな香りが食欲を掻き立てる。


「な、なんだこれは?」

「これは“豚肉の腸詰”と呼ばれる代物だ」

「腸詰……獣の腸では、臭くて食えぬぞ」

「いや、腸は塩水をぬるま湯にして丁寧に洗いに洗った。それを袋状にして、細かく刻んだ豚肉や香辛料などを詰め込んだ後に、燻した食べ物なのだ」


 肉を腐りにくいように岩塩を、臭みを消したり味を調えるために香辛料(スパイス)香草(ハーブ)などが入っている。さらに念には念を入れ、携帯用に長期保存するためにウッドチップを使って燻製にしてある――と、アルベルトは説明する。


「これが、“豚肉の腸詰”か……」

「我が友・アイオロスによると『ソーセージ』と呼ばれているそうだ」


 他にも『ルカニカ』『ヴルスト』『ソシス』などと呼ばれているらしい。


「だがその名は、過去か未来かは、どこも誰かも分からない」

「何故だ?」

「我が友・アイオロスは、風の賢者なのだ。賢者故に風の魔法を操って、世界中の全ての伝聞をかき集めることはできる。だが現在はもちろんのこと、過去か未来かまでは、どこも誰かも分からないのだ」

「そうなのか」

「まぁ、いい。取り敢えず食べるがいい」

「ううむ、では食すとするか……」


 魔王の娘が口に運ぶと、恐る恐るソーセージを齧る。

 するとソーセージの皮がプチリと弾けて、口の中に肉汁が溢れ出す。


「なっ……なんだこれは!」


 魔王の娘は、大きな声を出すほどに驚嘆した。

 それ以上の声は出せず、貪るように一心不乱に食らいつく。


「まぁ、待て」

「待たずにはいられるか!」

「これをパンに挟むといい」


 パンにナイフで切り込みを入れる。我が友・アイオロス曰く、パンにソーセージを挟むと『サンドイッチ』や『ホットドッグ』などと呼ばれているという。


「うあっ……なっ、なんだこれはーッ!!」


 それ以上、魔王の娘は電撃を喰らったように、愕然として動けなくなっていた。

 のちに聞くところによると、魔王の娘は、料理を食べたことがなかったから。

 今までは、魔物を狩っての生肉か、死肉を食う以外に他なかったのだ。


「これが、料理というものか……」

「そうだ」


 何も名もない小さな野辺で、二人で黙々と食べた。


「ここは景色よく、風が心地よいな……」


 魔王の娘は、そう呟いた。

 殺伐と生き残る術としか能はなく、周りの景色や価値観を覆した気がする。

 食べ終わった後、肩を落とした魔王の娘は、茫然と項垂(うなだ)れた。


「どうした?」

「我は無知で言葉足らずだ……この表現を、何とすべきか」


 魔王の娘は、肩を震わせて呟いた。

 それを見たアルベルトは、思案してこう言った。


「そうだな。味が良ければ、美味い、でいいんじゃないか?」

「美味い……美味い、か。うむ、そうか。実に美味いぞ」


 そう言うと魔王の娘は、両手と両膝を地にがっくりと崩れ落ちた。


「我の負けだ……」

「どうして」


 そうなると、アルベルトの方が困惑し、混乱した。

 料理して食べさせただけであり、そのような必要があるのか窮した。


「我は無知だ。無知で何もかもが弱い……」

「そうなのか?」


 振り返れば、過去の記憶がますます蘇る。

 他の兄弟姉妹たちよりも、脆弱で惰弱、能力が最も低い、魔王の子。

 落ちこぼれだと蔑まれ、辺境に追放されて百有余年。

 よって誰しもが知らぬ、誰しもが名もなき孤絶たる秘境の地。


「それ故に我は、名すら貰えぬ無能な娘なのだ」


 惨めな姿を晒してまでも、大粒の涙をポロポロと零す。

 暴虐武人たる闇の眷属とはいえ、見た目は愛らしくあどけなさが残る。

 隔絶した故か、魔王の教育を受けることはなく、実に純粋無垢であった。


「そうか……」


 それを見たアルベルトは、熟考に熟考を重ねてこう言った。


「ならば、アイナでどうだ?」

「アイナ……それは何だ?」

「貴様の名前だ」


 魔王の娘は無能であり、名などなかった。

 名がなかった少女は不憫に思い、アルベルトが名を授けた。


「その名の理由は、何故だ?」

「その声色とその姿、俺の幼馴染に似ているからだ」


 真剣な眼差しでアルベルトは、生真面目に名前を選んだ。


「俺の故郷で戦禍にして病死した、幼馴染の名なのだ」

「そうだったのか、すまない」


 堂々と姿勢を正し、心を込めてお辞儀する。

 ゆっくりと頭を上げると、頬がほんのりと緩んだ。それは笑顔と言えるだろうか。

 魔王の娘にとって、生まれて初めての所作であった。


「だが、名があるだけで嬉しいものだな」


 そうして魔王の娘は、アイナという名前となった。

 生まれ変わった気分で、心の底から喜んだ。


「名を頂いたのだ。代わりと言ってはなんだが……」


 魔王の娘・アイナは、近くの山の(ふもと)へと指差した。


「あそこに古びた岩積みの小屋がある。オマエにそれをやる」

「いいのか?」

「いい。我は魔族だ。人が建てた小屋という仕組みすら知らない」


 アイナの住処(すみか)は、断崖にある洞窟を寝床という。

 闇を好む魔族にとって、そちらの方が広くて住みやすいらしい。


「そうか……心ばかりで、申し訳ない」

「いえいえ、こちらこそかたじけない」

 

 二人ともに至っては、形あるもので心を示す面持ちである。

 贈答を以て礼儀となす。もしや育ちが良かったのだろうか。

 全く以て名状しがたいが、そういうことにしておこう。


「これで一勝一敗。引き分けだな」


 何故それが引き分けなのか。それは誰にも分からない。

 だがお互いの健闘を讃え合い、気分は晴れ晴れと清々しい。


「次の旅は、さらに剣の技を研鑽しようと思う」

「では我は、未知の食材を探しに向かおうぞ」


 アルベルトは、剣を極めし道へ。アイナは飽くなき食の探訪へ。

 人と魔族、道は違えど、同じくして空の下であった。

 いつもは厳格で顰めっ面なアイナが、不意に相好を崩してこう言った。


「では、また会おう!」


 よって、名もなき辺境による決闘は、これでお開きとなった。

 短編ですので、ひとまずはこれにて終了となります。

 でも、もしかしたら続きがあるかも知れません。ないかも知れません。

 その時はまた、是非とも応援を宜しくお願いいたします。

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